嵐の後に訪れた一つの結末
…?
何が起こった?
部屋は相変わらずガラス片が飛び散っている。
ベッドにはヴェリーチェが横たわり、傍ではリリトナが倒れている。
知佳はへたり込んだまま、焦点の定まらぬ眼をしている。
…失敗、したのか?
「兄さん…」
「ち、知佳…」
「駄目、だったの…?」
「どうだろう…分からない」
手を、リリトナの頬に当てる。
…暖かい。
「ぅ…」
「リリトナちゃん!?」
指先に、電流の走るような痛みを感じる。魔力の共鳴だとするなら、リリトナは無事だ。
「ぅ…知佳…?尚李…?」
「兄さん、リリトナちゃんが…っ」
「ああ、大丈夫そうだな…よかった」
ヴェリーチェに目を向ける。
「…あれ?」
姿が、消えていた。
あいつ…無事なのか?逃げたのか、掻き消えたのか分からない…。
部屋の片付けを終え、風通しの良い窓を眺める。
「…今日は、雨が降りそうだな」
朝焼けが眩しくなる時間なのだが、雲に隠れ外は暗い。
となると、このベッドには雨が降り注ぐ。幸いにしてガラス片が飛んでいないのでそのまま寝れるかと思ったのだが…。
「じゃ、また一緒に寝よう☆」
☆を飛ばすな…まあ、知佳はいつもの調子になってるな。
「尚李…」
「リリトナ、大丈夫か?」
「ああ…だが、私は結局自分の魔力を取り戻してしまったのだな…」
ぐ、と拳を握る。
「悪い。お前がそれを望んでいないのは分かったんだけど…我が儘だけど俺は、お前を失いたくなかった」
「え…?」
リリトナの顔が紅潮する。
「…リリトナには、人間界でまだまだ見て欲しい景色がたくさんあるんだ」
「…馬鹿」
「え?」
「兄さん、それはないわー」
「は?」
「もういい。さて、知佳…聞きたいことがある」
「なーに?」
「先程の続きだ。尚李に天使様の加護があると言っていた話の…」
「あー、うん。ってか、聞こえてたんだね」
死んだフリしてたってか。
「話してもらえるか?俺も聞きたい」
「うん。でね、いじめっ子達を追い払った後、兄さん、『じゃあ気晴らしに遊ぼう!ブランコ思いっきり乗れば、少しは知佳も気が晴れるだろ?』って言ってくれたの。自分だってぼろぼろで疲れてるはずなのに、私に気を遣ってくれて」
「ほう。妹思いだな?」
ちら、とこちらを見る。
俺はそれに目を合わせなかった。超恥ずかしいぞ。
「そんなことあったのかー!知らなかったなー!」
「あー、鬱陶しいな。知佳、続きを」
「それで、勢いよくブランコを…って、リリトナちゃんブランコ知ってる?」
「空中浮遊できる遊具のことだろう?続けろ」
ちょっと違う。まあ話の腰を折られるよりはいいので無視して続きを待つ。
「う、うん。思いっきり押してくれたんだけど、押した直後にその場所に前のめりにばたーんって倒れちゃって、私はその勢いのまま上昇…最高点に到達後、ブランコは最低位置まで下降…そのまま兄さんの頭に直撃」
「何と、間抜けな…」
本当だよ、なんだその間抜けな危機は。
「私も弾かれて落ちちゃったんだけど、そんなことより兄さんが大変なことになっちゃった。急いで駆け寄って話しかけたんだけど、反応無くて…」
「ふむ…」
「その公園には、綺麗な天使の銅像が建ってるの。もうどうしたらいいのか分からなくて、それに向かって『兄さんが死んじゃう、助けて』って叫んだの。そしたら、声が聞こえてきて…」
「声?」
「うん。『弱き者よ、その願い聞き入れよう。強き者に、天使の加護を』って。今でもハッキリ憶えてるよ、難しい言葉だったのにね。でも、その後の言葉が聞き取れなかったんだよね…」
神秘体験ではないか。俺も、知佳も。
いや俺の場合は臨死体験か、憶えていないけど。
「…少なくとも、私の知る限りでは、天使が見返りを求めずに施すことは無い」
「えー?じゃ私何か見返り求められてたのか。何だろー…」
聞き取れなかった部分が、そこだろうな。
「…大事な者を救う…その代わり、あなたの大事なものを差し出しなさい」
!?
