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2.巻き込まれた陰謀

 大学の寮に戻ることは出来ない。あそこは二人暮らしをするようには出来ていないし寮規則がそれを禁じていた。

 ならばどうするべきか。最初考えたのがどこかのホテルだったが、さすがに二部屋取れるだけの持ち合わせはないし、こんな若い男女に一部屋を提供するほどホテルも甘くないだろう。すぐに警官が飛んできてそのまま豚箱行きがせいぜいだ。

 だったら最後に選ぶ方法は…。結局友人に頼る以外に他がなさそうだ。

 俺は、物陰に彼女を隠し暫く待っているように言いつけた。彼女は黙って従い、その場にしゃがみ込んだ。

 俺が向かうのはあいつ等がいるカフェだ。場所は分かっている。俺たちが立ち寄るカフェは毎回同じだった、今回は雰囲気を変えて別なところに言っていないことを祈ろう。既に帰宅していないことも祈っておくか。

 とまあ、いろんなことを祈りながら俺はカフェのドアを開いた。はたしてその祈りは聞き届けられ、連中はよく分からない話題に熱く議論を交わしている最中だった。その中に割ってはいるのは気が引けたが、なにぶん時間がない。

 すまない、少しいいか。

 と声をかけると彼らはすぐに会話を中断して、俺が気が変わって一緒にいることを選んだことを歓迎した。

 しかし、俺はそれは違うと言わなければならなかったし、俺の目的はエドだけだった。

 すまんが、エドに急用だ。すぐに来て欲しい。

 そう伝えるとエドは救世主を見るような目で俺を見た。どうやら、すこし居心地が悪かったように見える。ならばちょうどいい。

 俺は他の者達が抗議する暇を与えず、とりあえず全員分の紅茶代にぷらすおつりを机にたたきつけるとエドをつれてさっさとカフェを後にした。

 レジスターにいた店員に声をかけられるが、お代はあいつ等が払うとだけ告げて外に出た。

 彼女はそこでじっとしていた。少し息苦しそうに見えるのは息も止めていたからだろうか。まったく、そこまで警戒する必要はないというのに、どういう育てられ方をしたのだろうか。

 俺は彼女を連れ、ひとまずエドに詳しい話をするため二人で良くいく行きつけのカフェに足を向けた。

 俺の視界の端は俺たちをつける数名の男を確認していた。エルメナを追ってきたのだろうか。それにしてはさっきまで一人にしていた時に連れ戻せばいいものを。ということは、目的は別にあるということか。

 まったく、やっかいな者を連れ込んだもんだぜ。エドも巻き込んでしまって申し訳ないと思うが、残念なことに今頼れる人間は彼だけだった。


 彼女が礼の歌姫だと知った時はさすがのエドも度肝を抜かれたようだった。それにしても、舞台で見るより若く見えるな。と俺がこぼした時には怒り出すかと思ったが、エルメナは悪戯っぽい笑みを浮かべ、

「女は化粧で化けることが出来るのですよ。」

 とウィンクで答えた。

 普通の男ならそれで彼女の虜になってしまいそうだが、俺はそれより切実な問題があったためわりとマイルドに捉えることが出来た。彼女はかなり面白くなさそうに頬をふくらませたが、俺は放っておいた。

 そして、エルメナはあのコンサートを最後に逃げ出すつもりだと話すと、エドは更に仰天した。少し面白いな。

 普段は意外に冷静であるはずのエドがここまで取り乱すのはなかなか楽しい。結構俺は人をいじめて楽しむ人間なのかもしれない。少し気をつけるべきか。

 そして、俺がエルメナは何者かに追跡され、それはどうも彼女を取り返そうとする連中ではなさそうだ。その言葉を聞いて驚愕に目を開いたのはエルメナだった。おそらく気がつかれていない者だと思っていたのだろう。しかし、あれだけあからさまに行動されれば嫌でも分かる話だ。

 このカフェに来る道もかなり遠回りをし、時折人が通るような道ではない道さえも通ってきたため追っ手はまけたと信じたい。

 伝説の狙撃手を打ち落とした人間を甘く見てもらっては困る。この時ばかりはあの戦場にいたことをありがたく思った。

 さてと、一通り現状を把握し終えた俺はエルメナに向き合い、彼女を問いただすこととした。おそらく彼女はあの連中が何者で何が目的で彼女を追っているのかを知っているはずだ。

