全てを見抜いた上で彼らを許した晩餐会
あのリリトナという少女。
初めて会った時は他人の空似、または彼女を崇める者による真似だと思っていた。
でも、間違いない。
あれは、冥界の王女リトリエル・リリトナその人だ。
一体何しに人間界に来たのだろう…?
破壊?侵略?どちらも違うと思われる。
彼女が何をした、という情報も聞いたことがない。
これ幸い、知佳ちゃんのお陰で家に潜入することが叶ったのだが…。
「あ、お帰り~って、何その犬!まじかー!超かわゆす!」
「知佳、言葉遣い」
「あう…」
あの犬…可愛いように見えて、ただならない気配を感じる…。
魔物か、魔獣か、もしくはそれ以上の…?だが、不思議なことに悪意のようなものは感じない。それは彼女もそうだ…よく分からない。彼女たちのような魔族は、常に欲を持って行動するのがセオリー。一端でも見せようものなら私が裁くのだけど…そんな雰囲気もまるで感じない。
気が付けばお兄さんと料理をすることになっていた。
ちょっと、聞いてみるかな…。
「有紗ちゃん」
「何ですか?」
こちらから話しかける前に話しかけられた。どう切り出したら…。
「その…俺の勘違いだったら悪いんだけど、ひょっとして犬嫌い?」
ああ、そういう風に見えていたんだ。ちょっと違うけど…。
「え、ええちょっと。でも、あの子は見た目は可愛いですよね…」
「ん?そうだな、見た目はね」
…この流れなら、いけるかな?
「…でも、中身はとんでもないものだったりしませんか?」
じ、とちょっと強めにお兄さんを見つめてみる。
「な、何言ってるんだ?そんなわけないだろ?帰りにダンボール箱に入れられて捨てられていたから、可哀想だと思って連れて来たんだ」
ははは、と乾いた笑いが空を舞う。かなり動揺しているようだけど、やはり話してはもらえないかな。それに、こちらから問い質すと墓穴を掘る可能性もある。
「そうですか。ならいいのですが…」
でも、やはり悪意は感じないのだ。
「まあ、お兄さんがちゃんとしてれば大丈夫ですね。では、唐揚げ作りましょう!」
考えすぎてはいけない。私の悪い癖だ。何かがあってからでは遅いのだけれど、被害もなく何もやっていない以上は、こちらからも手出しが出来ない。なぜリリトナがお兄さんにつきまとっているのかは不明だけど…今はまだ、許してあげよう。
そうしてお兄さんに一つ一つ丁寧に作り方を教わっていく。正直どうでもいいのだけど、人の厚意をないがしろにするのは気が引ける。
何でだろう。
この人は、何でこんなに普通でいられるのだろうか?
リリトナほどの存在にまとわりつかれながら、怯えることなく普通でいる。内心はどうなのか分からないけど、それを見せずに今もこうして私に手ほどきをしてくれている。
単に、いい人というだけじゃない。人に尽くすことに、人のためになることに達成感を得るタイプの人なのだろう。母子家庭だと言うことくらいは知っている。知佳ちゃんの面倒見がいいのも、保護者としての意識があるのかもしれない。年の差は、たった一つだというのに。
それに、私に唐揚げの作り方を教えたところでこの人には何のメリットも無い。
…ああ、そうか。
これは、幸福な時間なんだ。
自分にはない元気さや明るさを持っている、知佳ちゃん。
妹のことを厳しくも優しく見守っている、お兄さん。
そんな存在が、私の近くにいる。
家族の幸せを、分けてくれているような気さえする。
リリトナとあの犬は少々気になるけど、どういう形であれこの兄妹はそれを受け入れている。
そんな場所に今自分が居られてるのだと思うと、自然と笑みがこぼれた。
そして更に、お兄さんは私の好きなマヨネーズまでも取り出した。
知ってか知らずか…いや、今日初めてまともに会話したのに、私の好みなんて分かるわけが…。
「あ、やっぱそうなんだ?昼の時、小さなマヨネーズ置いてあったから好きなのかなって思ったんだ。しかし、俺のはただのマヨじゃないんだぜ」
…え?
気付いてた?
