第3話 彼女の叫び
僕が中学2年の夏、父ちゃんが漁師を辞めた。
漁師になるのが夢だった僕は目標を無くした。
しかも、土地と家も売って、いわゆる都会って所へ引っ越したんだ!
海とは縁のない、街中のアパートの2階の角が今の僕らの家。
都市伝説を話す仲間との交流はもう無い。
別の中学校へ通う事になったから。
単にブラブラしているのが嫌だった僕は、部活に打ち込んでいた。
そうしてるうちに、先生や親から、”今年は受験生だぞ!” と発破かけられて
中学校生活最後の夏休みを迎えた。
8月。
爺ちゃんの49日もあって、その日は受験勉強どころじゃないほど慌ただしかった。
親戚が帰った後、家族3人になって部屋の中は静かだった。
母ちゃんは早く休むと言って、先に風呂へ入るとサッサと寝た。
僕は父ちゃんに付き合って夜遅くまで愚痴の聞き役をしていた。
電話が鳴った。酔い潰れた父ちゃんを横目で見ながら出る。
「……藤岡です」
「……あの……誠二君?」
「誰?」
「あたし、小6の……」
「え? 誰……」
「誠二君、お父さんを助けて! あたし、どうしたらいい!?」
あまりにも深刻な声に、ぼんやりしていた頭がすっかり目覚めた。
時計を見る。深夜2時2分2秒を過ぎた所。
「都市伝説の電話、つながった!?」
「誠二君!」
「スゲー! 今度はそっちから、つながった!」
「お父さんを助けてよ!」
「あ、あぁ、ごめん! 何があったんだ?」
お化けに助けてって言われたら、お坊さんにお経を読んでもらうしかないだろう。
そう考えながら聞いていた。
「……海難事故?」
「お父さんから船の無線機で連絡があって、それっきりなの!
漁業組合とか連絡したんだけど、波が荒れすぎて救助が無理だって……」
電話の向こうで女の子が泣く。
しくしく……ではなく、うわー!っと大泣きで、お化けとはとても思えなかった。
僕は父ちゃんを起こして電話を代わった。
父ちゃんなら、なんとかしてくれると信じていた。
「おぅ!どうした! ……何?」
父ちゃんは女の子にいろいろ聞き出した。
「……何? 双子岩岬……アァ? 水平線に蜃気楼が見えただと?
バカヤロ!それは海が異様に荒れる前触れだ!
そんな事も知らずに沖に出たのか!」
僕は父ちゃんの対応にオロオロした。
相手は女の子だし、お化けだ。
怒らせて呪われたらどーすんだよ!
「……心配すんな!俺ぁ、お前の親父と同じ目に遭って生きて帰ったぞ!
息子と一緒に俺の船でな! ……もう昔の事だけどな」
父ちゃんの言葉に、僕は『あっ』 と声を出した。
あの日、荒波の中……。
船を操る父ちゃんはカッコイイと心底思って漁師を目指そうと誓った日。
あの日と同じ荒波の中に、女の子のお父さんがいるんだ!
僕はゾッとした。
「いいか、お前の親父と無線が繋がったら必ず伝えろ!
雲の切れ間から赤い星が見えたら、その星が常に右側に見えるように進め。
四方八方から強風と荒波が襲っても、その異常な嵐を抜ける為だ!
それからな……」
父ちゃんは必死に、助かる方法を女の子へ伝えていた。
父ちゃんが電話を切った後は、もうかかって来なかった。
僕は気ががりで2・2・2を毎日毎日かけたが、どうしても繋がらない。
縁があれば再び繋がるだろうと信じて、電話する事をやめた。