俺達は崇高なる夢を見ている
隊長は俺のことを相棒だなんて称してくれるけれど、その実、一番に信用しているのは自分自身だろう。
きっと、最後に頼れるのは自分自身だと、そう思っているはずで、そうであるべきだと思い、そうあって欲しいと願っている。
それは、俺には隊長の命を守れる程の実力が、力がないからだ。
否、ない訳でないが、恐らくそれを行使することが出来ない。
隊長が動けない程の怪我を負ってしまえば、俺はいとも簡単に足を竦ませ、使い物にならなくなってしまうだろう。
軍に配属され、まず最初に握手を交わすことになったのが、隊長だった。
細い指先に華奢な手首が印象強かった。
スラリとした体にしなやかで強固たる筋肉を持ったその人は、随分と不思議な空気を纏っていたのを覚えている。
毛先に向けて色が抜けている髪に、良く光る緑の瞳が、その空気を更に色濃くしていた。
そんな隊長との初めての出撃は、散々なものだったと言えるだろう。
無茶な突撃に、銃弾の雨が体中に降り注いでも、隊長が攻撃を止めることも、ましてや立ち止まることもなかったからである。
瞳孔が開いて、薄く開いた唇から笑い声が聞こえた時には、ゾッとしたものだ。
隊長がこんなにも、あんなにも、特攻しいということは、勿論知りもしなかったために、俺はただただ怯えることしか出来なかった。
その狂気的とも取れる姿に、ではなく、隊長の純然たる強さに、だ。
俺を庇いながらも、一人で敵を殲滅する隊長の姿に、俺は少なからずの畏れと、そして、憧れを抱いてしまった。
勿論、自軍へと帰還した際には、思い切り叱られたのだけれど。
主に、隊長と親しく付き合いの長いらしい軍医に。
とは言え、それから配属替えを通達されることもなかったので、結局隊長としか戦場に出ていない。
逆に言えば、配属が決まってから、隊長が他の子を連れていくことがあっても、俺を置いていくことがなかった。
だからこそ、それが何よりの優越感を俺に与えてくれたのだ。
ああ、必要としてもらっている、と。
少しでも役に立っているのだ、と、そう認識出来た。
俺が隊長と出会い、ようやく戦場にも慣れ馴染んできた頃に一人、隊長の部隊に配属された稀有な新参兵とも出会った。
新参兵と呼ぶには明らかに出来すぎている人材だ。
しかし、それを鼻に掛けることも嫌味なこともなく、至って平穏で、俺にも明るく優しく接してくれた。
俺は彼らが大好きで、彼らもまた、俺を信頼してくれていると思う。
いつか動けなくなる体ならば、軍のためではなく、彼らのために戦場で散りたいと願う。
そうして今日も訓練を終え、部屋に戻って来た隊長は俺と静かな時を過ごしていた。
メンテナンスと称した、逢瀬の時間である。
戦場に出ていない時でも、こうして日課のように毎日俺を解体し、最高のパフォーマンスを保たせてくれるのだ。
最初はあんなに覚束無かった手入れも、今となっては手馴れたものである。
それでも粗雑に扱われることなどはなく、まるで壊れ物を扱うように丁寧に丁寧に至るところまで触れられ、その度に俺は充足感でいっぱいになった。
そんな中、ノックもなしにガチャリとドアノブが捻られる音。
「たいちょおぉ!いますかぁ!!」
「声がデカイ、煩い。後、ノック」
「いや、隊長もノックしないでしょ!しかも、お楽しみ中でしたか」
ごめんごめん、と軽く謝りながら、新参兵の彼が俺の方を見やる。
隊長はと言えば、手を止めることなく俺の銃身を、ガンオイルを付着させた銅ブラシで丁寧に磨いていた。
手を動かしながら「で?」と隊長が一言。
「何か用があって来たんでしょう」
「え、ああ!そうでした。呼び出しですよ。多分、任務でしょうね」
「……まぁ、そうね」
特に嫌がることもなく、怯えることもなく、驚くこともなく、強いて言うなら寧ろほんの少しの高揚感を滲ませて隊長は答えた。
白い歯が、薄く開いた唇の隙間から覗く。
そしてこれまた、手馴れた手付きでカシャンカチャンと俺を元の形状へと組み立てていった。
さっすがぁ、なんて彼の声には反応せずに。
すっかり元通りの姿を見せた俺を見下ろし、隊長は一つ満足そうに頷く。
明るい緑の瞳が、キラキラと光っていた。
男よりも確実に小さな、しかし傷や豆の多くある手に力を込め、今日も頼むよ、と俺に囁く。
イエッサー。