どうしても災厄を引き寄せてしまう才能
放課後。
リリトナと共に帰宅の途に着いたのだが、昼頃から気になっていることがある。
「…そう言えば、今日はまだそれほど悪いことは起きてないような…」
正確には、俺が死んだとされるあの時から、だ。
あの瞬間のことはよく憶えていない。何かに締め付けられるような感覚に陥り、意識が飛んだ。気付いたときには、俺の背中に真っ黒な翼が生えていた…そう、それ以降だ。
「当然だ。私の呪術はもう必要ないからな。言っただろう?尚李の不運は私の手によるものだったと」
「あ、そうだ…」
俺を呪い殺し、冥界へ導くための呪術。
それから解き放たれた今、俺は晴れて自由の身に…!
「…なわけないか」
「何がだ?」
「いえ、何でも」
「?」
だって、もう戻れない事情があるから。自由どころか、永遠に縛られることになってるようだし…。
「ああ、そうだ…買い物していかないと。ちょっと寄るとこあるから、付いてきてくれ」
「ふむ、よかろう」
よかろうって。元々なのかは分からないが、だいぶ殿様気質が宿ってきてるな…。
下校途中にあるスーパーに立ち寄る。
「ぬ、少々寒いな…」
店内は冷蔵ゾーンの機能が強く働いており、肌寒く感じる。
「ぬあ!ちょっと待てー!」
「うん?」
「背中のその物騒なモノしまってくれ!」
いくら寒さを感じるとはいえ、翼で身を守ることはなかろう。
「何、心配するな。これは魔力の介入を受けた者にしか視覚認識できないようになっている」
「え、そうなの?じゃあ俺のも?」
「ああ」
でもだからといって出しっぱなしにしてるのも良くない、人やその辺の商品にぶつかったりしたらどう説明するんだよ…。
と、後ろからカートを押した老婦人が近寄ってくる。
「ほら、リリトナ避けて」
「大丈夫だ」
通路にはみ出した翼の部分を、老婦人は通過していく。
…まあ、影響がないのならいいか…。
「お、兄さんとリリトナちゃんだー」
その老婦人の後ろから、妹の姿が。
「あ、こんにちは」
その更に後ろから、有紗の姿も。
「よ、お二人さん。知佳、買い物は今日俺の当番だろ?」
「うん、ちょっと有紗に普通の唐揚げというものを教えてあげようと思って…って、あれぇ?」
知佳の視線が、泳ぐ。
「どうした?」
「リリトナちゃん、そのストールすっごい豪華だねー!なんか羽みたい!買ってきたの?」
「え?」
「!?」
…知佳には…見えている?この黒い翼が?
「あ、本当だすごいね~、高そう…」
「え!?」
「-ッ!?」
有紗も、だと…?
「(おい、どういう事だ!?)」
「(分からぬ…魔力がまだ足りなくて、処理できて無いというのか…?)」
いや、それはないだろう。
さっきの老婦人は気にも留めていなかったし、こんな目立つモノ着けてたらもっと周りから好奇の視線を感じるはずだが…近くにいる店員や客の一人として、こちらに関心を示さない。
「あ、ああ。帰りがけにアヤシイ露天商がいてな。最後の一品だって言って、大安売りで買ったんだ。ほら、リリトナあんまり荷物持ってきてないし、夕方寒くなったら困ると思ってな」
何だよアヤシイ露天商って。ごまかすにももっと言い方があるだろ俺の馬鹿。
「へー、そうなんだ。ラッキーだったね大安売りで買えて!」
びし、と親指を立てる知佳。
何故お前が得意げだ。安い買い物でいいモノを手に入れるという満足感と達成感は確かにあるだろうが…。
「で、知佳…家で作るのか?」
とりあえず話を逸らそう。
「あ、うん。おいしい辛揚げ…じゃなかった、唐揚げの作り方をしっかりレクチャーするのであります!」
「そ、そうか。じゃあ悪いけど他の買い物任せても良いか?」
「お菓子☆買っていい?」
☆を飛ばすな。
「ああ、いいぞ。ただし三百円までだ」
「おいっす!」
非常に元気よく返事をするのだが…。
「知佳、言葉遣い」
「はぅ、ごめんなさい…」
ノリがいいのは母親譲りか…そして、テンションが上がると言葉遣いが変になるのも母親譲りである。しょうもない親子だな。
「じゃ、先帰ってるから」
「お気を付けて」
にこ、と会釈をする有紗の表情は、もうまるで天使だよ。
リリトナを連れて、店を出た。
「ちょっと、そのまま歩いてみるか」
「…ああ」
翼を出したまま、商店街を歩く。
誰一人として、こちらに特異な視線を向けることはない。
と言うことはつまり…。
「…二人とも、何かしらの魔力の影響を受けているってことか?」
「そうなる。ただ、それが私たちのような魔族のものか、天界の加護によるものなのかは分からなかったな」
…天界の加護?
