肝試しデートなんて、絶対阻止!
ある一組のカップル。真夏の夜のイタリアンレストラン。そこで二人はこの後何するか話し合っていた。
Qという、遊び人のような、神を茶色に染め、原色系のチャラい格好をした、ひょうきんそうな男。そして、Cという、ゴシックでフリフリな格好をしている、ちっちゃくてかわいらしい女。
Qはピンチに陥っていた。Cの提案によって。それは肝試しデート。なんとしても絶対阻止しなくてはならない。そうしなければならない理由が男にはあった。
C「ねえ、Q。肝試し行かない? ほら、あそこ。突然天井から大量の人形が出てくる、あの山の上の廃屋。」
Q「や、辞めねっ、それは……。ほら。あんなとこ行ったら呪われるから、きっとさ……。」
この近くの山の頂上にある、洋館。とても広い。何畳あるか分からない程度には。その屋敷は、人形館と呼ばれている。
一見、朽ち果てた廃屋だが、そこでは、出るのだ。人の幽霊ではなく、人形の幽霊が。まるで意志を持ったかのように、そこへ訪れた不届き者たちを恐怖のどん底へ陥れる。
数多くの怖いもの見たさの怖いもの知らずの猛者(愚か者)たちが、世の中でも数少ない、その"本物"の心霊スポットに訪れては、なんか精神病んで帰ってくるらしいのだ。
幸い、そこで行方不明になった者はいない。だが、精神に多大なるダメージを負って帰ってくるのだ。
調子に乗って山へ向かうバカ共を街の人々は見て、溜息を吐く。また、愚か者が犠牲になりにきたのかと。何もしなければ何も起こりはしないのに、と。
そして、当然のごとく、暗い、病んだ顔をして、バカ共は臆病者となって帰ってくる。そして、ネットに書き込むのだ、その時の体験を。
それはあまりにもリアルで、心に迫る恐怖を表現していた。だから、すぐに話題になり、次々と愚か者を引き寄せるのだ。
そして、ガチの霊能者たちがテレビ番組の撮影のためにそこを訪れようとしたが、街から山のその屋敷を見ただけで、全員口をそろえて、あれはやばい、手に負えない、と怯え始めたのだ。
さらに、口座にたんまり蓄えた大量の金をスタッフやプロヂューサーの前に積み、勘弁してくれ、とそれを置いて逃げ出したのだ。
それはこの街のちょっとした伝説になっており、愚か者たちへの人形の館への誘引力を一段と強めていた。
大量の愚か者が釣れるようになり、一種の経済効果みたいなものまで生まれる始末である。客が最後、不幸になって帰る経済効果……。なんだそれ。
と、まあ、こんないわく付きの心霊スポット。彼女がそこを訪れたいと前からいくらいってもきかない。そんな状況にQは困り果てていた。
Qは、勘が鋭い。ガチで。霊能力者と言ってもいいくらいに、勘は鋭かった。Qは、Cが以前同じことを言ったとき、下見をしようと、その山へ向かったのだが、途中で引き返してきたのだ。本能的に、ヤバイ、と心の中で警報が鳴り響いたからだ。これまでに感じたことのない、厭な予感、が濃密に感じられたのだから。
その場で即漏らしてしまう程度には。
だから、前回彼女がこう提案してきたときは、なりふり構わず泣き叫んで、なんとか阻止したのだ。そのとき使っていたお気に入りの中華レストランに出禁を食らうくらい大騒ぎして。
もうその手は使えない。今度同じことをすれば、Cは、Qを捨てる、と宣言したからだ。Cのそのときの冷たい目をQは忘れられない。癖になるような……、いや、二度と見たくない。そう葛藤しながら、どうするかQは考えていた。
彼女をキレさせないで、なんとか心霊スポットに行かなくても済む方法を。
Q「なぁ、C。あそこはやばい、あそこだけはやばい。あそこだけはガチ。だからダメなんだって、あそこだけは!」
C「い・や・よ! 私はあそこに行きたいの! 絶世の美少年人形、見たいの!」
その目は本気だった。邪で、下品な目。遠い目。そんな目をする彼女を見て、Qは泣き叫びたくなる。
愚か者のうちの一人がネットで熱く、狂ったように書き込みをし、絵までつけて上げる始末だったのだ。某国民的RPGのような、美男子、それも少年、美少年。そんな美麗な造形で、美麗なファッションを身に纏った球体人形。やけにリアルに描かれているそれに、Cは心囚われてしまったのだ。
Q「C! しっかりしろ、な。お前なんかやばいって、なっ!」
A「何よ! 私は正気よ。ノワールを絶対に生で見るの、私は。でも怖いから、あんたもついてきてよね。」