 しかし、彼女は口を噤んだ。無理もない。しかし、これからそのやっかいごとに巻き込まれ、それを引き受けた俺たちに黙秘を続けるようでは君を信頼することは出来ない。

 俺の強い口調に彼女はうなだれる。エドはそんな俺に何も言わないからには奴も同じ意見なのだろう。

 俺とエルメナの視線同士の戦いが始まる。そして、最終的に折れたのは彼女の方だった。

 彼女は呟くように、まるで独り言を言うようにそれを語り始めた。

 身の危険を感じたのは少し前からだという。曰く、舞台稽古中に上から物が落ちてきたり、ヒールに切り込みが入れられていたのに気づかず階段から落ちそうになったり、交差点で待っている所何もかが背中を押してきたり。

 最初は同僚の嫉妬によるいじめかと思っていた。しかし、それも次第に命が危うくなるほどのものになるにつれその線はないと確信するようになった。命を狙われているなんてただの気のせいだと楽屋の同僚達は口をそろえる。しかし、こんな状況が続くのであればとてもではないが舞台に立つことなど出来ない。

 だから彼女は逃げ出すこととした。

 そして巻き込んでしまった俺たちに深く詫びるが、俺はそれはかまわないと言った。むしろ俺もエドを巻き込んでしまったのだ。彼にどれだけわびを入れても許される物ではないだろう。

 そういうとエドは声を上げて笑った。

「何を今更。僕達は元々お互いに迷惑を掛け合う関係じゃないか。」

 こいつの胆力は大したものだ。俺は初めてこの友人を尊敬し、この友人に引き合わせてくれた運命に感謝した。エルメナはまぶたに涙を浮かべただひたすらありがとうと繰り返した。俺は女の涙には弱い。エルメナへの対応はエドに任せ・というよりは押しつけ、俺は今後の対策を考えることとした。


***


「それにしてもやっかいであることには変わらないね。ここもいつまでいられるか。」

 ようやくエルメナが落ち着いた頃には俺の思考もいい感じに堂々巡りを始めた頃合いだった。俺はとりあえず無駄な時間を使って考えたどうでもいいような提案を一通り話し終えると、エドがまとめるようにそういった。

 まあ、それは結局俺が考えたことなど何の役にも立たないということの答えなのだろうが、その通りであるので俺は特に何も反論しなかった。

 俺たちは注文したはいい物のすっかりと冷めてしまった紅茶をすすりながら、ひとまず何処に行くかを健闘した。

 当然大学には戻れない。このままだと暫く授業をさぼることになるが、二人ともそれを気にするほど優等生ではない。エルメナは俺たちが大学に行っていることを知って驚いていたが、それは当然のことだ。

 普通一般市民は義務教育後は職業訓練学校に1年通いすぐに職を探すもので、それより上の教育、高等教育に大学教育を受けられる者はよっぽど少ない。俺の故郷の奴らも今では殆どの奴が町の工場で働いているか、家業を継ぐ修行しているかのどちらかで、故郷から初めて大学入学者が出たと有名になったほどのものだ。

 一応、俺の肩書きを話しておいたが、彼女はそれを知っていた様子で。ただ、それが俺だと言うことには大層驚いていた。少しいい気味だ。

 それにしても、二人とも親無しだということを聞いて少し驚いたが、今の次代ならそれも良くあることだと言われるとなるほどそうかと思った。サムもカリスも妻がいて子供もいたらしい。二人の子供も俺と同年代だと良く聞かされていたので一度会ってみたいと思った。父親を亡くしてその二人はいまどうして過ごしているのか。二人の死を間近で見た俺には彼らに会いに行く義務感のようなものがあったが、半ば俺のために死んでいった二人のことを思うと足がその方向に向いてくれない。