「有紗は天使のように可愛いぞ」
まあ、好きとか愛してるとかそんな感情は無いんだけどな。単純に、純粋というか。
「何を言っているの?問題はそこじゃない」
「うん?」
翼を消し、こちらに向き直る。
「尚李。二人との付き合いは長いのだな?」
「いや、有紗とはあんまり。知佳の話の中でちょいちょい出てきてたくらいで、俺自身は面識無かったしな。知佳はまあ、妹だしずっと同じ家に住んでるから、付き合いは長いけど」
「ふむ…」
何やら考え込んでいる様子だ。
「…まあ、悪意のある魔力ではなかったから、恐らくは天界の方だろうな。全く、あの違和感はそのせいだったか…」
「違和感?」
って、お前の存在自体が俺にとっては違和感そのものなんだけど。
「昼食の時だ。私の呪詞に、あの二人はまるで反応を示さなかったのに気付いたか?」
「え?そうだったのか?」
気付いていませんでした。
がっくりと項垂れるリリトナ。なぜだ。
「二人とも、単に言葉で押しただけだったような感じではあったな…詳しく事情を知るものが居ない分『ああ、そうなんだ』と思いこんでくれただけ。私の呪詞は、二人には届いていない」
「と、いうと?」
「まだ理解できぬか…まあいい。私の魔力の干渉を受けない身体であることに間違いない。考えられるのは、よっぽどのものに守られていて私が気付けないか、微弱すぎて私が気付けないか。または二人とも一度死んだ存在か」
…そう来るだろうなとは思っていたけど。
でも、そのどれも現実味に欠ける。
「まあ、俺だって妹の行動全てを把握しているわけじゃない。でも、仮に俺と同じだとしたらどうだ?リリトナのような、魔力の供給源が必要だ。だが、そんな奴は見たことがないぞ?」
「ふむ…」
神妙な顔つきで、じっと考え込むリリトナの頭をポン、と叩いてみる。
「んあっ!?何をする!」
「いいじゃないか、知佳が何者でも。俺の大事な妹に変わりはないし」
「悠長なことを…もし天使達の手が伸びてきたら、それこそ私たちは抗うことも出来ず消えるしかないのだぞ?」
「へぇ…はぁっ!?」
また大規模なことを言ってくれるな…。
「この人間界には、天使の加護が溢れている。それは人にではなく場所や物に宿っている」
「へー、そうなんだ」
世界も案外棄てたもんじゃないのだろうか。
「そんな中、私たちのような異質の力が抵抗した所でたかが知れている」
…あれ?
「次期冥王となるほどの実力を備えてるんじゃ…?」
あれはハッタリか?
「うつけが。もちろん備えているに決まっている。だが力も弱くなっている上、敵の陣地で闘って勝つなど、どう足掻いても無理な話だ」
そういうものなのか。
「それに、私は争いに来ているわけではない。目的さえ果たせれば、それでいいのだからな」
目的、とは俺を冥界へ連れて行くことだろう。
「付け加えれば、こちらから敵意を見せなければいい。そうすれば冥界へ強制送還されたり、消される心配はない。安心しろ」
「そうなんだ。じゃあ、大人しくしていような?」
「うむ」
リリトナにとっても、現段階で知佳のあれこれ詮索した結果、冥界に送還されるとか天使に消されるとか…そのようなリスクの起きる行動をしないはずだ。
「…尚李」
「何?」
「さすがとしか言いようがないが、こればかりは私も手を貸さないとまずそうだな」
「あ?」
す、とリリトナの指差した方向に目を向ける。
「…何、あれ」
犬のような身体に、頭が三個。
遠くで、こちらを威嚇するように見つめる。
「地獄の番犬ケルベロス、と言って分かるか?」
「ああ、ファンタジー系のRPGを遊んだことがあるから、名前は知ってるけど」
…けど。
何で出てくる。
「尚李自身の不幸体質に、私の魔力が相乗効果を為して、異界の生物を引き寄せた」
「そんな冷静な分析と解説は今必要ない」
リリトナのせいだけじゃなくて、俺自身の体質で不運を呼ぶことに変わりはないのか。
「…まだ距離はあるな。逃げ切ろうと思えば可能だが…尚李、どうする?」
俺に聞くのかよ!?
