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日常の風景とは貴重だと気付く

それからというもの、機嫌を損ねたのか何も喋らない。

 まあ、そもそも何か喋りながらってわけでもなかったのだけど。

「おはよ、桐堂。昨日は大丈夫だったか?トイレ行ったきり帰ってこなかったから、みんな心配してたんだぞ?」

 と、登校中に声を掛けられた。

「おう、おはよう耕太。まあ、いろいろあってな…」

「へー、まあ無事でいるなら何よりだよ。てっきり神隠しにでもあったのかって噂にしちまったぜ」

 うわ、そんな。まあ、トイレ行ってそのままだったからそりゃまあ…。実際には、もっと酷い目に遭ってたんだけどな。

 とは、口が裂けても言えない。

「ところで、その子誰?転校生?桐堂の知り合いなのか?」

 うっわ、リリトナのこと一瞬忘れてた。

 俺の横で静かに歩いていたリリトナは、耕太を見るやいなやこう話しかけた。

『お は よ う 、 耕 太 く ん 。 今 日 も 元 気 だ ね』

 …ん?何か今、変な感じだったぞ…?

「おはよー、リリトナさん。今日もかわいいね!」

『そ ん な … い つ も の こ と よ』

 何だ?

 体が震えてる。

 これは…?

「おおう、言うねー。じゃーな桐堂、俺先行ってるわー」

「お、おう…」

 ささっと、耕太は先に行ってしまった。

「…ふぅ、まあこんなものだろう」

「あ、ひょっとして朝食時に言ってた『私がもともとそこにいたと認識させる』っていうのは…?」

「まあ、そう言うことだ。言葉は、脳を介して理解される。その言葉の中に、相手の深層意識に留まることが出来る程度の魔力を載せたのだ。そうすることによって、私の言葉は相手の脳内に事実の記憶として残される。単純だろう?」

 いや、全然。

「ふむ、何故だろうな」

「何が?」

「やはり、尚李の家から離れると魔力が滾るような感覚になるのだよ」

「そうなのか?単に食べて寝てってしたから正常な回復をしてるんじゃない?」

 もしかしたら栄養ドリンクが効いて元気一万発なのかもしれない。

「ふむ…まあ、いずれにしても良い傾向だ」

 一人納得した様子で、うんうんと頷いている。

 何というか、俺にとってはどっちに転んでもよろしくない。

 リリトナが魔力を得続けて回復したら、俺も冥界へと帰らぬ旅へ。

 逆に魔力の回復に時間が掛かれば、人間界での行動時間も増えそれに伴い俺のストレスも増え続ける。何というジレンマ。

 そんなこんなしている間に学校へ到着、教室へと向かう玄関で、またひとつあることに気付く。

「そういや、上履きとかどうするんだ?」

「ぬ?このままではいかんというのか?」

 靴自体は妹の物を履いているのだが、上履きばかりはちょっとな…。

「靴のままじゃ駄目なんだよ。うーん、仕方ない、知佳のとこに行って体育館履き借りてくるわ」

「待て、大丈夫だ。この程度」

「は?」

 また、何か小声で喋っている。ああいうの呪文って言うのかな?

 すると、何もない所からふっと上履きが現れた。なんだそりゃ。

「これでいいか?」

「あ、ああ…すごいな、そんな便利なものなのか…どうやってんだよ」

「魔力を持たぬ物質は全て複製することが可能だ。冥界では、この力は私ともう一人しか扱えていないな。さあ、恐れをなし平伏すがいい」

 いや、そこまではちょっと…。

「でも魔力を持たない物っていう制限はあるんだな」

 万能とは言えないようだ。

 上履きを履き、靴は空いている下駄箱に入れさせ一緒に教室へと向かう。

「魔力の影響を受けて存在する物は、それぞれ呪術を施した主の力によって形成されている。尚李もその一つだな。融合することはまず無いから、混ざり合ってしまえば暴発しかねないのだ。それこそ世界を壊しかねないほどに、な」