さりげなく弁当箱の脇に置いてあっただけなのに。
あっという間に作り上げたものは、私の好きなマヨとマスタードの混合した物だった。
…いけない。
こんな気遣いまで出来る人だとは。
動揺を隠すかのように、私も見よう見まねで作ってみる。
最後、マスタードを投入しすぎたのは反省しなければいけない…。
試食開場であるテーブルを全員で囲む。
と言っても、テーブルに唐揚げとお好みの調味料を置いてあるだけなのだが。
「リリトナ」
「何だ?」
「ケルベニアン…じゃなかった、ケニーは…すまないが食卓には入れないでくれ」
「何故だ?迫害か!?」
違います。
「有紗がさ、犬ちょっと苦手なんだって。ケニーにはあとでちゃんと餌買って来てやるから今は、な?」
「ぬう…まあ、いいだろう」
渋々、ケニーをリビングに戻しに行くリリトナを見送る。
その先にある時計を見る。
「六時か…ちょっと早いけど、このまま晩飯にするか?」
「うん、私はいいよー。お腹空いてるし」
「リリトナはどうだ?」
戻ってきたリリトナにも聞いてみる。
「食事か?まあ、いいだろう」
「有紗も食っていかないか?作った物の試食も兼ねてさ」
「え、でもご迷惑じゃ…」
「ここまできて帰宅はないでしょー!ね、一緒に食べよ!」
知佳が無理矢理椅子に座らせる。
「もう、知佳ちゃんたら…それでは、ご厚意に甘えさせていただきます」
はにかみながら笑顔を見せる有紗に、知佳が後ろから抱きつく。
「いらっしゃーせー!桐堂家の食卓へようこそー!」
「わ…びっくりした~」
仲良さげに笑う二人を見つめるリリトナは、なんとまあ冷酷な目ですこと。
「あ、そういえばリリトナちゃんにはまだやってなかったねー」
「?」
とてて、とリリトナの背後に回る。
「いらっしゃーせー!桐堂家の食卓へようこそー!」
「うわっ!?」
がしい、とリリトナにも抱きつく知佳。
「これで二人とも知佳に認められたな。ようこそ、だ」
実は知佳は、こう見えて結構な人見知りである。
狭く深くの付き合いの方がいいという本人の意向によるものだ。まあ、ブラコン故に友達が少なかったというのが実際のところなのだが…。そして俺も、いつも妹が付いて回っていたので、友達と遊ぶ時は気を遣っていたものだ。
知佳の「抱きつき」は、最大限の愛情表現でもある。それがあの犬に向けられたのはちょっと癪に障るが…まあ、それは知佳本人の感覚だから俺は何も言うまい。
「じゃ、ちょっと待っててくれ。それっぽく用意するから」
「それっぽく?どれっぽくだい兄さん!」
「ま、見てろって」
鍋に水を入れ、強火で沸かせ温度が上がった所で味噌を入れる。具材には、そうだな…唐揚げで胃が重くなるだろうし、ここは軽めに少量のワカメだな。
みそ汁を弱火で煮込む間に、キャベツを千切り。皿に盛りつけ、唐揚げを添える。皿の隅には作り置きのポテトサラダを乗せる。それを四皿。
みそ汁が煮立ったところで火を止め、ネギを散らす。小皿にキュウリの浅漬けを乗せ、茶碗には軽くご飯を盛って、手際よく四人分並べていく。
「唐揚げ定食っぽくなったろ?」
「おー、定食屋だよこれ」
「すごいですね…」
「ふむ、これはいいな。彩りもよく、食欲をそそる」
「へへ、誉めすぎだよ。こんなのちょっと慣れれば誰だって出来るよ」
やはり、こうして喜んでもらえるのは嬉しい。
今までは知佳と二人だけで、知佳さえ喜んでくれればそれでよかったのだが…今日は二人も多いから、ちょっと不安もあったのだが…うん、まあ俺も満足だ。
「それじゃ、いっただっきまーす!」
「いただきます」
「…なんだ?その儀式は」
…ああ、知らないのか。俺の箸使いとかは見て憶えてたっていうのにな。
「これは、食事を始める際の挨拶だ。作ってくれた人に感謝を込めてな」
って、俺に感謝しろって意味じゃないぞ。あくまで意味を教えているだけだ。
「そうなのか?では、いただきます」
