猫の鏡餅
「シロ、明けましておめでとう」
大晦日から、お正月にと年越しへの瞬間を真っ白な猫はコタツの中で過ごした。旦那さんが、コタツから引っ張り出して、新年の挨拶をしてくれたが、寝ていたのを起こされて機嫌は悪い。
『にゃん! 眠いのに何するにゃん。あっ、臭い! 酔ってるにゃん』
旦那さんは、真っ白な猫に頬ずりするが、お酒臭い。猫は鼻をしかめて旦那さんから顔を遠ざける。
「シロ、お前にもお年玉をやろう!」
酔っぱらった旦那さんは、酒のアテの笹かまぼこをちょこっとちぎってくれた。今は留守の奥さんがいたら、塩分が多すぎると怒っただろう。
『美味しいにゃん! もっと欲しいにゃん!』
可愛い顔で見上げると、旦那さんは身もだえする。
「シロ、可愛いなぁ」
もう一切れ貰って、うみゃうみゃ食べる。でも、塩分がキツくて咽が乾いた。台所に行って水を飲みたいが、ピシャンと閉めてある。カリカリカリ……と扉を開けようと頑張るが、古い家の立て付けが悪いガラス扉は猫には重すぎる。
『にぁん! 開けて欲しいにゃん!』
奥さんなら、猫が水が飲みたいのだと気づいてくれるが、旦那さんはお酒を飲みながらテレビを見ているだけだ。膝の上に乗り、胸に手を置いて、顔に顔を近づけて要求する。
『水が飲みたいにゃん!』
なのに、旦那さんはわかってくれない。
「お~シロ、可愛いなぁ! お前は、俺を見捨てたりしないよなぁ。あいつと来たら、こんなに寒いのに、わざわざ南海電車に乗って住吉大社まで初詣に行くと言い出したんやで。正月、そうそう風邪をひいてもしらんのになぁ」
ギュッと抱き締めて、愚痴を言うだけだ。真っ白な猫は、コタツの上の小さな器に入った水を見つけた。
『水だにゃん!』
抱っこしている旦那さんから、猫キックして逃れ、小さな器の水をピチャピチャ!
「おお! シロ、お前も酒を飲むんか? 一緒に飲もう」
『ゲッ! 水じゃないにゃん!』
ケッ! ケッ! ケッ! とえずきだした猫に、旦那さんも慌てだす。
「おい! 大丈夫か?」台所から、いつもシロが水を飲む器を持ってくる。
「ほら、水を飲め! 酔った時は水を飲めばええんや」
真っ白な猫は、ピチャピチャ、ピチャピチャと水を飲んだ。
『あ~! 酷い目にあったにゃん!』
旦那さんの隣で丸くなって眠る。
「おい、シロ! 寝てしもうたんか? 大きくなったなぁ……万優子が南海の駅前で拾ってきた時は毛玉みたいやったのに……まるで鏡餅みたいや……」
良いことを思いついたと、コタツの上の籠からミカンを一つ真っ白な猫に乗せる。
「おお! めっちゃ可愛いやん!」
などと旦那さんは騒いでいたが、やはり一人では寂しい。こんなことなら、奧さんと一緒に初詣に出かけたら良かったと後悔する。
「でも、もしかしたら……万優子が帰ってくるかも? いや、帰って来なくても、電話かメールでも……」
ふん! とふて寝したが、結婚に反対したら出ていった一人娘の顔が浮かぶ。
「若すぎる!」と反対したのだか、どんな相手を連れてきても気に入らなかっただろう。女親は、薄情だとぶつぶつ愚痴っている内に眠り込んだ。
「ただいま~! まぁ、ユキったら鏡餅みたいね」
帰ってきた奥さんは、旦那さんの横に眠る真っ白な猫の可愛らしさに微笑む。しかし、そんな場合ではない。勝手に出て行った娘と旦那とを仲直りさせようと画策中なのだ。
「ちょっと、あんた! 起きて! 万優子が帰って来ましたんやで」
旦那さんはガバッと起きた。真っ白な猫は、ふみゃあと目を開けたが、また眠る。ミカンがころころと転がり落ちた。
「お父さん、明けましておめでとう……あの人も一緒やけど、上がってもええ?」
一人娘の万優子が帰ってきた! ちょっとしおらしい顔で、居間を覗いてる。
旦那さんは「ふん! 連れて来てしもうたもんは仕方ないやんか」と、嬉しいのを我慢して、渋々あげてやるんやぞと言うが、にまにま顔が崩れている。
「まぁ! ユキったら鏡餅みたいに大きくなって!」
ころりんと転がり落ちたミカンを真っ白な猫の上に乗せる。
「こら、万優子! この猫はシロやで! ほら、旦那さんもコタツに入ったらええわ! 寒かったやろ、酒でも飲もうや」
奥さんと、娘さんは、お父さんは照れ臭いんやと思ったが、やはり初めての挨拶はしなくてはと、万優子の旦那さんは正座している。しかし、その前には猫の鏡餅が! 思わず、プッと吹き出してしまった。
「お父さん、万優子さんを幸せにします」
「当たり前や! 不幸にしたら、猫と仕返しに行くで!」
台所で、お節や、お酒の用意をしていた奧さんと万優子は、猫と仕返しに行っても役に立たんやろと笑った。
「お~い、はようお酒持ってこんかいなぁ! 息子と飲み明かすんや!」
真っ白な猫も起きてきて、親子の足元で夜食をねだる。
『何か欲しいにゃん!』
奧さんは、賑やかなお正月になりそうだと笑った。