部屋の外から、声が聞こえる。
「あ!この声だ…そう、何かそんな感じのこと言ってた!」
何だと?
じゃあ今のは、天使の声だっていうのか!?
「…いい加減姿を現せ、有紗」
「なっ!?」
「えーっ!?」
有紗だと!?
「…リリトナさん、いつ気付いたのですか?」
す、と俺の部屋の入り口に現れた。
「最初からだ。この家、何かおかしいと思っていたこともあって、会った瞬間にすぐ気付いた」
何だ何だ何だ?
「…この家自体が、天使の加護で守られているのだな?」
「ええ。ですから、ヴェリーチェさんが弱っていったのも、リリトナさんが満足に魔力を回復できなかったり、弱いままだったのも…全て、知佳ちゃんのお陰なんですよ?」
「…あ、思い出したかも」
「何だ急に!?」
「そうだ、あの時…兄さんが助かるなら私もケガしていい、だから兄さんを助けてって、叫んだ気がする…」
「そう。だから私は、お兄さんを助けた。その代わり大事なものを差し出せるかと問いかけたの。すると、知佳ちゃんは持っていた絵本を開いて、一人の少女の絵を見せてきた。『知佳にとって大事なもの、お兄ちゃんが助かるならあげる!』と言ってね。それは、その絵本のいじめられっ子の唯一の友達…」
…でもその絵本、児童館で借りてきた物だよな。でもまあ、物理的なことではなく精神面で大事なものって言われてそれを出せるあたり、知佳らしいと思う。
「そーだ、全部思い出した!ってことは、兄さんは有紗に守られてたって事?」
ありゃ?そうなるな。これはこれはご丁寧にどうも。
「…いえ、私が行ったのは時間を巻き戻すことだけ。ケガをする前の身体と記憶に戻しただけなの。私は、お兄さんよりも知佳ちゃんを守りたい、と思ったの」
「へ?私?」
ああ、巻き戻されて他のなら憶えてる分けないよな、うん。ってか俺、見捨てられてたのか。ぐすん。
「あ、別にお兄さんが嫌とかじゃないんです。ただ、この子は…知佳ちゃんは、今まで私に祈りを捧げてくれた誰よりも真摯に、純粋に、思いを捧げてくれた。だから…」
「なんだ、知佳の純粋さに萌えたのか。なら許す」
「天使のくせに、人の子に興味を持つとは…」
「あ、あなただってそうでしょ!リリトナさん!」
うお、何だ何だ?
「別に皮肉で言っているわけではない。ただ、天使の中にもお前のような輩がいるのかと思うと、捨てたもんじゃないなと思っただけだ」
「…ッ」
何かを言い返そうとして、しかしこらえる有紗。
…まあ、魔族と天使じゃ真反対だもんな。
ん、ちょっと疑問が残るぞ。
「じゃ、じゃあ俺何で生きていられてるんだ?」
「…」
「…さあ?」
「兄さんすごーい」
…うわあああああああ!
何か、何か急にもの凄く不安になってきたぞ!
『…煩い、落ち着け』
!?
この声は…!
「ケニー…なのか!?」
『ああ』
「お前、何で…?ヴェリーチェに憑依したんじゃ…?」
『…それが、何故か分からぬが弾き出されてしまってな。行き場を無くしたもので、ひとまず桐堂尚李でいいか、とな…』
「ひとまずって何だ!?」
『まあ、落ち着け。生きていられてることに感謝するのではなかったか?』
ぐっ…憶えてやがったのか…。
『だが、そう長くはない』
「え?」
『今気付いたのだが、兄弟のうち一人欠けていてな…恐らくは、ヴェリーチェに残っているのだろう』
兄弟…何のことだ?
