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4.裏切りの銃撃戦

 俺たちが寝床にしていた倉庫の正面。全く同じ企画で構成されたその構造物は大同小異ありつつもその内装は同じだ。

 俺は、予めあけてあった倉庫の脇の切れ目に身体を滑り込ませ中に進入した。闇に目を慣らし、月明かりを星空の光を頼りに倉庫全体を一度確認する。大丈夫だ、敵が潜んでいる様子はない。

 俺はその脇に設えられた鉄製の階段を足を潜めて上り、その二階にあるガラスの付いていない窓から外を見下ろした。

 闇の中に動く者が二つ、三つ。既に敵は俺たちの潜伏場所を割り出し奇襲の準備をしている頃だろう。

 俺は側に置いておいたものを取り上げると、ゆっくりとそれを肩に押し当てその上部に設えられた望遠鏡をのぞき込んだ。

 手動装填式小銃ボルトアクションライフル。これはサムの形見のそれとは違う。あれは捕虜になった時に敵に取り上げられ、終戦と共に燃やされてしまいこの世には存在しない。出来ることならボルトかトリガーの一部でも回収できれば良かったが、俺たちは鉄条網の向こう側に行くことは出来ずただ悔しい思いでその炎を見上げることしかできなかった。

 戦争は俺から多くの者を奪い取っていった。友達も居場所も思い出も、命もろとも奪い去っていった。

 今でも目を閉じればありありと思い浮かべることが出来る。カリスの最後の表情、サムが吹き飛ぶ瞬間。色あせることのないその究極の時の映像はただそれが現実にあったということだけを告げ、俺は心を閉ざす。そうすればうずくことはない。

 感覚が戻っていく。これはまるであの廃墟で奴とやり合った時と同じだ。

 奴は三日三晩、いや、考えようによってはそれよりもずっと長い間あの下に這い蹲っていたはずだ。その目的はただそこを通る敵兵を撃ち殺すことだけ。あいつは何を考えて引き金を引いていたのだろうか。ただ人を殺すためだけに?既にあいつは狂人と化していたのか、それとも自らを完璧な機械として仕立て上げたためにその運用に疑問を持っていなかっただけなのか。

 俺の手で殺してしまった奴からその真意を聞き出すことは出来ない。そして、俺もこの一時だけはあいつと同じ類の人間となる。俺はただ目的を果たすための機械であり、この身はそのための道具。銃床を押し当てる肩も、照準を除くこの目もこの小銃ライフルに備えられたただの部品に過ぎない。その目的は、究極の時を以て最強の一撃をリリースするため。

 小銃ライフルは俺の身体を介して地面と接合された。リベットより硬く、ネジ(ボルト)よりしなやかに溶接より確実に。

 俺の戦いは今この時を以て静かに幕を開いた。


 探り込むように細かく動く敵の行動は空が白み始めると同時に一度納まった。少しだけ意識が夢の側へとシフトしていたようだ。俺は込み上がるあくびと無理のある体勢から来る吐き気を同時にこらえると、再び望遠鏡に目を向けた。

 敵は俺に気づいていない。この一晩でそれは確信が持てるようになった。目の前の倉庫の中に少し細工をし、連中の目には三人とも酒によって寝込んでいるように見えているだろう。

 俺があのとき奴にくれてやった目くらましと同じことだ。やはり、あれは良くきく。連中の戦力をざっと見渡してみると、全員が完全武装しているわけではなかった。

 おそらく人数は10人足らず。多くて8人といったところだ。先の戦争で軍が使用していた短機関銃サブマシンガンが2挺、それと一般的な小口径リボルバー拳銃が4挺に後の奴は警棒かナイフで武装しているだけに過ぎない。

 やろうと思えば一人で全滅させることも出来る。しかし、それはしてはいけない。目的を果たすためにはやるべき人間は3人だけだ。まず短機関銃を持つ2人と、連中を指揮しているやつの計3人。そうなれば連中は最低限の仕事をはたして撤退するしか他がなくなるだろう。その時こそが勝負所だ。それをし損じれば全ては水の泡。

 俺は乾いた唇を軽くなめると、その時が来るのを待ち続けた。

 連中が無警戒に倉庫に近づいてくる。

 あの中心にいる男がおそらく司令官だろうと俺は当たりをつけた。拳銃を所持し、短機関銃サブマシンガンを持つ二人の男に指示を与え、他の者達はその周りを囲んでいる。間違いなさそうだ。

