第5話 嵐の中で_2
船は狂った嵐に揉みくちゃにされ続けた。
四方八方からの強風と高低差の激しい波が船を襲う。
よくこんな状況で沈没しないものだ。
全員、救命着を装着して息を殺して船底で身を寄せあっていた。
生きた心地なぞ全く無い。
僕より5歳年上の相棒……広田さんは、先日念願の子供を授かったばかりだった。
不妊治療する奥さんと何年も二人三脚で頑張ってきて……。
どんな時でも皆を活気づけるムードメーカーな人なのに、
あんなにうなだれて……見る影もない。
さながら "息をする死体" の僕達を乗せた船は
いつ転覆しても不思議ではない状態で荒れ狂う海に揉まれていた。
僕は、おもむろに携帯を開いた。
ふと、”お化け” の女の子の事を思い出し、かけてみた。
2・2・2……。
はっきり言えば現実から逃れたかった。
あの頃は黒電話のダイヤルだった。
穴に指突っ込んで回す。
ジーゴロゴロ……。
懐かしいな。
かかるわけの無い電話。
僕は携帯を閉じた。
なにげに顔を上げ、外の様子を見に立ち上がった。
「……あ」
水平線近くに赤い星が見えた。
昔、”お化け”の女の子から『助けて』の電話に応えた
父ちゃんの声が耳に響く。
「赤い星が常に右側に見えるように……」
船は赤い星を真正面に捕らえていた。
「おい! 誠二!!」
僕を止めようとする広田さんの手を振り払い、僕は舵をとりに外へ出た。
「クッそたれェェ!!」
僕は舵にしがみつき、身体の全体重をかけて船の向きを変えた。
赤い星が右に見えるように!
「誠二!!」
広田さんが僕を舵のつけねにロープでくくる。
「お前、俺達を助ける方法、知ってんだろ! 頼む! 助けてくれ!」
広田さんの必死の形相に僕は無言で頷くしかできなかった。
船体が大きく傾き、広田さんがへりまで転がった。
僕はロープのおかげで体位を保てた。
「広田さん!」
運よく、さっきの真反対に船が傾いた。
広田さんが僕に向かって転がってきた。
僕は必死で捕まえ、広田さんも僕に掴まって体位を安定させた。
「助かった! ありがとう!」
広田さんはズボンのベルトに、僕を括ったロープの端を結ぶ。
気休め程度だが、それで命一杯だった。
「赤い星がどうのとか言ってたな!」
「赤い星が常に右側に見えるように船を進ませるんだ。 親父が言ってた」
「……! この嵐の経験者か!」
「ああ!」
「なら俺は何をすれば言い? 何でも言ってくれ!」
「波に乗るタイミングを見てくれ!
この先に大きく波が割れる所があるそうだ。
下からごっつい岩が迫り出すから波に乗ってソレを越える!」
「よし、運次第って事だな! OK!」
確かに "運次第" だ。
船を揉みくちゃにする波に、都合よく乗れるわけがない。