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序章

和と洋の国、ワグリス。

季節が六つある、珍しくも美しい国。

この国は、女性が圧倒的優位に立ち、それ故に無骨さが無く、他国に恥じぬ礼儀正しき振る舞いがなされている。

言葉も立ち居振る舞いも優雅に。政治の場であろうとも、語気は強めず、緩やかに落ち着いて芯を持った発言を。

女性が率いる国は他に例がなく、世界から非常に注目されている国であった。


ワグリスは、半王政である。

王の票は全体の票の五分の一とされ、絶対的とは言えないにしろかなり大きな権限を持っていた。

王は、神・眞那(まな)の子孫とされる夢皇女(ゆめみこ)が代々受け継ぎ、夢皇女は壱拾伍の歳に王位を継承する戴冠式典にて初めて国民の前に姿を現し、夢皇女の力を国民に知らしめる。それまで皇女は、城でひっそりと暮らすのが伝統となっていた。

皆は神の子を崇め、慕い、戴冠式典を心待ちにする。


ワグリス国 第伍代女皇。


歴史新しい国の新たな女皇誕生は、もう間近に迫っていた。



***



卯月壱日。

其れは、この国が(はる)という季節を迎える節目の日でもあり、そして、この国の夢皇女が戴冠式典を執り行う日でもあった。

今年の戴冠式典は、過去四回の式典と異なる点がある為、城内の人間は皆、確認に余念がない。其れはまだ国民には非公開の機密事項である為、城内はひそひそ声で溢れている。静かに、ざわざわと。葉を擦り合わせる木々のように。


「ちょ、ま、待てっ!!」


其処に響いた声は、青年の制止の声。

大きなその声に、慌ただしく働く城内の者は皆小さく微笑み、「またやってるわ」と呟き合う。


莉紗(リサ)、やめっ、脱がせるなっ!!ちょ、うわっ」

「大人しく脱がされなさぁいっ!」


青年の声は尚も続く。

其れと共に響くは、強気な女性の愉しそうな笑い声であった。

この強気な声の女性は、ワグリス国第壱皇女、莉紗・クイーヌ・ワグリス。悲鳴を上げた青年は、ワグリス国第壱皇子、(ケイ)・ナイ・ワグリスという。


「はい、出来上がり」


城の中にある『衣装部屋』と書かれた部屋では、莉紗が満足そうに兄を見上げていた。


「兄様可愛いじゃない。下手すると私より可愛いわよ?」


見上げられたその兄は。


「…男に『可愛い』は褒め言葉じゃないぞ」


桃色の、裾の広がったドレスを身に纏い、妹を恨めしそうに見下ろした。

其のドレスは所謂お姫様が着るようなドレスで、実際これから莉紗が着る予定でいるドレスである。


「兄様さ、もうこのまま今日の式典出ちゃいなよ」

「馬鹿言うな!仮にも皇子がこんなひらひらな服着て国民の前に立てるか!!」

「えー、つまんないのー」


そう言って莉紗が唇を突き出すのとほぼ同時。


「莉紗様っ、慧様っ」


扉の向こう側から、焦った声が響いた。

莉紗は傍にいた侍従に目で合図をして扉を開けさせると、先程ふざけていたのは別人かと言わんばかりの凛とした表情で問う。


「何かあったの?」

「……莉緒(リオ)様が、何者かに、誘拐、されました」


莉紗と慧は、その知らせに同時に息を飲む。

一気に部屋に広がる、動揺。

しかし莉紗は、一瞬の後にはまた凛とした表情に戻り、そして兄に告げる。


「兄様…やっぱり式典、そのままの格好で出て」


其の顔は、至って真面目であった。



***



「皆様、お初にお目にかかります、ワグリス国第壱皇女、莉紗・クイーヌ・ワグリスでございます」


そう言って、莉紗は緩やかに巻かれた金色の髪を揺らしながら優雅に礼をとった。

戴冠式典は予定通りに始まり、今、莉紗が国民の前に初めて姿を現したところだ。

国民は初めて皇女を目にし、皆一様に息を飲む。

莉紗は美しく、声は女神のような美声。威厳も申し分なく、国民の心を掴むカリスマ性は母である第肆女皇の其れと比べものにならなかった。

そんな莉紗に見とれつつ、国民は疑問を抱く。

次期女皇を迎える場でありながら、居ない者があったからだ。

莉紗の兄であり、ワグリス国第壱皇子、慧・ナイ・ワグリス。彼が居ないのだ。

国民の其の疑念を見透かすように、莉紗は告げる。


「只今、この場には私の直近の護衛たる兄・慧がおりません。…兄は、在らぬ姿になっており、本来であれば姿を晒さぬ方がいいのやもしれませぬが、国に関わる大事でありますので、皆様にもお話するのが筋かと存じます」


莉紗の言葉を受け、現れたのは莉紗よりも少し身長の高い女性。

緩いウェーブを描く長い金茶の髪を腰まで垂らし、流石に先程のドレスでは丈が短かった為に着替えさせられた水色のドレスを身に纏い、口元に紅をさした慧であった。

不思議なことに、国民の目には女性としか映らない。


「兄は、術者によって女へと姿を変えられてしまいました。理由は分かりません。朝起きたら女になっていたということのようです。兄はショックで言葉を失ってしまいました。」


慧は俯き、唇を震わせて目に涙を浮かべた。

扇情的な其の仕草に、国民は「慧様には悪いが此のままでもいいのでは」と不謹慎な思いを抱く。


「しかし、兄は男の姿を本来の姿であるべきと望み、此のままでは次期女皇の後継は兄、ということにもなりかねません」


そして莉紗は、本題を告げる。


「私は、兄の為に、自分の為に、兄にかけられた呪術を解いて参ります。其れには時間が要ります。相手は何処にいるかもしれぬ相手ですから、探す所から始めなければなりません。其の間、私は女皇の座に就くこともままなりませんし、そうなると国民の皆様に多大な御迷惑をおかけすることにもなりましょう」


莉紗は国民に請う。


「どうぞ、私の我が儘をお許しください」



***



端的に言おう。

式典での莉紗の発言は、国民の盛大なる拍手と第肆女皇・莉伽(リカ)によって認められた。

本来の事情を知っている現女皇は内心では莉緒を心配しながらも、国民の前では「貴女の自由になさい」と莉紗に声をかけたし、国民は莉紗のカリスマ性に惹かれるままに手を打ったのだった。


「仕方の無い事とはいえ、何故俺が女の姿になど…っ」


衣装室に戻るなり嘆く慧は、国民を惑わした女らしさを一切ぬぐい去り、今は紛う事無く『女装をした皇子』であった。


「あ、もう解いちゃったの?女の子~な兄様、超可愛かったのに」


本気で惜しむ莉紗を、慧はキッと睨む。


「当たり前だっ!そう長々と女でいられるかっ!」


この世界には、僅かばかりだが魔術がある。それを使える人間はほんの一握りで、その一握りは当然のように各国の城に集められる。つまり慧は、城にいる神官に呪術をかけさせ、『女に見えるフィルター』のようなものを身に纏わせていたのだった。勿論、其の事は莉紗と側近たちしか知らない。


「本当に…これで良かったのか?」


ドレスを脱ぎながら、ウィッグを外しながら、慧は不安げに莉紗に問いかける。


「莉緒の事を国民に話して、真実を話して探しに行く方が良かったんじゃ…」

「そんなんじゃ、国民は納得しないわよ」


慧の言葉を遮り、莉紗は悲しげに、はっきりと言った。


「この国に存在しない妹姫を救いに行く、だなんて」

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