17 誤解と不安
それは確かに女の子だった。私たちと同い年くらいの女の子。
けれど女の子というには少し粗暴な印象を受ける装いだった。
手入れをあんまりしていないのかボサボサな髪。邪魔くさそうに、前髪はガッツリと上げてピンで適当に留めていた。
闇に溶け込むようなスカジャンを着て、下はルーズなジャージで、履いているのはつっかけのようなサンダル。
目つきは悪く尖ったようなツリ目で、まるで獰猛な肉食動物のように眼光は鋭かった。
それに手には木刀を持っている。あれは完全に危ない人の印だ。
パッと見た印象は完全に不良とか暴走族というか、レディースのような感じ。
平穏な日々を過ごす普通な女子高生であるところの私たちとしては、決して関わり合いになりたくないような人種だった。
けれどそんな怖そうな女の子が、この人気のない公園にやってきている。ハラハラとした気持ちが隠せなかった。
「おーい。一人で出歩くなって言ったろー。どこ行ったんだー」
まだ私たちには気づいていないようで、その子はキョロキョロと辺りを見回しながら中に入ってくる。
見た目に反してその言葉は少し優しげで、ほんの少しだけ安心する。
誰を探しているのかは知らないけれど、誰彼構わず尖っているような人ではないのかもしれない。
「ったく。どこまで行ったんだよ。目を放すとすぐにこれだ。いくらこっちだからって、夜は流石に一人じゃ────」
そう彼女がぼやいた時、その視線が私たちを捉えた。
ベンチがあるここは街灯が照らしているから、暗くなった公園の中でも目立ちやすいし少し離れていても見えやすい。
だから公園の入り口付近からでも私たちの様子はよく見えたはず。
氷室さんと二人並んでベンチに腰掛けて、あまつさえパジャマ姿の女の子を膝枕しているという謎のシチュエーションを、まじまじと目撃されてしまった。
これは明らかに不審な光景だよなぁ。まずいなと、思った時だった。
「てめぇ! まくらから離れろ!」
女の子が怒号を発したかと思った、瞬間。その姿はもう入り口にはなかった。
気がついた時にはもう既に私たちの目の前まで迫っていて、その手の木刀を振りかぶっていた。
まるで瞬間移動のような高速の移動に度肝を抜かれて、私は全く反応できなかった。
木刀が私めがけて振りを降ろされた瞬間、その間に差し込むように氷の剣が突き出されて木刀を防いだ。
すんでのところで氷室さんが反応してくれた。鬼のような形相で木刀に力を込める女の子に対し、氷室さんはあくまで冷静に抵抗していた。
「てめぇら魔女か! まくらに何の用だ!」
「あなたこそ、私たちに何の用」
女の子は一歩引いてから木刀を構え直して言った。
対する氷室さんは、立ち上がって私たちを庇うようにして氷の剣を女の子に向けた。
まくらって何のことだろう。今枕にされてるのは私なんだけど。
もしかして、今私の膝枕でスヤスヤ眠ってるこの子の名前がまくらなの?
「まくらを返しやがれ! さもないとてめぇらタダじゃおかねぇ!」
「……会話になっていない。あなたは何を言っているの」
「ちょ、ちょっと待って!」
一触即発の空気を醸し出す二人に、私は慌てて声を上げる。
何か物凄い誤解をしているみたいだった。私たちがこの子に何か悪いことをしていると勘違いしているのかもしれない。
どちらかといえば私はされている方なのに。別に悪いことってわけでもないし、責めるつもりはないけれど。
「まくらってこの子のこと!? 私たち何にもしてないよ。この子が急にここに来て寝ちゃったの」
「はぁ!? そんなわけ────いや、あるか」
私の言葉を聞いて、女の子は少し考えるようにしてから一人で納得して頷いた。
木刀の構えを少し緩めたけれど、でもまだ警戒はしているようだった。
「お前ら魔女だろ? ワルプルギスか?」
「……いいえ。無関係」
「────そうか。なら……その、すまなかった」
氷室さんの返答を聞いて、女の子は木刀を完全に下ろしてぺこりと頭を下げた。
突然のこと過ぎて何が何だかわからなかったけれど、とりあえず敵意はなさそうだし、荒事にならなくてよかった。
そんな様子を見て氷室さんも氷の剣を消す。まだ警戒は緩めていないようだったけれど、敵意のない相手に武器を向けるほどではないと判断したんだと思う。
「あの……あなたはこの子のお友達?」
「あぁ。まぁそんなとこだ」
少し粗暴な言葉遣いだけれど、その声色は決して悪い気を感じなかった。
さっきこの子を探していた時の声もそうだったけれど、根は優しい人なのかもしれない。
「目を放した隙にどっか行っちまって。探してたんだ」
女の子はバツが悪そうに頭を掻きながら言う。
私の膝の上で呑気に寝ている顔を見て困ったように嘆息した。
「ったく心配かけやがって。こっちだって物騒なことには変わらないんだからよぉ」
「もしかしてあなたたちは向こうの世界から……?」
「まぁな。コイツ……まくらとアタシは、少し前にこっちの世界に来たんだ。コイツを狙うワルプルギスの魔女から逃れるためにな」
怖い顔と荒い言葉遣い。けれど慈しむようにパジャマ姿の女の子────まくらちゃんの頭を撫でる姿は、まるでこの子のお姉さんのように優しげだった。
けれど、その口から語られた言葉はとても穏やかじゃなくて。
ワルプルギスの魔女という単語は、私たちを不安にさせるには充分過ぎた。