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1、Sゼミナール時代の話

 

 ここはS進学ゼミナールの地区本部校の校舎。深夜、私は模試の答案にひたすらに赤ペンを走らせる。

何百人の中学生の何百枚もの答案を採点するのは大変に骨の折れる作業だ。

ああ、気だるい。そして眠い。机に置いてある冷めかけたぬるいコーヒーを飲んで、ふと時計を見上げる。もう午前2時。

私はS進学ゼミナールの数学講師。

東京都内の私立大学を卒業し、この塾の数学講師になって二年目だ。

このS進学ゼミナール、通称、略してSゼミ、という予備校は業界の中でも大手で、上場企業でもあり、非常に高い業績を誇る。

しかしながら、その実態はいわゆる「ブラック企業」

3桁に近い人数がいた私の同期は一年目にして既に半数以上が離職してしまった。

私は数学講師なはずだが、今採点しているのは国語。

なぜ私が国語の採点をしているのか?

それは、この地区の国語担当の一年目の講師が、先週、突如失踪してしまったからだ。

彼女は、少し気弱そうでいかにも心優しそうな女性講師であった。

しかし、このSゼミは、業界内でもスパルタ式の教育で有名な予備校である。

性格的に彼女には不向きであったのだろう。


この失踪した新人女性講師の名は、鳥越亜紀という。

私はこの新人、鳥越亜紀の教育担当者を任されていた。

Sゼミでは二年目の講師が、一年目の講師の教育の責任者である。

新人講師が全体の研修を終え、各地区の校舎に配属された後、まず生徒の前で教える前に、新人講師模擬授業発表会というものがある。

この発表会には、この地区のすべての講師が参加し、彼女の授業を評価する。

この発表会で合格しなければ、講師として塾の教壇に立ち教えることは許されない。

新人模擬授業発表会に向けて、新米講師は必至で準備しなければならないが、そこで、二年目の講師が授業内容やプリント作成等をサポートする。

鳥越亜紀は有名国立大学の教育学部を出ているということもあり、非常に優秀であった。

私とマンツーマンで模擬授業を何度も練習をし、私は指導を行った。

彼女の授業内容には問題なかったが、やはり問題なのは声の小ささや、少し優しすぎる性格といったところが仇となるかもしれない。

私もそこを彼女によく指摘していた。


そして、新人模擬授業発表会の時がやってきた。

今年は、新任の地区本部長がやってくる。

その地区本部長は、Sゼミ屈指のカリスマ講師と呼ばれており、社内でも将来の幹部候補と噂されている人であった。

大変に厳しい指導で有名であり、時には行き過ぎと言われることもあったが、彼の担当したクラスはSゼミの中でも、驚異的に成績を伸ばす生徒が多く、社内でも数々の表彰を受けており、私のような二年目の一般講師にもその名は知れ渡っていた。

彼はまだ20代であり、20代での地区本部長就任は史上初と言われている。


模擬授業が始まろうとしている。

地区のほぼ全ての講師が大教室にもう集まり、生徒側の席に着席している。

新人講師はそれぞれ緊張した面持ちで黒板のほうに立っている。

すると、新任の地区本部長が教室のドアからさっそうと入ってきた。

やはり、彼は他の人とは違うオーラを感じる。

私だけではなく、ほかの講師、そしてつられて新人の講師たちも彼のほうを見た。

彼は大教室中に響く大きな声で挨拶した。

明朗快活、よい声だ。

私たちも挨拶したが、その声をすべて合わせても彼の声のほうが大きいのではないかと思った。

彼は真っ直ぐ教壇へと向かい、話し始めた。

「今日から××地区本有長に就任する、横田比呂です」

「若造ですが私は地区本部長として容赦なくこの地区のリーダーとして皆さんを指導していきます、よろしく」

「さて、今日は皆さん忙しいなか新人模擬授業発表会に集まっていただいた」

「この新人模擬授業、昨年はこの××地区では、一人しか不合格にならなかったと聞いている」

「私に言わせれば、それは評価する側の怠慢だ」

「このSゼミは、地区のトップ高校に生徒を合格させ、その後難関有名大学に生徒を合格させる、つまりエリートを養成するための教育機関だ」

「エリートを養成するには、まず教える側もエリートでなければならない」

「この××地区は地区トップ校である○○高校への合格率が昨年、50%を切っている」

「昨年度三月の統一総合模試の成績も、このxx地区はSゼミの中でも下から数えて、何番目か?知っているか?高橋君?」

なぜ俺?いきなり指名されてびっくりした。

「え、はい。下から数えて3番目です」

「そうだ。それで、この地区の特に何の科目が悪いのか?」

「はい、恥ずかしながら、数学だと思います」

「そうだ。なぜこの地区の新3年生の数学の成績が悪いのか、自分なりに理由を考えたか?」

「はい、私の教え方が分りづらかったのかと…」

カリスマ講師にして新任の地区本部長、横田はそこで怒りをあらわにした。

「違う!高橋!違うぞ!!」

「教え方の問題ではない、あなたの考え方は間違っている」

「あなたのその考え方は、ほかの平凡な予備校教師と一緒だ。Sゼミ講師失格」

「高々中学三年生の数学」

「死ぬ気で生徒に勉強させれば、中学の数学なんて誰だってできる、アホでもできる!」

「あなたは数学そのものを教える必要などない!生徒を洗脳し、生徒自ら勉強させるように仕向ければいいのだ」

「地区のトップ校に進学し、難関大学に進めば、一流企業、高収入、異性にもモテる。そしてカッコいい人生が送れる」

「重要なのは、たとえそれが嘘であっても、それが本当であると生徒たちに信じさせること」

「そしてそのためにはあらゆる手段を使う。嘘八百でもいい。生徒を洗脳させれば、彼らは勝手に勉強する。そして彼らの親たちは、自主的に勉強する彼らをみて、「Sゼミに子供を通わせると、子供が自発的に勉強するようになった、嬉しい」と思うだろう」

「その評判が口コミで伝わり、私たちは新たな生徒を獲得する。そして地区のトップ校合格者を私たちの生徒で占有する」

「そしてトップ校の合格者数を広告などで大々的に発表し、トップ校に行くためにはSゼミに入ることが不可欠、と親たちに思い込ませるのだ」

「そして私たちSゼミは地区最大の生徒数、そして最大の売り上げを獲得し、ナンバー1の塾として永久に発展していく」

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