3.終わりへの足音
いろいろと話し合いを重ねた結果、俺たちは極力人の来ない場所に隠れることとした。そうなると、セオリーはやっぱり港の倉庫かな。
と、明らかに映画の見過ぎであるエドの意見だったが、それ以外に思いつくところがなかったため仕方なく俺たちは路面電車や乗り合いバスなどを経由し港口へ向かった。
大陸の西海岸に面するこの都市は巨大な港がそびえている。その一角を占める貸倉庫の群れは季節によっては水揚げされる海産物や海外からもたらされる工業製品や食料などで埋め尽くされるが、今の時期は海が荒れるため立ち寄る船も出て行く船も少なく、港は酷く閑散としている。
俺は吹きすさぶ風と寒々しい波の時化る音に身を震わせる。確かにここには人がいないし、季節柄がら空きである貸倉庫であれば進入することさえ出来ればいくらでも隠れ家にすることが可能だろう。ただ、何日ここにいられるかが問題だ。
そして、俺は二人には秘密にしている思惑があった。
ただ逃げるだけでは何の解決にもならない。連中の足取りを追い、奴らが何を持ってエルメナの命を狙うのか。俺はそれが知りたかった。
何処の倉庫に身を潜めるかに関しては少し喧嘩になってしまった。あくまで身を隠せることを重視して港の奥の奥、普段なら人が絶対立ち入らないような場所を候補に挙げるエド。あくまで住みやすさと暖かさから、空調機能がつけられた倉庫を希望するエルメナ。しかし、俺はそのどちらも採用しなかった。
エドの主張する場所では退路を確保することが難しい。狙撃手の基本は敵が観察できる場所と退路が確保できることである。つまり、俺たちはより完璧に敵の裏をかくためには特に連中の動きを監視でき、さらにいざというときには敵の追跡に合うことなく撤退できなければならないのだ。
そしてもう一つ、普通の人間ならこの場所に潜むであろうと予測されない場所というのも重要な要素だった。
連中を監視できると言うことはこちらも監視を受けるリスクを背負うと言うことだ。そんな危険なことはしたくないというエドを説得し、あくまで居住性を求めるエルメナにピクニックにきてんじゃねぇんだとしかりつけるのには骨が折れた。
最終的には元前線兵を信じろといって半ば無理矢理納得させる始末。少し関係にしこりを残す結果になったかもしれないが、生き残れるならそれでもいい。
俺たちは数時間かけて倉庫街を練り歩き、俺が納得できる場所を探り当てようやくそこに腰を落ち着けた。
火をたくわけにはいかなかったが、倉庫には従業員が寝泊まりするためのスペースと幾らかの毛布が設えられていたため寝泊まりには苦労することはなさそうだ。
俺はひとまず安心すると日没をまった。
そうして、俺たちの潜伏生活が開始されたわけだが、当然のことながら順風満帆に行くはずがなかった。
いや、最初の一日目や二日目は二人ともまだピクニック気分である程度楽しんで日々を過ごしていたようだが、三日目にもなると蓄積された疲労で二人ともあまり喋らなくなった。
特に、日中は倉庫に篭もりきりで極力音を立てずに過ごさなければならず。日没後夜になると交代で朝まで見張りを立て、俺は時折倉庫を抜け出して、この倉庫街の見取り図の作成と密売店で購入したもので簡単な罠を設置する作業に追われた。
それにしてもここは広大だ。さすがに港区と呼ばれる地区のおおよそ4割をカバーするだけの規模を誇る港が持つ倉庫街であるといえる。俺を持ってもここを完璧に把握するのに4日も時間がかかってしまった。
しかし、幾つかよい知らせもあった。俺たちが陣取った倉庫は周囲にあまり音を響かせない場所に建てられているようで、これなら少し騒いだところで波と風の音に消されるだろうと見当をつけた。
いや、さすがに試すだけの勇気は持てなかったが、もしもエドとエルメナが本当の限界を迎えれば景気づけのパーティーをしてもいいとも思い始めた。
それにしても、あの戦場に比べればここはまだまだ天国に違いない。
あの頃は3日間何も口にするものがない状況は殆ど当たり前のようだったが、ここには暖をとる場所もあり雨と風をよけるための建物もある。街で買い込んだ保存食と缶詰は当面2週間分は蓄えられているし、従業員用に置かれている冷蔵庫にはまだ使える食材も残っていた。
これで不満を言うのは贅沢だろう。少なくとも俺にはそう思えた。
しかし、二人の不満は日を追うごとに蓄積していきとうとうその時がやってきた。
思ったよりも缶詰の消費早かったため、何か食い物はないかと他の倉庫からいろいろとくすねてきた帰り、倉庫の扉を開けようとする俺の耳が、どうやら中で二人が声を荒げて口論をしているようだと告げた。
やっぱりか…。半ば予想はしていたが、現実にはあって欲しくなかったことが起こったことに俺は少しばかりため息をつくと、かなりの勢いをつけてドアを蹴飛ばし開け放った。