意外と素直に聞き入れたな。
そういえば、出会いから何からはちゃめちゃだったのだが、よくよく思い出してみるとリリトナは結構礼儀正しいんじゃないか?と思う。学校でも無理難題言うことは無かったし、帰りも…まあ、ケニーの事はあったが捨て犬状態のあいつを連れて帰りたいという母性くらいはあるのだろうか。
「うんめー!」
「知佳、言葉遣い」
「うんめー!」
「ちょ、リリトナ…それは真似しなくていい…」
「そうなのか?すっかり知佳に騙されてしまったな」
といいつつくすくすと笑っている。
そんなリリトナを見て、有紗は驚いているような様子だ。
「どうした?有紗ちゃん」
「い、いえ何でも。それにしても、唐揚げってこういう味だったんですね」
「ん、口に合わなかったかな?」
「いえ、そんなことは。むしろおいしくて感動です」
賛辞に次ぐ賛辞。うぅ、これも幸せと呼べるというなら、俺は幸せだ。
うん、なんかいいな、こういうの。仕事としてやってる訳じゃないんだけど、例えばこれが仕事としてだったらもっと達成感に満ち溢れるんだろうな。
…将来、そういう道もありかもな。料理人、と言うわけにはいかないが、人に喜ばれるような何かを探してみるのもいいかもしれない。
「…ふごー!」
奇声だ。
誰だ。
「ち、知佳ちゃん大丈夫!?」
「愉快な真似をしおって…」
知佳の手元には、真っ黄色に染まった唐揚げの欠片が。
…ああ、それを食っちまったのか。
「え、でもそんなに辛いかな?マヨと混ざっててコクが出ておいしいんだけど」
ぴと、もぐもぐ…。
例の有紗特製マヨを、事も無げに使い食べる有紗。すげえ。ってか意味ねぇ。あれじゃ結局からし味の唐揚げでしかない。まあ、人の食べ方に文句は言わない。言わないけど、少々切ない気分だ。
正気を取り戻した知佳は、水をがぶがぶ飲み汗だくでこう告げた。
「有紗…マスタード、禁止!!」
「ええっ!?」
そりゃ気持ちは分かるけど。
「…ってか、お前が気を付けてれば今も、それに昼もあんなことにならなくて済んだんだぞ?」
自業自得である。
「ふむ、どれ…」
リリトナが、唐揚げにその悪魔のマヨをつける。
今まで何を見てきたんだお前。
それは知佳が狂気の奇声を二度もあげてしまった代物なんだぞ?
でも、止めなかった。リリトナがもしも辛さであんな奇声を上げようものなら、弱みを握れるってもんだ。
「…ほう、これはいいな」
「はっ!?」
「…この程度でへこたれるとは…知佳もまだまだだな」
ふ、と不適に笑う。
勝った。
そうとでも言いたげだが、何の勝負もしとらんぞ。
しかし、何だか言葉が震えがちだ。
よーく見ると、額には汗が浮かび上がっている。
「…我慢、してるのか?」
どう見ても、顔が赤くなっている。
「何を言う。わ、私はただその美味さに感動して打ち震えているのだ」
無理があるぞ…。
しかし、それに食いついた人が一人。
「本当に!?やった、初めて同じ感覚を共有できる人が現れました!リリトナさん、やっぱりマスタードは正義ですよね!」
あまりの有紗の変貌振りに、三人して驚く。
そんな様子には目もくれず、有紗は語り始めた。
「そ、そうだな」
顔を逸らし、地を見つめるリリトナ。うわ、これは相当我慢してるぞ…。
「生野菜はもちろん、こうしてお肉にも合いますし、ご飯にかけても、お茶漬けにしてもおいしいですよ!是非試してみてください!」
すると、家の冷蔵庫を勝手に開けてマスタードを取り出した。
「あ、有紗ちゃん?」
「おーい、有紗~…?駄目だこりゃ」
すでに目はギンギンに輝いて、リリトナの茶碗や唐揚げ、みそ汁に容赦なくマスタードを投じる。
「さ、マスタードの魅力に気付いたからには、目一杯味わってくださいね!」
「う、うむ…?」
くるくると目を回し、リリトナは椅子ごとばたーん!と横に倒れてしまった。
「うわ、気ぃ失ったか!?」
どんだけ我慢してんだよ!?