「おいおいおい、そんな危険物だったのかよ…」

 そんな力で生かされていると考えると、寒気がする。

「とはいえ、魔力を魔力として扱える者自体、ほんの数人だけなのだがな。そう気にすることでもない」

「あ、そうですか…」

 冥界がどんなで人口は何人でとか興味ない。っていうか聞きたくない。


 教室に着き、自分の席へ座る。リリトナもそこに付いてきたのだが、座る席がない。どうしたものか…。

「だから、問題ないと言っているだろう」

 すると、今度は机と椅子を作り出した。それも堂々と。

 教室中の視線がこちらに集まり、雰囲気ががらりと変わる。そもそも耕太以外この状況は知らないわけで…と言っても耕太も記憶を追加されたのだけれど…。

「ああ、ぬかったな。どれ…」

 すう、と息を吸い込む。

『お は よ う 、 み な さ ん 。 今 日 も 学 校 面 倒 ね』

 すると、雰囲気がまた一変する。

「おはよー、ホント学校面倒だわー」

「ま、これも大学行くためのステップだと考えればまだやる気も出るってもんだろ」

「あんたは大学行って遊びたいだけでしょー?」

「うはは、ばれてる!」

 といった何気ない会話に元通りとなった。

 そう言えば、気になることが一つ。

「リリトナ、外っ面はいいよな…」

「何?何か文句でもあるのかしら?」

「滅相もございません」

 まあ、合わせてくれるとは言ってくれたしその約束を守ってくれてるのは助かる。でも、俺に対する風当たりは非常に強い。なぜだ。ひょっとしてツンなのか。

 そして何事もなかったかのように机を俺の隣に並べる。他の生徒の机を押しのけて。またそこにいたのが当たり前だったかのように、俺の隣だったクラスメートは後ろにずれた席についた。

「…とりあえずは、安心か」

「そうね。あくまでも私は普通の人間として認識されるようになったわよ。あら、悪魔でもだなんて…私としたことが下らない洒落を…ふふふ」

 顔を潜め、一人くすくす笑っている。ツボがわからない…。


 不思議なくらい何も起こらず午前の授業が終わり、昼休みに入る。

 俺の心配をよそに、リリトナはまるで違和感なく溶け込んでいた。しかも、ただの留学生ではなく、既に数ヶ月は経過していてクラスメート全員と面識があるという設定になっていた。知佳に知れたら余計混乱するな…まあ、それすらも書き換えるんだろうけど。

 そういえば、今日はまだ何一つとして不運なことが起こらない。まあ、大いなる存在が横にいるわけでそれ自体が俺にとっては不運ではあるのだけど…。

 リリトナの言ったことを全て信じるとしたら、俺にはもう不運を呼ぶ体質は無いって事になる。だって、これまでの不運な出来事は全てリリトナの手によるものだと自分から白状したからな。

「尚李、例のモノは無いのか?」

「例のモノ?」

 何のことだ?

「昨晩と今朝私にくれた、あの小瓶に入った飲み物だ」

「ああ、元気一万発の…。持ってきてないな、あれ気に入ったのか?」

 予想外だ。まあ意図して手渡ししていたモノなのだが、それほど好評だったとは。今となっては、あげるのを控えたくなる。もし本当に元気一万発にでもなったら、それこそ冥界行きが近付いてきてしまうからな…。

「うむ。あれはいいモノだ。こう、力が漲るというか、気持ちが高ぶるというか…まあ、効果は長くはないのだが繰り返し飲めばきっと魔力の回復も早いと思う」

 用法・用量を守って、正しく服用してください。病気の治癒や体力の回復を保証するものでもありません、魔力回復なんてマジでやめてください。過剰摂取は控えましょう、今後の俺のために…。

 何だか、物欲しそうな顔をしてうずうずしてるみたいだ。

「そういえば、学食脇の自販機に似たようなのがあったな…」

「がくしょく?じはんき?何とも言えぬ甘美な響きではないか…」

 知ってて言ってるのか、知らず雰囲気で察したのか。いずれにしても、言った以上は連れて行かなきゃならないか…持参した弁当を、教室で静かに食べていたかったのだが…仕方ない。