「逃げた所で、どうせまた引き寄せちまうんだろ?だったら、今のうちに何とかしておくべきじゃないかと」
とは言ったものの、どうしろってんだ。
「そうか…ならば、奴は私が仕留めよう。だが、私の魔力ではせいぜい二、三発程度しか攻撃できない。どうにかして隙を作れ」
「お、おう」
つまりは囮である。
「…行くぞ。敵意は見せず、なるべく自然に近付け」
「…よし」
徐々に、距離を詰めていく。
ケルベロスって言うくらいの巨体なら、距離感は掴みやすそうだ。まだ目視できる感じは小さく見える。結構距離がある感じかな?リリトナの言うとおり、いざとなったら逃げるだけの余裕はありそうだな。
「…?」
ふと、背中に熱い違和感を感じる。
この感じは、昨日の…?
「リリトナ、ちょっと待ってくれ」
「どうした?」
「背中が、変な感じがするんだ」
「ほう、そうか」
「そうかって…」
あっさりしてるな。こっちは昨日のアレが出てきてしまわないか結構不安なのに。
「気にするな。魔力の共鳴程度誰にでもある」
「…ああ、もしかして、あのケルベロスの魔力に呼応してるとか、そんな感じ?」
「そうだ。…しかし妙だな」
「何が?」
「近付いているはずなのだが、まるで距離感が縮まっていない」
「そういえば…」
発見したときよりは近付いているはずなのだが、やはり目視できるサイズで言うと変わりなく見える。
「ひょっとして」
たたた、とリリトナは駆けていく。
「え、ちょ待ってくれえええ」
一人にするとか、滅茶苦茶不安なんですけど!
走って行ったと思えばぴた、と止まったリリトナに、ようやく追いついた。
「はぁっ、はぁっ…一体どうしたんだよ!置いていくなよ!」
女々しいったらありゃしないよ、全く。不安で仕方ないんだから。
「これは…どういう事だ…?」
「はぁっ、あぁ?」
息を整え、リリトナの視線の向く方を見る。
「…なんか、小さくないか?」
「何故だろうな?」
ふふ、とこちらを向き笑う。
「俺に聞くな」
「ふふ、引き寄せた上で力を奪う、か…尚李、素晴らしいぞ」
ぎゅ、と俺に抱きついてくるリリトナ。
「へっ?」
いきなりの行動に、戸惑いはすれどそれを剥がそうとはしなかった。
ちょっと嬉しいのは秘密だ。相手がリリトナとはいえ女子に抱きつかれるとかああもう!
「…ふむ、やはりそうか」
す、と俺から離れる。
「良いことを一つ、教えてやろう」
「は、はい何でしょう?」
ちょっと緊張してしまったのでドギマギしてしまっているのは仕様だ。
「変な奴だな…?まあ、いい。さっき、此奴に遭遇した時に私が言った事を憶えているか?」
「うーん…」
何だっけ…俺が引き寄せてるとか何とか…ああ、そうだ。
「俺自身の不幸体質に、リリトナの魔力が相乗効果があって、こいつを引き寄せた…だっけ」
「そうだな。そしてそれを裏付ける理由も分かったぞ」
「それが、良いこと?」
「そうだ。尚李、お前には今後も私の傍にいて貰うぞ。一層、必要な存在となった」
男らしい。俺なんかより全然男らしいこと言うな、こいつは。
「尚李は不運と言うが、これは同胞を引き寄せる体質のようだな。そして、それらから魔力を吸い取っている。無論、それは無意識に…というより、勝手に発動する能力なのだろうな。そうして魔力をため込んだ尚李引き寄せられる者が現れ、また魔力を吸い取り…その繰り返しだ。今までの常識では、考えられないな」
…はぁ。
「でもその通りだとしたら、魔力溜まりすぎて妙なことになったりしないのか?」
暴発とか、爆発とか、炸裂とか。
「全く問題ない。ケルベロスほどの大きな魔力を持った者ばかりではどうなるか分からぬが、人間界に存在する悪魔など小物に過ぎない。一万匹いようと、ケルベロス一匹にも敵わぬ」
匹って。小動物のように言うなよ…でもまあ、目の前の子犬のようなケルベロスを見れば、そう言いたくもなるが。