「あちゃあ~…ま、水も飲まずに耐えてたらそりゃあねぇ…」
「あ、あの…ごめんなさい、私…」
あたふたと、涙目で戸惑う有紗は、とても可愛かった。ってこら、不謹慎だぞ俺。
「ま、まあ時間が経てば収まるだろうから…とりあえず、リビングに寝かせておこうか」
食後間もなく寝っ転がらせるのはよろしくないが、仕方ない。
リリトナを抱えて、リビングに入る。
さっきの音に反応したのか、ケニーが心配そうに駆け寄ってきた。
「お、ケニー。お前も心配か?」
すると、頭の仲に声が響いてくる。
『…好機。この隙に寝首を掻いてやる』
「…ケニー?」
「わきゃんっ!」
なんだよその吠え方。あからさま不自然だよ。
「…まさかとは思うが、お前下克上でも起こす気か?」
びくぅ!と反応し、部屋の隅に逃げる。
「くぅ~ん」
当たりかよ。仕方ない、少し脅しをかけておくか…。
「まあ、牙を向けるとなったら、俺としては下僕として主人を守らなきゃならないからな」
もちろんこんなこと口で言うはずがない。でも、多分意志は伝わる気がする。
『な、何を企んでいる!?』
ほら。言い返してきたって事は、念じたことがそのままケニーには通じるようだ。
「さあな?お前をそのサイズにしたのは俺だって事くらい憶えてるよな?」
『くぅ…こ、今回は何もしない、約束だ。だから、貴様も我に何もするなよ!』
サイズが小さくなって気まで小さくなったか。まあ俺には都合がいい。
「わかったよ、何もしないなら、俺も何もしないさ。でも、少しでも不振な動きを見せたら…わかってるな?」
『う、うむ…』
しゅん、とへたり込んでしまった。
「あれ、ケニーってばあんなところで…リリトナちゃんが倒れちゃったの、心配してるのかな?」
真逆だ、真逆。
「ん…」
お、気が付いたか?ずいぶん早かったな。
「大丈夫か、リリトナ」
「…くひはいはい」
口が痛い、だろうか。
「はい、水…」
そっと、遠慮がちに有紗が水を差し出す。
「う、うう」
う、うむと言いたいのだろうな。
ソファに降ろし、ゆっくりと水を飲み始める。
「…ふぅ、酷い目に遭ったな…」
…あれ?
それ、いつも俺が言っていたセリフだ。
…そして俺はそのセリフを、今日はまだ一度も言っていない。
ひょっとして、俺の力を吸収しているリリトナ自身が、不運体質ごと吸収してしまっているのか…?まさかな。
「ご、ごめんなさいリリトナさん…」
「…?何を謝っておる。これは私の責任だ。気にするな」
まあ、自分から口にしたんだしな。
「えと、我慢してるの気付けなくて…その、同じ趣味の人が居て嬉しくて、つい…」
趣味というか、嗜好の問題だが。
「き、気にするなと言っておろう。わ、私は寝直す。ではな」
す、とリビングから去り、二階の寝室へ向かっていった。
「お、怒っちゃったかな…」
「気にするなって言ってたじゃん。大丈夫だと思うよ?そんなに根に持つようには見えないしね」
…俺を殺せず、それを根に持って人間界にやってきた方なんですけどね。
「…ま、心配されるのが恥ずかしくて逃げたって感じだったな」
うんうん、とケニーが後ろで頷いている。
ああ、向こうじゃもともと知り合いだったのかもしれないな。リリトナの性格を把握しているからこそ、納得してるんだな。ま、俺も付き合いは二日だけだしよく分からない所もまだまだあるけど。そう考えると、ケニーは情報所有者として役立つかもな。
「なあ、ケニー」
『何だ?坊主』
坊主ときたかコラ。まあいいか…呼ばれ方なんて、大した問題じゃない。
「お前、何なら食えるんだ?悪魔とか人間とか動物とかはやめてくれよ」
『我は魔力で生きておる。だが、人間界に居る以上身体の維持も必要になる。この身体に見合った物なら、恐らく食すことが出来るだろう』
何だ、ドッグフードでよさそうだな。
『ちなみに、排泄処理に関しては問題ないぞ。全て魔力として吸収するから、残りカスなど微塵も出ぬわ!』
