第5話 彼女の笑顔
彼女の姿を見てから、俺は他愛のないことを機関銃のように話し続けた
話が途切れたら彼女が消えてしまい感じがしたから…
いつのまにか陽が陰っていた
空が雲で灰色に覆われていく
『あ、雨…』
突然、雨が滝のように降りだした
『おい、濡れ…』
彼女の方を見ると…
俺は見てしまった
彼女の体をすりぬけ、雨は地面を濡らしているのを
それを見たら…
どうしようもなく悔しくて…
俺は声を押し殺し…泣いていた
あの時の俺は…気が付いたら、彼女が濡れないよう、頭上に上着を広げていた
目の前の現実を受け入れたくなかったからなのか、今でもよく分からない
『私は大丈夫だから…だって…』
哀しげな声で、淋しそうな目をしながら彼女は言った
『いうな!…お願いだから…その先は…言わないでくれ…』
言い掛けた彼女の言葉を俺は遮った
その言葉の続きを聞きたくはなかったから…
俺は涙を流して泣いていた
情けないほどボロボロと…
悔しくて、悲しくて…
どうしょうもなく涙が溢れた…
雨がそれを隠してくれたのが救いだった…
これ以上…彼女に情けない姿を見せないで済むから…
『…ごめんね…励ましにきたつもりだったんだけどな…』
そんな俺を、彼女は悲しみと優しさの交じったような微笑みで見つめていた
『…ありがと…な…』
彼女に俺は、そんな言葉しか言えなかった
『…うん…あ、晴れたね…』
『…あぁ…』
いつのまにか雨は上がり、空は晴れていた
『天気雨…だったのかな?』
『…かもな…』
彼女の声が落ち込んでいく
その感じで俺は理解した
あの雨は…合図だったのだ…と
『…じゃ、そろそろ行かなきゃ…』
『…そう…か…』
彼女との再びの別れ
もう…きっと奇跡は起こらないであろう…
『…うん…なんか色々と急で、ごめんね…』
はにかむように笑う彼女は…昔と変わらず愛らしい
『…謝んなよ…いや違うな…うん、良かったよ』
自然に出てきた言葉だった
自分でも意味は良く分からない
『…何が?』
彼女のもっともな疑問
『いや…逢えてさ…』
単純な答えだ
『ん、そっか。なら来て良かったかな』
悪戯な笑みをする彼女
抱き締めたい気持ちを抑えるのが大変だ…
手を触れることは出来ないだろう
きっとすり抜けてしまうだろうから…
『…あぁ』
『頑張ってよ?』
『あぁ…』
『腑抜けた返事だなぁ〜。あんたはさ、あたしが好きになってあげた人なんだよ?もっとしっかりしてよね』
『あぁ』
頭の中で彼女との思い出が回っている
『まったく…あ、そうそう…はい、これ』
小さな封筒を俺に渡す彼女
『なんだよ、これ』
受け取った手紙は本物だ
面食らう俺
『プレゼント☆ほら、有り難がりなさいよ』
『え?てか、どうやって…』
俺の疑問を彼女は察して、直ぐに答えた
『それ、こっちに来て書いたから』
簡単に言う彼女
『あぁ、そうなん…』
『あ!もう時間ギリギリ!ヤバ!んじゃね!』
昔と同じように去ろうとする彼女
でも…もう<今度>はない…
いやだ…行かないでくれ…
なんで、そんなに普通なんだよ…
離れたくない…離したくない
だが、俺の口からは気持ちとは裏腹な言葉が出てきた
『うん、それじゃ…』
最後まで格好つけて…
結局は素直になれなかった
彼女のいなくなった世界で…
俺はまた一人になるんだ…