「此奴は、辛うじて実体を保つことが出来ているようだな。尚李が近付くほどに、魔力が吸い取られこのようなサイズになったのだな」
しゃがみ込み、ケルベロスの頭を一つずつ撫でていく。
…嬉しそうに尾を振りリリトナに懐く、ケルベロス的な犬。
「ほう、お前も私に忠誠を誓うか?いいだろう、今は小さな身体ではあるが、いずれ元に戻してやる。それでいいか?」
「「「ワン!」」」
三つの頭が、まるでそれを受け入れたかのような返事をした。
「ちょっと待ってくれ…」
「何だ?」
頭を撫でながら、顔だけこちらに向けて返事をするリリトナに、疑問をぶつける。
「…もしかして、連れて帰るつもりか?」
「そうだが?」
ですよね。その感じからするとそうだと思いましたとも。
「…はあ」
「何をため息をついておる」
「…一つ、条件を付けさせてくれ」
「また条件か?尚李はそれが好きだな…言ってみろ」
「せめて、普通の犬の姿にはならないのだろうか?」
頭が三つだぞ。そんな犬が庭を歩いてみろ。すぐにマスコミが駆けつけて大報道だ。
「容易いことだが…このままでは駄目か?」
そんな懇願するような目をされても…。
「駄目。大体、頭が三つの犬なんて知佳が見たら倒れるぞ…」
この世には存在しない生物だからな。
「ふむ…やはりこの姿では無理か。仕方ないな…」
駄目って分かってたんかい!
呪文を唱えると、ケルベロスは普通の犬の姿になった。
「あ、ちょっと待ってくれ」
「ん?」
携帯電話を取り出し、犬の画像を検索する。
「あった、これだ」
そのうちの画像の一つを、リリトナに見せる。
「何だ、その機械は」
「携帯に関してはあとで教えてやるから、この画像見てくれ」
「ふむ…?これは、何だ?」
「犬だよ。種類は違うが、これも犬なんだ」
そう言って見せたのは、ポメラニアンの画像だ。
「これも犬だというのか?何と愛くるしい…」
「できるなら、この姿にしてほしいなと。知佳、前から飼いたがってたし…それに、そんな猟犬のような姿じゃご近所にも不安を与えちゃうから…」
「わ、分かった。私はこのままでもいいのだが、尚李がどうしてもと言うのならこの姿にしてやってもいいぞ」
「どうしても、です」
「そ、そうか。ならば」
再び呪文を唱え、猟犬は可愛いポメラニアンへとその姿を変えた。
「きゃんきゃん!」
なぜお前も嬉しそうなのだ、犬よ。
「そうか…お互い邪険にされる道を歩んできたからな…たまには、こういうのもいいか?」
「きゃん!」
すっかりお互いを気に入ってしまっている様子だ。
…でもいくつか、疑問がある。
「それってさ、勝手に元の姿に戻ったりしないのか?」
「私が死ぬか、命じない限りはこのままだ」
「じゃあ、ケルベロス本来の役割って大丈夫なのか…?その、今ここにいるって事は、地獄の門番としての役割は…?」
「問題ない。何も地獄を守るのはケルベロスだけではないぞ」
「え、そうなの?」
「きゃんきゃん!」
犬が答えた。こいつ、知恵もあるんだな…。
「とりあえず、大丈夫って事でいいのかな…」
そこはかとなく不安が…。
「心配いらぬ。私に任せろ」
言いながら、犬の頭をぐいぐい撫でている。
それを気持ちよさそうに受け入れる犬。
…まあ、いいか。
犬を連れて、帰宅する。
既に知佳は帰宅していて、玄関には二足の靴が並んでいる。
「ああ、そう言えば有紗も来てるんだっけ」
「…あの娘か」
急に不機嫌そうな顔をする。
「どうした?」
「別に…そうだ、ケルベニアンを知佳に見せてやろう」
「ちょっと待った!」
何か妙なフレーズが聞こえたぞ。
「?」
「なんだ、そのケルベニアンって!」
「名前だが?二つの名を取った素晴らしい名だと思わないか?」
ケルベロス+ポメラニアン…ああ、なるほど。
「って、納得するなよ俺!」
「騒々しい奴だな…おい、知佳はいるか?」
俺の悶絶をよそに、リリトナは犬を抱いてリビングに入っていった。