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彼女は上辺上では彼の不運力を欲した

 桐堂尚李とうどうなおり

 それが、私の追う者の名。

 彼の持つ天性の霊質を手にするため、私はもう十年、彼に呪いをかけ続けている。

 冥界でも一、二を争う呪術の素質があると言われ続けてきた私は、常にその期待に応え続けてきた。


 桐堂尚李に出会うまでは。


 不運体質、とでも言えばいいのだろうか。彼を見ていると、様々な不運を引き寄せているように見える。その不運ぶりは、何故か分からないが他を遙かに凌ぐ、私の想像を超えたものだ。

 その力、冥界でこそふさわしい。

 私の傍に置き、力の増幅装置としての役割を果たせるだろう。私の力の源は、人々の悪意や嫉妬心、そして『災厄を引き寄せる』才能なのだ。

 それからというもの、冥界の鏡・冥鏡を通じて次々と彼の元へと呪いを施す。

 彼の周りのあらゆるモノに、死の香りを纏わせるのだ。

 だが、死なない。

 彼は、降りかかる災難の全てをかわして生き続けている。

 おかしい。

 私の力は完璧だ。私の呪術に抜かりはない。それとも、私が思っている以上に彼の力が大きいとでも言うのか…。

 …これ以上ここから呪術を掛けるのは止めよう、無駄に消費するだけだ。

 リスクを伴うが、彼の力さえ奪えれば問題はない…人間界へ出向こう。そして、鏡を通さず直接私が手を下す。

 自室を抜け出し、家臣の目に付かぬよう館の地下へ向かい、そこにある冥鏡の前に立つ。

 彼の姿を映すと、睡眠中のようで周りには誰もいなそうだ。彼に見つからず、人間界に降りるチャンスだ。

 鏡に手を触れると、吸い込まれるように鏡の中へ落ちていった。


 本当の目的を、忘れないようにしないとな。

 私の意識や思考は、時として妹に漏れることがある。

 それを避けなければ…本当の目的は、果たせないであろう。


 どさっ。

「ぅげぁっ」

 謎の悲鳴を上げる桐堂尚李。

 どうやら、寝ている彼の上に思い切りダイブしたらしい。

 しかしそのまま寝続けている。馬鹿か此奴は。まあ、お陰で見つかる事もなく無事に人間界へ来る事が出来た。

 さて、では早速。

 意識を集中させ、呪いの詞を放つ。

「-ッ!?」

 しかし、途中で全身から力が抜け、その場に座り込んでしまった。

「なぜだ…?」

 立ち上がろうとするが、力が入らない。

 人間界に、身体が対応できていないということか?

 いや、それならば既に私は存在できないし、魂もろとも掻き消えていてもおかしくない。実体がこうしてある以上、なにか別の理由が…?単に冥界の影響が薄いための脱力かもしれない。

 とにかく、今は隠れよう。どこか身を潜められる場所は…。

 あそこしかあるまい。

 彼の寝ているベッドの下に潜り込むと、疲れからか私も寝てしまった。


 がたごとと、物音がするのに気付いて目が覚めた。

「やっべ、遅刻する!あいつめ、起こさないで先に行きやがったか…」

 ばたん!と扉の閉まる音がしたため、今いる場所から這いずり出る。

 窓の外を見ると、彼が急ぎ足で出かけていったのが見える。

 見失うわけには行かない、すぐに追わないと。しかし身体が…。

「…ん?」

 動かしてみると、身体のだるさは無くなっていてすっかり元通りだった。寝て回復したのだろうか。

 窓を開き、彼を追って飛んだ。


 急いでいる様子で学校へと向かっている。

 …人間はそこまで必死になるほど、学校へ行かなければならないのか。

 ずっと彼を見てきているので学校という存在を知ってはいるが、それほど価値のあるものには思えない。ただ無駄な知識を詰め込むだけの無用な場所だ。

 少なくとも、私にとっては。

 …?

 何やら、行き止まりに差し掛かってしまったらしい。動きが遅くなっている。

 …好機。

 我が力、その身に受けるがいい!