「じゃ、行くか」

 鞄から自分の分とリリトナの分の弁当を取り出し、学食へと向かった。


 生徒達で入り乱れる学食は、大変な賑わいを見せていた。

「…何だ?」

 朝忙しい日は弁当を作れないため学食に来ることが週に一、二回あるのだが、いつもより人が多い気がする。

 一際目立つ人だまりがあったので、背伸びしてそちらを見る。

「な…なんだってー!?」

 【本日、数量限定・かつ煮販売。抽選で5食まで。抽選券はこちら↓】

 学食のメニュー看板の上に、そう貼り出されているのが見えた。

「ここはうるさいな…尚李、どうした?」

「いや、今日は超レアメニューのかつ煮が出るらしい…!」

「ぬ?それは美味なのか?」

「俺は食べたこと無いけど、なんかすごいらしい」

 しかも、このメニュー自体がランダムで時々出てくるものだから遭遇率自体低いし、いざ抽選となれば5人しか食べられないという仕様だ。

「ふむ…それより尚李、私の飲み物を」

「あ、ああそうだったな」

 それが目的で来たのをすっかり忘れていた。あー、かつ煮喰いてえ。

 でも、今日は弁当だから見送るしかないか…。

 自販機に向かい、目当てのドリンクを見つける。

「何だこの無駄な図体の機械は…?」

 機械、ということは分かるらしい。

「ああ、これな。ここに金いれて…」

 ぴ、と音が鳴って、赤いランプがつく。

「ぬ、何かの警報音か?まさか此奴、私に敵意を向けるというのか?」

 ず、と後ずさりする。

「んなわけないよ。んで、欲しい物の下にあるボタンを押す、と」

 ガコンッ!

「ふぇっ!?」

 そこまで驚きますか。

 取り出し、リリトナに渡す。

「…これは」

「ああ、ちょっと違う物だけど近い物だと思うぞ」

 パッケージには、元気発する!オレノミンGと書いてある。

「なんと面妖な…」

「そうか?」

 普通のパッケージだと思うが。

「いや、この機械がだ…此奴が吐き出した物を飲め、と言うか」

 ぎ、とこちらを見つめる。うわ、なぜ不機嫌…?

「いや、分かってると思うけどあれ機械だし、吐き出したとか言っても自販機の中で作ってる訳じゃないから!」

「何だ、そうなのか…始めからそう言え」

 凄まじい想像で勘違いしていたのはあなたです。

「じゃ、座れるところ探すか…」

 学食内に戻り、辺りを見渡す。

「あ、兄さん、リリトナちゃーん!」

 お?

 ぶんぶんと、手を振る妹の姿が見える。

 だが、恥ずかしいぞ妹よ…。

「ぬ、あれは知佳か。呼んでいるぞ、行かないのか?」

「ああ行くよ、行くともさ」

 周りの視線を浴びつつ、妹の元へと向かった。

「やー、偶然だね」

「まあそういやそうだな」

「あ、こんにちは、お兄さん」

「うん?」

「あ、こちら私の友達の有紗ちゃんでございます」

 そんな丁寧に紹介されても…。

「あ、初めまして…知佳ちゃんから話はよく聞いてるんですけど、こうして会うのは初めてですね」

 にこ、とこちらに笑いかける、有紗とよばれた少女。やべ、かわいい…。

「ほんでー、兄さんの隣にいるのがリリトナちゃんって言って、家にホームステイに来てる留学生なんだよねー!」

 ぺかー、っと笑顔で有紗に紹介する知佳。

「え、留学生…?そんな話あったっけ…?」

 疑問符を浮かべる有紗に、リリトナはこう告げた。

『実 は 先 日 か ら 来 て い る の 。 よ ろ し く 』

 …また、それか。まあ、俺的には助かるからいいんだけどな。ついでに、学食にいる全員にも効果が伝染してくれれば手間が省けるってもんだ。

「そ、そうなんだ…宜しくお願いします」

 …おや?

