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秋雨日和

作者: 夏来 素麺

実は私も秋、好きなんですよ

雨はなんとも思わないですけど。

ぜひ、こんな時期に、センチメンタルな駄作でも、いかがですか?

 金木犀の香りが鼻腔(びこう)をくすぐると、いい具合に秋が訪れたと感じる。

 秋は嫌いじゃない。というかむしろ一番好きな季節だ。街行く人々の肌の露出が少なくなり、程良くコーディネートを楽しめる、ほんのり人肌恋しくなる、そんなセンチメンタルな季節。僕は特に、残暑がなくなり、むしろ肌寒さを感じ始める頃が好きだ。深い意味とか思い入れは存在していないけれど、多分何かしら、自分でも気付いていない理由があるんだろうなと思う。

 加えて言うと、僕は雨も好きだ。湿気でジメジメじとじとするし、髪は広がるし癖は爆発するし、気分は下がるわ傘を持ったり手間は増えるわ、何かとマイナスイメージの湧きやすい雨の日。でも僕は好きだ。理由は、これもまた特にないけれど。

 詰まるところ、僕は秋の雨が降る日が一番好きなのだ。単純だね。自分でも面白いくらいに僕は単純バカだけれど、それも自分の良さだと思っておく事にしている。


 そんな大好きな秋雨のなか、僕は一人で出掛けていた。電車に揺られること二十分弱。電車の扉を横切ってから三十分程度。僕の目指していた場所にたどり着く。有名なカフェと本屋が繋がっていて、コーヒーでも飲みながら、すぐに買った本を読むことができる、読書好きには(たま)らない場所だ。

 入口に立つと、まず持っている傘を閉じる。軽く振って水滴を落としてから、自動ドアをくぐる。そして店内に気を効かせて置いてくれてある専用の袋にまっすぐ詰める。水が滴り落ちないように気を付けて、足を進める。目の前にある新刊コーナーを一通り見渡す。気になるタイトルがないか、好きな作家の新作はあるかを探す。

 そこで『優秀すぎた音楽家』という本を見つけた。申し訳ないがあまり聞いたことのない作家のものだった。 

 僕は本を選ぶときに、1、タイトルと表紙。2、裏表紙に書いてある概要。3、冒頭部分。と見ていき、買うか否かを判断する。

 右手で本を取る。表紙は中々好みだ。グランドピアノやマイクやギターなどが実写そっくりのイラストで散りばめられて、真ん中に胎児のような格好で人が(うずくま)っている。手首を右に(ひね)り、裏表紙を見る。

 「天才と呼ばれた男。彼はとても優秀なアーティストだった。どの楽器をやらせても、唄を歌わせてみても唯一無二のものだった。しかし彼は、ある日突然耳が聞こえなくなってしまう。そこから巻き起こる絶望の連続。彼自身、そして彼の負の連鎖に組み込まれていく周りの人間も人生の底を見る。しかしこれは仕組まれたものだった…!?」

 概要を読みきったところで、まあ面白そうだと思った。でも今日は一冊しか買わないと決めてあるから、とりあえず片手に持ち、他のコーナーを回る。好きな作家のまだ集められていない書籍や、気になっていた作品がないか探す。一時間半くらい彷徨(さまよ)ったところで、最初に手にとった新刊が一番良さそうだと判断し、レジに向かう。慣れた手つきでバーコードを上向きに店員に差し出し、ポイントカードを先にトレイへ置いてから、現金を並べる。会計が済み、ありがとうございました。という店員の声に対し、ありがとうございます。と返してから、今度はすぐ隣のカフェへ歩く。今日はカフェオレにしよう。店員にありがとうございます。と声をかけてから、窓向きのカウンター席に座る。僕は端っこが好きだ。

 カフェオレをまずテーブルに置く。小さめのトートバックに財布とケータイくらいしか持ってこなかったため、テーブルの自分が使っていい範囲内に、その軽い荷物を乗せて置く。そして先程買った本を手に取り、ページを進ませていく。僕は別に、読むのが特別早いわけでも遅いわけでもない。本は三五〇ページある文庫本で、四分の一くらいまで読み進み、話の中に意識が集中していたときに、ふと現実に戻された。

「あの、隣いいですか?」

「えっ…あっぁ、はい。どうぞ」

「ありがとうございます」

 急に声をかけられたため、人見知りみたいになってしまった。まあ人見知りではあるんだけれど。それが面白かったのか、感謝の気持ちを込めてなのかは本人でしかわからないことなので、もう気にしないでおくとして、端正な顔立ちの美女は、僕に笑いかけて、それから隣の椅子に腰掛けた。