「…闇より出でし暗影よ、彼の者に黒の祝福を!」

 有りっ丈の邪念を込めて、彼に向けて呪文を放つ。

 冥界一の才能と言われる私の力だが、動くモノに対してはまだまだ精度が足りない。ああして、止まるか動きが遅くなるかでないと標的が定まらないのだ。

 さて、あとはその時が来るのを待つだけだ。

 

 死なない。

 なぜだ。

 大穴に落ちて頭でも打てば死ねるというのに、無傷とは。

 人に助けられ、そのまま学校へと向かっている。

 その後をまた追おうとするが、急に身体が怠く感じる。

 …一度力を使った程度でここまで疲労するとは思わなかった。人間界でこれ以上の力を連続で使うのは、危険か…。

 ひとまずは彼をそのまま追い、学校へと到達した。


 …疲れたが、ここまで来て手を抜くわけにもいくまい。

 彼の力を手にし、私のモノとし回復させれば、全て済む話だ。

 だが、消耗している以上今は様子を見るしかないのも事実…。

 彼の様子を見ながらこの先の選択を迷っていると、上着を置いてその場所から離れていった。

 …好機、か?

 直接何かできるわけではないが、囮として役に立つ物となるかもしれない。

 制服の上着を奪い、身を潜める事にした。


 人目に付かぬよう、屋上へと出る。

 ここからなら、例え彼が出てきたとしても見つけて追う事が出来る。

 冥界とは違い、澄み切った青空が広がっている。山の向こうには、雲がかかってはいるがそれもまた壮観で、いい風景である。

 冥界の住人である私がこう思うのは不自然だろうか?

 昔から人間界の景色は美しいと感じていた。しかし、心身問わず醜い生物が数多く蔓延るのも事実…そのアンバランスさ故、より惹かれるのだ。

 負の感情を以て力とすることとは相反することだと思われているようだが、美しい物は美しいし、醜い物は醜い。感情の対象が何であれ、私は自分の『感覚』で生きている。

 だから、だろうか。

 力のコントロールも上手く行かないうえ、消耗も激しい。にもかかわらず…心は落ち着いている。

 急ぐ必要があるのは分かっている。だが現状では焦った所で何が出来ると言う事はない。それに何より、呪術を施すための力はまだ回復していないのだから。

 少し目を瞑り、寝そべる。

 太陽を遮る物は無く、眩しい…。

 アイマスク代わりに、と制服の袖の部分を目にかぶせる。

 おお、これは…。

 完全なる遮光、そして適度な重さ…これはいいものだ。

 そのまま、眠りについてしまいたい欲に駆られる。

 しかし風が出てきたためにばたつき、安定してくれない。

 くっ、どうしたものか…。

 段々と、空は曇ってきた。

 山の方に見えていた雲が、見る間に平地へと延びてきている。

 風は徐々に強まり、制服はまるで意志を持ったかのようにばたばたと暴れ始める。

 ぬ、これはまさか…?

 ほんの少し、力の共振を感じる。

 私の呪術は、桐堂尚李ではなくこの制服にかかっていたらしい。

 風に乗るかのように、制服は空へと舞い上がり飛んでいく。

 …何か起きる。そんな気がした。


 共振を受けて、自分自身の魔力、体力共に少し回復していた。

 制服を追って空を飛んでいると、地上では桐堂尚李が必死に制服を追いかけてきていることに気付く。

 いいぞ、このまま死の淵へと導かれるがいい。あとはそこで私が突き落とすか、救うかだ。


 大きな川へと視界が変わる。

 空からは雨粒が降り始め、辺りは灰色を纏っていた。

 桐堂尚李に目を向けると、疲れ果てた表情で走り寄ってきている。その視線の先には力を失った制服が舞い落ちていた。

 …何も起きぬではないか。

 しかし、運は私に傾いた。

 ぬかるみに足を取られ、身動きが取れなくなっている。

 …アホか彼奴は。だが、好都合だ。想定外ではあるが、私の元に導く機会である事に変わりはない。

 助けを乞うがいい。その時は誰よりも早く私が助けてやろう。

「誰でもいい、助けてくれ…」

 そうか。ならば…。


「契約成立だ」

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