第7話 つながる声_1
かたくつむった目を開くと、
微かな明かりに、部屋の中だと気がついた。
音は何も聞こえない。
何かが僕をつないでいたようだが、構わず起きあがった。
壁つたいに部屋を出て、暗く長い廊下の先をとぼとぼ歩いていたら
向こうにガラス張りの明るい部屋が見えた。
誰もいなかったが、向き合わせに置かれた幾つかの机と、
書類の山、薬品や注射器や使用前の点滴、細長い管が数本あった。
部屋の隅を見ると黒電話が目についた。
「……」
黒電話の前に立ち、ぬぅ~っと手を伸ばす。
穴に指を入れダイアルする。
2……
ジー……ゴロゴロゴロゴロ
2……
ジー……ゴロゴロゴロゴロ
2……
ジー……ゴロゴロゴロゴロ
時間がゆっくり過ぎる。
2……
ジー……ゴロゴロゴロゴロ
2……
ジー……ゴロゴロゴロゴロ
2……
「も……もしもし」
「……あ」
突然、女の子が出た。
僕は驚きの声を小さくあげた。
「あの……僕の事、わかるかな……?」
「……えっと……」
「……誠二。……おじさんの声になっちゃったから……。君は……変わらないようだね」
「誠二君!」
声の抑揚から、女の子は僕だとわかってくれた様子だ。
「……あの……。その後、君のお父さんは? 救助されたかい?」
「うん! 全員! お父さん……も……」
女の子の声に元気が無くなった……泣いてる?
「ねぇ、どうしたの? 何があったの?」
「お父さん……だけ。意識が戻らなくて、ずっと入院していたんだけど……
消えちゃったの……」
「え?」
「今、皆で捜してるんだけど」
「それは大変だ……僕も探すの手伝いたいけど……」
「ありがとう……」
この歳になっても気の効いた励ましが言えないなんて……
自分で自分が悔しかった。
沈黙が少し続き、何か会話をしなきゃと考えていたら、ふと思い出した。
「……あのっ……」
「……なに?」
「君の名前、まだ聞いて無かった……。
聞こうと思って、何度か電話していたんだけど、繋がらなくて……」
「ことの。 栗原琴乃」
「こ……との?」
「今日の誠二君の声って、お父さんみたいだね」
「あ……だって、もう僕は大人になって……。 子供もいるし……」
「えっ?」
「僕の方と琴乃ちゃんの方は、時間の流れがかなり違うみたいだね。
最初に電話が繋がった時、僕の方は昭和で僕は小学生だった。
その次は中学生。
琴乃ちゃんが言った、"けーたい" とか "すまほ" とか、本気で呪文だと思ったんだ。
……ごめんね、あの時怒ったりして。
でも、今はわかるよ、だって……。
僕の子供が……僕のスマホを一緒に選んでくれてね。
で、思い出したんだ……あれは、呪文じゃないって。
それで気づいたんだ!
琴乃ちゃんは……お化けじゃなくて、未来に住んでいるんだって。
……信じてもらえるかな。
僕は嘘や作り話しを言ってない……よ」
僕は恐る恐る、ずっと言いたかった事を伝えた。
電話口では、半分怒った泣き声で琴乃ちゃんが言った。
「……今、どこにいるの!」
「え……あぁ、ここがどこか解らないけど……」
「周りには何があるのっ!」
「あ……机とか、書類とか、注射器とか……」
「電話、そのままにして! 絶対切っちゃダメだからね!!」
「は……はい」
こ……怖ぁ……。
やっぱり彼女はお化けで、"貞子" とは真逆な意気込みで僕を呪いに来るのか!
僕は頭が真っ白になって硬直した。
遠くからドタドタドタと派手に突進する音が近づいてきて
僕の真後ろで音が止んだ。
僕は恐怖のあまり振り向け無かった。
そのまま、じっと動けないでいたら
女の子の啜り泣く声が聞こえてきた。