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下僕(俺)には生きていたい理由がある。というか、激動の展開。


 重要な存在、って何だ?

「…まあ、そう言うことだ。そこで下僕である尚李に一つ命令を下そう」

 たいそうふんぞり返って、此方を見下してくる。

 その威圧感は、冥界の住人にして次期冥王となる者、といったさまに遜色ない。

「…なんでしょう」

 顔を引きつらせてしまったが、それはちょっとした恐怖心からだった。っていうか、こんな黒いオーラを放ちまくっている物体にどう対峙しろと…。

「私の魔力を回復させる術を考えろ」

「はい?」


 人間界には彼女の魔力の源が少なく、満足に力を発揮することは難しい。だから、魔力を回復させる手段を考え実行しろ、とのことだった。

「うーん…人間の場合は食べて寝るってことが重要だけど、とりあえずそれでいいか?」

「構わぬ。魔力を蓄えるためには体力も必要だからな。まずは体力から、と言うわけか。賢いな尚李は」

「恐れ入ります」

 誉められたらしい。

「じゃ、何か適当に食べるもの作ってくるか。食べれない食材とかあるか?」

「そうだな…ゲモグベベ草は少々苦手ではあるな。魔力の回復にはうってつけだと皆は言うが、どうしてもあの香りは慣れない。ああ、それとコウモリの羽はちゃんと骨抜きをしてから焼いてくれ。骨が残っていると食べづらいのでな。それから」

「わかりましたっ!人間界の食事はそういうったものは無いのでご安心を」

 忘れてた。彼女が冥界の住人だって言い張っていることを忘れてた。

「ぬ、そうか?では、クッピカコッピカ豆もないというのか?」

 何だそのリズム感のいい名前の豆は。

「ありません」

「残念だ…」

 しゅん、と心底残念そうな表情を浮かべる。

「いやそんな顔されても無いものは無いですから!はぁ…ちょっと待っててくれ、これから適当に作ってくるから」

「うむ、任せた…」

 覇気のない声でそう返してきた。だからそんな豆なんて無いっての…。


 冷蔵庫にあった残り物の俺特製肉じゃがを温め、残っていた鮭を焼く。汁物は…レトルトのみそ汁でいいか。冷凍保存しておいたご飯も温め、朝飯のようなメニューを彼女の元へ持っていく。…夕食分や他の食材の買い物は学校帰りに、と思っていたから材料が無かったというのがホントの所だ。あとは、体力を回復させるのに役立つかと思い元気一万発の栄養ドリンクを持ってきておいた。

「はい、お待たせ」

「うむ」

 うむ、って。殿様か君は。

 かちゃかちゃと彼女の前に並べてやる。

「こんなもんでいいか?」

「…これは、尚李がよく作っていたものと同じだな」

「そうそう…って、何で知っているんだ?」

「ふ、私は尚李のことは全て知っているぞ。なにせずっと冥界の鏡から見ていたのだからな」

「はぁ…冥界の鏡ね…」

 また出たよ、冥界トーク。ちょっとうんざりなんだが。

「これは、この棒を二本使って食すのだったな。よし…」

 恐る恐る箸を持つ。

 おぉ?

 結構様になってるじゃないか。

 やっぱり日本人だろこいつ。

 箸が上手く持てるのは日本人と日本マニアの人だけだと俺は勝手に思っているわけで。

 ひょいひょいと肉じゃがを掴み、口に運んでいく。

「箸使い上手いな。さすが日本人ってとこか」

 ちょっとカマをかけてみる。

「ん?まあ私は天才だからな。尚李の見よう見まねでやってみてはいるが、少々集中力が必要だな…箸、と言ったか。制御が難しいな」

「はあ、そうですか」

 すっかりスルーされてしまった。


「なかなかに美味であった。よし、褒美をくれてやろう」

 あっという間に平らげ、満足そうにしている目の前の人型の物質。

「別にいらないけど」

 その物質がいなくなって、俺が生きて行ければそれが褒美というものだ。

「そう言うな。そうだな…特別に、私のことを名で呼ぶことを許可しよう。どうだ?嬉しいだろう?」

「名前…」

 何て言ったっけ?