 リリトナの言葉の影響を受けていないのか、それともただ恥ずかしがり屋なのかは分からないが、歯切れの悪い感じの返答だったな。

 リリトナはといえば…なぜそんな顔をしている。

「どうした?リリトナ」

「…いえ、何でも。ただの勘違いだから」

「…?」

 冷や汗を浮かべているのを、俺は見逃さなかったのだがな…まあ、いいか。

「ささ、お二人ともこちらへどうぞ」

 ずずい、と椅子をずらして俺達を案内する知佳。なぜそんな仲居風なんだ。

「おう、サンキュ。ほれ、リリトナ」

「あ、ああ」

 とすん、と腰掛ける。

 リリトナの前に弁当を置き、広げてやる。

 それを横目に、先程買ったドリンクを開け、一気飲みにかかる。

「あ、リリトナそれはまずいんじゃ…」

「ぶべはぁっ!?げほっ、げほっ!?」

 何て愉快なリアクションをしてくれるんだ。

「だ、大丈夫!?」

「それ、炭酸強いから一気飲みはよした方が…」

 時既に遅しなのだが、遠慮がちに有紗はアドバイスをしてくれた。

 俺もまさにそれを言おうとしたのだが、リリトナの行動の方が早かった…。

 手際よく拭き取ってくれた知佳のお陰で、制服自体はそれほどシミが残っていなかった。

「…尚李、これは酷い仕打ちだ。反逆のつもりか?」

 にや、と俺に笑いかける。うっわ、嫌な予感…。

「かつ煮ナンバー、発表されるぞー!」

 そんなリリトナの表情をぶった切るような大きな声が、どこからか聞こえた。

「お、当ったるっかな~?」

「何だ知佳、抽選券持ってるのか?弁当持ってきてるはずだろ?」

「あ~、朝いつも通り作っちゃったから、リリトナちゃんの分忘れちゃって…まあ、自分のミスだし仕方ないよね。」

 てへへ、バツが悪いようにして笑う。全く、お前って奴は…。

「当選番号は、十五番、三十二番、三十八番、七十九番、九十番。以上です!」

「うわー、また外れた~」

「よっしゃあああああ、初めて当たったああああああ」

 悲喜交々、辺りはざわついている。

「イエス!イエスイエスイエス!」

「どうした知佳、壊れたか?」

「知佳ちゃん…」

「何この子…」

「これを見なさいっ!」

 どーん!