 まずは短機関銃の男から。まだ遠い、もう少し近づけただしゆっくりだ。俺は二日前に所彼処に仕込んでおいた吹き流しに目を向けた。

 あれで風の向きと力を測る。配置にかなり苦労を強いられた、特にそれと気づかれないように巧妙に仕込んでおくことに骨が折れた。

 後は連中があの側を通り過ぎれば。一人の命が天に召されるというわけだ。

 最初に狙うのは司令官の右側にいるかなり大柄で腕の良さそうな男だ。サングラスに目深にかぶった帽子とその表情を読み取ることは出来ないが、おそらく奴は俺に命を握られていることなどつゆにも予感してないことだろう。

 許せとは言わない。ただ、俺たちのために死んでくれ。

 吹き流しが左右に揺れている。少し風が荒れているのか、その方向は定まらないが、微風であることには間違いはない。時折吹く突風が気になるが、朝の内にはそれも少ないと見込んで俺は小銃を奴の脳天から少し上、レティクルに刻まれた目盛り一つ分ほど上に合わせた。

 少し風が強まった。左からの風、風速は3ほど。ならば、半目盛り右。風速4、4分の3目盛り。奴が吹き流しの側にやってきた。

 俺は迷わず引き金を引き絞り、最初の一撃をリリースした。

 久しい感触が肩を打ち付ける。少し前までは当たり前のように毎日感じていたそれは俺があの頃とは遠いところにいるのだなと嫌でも実感させられた。

 そして0.1秒も経たないうちに俺がねらいをつけた男は何の抵抗もなくもんどり打ちひれ伏し、そして大地を赤に染めた。

 俺はそれを確認するまでもなく遊底を操作し次弾を装填する。ねらいより5ミリ横にずれた。ならば修正してもう少し横にずらせばいい。さっきまで荒れていた風は今は打って変わって安定して吹いている。風向き、左からの風、風速4。

 突然のことに一瞬だけ連中の動きが止まった。警棒を持った男は比較的早く状況をつかみ取り、倒れた男の手から滑り落ちた短機関銃を拾い上げ、所かまわず撃ちまくってきた。倉庫のとたんにたまが当たる音が甲高い響きで倉庫街に響き渡るが、落とした衝撃で少し銃身にひずみが走ったのだろうか。どうねらいをつけても定まらない照準に辟易している奴から目をそらし、次の目標にスコープを合わせた。

 風向き変わらず、風速3.5。先ほどの着弾結果から次弾の着弾店を予測し俺は再度引き金を引き絞る。目標撃破。大地を血で汚すものが一つから二つに増えた。

 撃ちまくれという司令官の叫びを耳にし、俺はその場から退却を決めた。

 短機関銃の吐き出す甲高い銃声と、拳銃から奏で出る少し気の抜けた発射音が辺り一面に鳴り響く。

 連中は素人なのか?俺を相手にあんな打ち方をしていてはいくらたまがあったところで無駄になるだけだというのに。

 倉庫のとたんを貫通する威力すらない拳銃弾の跳弾音を小気味よく耳に入れながら俺は入ってきた入り口とは別の場所に空けられた隙間から外に出た。

 敵は俺の位置を完璧には把握しきれていない。

 とにかく所かまわず怪しげな所に銃弾を撃ち込んでは無駄な骨を折っているだけだ。その家の1人はその跳弾に当てられて気を失う始末。馬鹿な連中だ。こういう場合は身を潜めてじっくりと相手が何処にいるか探すのが唯一確かな方法だというのに。

 隠れるのは得意でも隠れられるのは苦手か。戦場を経験している者がいればあのような愚挙には至らなかっただろうに。

 俺は少し拍子抜けして肩を落とすと、建物の影を縫いながら目的の者を探した。連中が使っている車はすぐに見つかった。ご丁寧に倉庫街の入り口の駐車場に止められており、これで探すのに苦労するなら捜し物は一生見つからないと言うほどのものだ。

 ともかくすぐに見つかって良かった。

 俺は、ひとまず安心して次の隠れ場所に向かった。


 連中は俺の探索を諦めたのか、さっきの一斉射撃でしとめたと思ったのか。いつまで経っても反撃しない俺に安心して再び歩み始めた。もしも後者と考えたのならとんだ楽観主義者共だ。ともあれ、連中の車に少し細工をするだけの時間を稼げたのには安心した。

