第4話 彼女の想い
…桜が見たい…
彼女は突然、そう言いだした
何故急に桜なのか解らないまま、俺は雪菜の後についていった
程なくして着いた場所は、交差点から一番近い中学校の桜並木だった
移動中、俺はあることに気が付いた
彼女はどうやら他の人には見えていないらしい
歩きながら彼女と話していたから、見かけた人は正直不気味だったろう
可笑しな電波を受信している人と思われていたかもしれない
あの時は全然気にならなかった…
だが、俺は相変わらず彼女を見れないでいた
気配や目端に見える人影、声で彼女がいることを確認していた
『綺麗だねぇ〜』
彼女の無邪気にはしゃぐ声が聞こえる
『どうして、桜を見たかったんだよ?』
『だってさぁ〜…』
彼女は一呼吸置き
『一緒にお花見、したことなかったから…』
『そうか…』
『そうだよ。』
そういうと二人の間に暫らく沈黙が流れた
『あのさ…さっきの質問の答えなんだけどさ…』
『…ん?』
唐突に彼女は口を開いた
『さっきの…何しにきたんだ?ってやつ』
『あぁ〜…』
心配だった…てヤツか…
『実はさ、もう一つあるんだよね〜』
『…もう一つって…何?』
『…あんたに逢いたかったんだ』
『…』
『ま、総合的に言えば心配だった…かな?』
少し悪戯っぽく彼女が言う
『って結局、同じじゃん!てか、死んだ人間に心配される俺ってダメじゃん!』
『何いってんの?あんたダメ人間だから。自覚なし?』
彼女はハッキリものを言う
俺はそれが心地良かった
『えぇぇぇぇぇぇ!かなり酷いんですけど!』
大げさに驚いてみせる
もちろん話の流れに任せた演技だ
『いやいや、死んだ人間に心配させるほうが酷いから』
おどけて言う彼女の笑顔は可愛らしい…はずだ
それを見れない自分が悔しかった
『心配させるなんて………そんなつもりはねぇよ』
口調が強くなってしまった
自分に対しての、どうしようもない苛立ちが出てしまったんだと思う
『じゃあさ、何で命日と誕生日、毎年墓にくるわけ?』
意地悪く、しかし悲しそうな声
『いいじゃん。迷惑掛けてねぇし』
全力での強がり
『あたし、そういうの嫌いって知ってるよね?かなり迷惑なんですけど〜?』
『迷惑って…どこがだよ?』
『全体的に重い』
『…俺の勝手だろうがよ…』
実際は彼女の言う通りだったのかも知れない
だから、俺はハッキリ言い返せなかったんだ
『…あんたさ、あたしが死んでから…まともな生活…してなくない?』
口調から悪戯っぽさが消えた
…淋しそうな声
『できないんだよ。前みたいには…』
彼女がいなくなって、俺の心には大きな穴が空いた
心はあの時から折れてしまった
『…本当、ダメだね〜』
『…自覚してるよ』
『…ふ〜ん』
俺の言葉を聞くと、彼女は何かを考え込んでいる
『で、今は…彼女いるの?』
『唐突だな、おい!…てか、分かるだろ…?』
『いいから!答えて!』
投げやりな答え方が気に障ったのか、彼女にしては珍しく強い口調だった
『なんだよ…急に………………いないよ』
彼女の迫力に驚き、一瞬怯み、声のトーンが落ちる
『……だよね。じゃ結婚は?考えないの?』
彼女は質問を畳み掛けてくる
『相手いないのに結婚ないだろ…』
『いや、考えるかどうかって話』
『………考えられないな』
俺の言葉を聞き、彼女が深い溜息を吐いたのが分かった。
暫しの沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開いた
『あのさ…いい加減さ…忘れてよ…』
『………………………』
涙声だった
俺のせい…
俺が彼女を泣かせている…
『あんたの気持ち解るけどさ…逆の立場なら私もそうなるだろうし…』
『なら…』
言い掛けた俺の言葉を遮り、彼女は続ける
『相変わらず自己中だね…。私の…私の気持ちは考えてくれないの…?』
『それは…』
俺が何を言おうと言い訳でしかない
そして、感情的な彼女はそんな言葉を待っているわけではない
『ねぇ!?どうしていつもそうなの!?何でそんなに自分勝手なのよ!?…最後なんだから…一つくらい…私の言う事聞いてくれてもいいじゃない…』
『悪い…』
彼女がこんなに感情を表に出すなんて珍しかった
そんな彼女に俺は謝ることしかできなかった
最後…
その言葉が頭の中に駆け巡っていた
『あんたがそんなんだから…』
彼女の声が泣いていた
『ごめん…』
俺は自然に振り向いた
桜舞い散る中…
そこには昔と変わらない彼女が泣いていた…
俺は思ったんだ
頭が変でも…
幻覚でも構わない…
この一瞬が…永遠に続けば良いと…