「どうした?戸惑うことなど無い。我が名を呼ぶがいい」

 ふら、と立ち上がり俺を指差す。

「名前…ですか」

 確かに一度聞いた気がするが、状況が状況だったのでろくに憶えていない。

 ふふん、と得意そうな目でこちらを見下している。

「ゴンザレス・リストラさん」

 ぴく、と彼女のこめかみに青筋が現れた。

「…もう一度、その巫山戯た名で呼んでみろ。その口を引き裂くぞ。それとも、細胞という細胞から見るもおぞましき微生物を、お前の体内から誕生させてやろうか?」

 す、と右手を上げ何やら奇妙なオーラを放っている。

「ご、ごめんなさい!えーと…」

「さあ!私の名を呼ぶがいい!」

 これ以上ボケをかましたらマジで殴られるな。

「り、リトリエル・リリトナさん…」

 だったよな、確か…。

 その名を呼んだ瞬間。

「ぐあっ!?」

 身体が、熱くなってくる。

「くっくっく…あーっはっはっはっはっは!」

 彼女が高笑いしている。何だってんだ。

「契約は今まさに成立した。これで尚李は、身も心も私のモノだ!はーっはっはっは!」

「何だって…?ぐわぁっ!?」

 苦しい。

 喉が熱い。

 背中が、焼けるように痛い。

「感謝するぞ、尚李…食事による体力の回復で、魔力もそれなりに回復したのでな。この機を逃すには余りにも口惜しかったのだ」

「な、何言って…」

 ちら、と彼女の方を見ると、さっきまでとはまるで違う気を放っている。

「くくく、いいぞ尚李…その力、最高に美味だ!」

 彼女の周りを舞う黒い気は徐々に彼女に集まり、凝縮していく。

 その黒い気はどうやら俺の身体から放たれているらしい。

 それに気付いた途端、俺の全身を侵す違和感が急に酷くなった。

「くっ…があぁあぁ…あぁ…」

 言葉にならない呻きが、俺の喉を更に熱くさせる。

「ははは、尚李よ、本当に感謝するぞ。これで私は、元の姿を取り戻せた!」

 彼女の背には、真っ黒で大きな翼が見える。

 め、冥界の住人って…本当だったのかよ…ありえないぞそんなの…。

「ぬ、どうした?尚李。主人の完璧なる姿を喜ぶがいい」

「そ、そんな場合じゃ…くっ…!?」

 痛い。痛い痛い痛い。全身の筋肉が震え、破裂しそうな程に腫れ上がっている。

「ふむ、おかしいな…こんなはずでは無いのだが」

 表情も変えず、冷酷に俺を見下す。

「がっ…あああああああああああああああああああああああああ!」

 もう駄目だ。壊れる。無理だ。死ぬ。ってかもう死んだ。


 どんっ!


「…何と、これほどとは…」

 驚嘆の声が聞こえる。

「…はぁ、はぁっ…」

 苦しい。

 が、耐えられないほどではない。

「尚李、やはりお前は素晴らしいな…」

「…え?」

 顔を上げ、辺りを見回す。

 ホコリが舞い上がり、部屋は少々息苦しい。

「その漆黒の翼が、契約の証だ」

 え?