 と見せつけてきたのは、九十番の番号札。

「うっわ、当たってやんの」

「知佳ちゃんすご~い」

「流石知佳、下僕の愚妹にしては幸運だな」

「いやっはー!」

 思いっきりガッツポーズを決めて、正直悪目立ちしてるぞ。やめてくれ。

「じゃ、もらってくる~!」

「…幸運な子ね。尚李とは正反対」

「ま、いつもあんな感じだよ。知佳は何か運がいいんだよなー」

 駆けていく知佳を見送る一同。

 その背中が、踵を返し俺の元へやってきた。

「ど、どうした?」

「兄さん☆」

「何だよ」

「お金貸して☆」

「…」

「…☆」

 そんな目パチで☆飛ばされても…。

「いやあー、かつ煮高いの知らなかったもので」

「あ?いくらだ?」

「千二百円☆」

「…」

「…☆」

 そんなに高かったのか。カレーなら大盛り無料で三百円で済むのに…。実に四回分か。

「…ほれ、あとは自分で出せるよな」

 財布から、千円出して渡す。

「うん、ありがと☆兄さん愛してる☆」

「うっせ」

 ちょっと☆が鬱陶しい…。

 再び駆けていき、学食のおばちゃんに抽選券を見せに行った。

「お兄さん、優しいですね」

 にこ、と笑いかけてくる有紗。やめろ、惚れてまうやろ。

「尚李にしては気が利くな」

 リリトナも、ふっと微笑む。

 …ホント、外面はいいなこいつ。

「だが、私に対しては何故あのような液体を飲ませた?」

 げ。

 流れの中で忘れてくれたと思ったら…。

「いや、注意しようとはしたんだが…っていうか、リリトナの手が早すぎ」

「渡すときに一言言えばいいでしょう。まだまだ修行が必要と見えるわね」

「修行…?」

 きょとん、とする有紗。

「あ、ああ。こいつお嬢様育ちだから我が儘で、痛ぇ!?」

 がす、と思いっきり足を踏まれた。

「(何を無駄な設定を付け加えている。それに我が儘とは何だ)」

「(し、仕方ないだろ?修行とか何とかお前が変なこと言うから)」

「…?」

「おっしゃー!来たー!」

 ハイテンションで戻ってきた妹は、とても女子とは思えない台詞を吐いた。

「知佳、言葉遣い」

「う!?はは…ごめんなさい。あんまりにも嬉しかったもので」

 とん、とレアメニューが乗ったトレーをテーブルに置く。

「ほう、これが噂の…」

「おいしそう~、いいなー知佳ちゃん」

「…(ごくり)」

 リリトナの目が光っている。アレは、獲物を狙うハンターの目だ…。

 しかしそんなことも気付かず、妹は箸を構える。

「じゃ、いただきまーす!」

「ん、俺達も食うか」

 それぞれが自分の食事に取りかかる。

「こっ、これは…うーまーいーぞー!!」

「知佳、言葉遣い」

「はっ!?」

「ふふっ、面白い」

「…(じゅるり)」

 自分が恥ずべき言動をしていたと気付かせるためには、二度でも三度でも注意しないとな。それが可愛い妹のためとなるなら、なおさらだ。

「はい、兄さん」

 ひょい、とかつ煮の一切れを俺の弁当に入れる。

「いいのか?」

「うん。お金借りちゃったし、利息ということで」

 別に気にしてないんだけどな。ま、ありがたく頂いておこう。

「そっか、サンキュ…ってリリトナ、その箸は何だ」

「!?」

 会話の間にこっそり頂戴する腹づもりだったのだろうが、バレバレだっつの。

「ふふ、なんかトリオ漫才見てるみたい」

 恐ろしいこと言ってくれるな、有紗さん?

「ほら、お前らのせいで笑われた」

 でもまあ、楽しいな。

 こんな賑やかなのはいつ振りだろうか。

「全く…ほら」

 半分に割いて、リリトナの弁当に乗せる。

「ぬ、いいのか?」

「食べてみたいんだろ?」

「し、仕方ない…尚李がそこまで言うのなら頂戴してやろう」

「おう」

 もぞもぞとそれを口に運ぶリリトナを見ると、何だ意外と普通に出来るじゃないかと感心してしまう。俺もかつ煮に食らいつくとしよう…。

「うお、なんだこれ超やわらかいな。それでいてしっかりとした歯ごたえも残しつつ、和風出汁の利いた風味が染み込んでいる…いやあ、美味い」

「知佳、感謝する」

満足げな表情を浮かべ、知佳に感謝を述べた

「へへー、どういたしまして。有紗も、どうぞ」

 ひょい、と有紗の弁当箱にもそれを一切れ移してあげた。

「わ、いいの?知佳ちゃん」

「いいってことよ」

 知佳、言葉遣い。とは言わなかった。今だけだぞ。

「ありがとー、うれしいな。じゃ、お返しにどれでも好きなの一つどうぞ」

 はい、と知佳に自分の弁当箱を向ける。

 うむ。

 なんとも微笑ましい光景だ。

「わーい、じゃこれ一個貰うね」

 唐揚げ的な塊を摘み上げ、口に運ぶ知佳。

 なぜ唐揚げ的に見えたかというと、何か色がやたら黄色く見えたからだ。あれを唐揚げと断定するには観察が足りないようだ。

「…うっひょー!?」

 妹、壊れました。

「ど、どうしたんだ知佳?」

「かーらーいー!ひぃー!」

「え、そう?今日はいつもより控えめにしておいたんだけど…」

「な、何を?」

「からしとか」

 なんてこった。そしてそれを事も無げに食べている有紗もなんてこった。っていうか「とか」って何だ…?

「知佳、これを飲むといい」

「あ、ありがとリリトナちゃん」

 手渡された液体を飲む。うわ、馬鹿…あれ、さっきリリトナが残した元気を発するドリンクだぞ?