突然の音に二人は身を縮こませて、その音源におそるおそる目を向けた。敵の襲来かと思ったらしいが、そこに立っていたのは間違うことなく俺だった。
食料を見つけてきた。俺はただぶっきらぼうにそう告げると、手に抱えていた缶詰や干し肉、冷凍保存されていた魚をシートの上に置いた。戦場では誰もが驚喜するはずの言葉に二人の反応はぎこちなかった。
ヤレヤレ、しかたがない。俺はため息をつくと二人には特に何も言わずにかねてより考えていた計画を実行に移すことを決めた。
二人が荒むのはおそらく食事のせいだと俺は踏んでいる。戦場ではどうしようもないという感情と無駄に体力を使いたくないという考えからそういうことはあまり起こらないのだが、やはりしっかりと調理されたものでない食料ばかりを口にしていると人の心は荒れていくものだ。
俺は食材から適当なものを選ぶと、倉庫の奥にある調理場へ足を進めた。実は、来た時にこの床下の収納庫に幾つかの酒類が隠されていることを知っていた。今日はこれと暖かい料理で宴会でもするか。後に響かなければいいのだがと俺は心配するが、それは間違いなく後々良くない結果を残すこととなる。
いきなり奥に引っ込んで火を使い料理のようなことを始めた俺を不思議そうに眺めに来る二人に、出来るまで休んでいろ、今日の歩哨はなしにする。と一言だけ告げて調理場から追い出しておいた。
あの二人には俺がどう映っただろうか。エドの友情とエルメナの信頼に傷をつける覚悟はとうの昔に付いていたが、やはり気になってしまう。
俺は手早く魚の背を開き、内臓を一つずつほぐしていった。既に血抜きがされていたため手はあまり汚れなかったが、それでも硬い骨を砕くのには文字通り骨が折れた。
こいつは頭ごと煮込んでメインにしよう。缶詰からホワイトソースを取り出すと、予め熱しておいた鍋に魚の切り身を載せ塩と胡椒を少量振りかけ暫く表面を焦がし、そこにホワイトソースを流し込んだ。
少量酒を振りかけておくと臭み消し、煮くずれを防げると調理兵の奴から聞いたことを忠実に実行しながら今度は肉に取りかかることとした。肉といっても牛や豚のものは手に入らず、それならせめて子羊ぐらいはないものかと探してもみたが、あいにく手に入ったのは鶏の胸肉だけだった。胸肉は淡泊で少しエネルギー源としては不満だった、せめて滋養のある肝臓はないものかと探ってみたがそれもなかった。
本来は煮込んで味をしみこませておきたいが、それほど味の出る出汁も作れそうにないためこれは単純にバターと胡椒で焼くだけで終わりそうだ。
冷蔵庫の野菜は使い切ってしまい、前菜のサラダを用意することは出来なかったが、何とかカビの生えていないパンを入手出たのでそれを添えておこう。
デザートなどと贅沢を言ってはいけないが、どういうわけか白桃の缶詰が一つだけ見つかったのでどこかの器に移し冷蔵庫に入れておくことにした。
魚が煮上がり、鶏肉もいい感じの色合いで焼き上がった。本当は添え物にジャガイモも欲しかったがしかたがない。
味見をしてみると、美味いとは言えないが悪くない。これならあいつ等も満足できるだろうと高をくくると、それらを適当な皿に移し、冷暗所に保存されていた安そうなワインを片手に厨房を後にした。
二人とも今の今まで大人しく眠っていたようだが、さすがに温かい料理の匂いにつられてすぐに飛び起きた。
目が生き生きしている。やはり、荒んだ時はこれが一番だ。
俺は自分の選択が正しかったことに胸をなで下ろすと、少しぎこちない笑みを浮かべ、さあ今夜は大いに騒ごうぜ、と親指を立てこれ見よがしにウィンクまでして見せた。
その仕草があまりにも滑稽だったのか二人とも腹を抱えて笑い始めた。時には道化を演じることも重要だ。やはり、笑顔のあるところには災いはやってきにくくなる。しかし、災いの元は着実に俺たちに近づきつつあることを俺は心の隅で悟っていた。
今、風の音と共に何かがヒュッとはじける音がほんの僅かに聞こえた。あれは、俺が仕掛けてやったトラップが作動した音だ。すぐそこまで来ている。しかし、今は楽しもう。どちらにせよ、終わりはもう目前に迫っているのだから…。
夜明けが勝負時だと何となく決めていた。俺の出来損ないの料理を美味い、美味いといいながら舌鼓を打ち、安くて品の悪いワインをまるで特上酒のような塩梅で口にする二人を見て俺は密かに胸の中で謝った。
おそらく俺はこれからお前達に地獄を見せることとなる。だけど安心してくれ、目的は果たす。絶対にな…。
すっかり酔いが回って眠りこける二人を見ながら俺は静かに、何の音も立てずに倉庫を後にした。朝日が顔を見せるまで後3,4時間ほど。俺はかじかむ手を擦り合わせながら夜の闇に足を踏み入れた。