ノワールとは、その美しい人形に、その絵の人形に、誰か知れないネット上の誰かがつけた名前だった。そして、それはあっという間に拡散したのだ。
Qは思った。怖いとか、絶対嘘だろ、とか。取ってつけたかのように、自分を巻き込むのはやめてくれ、と。ノワール信者に引き込まないでくれ、と。
Q「くっそぉぉ! お前なんで分かんねぇんだよ。あそこはヤバイ。なんとしても止めるぞ、俺は。俺は黙ってCが精神病みに行くの見てるなんて無理!」
C「じゃあ、ついてきてよ。」
Q「死んでもいやだっ!」
C「バカ!」
Q「バカってなんだよ。俺バカだけどさ。今のお前ほどじゃねえよ。」
C「ねえ、ちょっとだけ、ちょっとだけだから。ノワールさえチラ見でも見れれば、帰るから。ね、ノワールさえ見れれば、先っちょだけ、つま先だけ屋敷に踏み入れただけでも、すぐ引き返すから、ね。」
Q、そのとき、頭に雷が落ちる。気づいたのだ。
Q「なあ、C。もしかして、お前、ただノワールが見たいだけで、あの人形屋敷、心霊スポットに行きたいわけじゃないのか?」
C「そうよ。ね、チラ見でいいから、ね。行こうよ、ね。」
Q「ああ、分かった。あそこには行かない。でもな、あの人形に会わせてやるよ。一ヶ月くれ。頼む。なんとかするから。なっ。頼むから、急いであそこに行くのだけはやめて!」
Cにしがみついて、頼み込むQ。Cは少し反省して、それを受け入れた。なぜなら、Qが、こういった申し出をしたとき、彼女をがっかりさせたことは一度もなかったのだから。
C「わかったわ。黙って待ってるわ。楽しみにしてるわね。」
Q「っしゃあ!」
C「じゃあ、今日はどうする?」
Q「海でも見に行こうぜ。夜の海ってなんか見てると落ち着くからさ。」
Qは、先ほどまで切羽詰まっていたため、汗だくになって、疲れた顔をしていた。Cは反省して、それを受け入れ、自身が車を運転し、Qが望む海辺へと連れていったのだった。そして二人で静かな海と辺りをほのかに照らす月を見て、二人は心を静めるのだった。
そして、一ヵ月後。Qが向かったのは、友人の一人が経営している人形ショップだった。かなり無茶なオーダーにも応じてくれると評判のハンドメイド人形店だった。だがしかし、とっても田舎にある。
D「いらっしゃい。待ってたよ、Q。それと、QのカノジョさんのCさんだね。ボクはDっていうんだ。よろしく。」
無表情で、性別不祥な中性的で、男にしては若干高い、女にしては若干低い声を出し、Dは挨拶してきた。
Dはこう見えても男である。自身の男女どっちでも通りそうな容姿から、コスプレに嵌り、そして、曲がりくねった趣味の道を突き進んで、人形作りに嵌り、しばらくQが見ないうちに、ガチの人形師になっていた。
劇などで使う人形の製作を生業にし、この店は趣味でやっているらしい。Qはこの友人のことを思い出し、助力を求めたのだ。
DがQに求めたのは一つ。ノワールを実際に見た人々にアプローチを取って、出来る限り多くの、正確なノワールの容姿? の情報を手に入れ、詳細に、なおかつ、コンパクトに纏めることだった。
Qは念のために長めに稼いでおいた制限時間ぎりぎりまで粘り、しつこく執拗にノワールの情報を伝えてもらい、それをDに伝えた。
そして、Dがそれを元にノワールっぽい人形を作成することになったのだ。
その結果がこれであった。全長70cm程。
赤子程度の全長のアンティークっぽいリアルっぽい造形でありながら美麗に仕上げられた、西洋系。それも、北欧系の佇まいの、東欧系の顔つきと、特徴的な青みがかった緑の瞳。
二重瞼で、睫毛はもっさりと濃く、男系の人形としては目が大きい。おそらく設定年齢は10代に届いていない、ショタ。
澄ました顔ではあるが、口元は自然につり上がっており、柔らかい笑顔を浮かべているようにも見える。
鼻は高く、皮膚の質感は柔らかげで、間接部を見なければ、人形かどうかも分からないほどの完成度である。
そして、人形にしては頭が小さく、手足がすらりと長い。髪は濁りない金髪で、少し外跳ねした眉毛が少し見えるか見えないかくらいの短めの王子様カットだった。
これこそが、Qが用意した作戦だった。ノワールっぽい何かで満足してもらう。そして、館へは行かずに彼女の望みを叶えて、おしまい。となるはずだったが、そうはうまくはいかなかった。そこに居る3人の誰もが思いもしなかったことが起こってしまったのだから。