「顔が三つあるのを忘れたか。そのうちの一つだ」
リリトナが説明を入れてくれたので、理解できた。そしてやはり筒抜けである。
『欠けた力の補填が出来ない分、魔力は減っている。早いうちに何か手を打たないと…腐るぞ』
「その言い方はやめてくれ」
まるでゾンビですか。
「有紗の力じゃ、なんとかならないのかな?」
知佳がすがるように有紗を見る。
「…残念ですが、リリトナさんとの死後の契約が果たされている以上、私の力はお兄さんには届きません…」
「…そっか、どうしたもんかね~」
「ふっふっふ、私の出番のようですわね」
また突然…何だ?
「私の魔力を分けて差し上げましょう。姉様もいることですし、容易いことですわ。私の魔力は大きく回復していますし…死にたいと言っても死なせてやらないでございますことよ」
言語が変だ。ってか、魔力が回復したとかだいぶ無理して言ってるだろう?気持ちはありがたいけど…。
「…ヴェリーチェ、どこに行っていた?」
「母様に連絡を取ってきました。ケルのお陰で、少し魔力が回復できたもので…。私も、見聞を広げるために人間界にしばらく滞在したいと伝えて来ました。少し渋りましたが、私はちゃんと戻りますと言うと、許可してくれましたわ」
…ん?
滞在、とな?
「そうか…ときにヴェリーチェ、一つ聞いておきたいことがある」
「何でしょう、姉様?」
嬉しそうにリリトナに答えるヴェリーチェ。やはりケンカしても姉妹は姉妹で、仲が良いのかもな。
「…姉に刃を向けたことに対する弁明は、あるか?」
「…ありません。私の身勝手が起こした行動でした。大変申し訳なく思っております…」
リリトナのプレッシャーに、言い逃れは出来ないと思い諦めたようだ。
「…馬鹿な妹」
す、とヴェリーチェに近付き…
「ね、姉様…」
思い切り、抱きついた。
「言ったでしょう?大事な妹だと。無事でいてくれて…良かった」
「姉様…姉様ああああああああ!」
何か、似たようなシーンをちょっと前に見たぞ。
でも、違う。
二人は、確実に、姉妹だ。
お互いを思う気持ちが変な方向になってしまうのはきっと、狭い世界で暮らしていて多くを知らない所為なのだ。
今後は、変わっていってくれるかな。二人とも。
「尚李」
「ん?」
「ヴェリーチェの魔力、本当に回復しているぞ。これなら、私を経由して尚李に与えることも可能かもしれない」
「まじか?そりゃ助かる…」
ライフライン確保。これで少しは不安を除くことが出来た…。
「では、私はこれで…」
「ああ、ありがとう有紗…いろいろとな」
知佳のこと、守っていてくれて。
「有紗…ありがとう。私、何も知らなかったのに…」
「気にしないで。あ、そうだ…」
立ち止まり、こちらを振り向く。
「でも、知佳ちゃんから私の正体に関する記憶だけ、消させて貰いますね」
「え?」
知佳の額に手を当て、有紗は何か呟く。
「…お?有紗何でうちに?あー、ご飯の後泊まるって言ってたんだっけ?」
おいおい記憶が変な方向に向かってるぞ。
「あれ、でももう夜明け前なのに何で制服?あれ?何で兄さんの部屋?もしかして夕方?わかんにゃい」
「もう、知佳ちゃんたら…さ、部屋戻って寝よ?」
「うぇ~い」
「全く…有紗、ごめんな。知佳のことよろしく」
「はい!一生見守ってみせますよ」
一生…か。頼もしい限りじゃないか。
王女様姉妹を見ると、熱い抱擁をまだ続けていた。
「二人とも、これでよかったのか?」
うちとは事情が違うが、母親と離れて暮らすというのは不安だぞ。
「…尚李が、知佳がいれば…問題ない」
「…私は姉様さえいれば、それで」
「そっか。じゃ、改めてよろしくな、リリトナ、ヴェリーチェ」
「…ああ」
「…フン!」