「げはっ!?ひゃああああああ」

 声にならない悲鳴を上げて、知佳は仰け反る。まあ、そうなるわな。

「口の中辛いのに炭酸なんて飲むからだろ…はあ」

 コントか君たちは。

「もう、知佳ちゃんったら面白い…くすくす」

「…にやり」

 それを見て微笑む有紗と、ほくそ笑むリリトナ。

「ってか、助けてやれよ…」

 そう言う俺も、何だか面白くて見てるだけだ。

「ひゃー!もう駄目兄さんそれちょーだい!」

 がしっと俺の茶を奪い、一気に飲み干した。

「ちょっ、おま…」

「ふぅー、酷い目に遭ったわ…まだ口の中ピリピリする」

「大丈夫?知佳ちゃん」

 心配そうに見つめる有紗。残念ながら、君のせいだ。

「ま、まあ何とか。でも有紗、よくそんなの食べられるね」

「変かな?昔から食べてて、好きなんだよね」

 天使の笑顔の裏にはそんな危険な嗜好が隠されていたとは。

「辛い物好きなんだ?」

「いえ、嫌いです」

 何ですと。

「でも、これだけは昔から平気なんですよ。慣れって怖いですね」

 えへへ、と照れ笑いする有紗の表情がとても可愛らしいのだが、照れる所ではない気がする。

「…まあ、慣れが怖いってのは分かるけど」

 もはや、リリトナがそこにいること自体が普通の世界になっている気さえする。

「お兄さんとリリトナさんも、よかったらお一つどうですか?」

「断る」

「俺、もう腹一杯だよ。またの機会にでも」

 いくら美少女の手作り弁当だとしても、全力で断るよ…。

「そうですか?じゃあまた今度で」

 うは、今度もちょっと遠慮したいのだが。

 知佳はというと、口直しにと言わんばかりにかつ煮に食らい付いていた。


 昼休みも終わり、午後の授業に入る。

 微睡みの中で辛うじて意識を保つ俺の横で、リリトナは完全に寝息を立てていた。そしてそれを教師は注意するでもなく、淡々と授業を進めている。

 まあ、リリトナが学校に来ているのは俺と離れないためであって、勉強しに来ているわけではないしいいんだけどな。でも俺は眠気に負けるわけにはいかないんだ。ちゃんと授業を受けておかないと…進度に追いつけなければ、どんどん置いていかれる。仮にも進学校に入学してからもう一年以上経過しているのだから、ちょっと気を抜くと成績が落ちかねない。

 俺に、そのようなミスは許されない…と言うより、俺自身がそれを許したくない。友人と遊ぶのは楽しいし、そんな時間ももっと欲しい。家に帰れば家事が待っているが、親の留守を守り、妹を育てて行くには…まあ、知佳とは年が一つ違いだし、もう心配ないところまで来てるけど…それでも、兄として、家族として、知佳には苦労を掛けないようにしたい。

 家事に関しては分担してやってるし、料理だって俺も知佳も大失敗しない程度まで出来るようになった。これからは、俺は俺自身のことに専念してもいい頃かな…と思っていた矢先の、リリトナとの出会いだったしな…。

 なるべくいい成績を残して、推薦を取れれば入学金も学費もある程度は安くなる大学もある。大事なのはどこに行くかではなくどのように行くか、なのだ。少なくとも俺にとっては。母親が必死に働いて得た収入を、ただ何となくやりたいことを探すために進学したいとかそんな曖昧な理由で消費したくない。明確な目的を持って…母さんの仕事のサポートを出来るだけのスキルを身につけるため、大学へ進みたい。

 …でも、それも今となっては叶うかどうか分からない。

 隣で爆睡している冥界のお嬢様に、全てを奪われてしまった気がしてならない。

 生きるために、彼女の魔力供給が必要で。

 俺は彼女の魔力を増幅させるために、半ば強制的に契約させられ。

 …ああ、駄目だ。

 現実を見ると、自分の意志では何も出来なくなっているのではないだろうか?と不安になってしまう。目の前に書き連ねられた文字ですら、無意味だ。

 …もしも。

 リリトナをずっと人間界に居させることが出来るなら、それは叶うかもしれない。それには魔力供給や効果範囲の問題が関わってくるのだが…例えば、下克上を起こして立場の逆転を図る、とか…行動がばれた時点でどんな仕返しが来るか分かったもんじゃないか…。

 いや、よそう。

 無理に決まってる。

 今出来るのは、無駄な時間を過ごさないことだけだ。

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