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16 膝枕

 いくら駅前はある程度栄えているといっても、いくらクリスマスシーズンで人が多めだとはいっても、所詮は地方都市なので駅前から少し外れてしまえば人気はめっきり少なくなる。


 寒さを紛らわすように二人手を繋いでしばらく歩いていると、気がついたら賑わう駅前からは外れてしまっていた。

 閑散とした少し暗めの道を二人でポツリポツリと歩いた先には、静かな公園があった。

 特に意味はなかったんだけれど、近くの自動販売機で温かいココアを二つ買ってから公園に入って、こじんまりとした噴水を眺めるように置いてあったベンチに腰掛けた。


 しんと澄んだ冷たい空気の中では、ココアの缶はちょっぴり熱いくらいで。

 でも繋いでいない方の手にはとても心地が良かった。


 本当は暖かいお店の中に入りたい気持ちもあったんだけれど、今日はどうも席についていると誰かに遭遇するものだからなんとなく気が引けた。

 公園のベンチは寒いけれど、こうして手を繋いで温かいココアを飲んでいればそれも大分紛れる。

 寒がりな氷室さんは嫌かなと思ったけれど、快く頷いてくれたらその気持ちに甘えることにした。


 寒さをココアで中和させながら、誰もいない静かな公園でお喋りをする。

 今日一日色々な話をしたけれど、それでも話題は尽きなかった。


 基本的に氷室さんは口数が少ないから私が喋っていることが多いけれど、私が尋ねるとゆっくりながらもちゃんと答えてくれるし、私の話を楽しそうに聞いてくれる。

 少しずつではあるけれど、こうやってコミュニケーションをとっていると、お互いのことを知り合えてるって気がして私は嬉しかった。

 きっとそれは氷室さんも同じだと思う。話すにつれて、氷室さんが心を開いてくれているのがわかる気がするから。


 そんな風にしばらく、寒空の下でお喋りをしていた時だった。

 のっそりゆらゆらと、おぼつかない足取りでこちらにやってくる人影があった。


 人気の全くなかった中に現れた人影に思わず目を向けると、一人の女の子がよたよたと歩いているのがわかった。

 それだけなら別段気には止めないんだけれど、女の子が目を引かせたのはその服装だった。


 なにって、パジャマ姿だったのです。

 紛うことなきパジャマ。この寒い冬真っ盛りの夜にパジャマだけで、しかも裸足。

 ベッドからそのまま外に出てきてしまったような格好だった。


 年頃は中学生くらいかな。背格好はそこまでだけど、その顔にはまだまだ幼さが残っている。

 明るめの茶髪をふわふわと伸ばした、とても柔らかそうな雰囲気の女の子。


 その子は今さっきまで眠っていたのか、眠い目を擦りながらとぼとぼと私たちの方に歩いてきた。


「どこいるの? カノンちゃん……さみしいの」


 それはまるで、小さい子供がお母さんを探すような寂しさ溢れる切ない呟きで。

 でも誰に向けて言うわけでもない独り言のようで。


 そんなことを呟きながら、とぼとぼとこちらにやってくる。

 寝ぼけているのかわからないけれど、多分前をろくに見ていなさそうだった。

 こっちに顔を向けてはいるけれど、多分私たちのことは目に入っていなさそう。


「こいしいの。もうここで……寝てれば迎えに来てくれるかな」


 投げやりというか無鉄砲というか、そんなことを口にしたと思ったら、その子は私たちの座るベンチに、具体的に言うと私の隣にストンと座り込んだ。

 そして何の躊躇いもない自然な動作でこっちの方にふわっと倒れ込んで、私の膝を枕にしてしまった。


「…………え?」


 あまりの出来事で私のリアクションが遅れている間に、女の子は私の膝の上でもぞもぞと位置を心地よいところに調節して、ベンチの上で丸くなってしまった。

 そして何の迷いもなく、まるで最初からそうであったかのようにスヤスヤと眠りはじめてしまった。


「…………どゆこと?」


 パジャマ姿の女の子が突然現れたと思ったら、いつの間にか膝枕をさせられている。

 これってどういう状況? 誰がこの状況の説明してくれるの?


 とても穏やかで可愛らしい寝顔は見ていて微笑ましいものがあるけれど、でもそんなの関係ないくらいわけがわからない。

 別に膝を貸すことが嫌なわけじゃないけれど、この子は一体誰で、何でこんなことになってるの?


「氷室さん……この子……」

「……この子、魔女」

「え!?」


 助けを求めるように氷室さんを見ると、氷室さんも虚をつかれて驚いているようで、けれど冷静にそう言った。


 魔女って、この子が!? この無防備で完全に気の抜け切った子が魔女なんて。

 まぁ魔女は『魔女ウィルス』に感染してなるものだから誰だってなりうるわけだし、この子が魔女だとしても不思議はないけれど。

 私は相変わらずそういうのを探知できないから不便だなぁ。


「じゃあ、私がお姫様だから近付いてきたのかなぁ」

「……わからない。敵意や害意は、感じなかったけれど。あまりにもその……予測できない行動をするものだから」

「そうだよね……」


 まさか、いきなり枕にされるとは思わなかった。

 小さい子に甘えられているようで別に悪い気はしないけれど、でも何というか、ある程度不信感はある。

 特にここ数日、私には色んなことが巻き起こっているし、魔女だというのなら尚更不安がある。


 けれど私の膝の上で穏やかに眠りこけるこの子は、とても害があるようには見えなかった。

 中学生くらいの子にしてはとても子供っぽい。むにゃむにゃと幸せそうに眠っている姿はやっぱり微笑ましくもある。

 何というか、少し母性をくすぐられるような感じ。


「でもこの子どうしよう。もし害のない子だったとしても、このままここで寝かせておくわけにもいかないし」


 何と言っても冬の寒空の下だ。パジャマ一枚で寝ていていいわけがない。

 だからと言って無理矢理起こすのも可哀想に思えるくらい穏やかな寝姿だし。


 どうしたものかと困り果てていた、そんな時だった。


「おーい。どーこ行ったんだよー」


 誰かを探すように声を上げて、キョロキョロ辺りを見回す女の子が公園に入ってきた。

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