?「ふふ、ボクを作ってくれて、ありがとう。いやぁ、器作ってくれって、念じまくって、来た人間洗脳してメッセンジャーに仕立て上げ、ボクの思いを広げた甲斐があったよ。」
三人は、驚いて声を上げた。なぜなら、ただの人形であるノワール人形が言葉を突如発したからだ。それも何か意味深で恐ろしげなワードを伴って。
?もとい、ノワール人形もどき、もとい、ノワールは続けてこう言った。
ノワール「ボクだよ、ボク。あ、言葉は、ボクの体を作りながらぶつぶつ呟いてたDから取ったんだよ。で、Bさんだっけ? 君がボクのご主人様になってくれるんだよね。ふふ、大事にしてね。」
固まった3人の中で最初に我に返ったのは、Bだった。
B「キャー、生ノワールだわ。ノワール様って呼んでいい? 大切にするから、ねっ!」
Bは、喜びはしゃいで、ノワールに飛びつく。そして抱えて大喜びした。お持ち帰りする気満々だった。
それを見てQも我に返る。
Q「お、お前何言ってんだ!」
あとずさりしながら、ノワールを指差しながらQが叫ぶ。
B「え~、こんなにかわいいのに。ね~、ノワール様。」
ノワール「ね~。」
そして遅れてDも我に返った。
D「やった、遂にやったぞ! ボクは、人形に命を与えたんだ。限りなくリアルな人形。細部まで超詳細に作りこんだ、でもあくまで人形な、究極の人形。はははっははははは!」
全然正気じゃなかった。目がイっていた。そして、Dはなんか、店の入り口から奇声を上げながら外へ出ていった。放っておいたらそのうち正気に戻るだろうと思ったQはDを放置した。
Dがわけわからない行動に出るのは稀によくあったことなのだから。それに、ここは家が密集していないド田舎だ。はしゃごうと、バレなければ問題はないのだ。
どうやらこの人形には話が通じるくさいと思ったQは、開き直って交渉することにした。その恐怖の存在から逃れるために。
Q「えっと、Dの家で暮らすんだよな。」
ノワール「そうだよ。」
C「ノワール様、サイコー!」
ノワールなんて呼び名で呼んでやるのがなんかイラついたので、これからは、略して、Nとすることにした。
N「まあ、君の気持ちも分からないではないよ。要するに不安なんだろ。ボクがあの館でしでかしたように何かしでかすって。」
Q「っ! 何かするつもりか! 俺はっ、目と耳を塞いだ。何も聞こえないし、見えないぞっ!」
N「傷つくなあ。まあ、無駄だけどねそんなことしたって。それにねえ、目的を果たした以上、ボクは静かに暮らすつもりだし、君の邪魔をしたり周りに迷惑かけたりはしないつもりだよ。」
Q「えっ?」
N「ボクがあの館であんなことしてたのはさ、前のボディーがもうボロボロで代わりが欲しかったからなんだって。君がDに頼み込んでそれを叶えてくれたからもう幽霊ごっこなんてする必要ないからね。もうかけた洗脳も全て解いたし。ネット見たら?」
Qがネットの書き込みを見ると、元気になった愚か者たちが自身の回復を書き込んでいた。そして、Qのアドレスに、大量の、お前のおかげで解放された、助かった、メールがきていた。
N「洗脳してた人たちには、Qのおかげでキミたちは助かったんだから、お礼のメールしときなよ、って、キミのアドレスつけたメッセージを脳内に送って洗脳解いといたから。」
Q「ちょ、これ返信終わんねぇ!!!」
Qは慌ててメールの返信を始めた。こんなのめんどくさいからスルーしとくか、一括返信しとけばいいのに、なんだかんだQは面倒見がよかった。
メールを送ってきた中には、きっと話を聞かせてくれた人も紛れているだろうからと、スルーすることはできなかったのだ。
それを見て、NとCは笑っていた。
N「キミのカレシ、ヘンなやつかもしれないけれど、イイやつじゃないの。(まあ、キミもヘンだから、お似合いかもしれないけどね。)」
C「でしょ、ノワール様! 私の自慢のカレシなのよ! 当然じゃないの。っていうことだから、ノワール様、Qとうまいことやってね。でないと、バラバラにすっからね。」
ノワールは震えながら、笑顔で返事した。そして、誓った。彼女には逆らわないでおこう、と。なんか願い叶えて、力失ってしまったみたいで、もはや自身はただの動いて喋る人形でしかないのだから。見掛けどおり、か弱い子供みたいなものなのだから、と。
Qはなんとか肝試しデートは阻止したが、なんかある意味もっとやばげなものと縁ができてしまったのだった。
だが、Qとしてはその人形からもはや悪意は一切感じられなかったので、仲良くやっていこうと、受け入れたのだった。