 せめて俺が官僚になって国を帰ることが出来れば、何かの償いになるのではないか。俺が今までがんばって来れたのもそれが多分に含まれることもあった。

 そういえばこの半年間自分のことにかかりきりで友人の身の上話を聞いたことがなかった。エドは気さくな奴だがこれは少し注意しておいた方が良いな。

 話を元に戻そう。

 エドの話によると、エドは元々地方の出身で大学の寮以外に拠点に出来る場所をもっていないらしい。エルメナも同じようなもので、母親の実家も今は遠いところにある。

 俺一人なら、どんな廃墟も荒野でも隠れて眠れる自身はある。しかし、兵役の経験がない二人にそれを期待するのは酷な話だし、それは最後の手段にしておきたい。

 ともかく、今は者を集めないといけないのかもしれない。連中の武力がどの程度かは分からないが、万が一それに対抗できる者をもっておくのと持っておかないのでは話が違いすぎる。それと万が一のための毛布と水筒、後は携帯食か。

 忙しくなりそうだ。最近見つけた戦場の残り物を密売する店に寄っていくのがいいかもしれない。資金を得るために銀行に行く必要もある。

 とりあえず最初は銀行かな。という俺の提案に二人はうなずき、支払いを済ませることとした。しかし、そのために席を立とうとした俺たちの目に映ったのは、物騒な物腰の黒服の集団がドアから中をのぞき込んでいる姿だった。

 幸いなことにこの場所は入り口からはわかりにくい場所にあるためすぐに見つかる危険性はない。それに、連中もここに俺たちがいるという確信を持っている様子はないため、包囲されていることもないだろう。

 入り口から出ることは出来ない。なら、トイレに窓があることを祈るか、店主に頼み込んで通用口に案内してもらうか。

 通用口は既に押さえられている可能性もあるが、正面から打って出るよりは100倍はましだ。

 俺たちは視線でそう会話し会うと、周囲からの怪訝な視線にめげず姿勢を低くしてトイレへと向かった。

 もちろん、勘定はおつりが来る程度の金を机の上に置いておいてだ。飲み逃げで警察の世話になりたくない。敵は一人で十分だ。


 幸いなことにトイレには人が通れる程度の窓があり、窓外にも人の気配はしなかった。

 ひとまず追っ手を振り切った俺たちはなるべく人通りの多い広い道にでて銀行を探した。

「とりあえず服を買える必要があるね。」

 というエドの提案にうなずき、密売店へいく前に服屋に立ち寄ることにした。

 そういえば俺たちが着ていたのは大学の制服だった。他の学校よりも特徴的なこれは俺たちの身分をさらけ出す。これはますます大学に帰ることが出来なくなってしまったな。後々面倒なことにならないといいが、とエドと話しながら俺たちは適当な服を選びエルメナが着替え終わるのを待った。

 それにしても女の買い物とは何故ここまで時間がかかるのか。俺たちは追っ手が来ないかどうか冷や冷やしながら入り口を行ったり来たりしていたが、店の奥から姿を見せたエルメナの格好をみて逸れも吹き飛んだ。

 というより、エルメナ。それは何の格好だ?

 当の本人は、え?何か違ったといわんばかりに自分の服装を見回したが、

「普段着と同じような者を選んだつもりなんだけど。」

 と平然と口にした。エドは嬉しそうな顔で眼福眼福とそれを見ていたが、俺は痛み出した額を抑えて、側に積んであった特価品の者を適当につまみ上げると、こっちにしろといってそれを投げ寄越した。

 エルメナはええーと抗議するが、そこは敵スナイパーをい殺した時の俺の視線で黙らせることが出来た。

 ヤレヤレ、あいつはいったいどういう過程で生まれ育ったのやら。今時ピンクのふりふりドレスで街を歩く人間が何処にいるというのだ。しかもかなり胸元が開いて、肩から背中の真ん中まで露出し、ドレスと同じ色の二の腕まで伸びるグローブをしているのだから手に負えない。パーティーに行くんじゃないんだ。

 ひょっとして、あいつトンデモねぇお嬢様何じゃねえか?という俺の言葉にエドも苦笑するしかなかった。それにしてもあいつ、結構着やせするんだな。強調しているとはいえあれだけ胸があるとは驚きだ。

 俺の思考も少し明後日の方向に行きかけたのを何とか奮い起こすと、普通の町娘の姿に戻ったエルメナに、それでいいと一言だけ告げて店を出ることとした。

 それまで着ていた物は少しもったいなかったが、店の方で処分してもらうこととした。

 ちなみにエルメナを睨んだ俺の視線は相当に怖かったらしく、彼女もしばらくは思い出して背筋を振るわせていたと言うらしい。こいつを黙らせたい時は暫くこの方法でいってみるとするか。


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