 鎖骨の辺りまでさらりと伸びた茶色の髪に血色のいい唇。ぱちりと開かれた大きな瞳。化粧っ気のない素敵な女性だ。とても優しい声で、人柄の良さがにじみ出ているような人だった。

 普段は隣が埋まることはないのだが、パッと見回してみると、ほとんど席は埋まっていた。雨宿りがてらコーヒー等を(たしな)んでいるのだろうか。

 なんとなく隣の人が、気になりつつ本の中に戻る。まだ半分も読んでいないが、中々面白い作品だ。描写が上手いから無意識にでも状況や風景が浮かんでくるし、時折言葉遊びも含まれていて読み飽きない。いい作品に出会えた気がする。そして本に夢中になっていたが、カフェラテが半分より少なくなっていることに気が付いた。

 無くなる前にキリがいいところで栞を挟んで、帰ろうか。混んできたみたいだし、あまり長居したら迷惑かもしれない。

 そう思って、また一口カフェオレを含んでから、意識を戻す。

 さて、丁度いいところまで読み進めたし、一旦区切っておこう。愛用している栞をページに挟み、あまり音を立てないように本を閉じる。現実に戻ってくる。残ったカフェオレを流し込んでから、席を立とうとすると、また声をかけられた。

「あの、今読んでたの、新作ですよね」

「え、あ、はい。そうですね」

「私も、さっき買ったんですよ」

「そうなんですか。実はこの作家さんのは初めて読んだんです。すごく面白いですね」

「あ、そうなんですね、他にも面白い作品、ありますよ」

「へえ、好きなんですね、この方の作品」

「ええ、今回出した作品の二作前の作品で初めて知ったんですけど、すごく描写が上手くて、入り込みやすいというか…」

「その感覚分かります。僕はこれが初めてだったんですけど、すごく引き込まれて、気付いたらこんなに読み進んでた、って感じです」

「そうなんですよね!なんか宣伝するみたいでちょっと嫌な感じかもしれないですけど、他の作品もぜひ、読んでみてください」

「ええ、ありがとうございます。探してみます」

「はい。あ、すみません急に」

「え?あ、いえいえ、むしろ、ありがとうございます。いい本に出会えて、その良さを話せる人に出会えて、良かったです。」

「えっ」

女性の顔がほんのり赤らんだ気がした。気がしただけだと思うが。

「あ、ごめんなさい。変な事言っちゃいましたね」

「いえ、じゃあ、また」

「あ、はい。また」

 お互いに、自然と、何故かやんわりと笑ってから、これまた何故か、また、なんて言い合って、僕は席を立った。

 入口のところにある、傘袋を捨てるための、それ以外のゴミも入っている箱に、僕の傘が入っていたビニールをクシャっと掴んでからそっと入れる。自動ドアが開くのを待ってから、一歩進み、傘を開く。

 来た頃より雨がひどくなっているみたいだ。傘を打つ音がやたら大きい。この音も嫌いじゃないわけなんだけど。ちらっと、ついさっきまで座っていたあの席を見る。ちょうど、あの女性もこっちを見ていたらしく、目が合う。ふっと力を抜いたように微笑んでくれる。心臓が跳ねた感覚がした。後から思うと、すごくキザなことをしたなぁと恥ずかしくなるのだが、そのとき僕は、また。と口だけ動かして、自分なりに微笑みかけてから、体をまっすぐ前に戻し、歩き始めた。

 なんだか体温が高い。心臓がやたらと騒がしい。今日は涼しいはずなんだけどな。とりあえず、雨が降っていて良かった。そうじゃなきゃ、僕の顔は今より赤くなっていたかもしれない。

 そんな事を考えながら、買った本について考えながら、彼女の事を無意識に考えながら、また電車に運ばれるために、人がほぼ常に溢れかえっている駅に向かって、いつもよりゆっくり、歩いていた。


 昨日買った大量のバファリンは、まだ使わなくて済みそうだ。

どうでしたでしょうか!登場人物が死んでませんよ!バッドエンドでもないです!

自分で言うのもなんですが珍しくないですか!?

なんて、騒いですみません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ある秋の雨の日の、本屋とカフェと出会いの風景が目に浮かぶところが良かったです。二人は共通の趣味を通して仲良くなっていくのでしょうね。いい感じです。 [一言] 佳作をありがとうございます。
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