 首を反らし、後ろを見る。

「な、なんじゃこりゃあああああああああああああああ!」

 翼が。

 背中に。

 生えている。

 しかも、彼女のそれとは比にならないほどに、大きい。

「これで分かったか?契約が果たされた、と」

「…そう、みたいだな」

 散々だ。

 朝から酷い目に遭い、川で死にかけ、こうして翼が生えた。

 こんな散々な日は、俺でも初めてだ。

「…ところでさ」

「何だ?尚李」

「これ、どうにかならないの?」

 背中の翼を指差し、聞いてみる。

「邪魔か?ならば切り落とすか?」

 さらりと怖いことを言ってくれる。

「いや他に何か方法があればと!」

「仕方のない奴だな…」

 す、と目を閉じ何やら呟いている。

 すると、スっと背中の翼は消えた。

「これでいいのか?」

「あ、ああ…」

 拍子抜けである。

「何を呆けた顔をしている。私の呪術で、尚李自身の体内に返しただけだ」

「ああ、そうなん…はっ!?」

「ははは、怖いか?冗談だ」

 もう、何なんだよ。

「言い方が悪かったか。尚李の翼は、既に尚李自身の世界…尚李にしか作れない空間に格納しておいた。主人である私には、接触が可能だがな」

「はあ」

「だが別に切り離した、と言うわけではない。別の物と代用しただけだ」

「はあ…はっ!?」

 次から次へと浴びせられる事実にただ驚くばかりである。

「私の持っているルーンの内の一つを、尚李の翼とリンクさせた。その上で、主人の権限で配置を入れ替えた」

「入れ替えた、ってことは俺の背中にはまだ何かあるって事か…?」

「つまりはそう言うことだ。わかったか?」

 わかりません。

 つかルーンって何よ。

「わかりました…」

 これ以上このまま続けると頭が追いつかないし整理も出来ないので、ここで彼女の言葉を遮ることにした。

「そうか、ならいい。しかし疲れたな…」

 すとん、とその場に座り込む。

 気付けば彼女の翼も無くなっていて、さっきまでの黒い気も消えていた。

「じゃあ、寝る?食べて寝るのが回復手段ってさっき言ったとおりにさ」

 と提案してみる。

 というかもう一人になって考えたいから、さっさと寝かせてしまおうという魂胆である。

「そうだな…頼む。尚李の魔力にあてられたようでな…」

 すでに目を閉じてうつらうつらしているし、涎を垂らさんとばかりに口を開けている。

「じゃあ、ちょっと待っててくれ」

 彼女をその場に残し、俺は二階へと上がっていった。


 両親の寝室が空いている。

 父親の死後、使われなくなった部屋だ。

 父親は仕事中の事故で俺が五歳の時に亡くなっている。顔もよく覚えていないが、母親は事あるごとにお父さんはすごい人なのよーって言ってきてたな。だからきっと、すごい人だったのだと思う。何が、というのは分からないけれど。

 会社役員である母親は、二年前にシンガポールの支店を任されて以降、日本に帰ってくることは未だに無い。連絡はくれるのだけれど、仕事が忙しく、でも楽しいからしばらくは帰れそうにないと言っていた。

 いつか休暇でも取って帰りたい、と言っているのでいつ急に帰ってきても平気なように綺麗にしている部屋だが、とりあえず今夜は彼女をここに寝かせておこう。


「じゃ、準備できたから案内するよ」

「ご苦労。ふぁ…」

 大あくびをしてぐい、と背を伸ばしている。

 よろよろと立ち上がり、俺の後をついてくるその姿はまるで寝床を探す猫のようである。

 階段を上がり扉を開け、ベッドを確認するやいなやぼすん、と飛び込んだ。

「…まあ、いいんですけどね」

 どうせ言った所で、マナーもルールもへったくれもないような感じだから。

「どうかしたのか?」

 首だけこちらに向けて、そう言う。

「いや…せめてこれに着替えるくらいはした方がいいかなと。その服じゃ寝づらいと思うんだけど」

 干してあった洗濯物から取ってきておいた、妹のパジャマを差し出す。どうせ、私の纏うこの服には冥界のオーラが宿っており我が身を守るためのどーのこーのとか言ってくるんだろうが…。

「おぉ、失念していたな。では、着替えるとするか。ご苦労だったな尚李、下がっていいぞ」

「え?あ、はい」

 意外と素直に聞き入れた。驚きだ。寝る時のスタイルはどこも同じなのか?

 拍子抜けしたが、とりあえずその場を去った。

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