 これで次は、連中がエドとエルメナをさらってくれれば俺の計画は完遂する。

 おそらく二人は俺を恨むだろう。今頃外で起こった銃撃に飛び起きて外に出て逃げるか、そのまま隠れているべきか口論になっているのかもしれない。その恐怖は俺も経験したことがある。しかし、連中はいきなりあの二人を殺すことはないと俺は踏んでいる。その証拠はエルメナを追っていた連中があの連中と同じだという確信から来ている。

 実際の所、連中はエルメナと俺が出会ってからも出会う前にも何度かあいつを殺すチャンスはあったはずだ。そうにもかかわらずエルメナは死ぬことなく、連中はただあいつを追いかけているだけに過ぎなかった。あいつ等の目的はエルメナを殺すことではなく捕縛することだと俺は確信した。その証拠にさっきから銃声が聞こえてこない。だが、心配しているのはエドのことだ。エルメナは死ぬ可能性はないと思うが、エドの場合はその確証は取れない。連中がエドの命に何らかの価値を見いだしていない限りはエドの運命は決まってしまうだろう。もしそうなってしまったら、大丈夫だよエド。全てが解決したら俺も側に行くと決めたから。お前一人であの世を渡らせない。

 そして暫くして、静閑に沈む倉庫街の一角に女の甲高い叫び声が響いた。俺は小銃を構え直し望遠鏡でそれを確認する。

 俺たちが寝食を共にしていた倉庫から司令官と思われる男に捕まり、腕を無茶苦茶に振り回して抵抗するエルメナが俺の名前を呼びながら泣き叫んでいる。胸が痛んだ。女の涙は俺を狂わせる。

 俺は震える手をしっかりと押さえつけ、小銃を固定する。エドは、生きていた。銃を構える男の目の前で両手を挙げ、歯を食いしばって屈辱に耐えていた。俺を恨んでいるだろうか。何も言わずに出て行った俺を、お前は裏切ったと思うだろうか。

 司令官の男はエルメナを押さえきれず、部下であろう二人の男にその身柄を預けた。エルメナが奴から離れた。今しかない。

 俺は引き金を絞った。三度目の爆音と衝撃が肩を振るわせ、その反動と共に飛翔した鉛と銅の円錐ははっきりとした軌道を描きそれの眉間に吸い込まれていく。

 男が何の予備動作もなく倒れ込んだ。一瞬全員が放心するが、エドの行動は早かった。エドは銃を構えていた男に体当たりを加え、その手から銃を奪い取った。

 いけない、それではお前の寿命を減らす。いくら銃を持っていても多勢に無勢、しかも連中は短機関銃さえ持っている。早まるな。

 突然に跳ね上がる心音を深呼吸で押さえつけると俺は再度望遠鏡をのぞき込み、その照準をエドの手のひら。正確には彼が握る拳銃に合わせ、間髪入れずに引き金を引いた。

 エドの拳銃が音を立てて跳ね飛び、エドは腕を押さえ込んだ。出血はしていない。何とかなったな。

 連中はあまりのことに一瞬行動が取れなかったが、エドが既に銃を持っていないことに気がつくと再びエドを拘束した。

「ちくしょー!何でだよ!!」

 それは俺に対する罵りなのだろうか。当然だ。ある意味俺は連中の手助けをしてしまったような者なのだから。

 俺はその場から離れた。指揮官を失い混乱した連中はこっちに反撃することも考える余裕がなかったのか、腰を抜かしつつ撤退を開始した。

 連中の車までは俺の方が近い。

 俺は小銃をしっかりと小脇に抱えると、先ほど細工をしておいた車のトランクを開け放つと中に置かれていた毛布のような者を頭からかぶるとすぐにそれを締めた。仕掛けた細工とは単純なものだ。単にトランクを中から開けられるようにしただけのこと。焦った連中は例えトランクを開けても俺の存在に気がつかないだろう。これで準備は整った。

 すっかり混乱し、訳の分からないことをわめき合う奴らが車に到着したのは少し寝不足でうとうとし始めた頃だった。

 さてと、連中は俺たちを何処に連れて行ってくれるのか。そこにはいったい誰がいるのだろうか。俺は目を細め少し邪悪な笑みを浮かべて車が発進するのを待った。


実は最終回にはなりませんでした。済みません。

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