何故そんなにも自信満々で言いますか。まあ、それはこっちとしても助かる。
「助かるよ。ま、一緒にいる以上は仲良くやろうな?」
『…我も身動きがまともに取れぬ以上、仕方がない』
「聞き分けがよくて助かるよ」
こうして、主従関係は成立した。
知佳達の方を見ると、後片づけを始めてくれていた。
「お、サンキュー。俺ちょっと出かけてくるわ」
「あ、じゃあ有紗送っていってあげて?もう夜だしね」
「ん、わかった」
「あ、すみません…お手数お掛けします」
「いいってことよ」
片付けを知佳に任せ、ドッグフードを買うためと有紗を送るために外に出る。
「今日は、本当にありがとうございました」
「いや、大したことはしてないよ」
「そう言えること自体、大したことなんです」
ふふ、と笑う。
夜風が二人の間を抜け、有紗の長い髪が舞う。
それは月光を反射し、とても神秘的で、美しく見えた。
「…どうしました?」
「えっ!?い、いや何でもない」
いっけね、ガン見してた…。
「お兄さん」
「ん?」
「お兄さんは、今、幸せですか?」
「何だい薮から棒に」
「どうなんですか?」
あの目だ。
一度、俺に向けられた、あの強い瞳。
「…どうかな?少なくとも不幸ではない思うよ。両親は傍にいないけど、知佳が居て、友達がいて、今はリリトナが居て。それに、有紗も居て」
「…」
何も返事が返ってこない。スカッたか…?
「…今までの俺には考えられないくらい忙しくて、落ち着かなくて…でも、不思議と充実感はあるんだよな」
「…そうですか」
ふっと表情を変え、普段通りの有紗に戻る。
「じゃ、俺から聞いてもいいかな」
「何ですか?」
「有紗は、知佳と居て楽しいか?」
気になっていた。
有紗の表情の、どれが本物なのか。
どれが作られた顔なのか。
「楽しいですよ」
にこ、と笑顔を向ける。
きっと、本心なのだろう。
でも、明らかに作られた笑顔に、俺は違和感を感じざるを得ない。
「じゃ、もう一つ。有紗は、どんな時が幸せって感じる?」
俺だって同じ質問を受けたんだし、いいよな?と思った。
だが、返ってきた言葉は予想外だった。
「…私は、幸せなんて感じたことがありません。今までも、そして、これからも」
そう言う物憂げな表情に、俺はまた可愛いとか思ってしまったわけで。
「そっか…。ま、他人事みたいに聞こえるかもしれないけど…自分は不幸だ、とか思った事ってある?」
「そうですね…しばしば」
「しばしば、か。でも、なぜそれが不幸だってわかる?」
「え?」
これは持論だ。
「自分にとって幸せが何であるか、それを分かっているから…そうじゃない時には『不幸だ』って感じるんじゃないか?幸も不幸もなければ、それはただの『普通』だと思うんだよね。でもそんな人生は寂しいよ。俺は…不幸や不運があってもいいと思う。だからこそ、幸運を幸運と感じれたり、ラッキーだなって思えるようになるんだと…思うけど」
熱弁してしまった。端から聞いてりゃ、ただのロマンチストじゃないか。うわ、やばい何か恥ずかしくなってきた。
「…私は、そんなに強くないんです」
「え?」
「自分の意志では何も出来ない…何も決められない。言うなれば人形なんです」
随分とまあ突飛した考え方だな。
「そうですね…そのうち、分かると思いますよ。私の言っていることが」
「そ、そうなのか」
何だか、変なスイッチ押してしまったようだ。
深く考え込ませてしまったな…。
「あ…では、この辺りで。もう家近くなので、大丈夫です」
「あ、そうなんだ。わかった、じゃあ気を付けてな。また」
「はい、また…」
有紗を見送り、俺も目的を済ませるべくスーパーへと向かった。
(そう、私は幸せなんて感じていない。知佳ちゃん家でのあの時間は、所詮はその一瞬だけの儚い感覚…私に、幸せを求める資格は…ない)




