正体がばれたら国に戻るのがセオリーでは無かろうか
肉くいてぇ
「あ、お帰り~って、何その犬!まじかー!超かわゆす!」
「知佳、言葉遣い」
「あう…」
まあ予想通りのリアクションを示した知佳だが、その横にいた有紗は表情を硬くし、犬を凝視する。
「…気のせい、かな…?」
「どしたの?有紗」
「あ、ううん何でもない。じゃ、そろそろ作る?」
「よっし、じゃあ兄さん宜しく☆」
「何で俺だ。ってか☆を飛ばすなと何度言えば分かる」
「えへ☆」
こいつ、わざとだな。最近身につけた技なんだろう、俺に何かをお願いしたり要求したりもしくは言い逃れようとしたり…そんな時は妙な茶目っ気を出してくる。怪しさ満点だっつーの。
「だってー、揚げ物に関しては兄さんの方が上手だし」
「まあ、それはそうだけど」
「嫁入り前の身体に、油跳ねの跡が付いたら価値が下がるし」
「価値って何だ」
何だかんだと言っては来るが、要は…。
「犬と、遊びたいんだな」
視線が、ちらちらとリリトナの抱えてる犬に飛んでいる。
「ふぇっ!?い、いやあそんなことは…」
ちらり。
わかりやすいにも程がある。
「…はあ、わかったよ。すまないな有紗ちゃん、俺が教えることになったらしい」
「はい、お願いします」
にこ、と笑うが心ここにあらずと言った感じだ。
「じゃ、キッチン行こうか」
「はいっ」
「尚李、食事の前に何か飲むものを。喉が渇いてしまってな」
「あ、私持ってくるよ!」
たたた、と知佳は先に冷蔵庫に向かい、適当に飲み物とコップを出してリビングに戻っていった。
「じゃ、始めるか。えっと、唐揚げの作り方でいいんだっけ」
「はい」
がさごそと、冷蔵庫から物を出していく。
有紗の表情が気になるところだが、まあ気にしないでおこう。
「でも、味付けが凄いことになっているだけで、揚げるの自体は大丈夫なんだよね?」
というか、その味付けが問題アリだからこうして家に来てるのか。
「そうですね、帰りに知佳ちゃんが『普通の唐揚げを教えてやるさ!』って意気込んでたから、楽しみにしています」
でも、その顔は楽しみにしている感じじゃないぞ。
…駄目だ、このままじゃ気が散ってならない。
「有紗ちゃん」
「何ですか?」
「その…俺の勘違いだったら悪いんだけど、ひょっとして犬嫌い?」
ぴく、と身体が反応した。
「え、ええちょっと。でも、あの子は見た目は可愛いですよね…」
「ん?そうだな、見た目はね」
ははは、と笑ってみる。
「…でも、中身はとんでもないものだったりしませんか?」
じ、と冷酷な目でこちらを見つめる。
…まさかとは思うが、あれがケルベロスだって事に気付いてるのか?いやそんなはずはない。あの場所にいたのは俺とリリトナだけだったし、そもそも知佳と有紗は別行動してたんだ。
「な、何言ってるんだ?そんなわけないだろ?帰りにダンボール箱に入れられて捨てられていたから、可哀想だと思って連れて来たんだ」
ははは、と乾いた笑いが空を舞う。酷い、酷い言い訳だ俺。大体あんなポメラニアンみたいな高級な種、捨てる奴そうそういないだろうし。
「そうですか。ならいいのですが…」
ふ、と表情が弛む。
「まあ、お兄さんがちゃんとしてれば大丈夫ですね。では、唐揚げ作りましょう!」
俺がちゃんとしてれば大丈夫って何だ?気にはなるが…。
「じゃ、下ごしらえから始めようか」
「はいっ!」
すっかり機嫌は戻っているようだ。
まずは揚げ物用の鍋に油を注ぎ、低温程度まで油の温度を上げておく。
今あるのは鳥モモ肉か…。
「先に言っておくけど、これは俺のオリジナルで、他がどうかは分からないけど家ではこれが定番の唐揚げってのを作るから。ま、作り方はムネ肉でもモモ肉でも変わらないからどっちでもいいかな。まずは食べやすいサイズにカットして、と…」
レシピ本と試行錯誤の末の、俺オリジナルレシピだ。
す、す、と包丁を入れていく。
「わ、手際いいですね」
「そう?まあ、自然に身に付いただけだよ」
嬉し恥ずかし。
「で、切った物はトレーに移して塩胡椒してそのまま置いておく」
「え、冷蔵庫に入れないで…痛まないんですか?」
「大丈夫だよ。で、取り出したるはこちらの生姜でございます」
「生姜?」
皮を剥き、みじん切りにする。出来上がったものを、先程の肉の上へ。しょうゆと料理酒を少し垂らし、手で豪快に揉み込んでいく。
「常温で置いておくことと、手で混ぜることによって肉に味が染み込みやすくなるんだ」
「へぇ~…なるほど…」
目をきらきらさせながら作業を見つめている。うーん、やっぱりちょっと恥ずかしい。こんな誰にも出来るようなことで羨望の眼差しを受けるとは。
「ある程度混ざった所で、衣の選択だ。小麦粉と片栗粉、どっちがいい?」
「え、片栗粉って揚げ物に使えるんですか?」
知られているようで、意外と知らない人は多い。
「ああ。じゃ、今回は片栗粉でやってみるか」
薄くサクッと揚がるので、俺は小麦粉よりも片栗粉の方が好きなのだ。
トレーから水気を切り、肉の塊の上に片栗粉を適量まぶす。まんべんなく粉が行き渡ったら、準備して熱しておいた油の中へ投入する。
すると、じわじわと油の中で気泡が発生する。
「あ、油の温度低くないですか?」
「まあね。最初から強火力でやると、見た目はよくできても中まで火が通ってないことがあるんだ。業務用のとか見てるとすぐ揚がって凄いなと思うけど、家庭の火力じゃどうしても足りないからね。それに、油跳ねしちゃう可能性もある。火傷は嫌でしょ?」
と言って、右腕にある火傷の跡を見せる。
「え、これ…?」
「うん、火傷の跡。と言っても、料理で出来た物じゃないけどね。…でもまあ、こういう事にもなりかねない」
あまり思い出したくない事なのだが、気を付けるに越したことはないと教えるためには、実物を見せるのが効果的だと思った。
「はい、わかりました。火力は始めは弱く、ですね…」
ふむふむ、と納得のご様子。
「うん。ちょっと色が付くまでの間に、大根をおろしておこう」
皮を剥き、がしがしと大根をおろしポン酢をかける。
「ま、お好みで使ってくださいって感じかな」
「あっさりと食べられそうですね」
「そ、知佳はこれあった方がいいって言うからいつも作ってるんだ」
「妹思いでいいお兄さんですね、憧れちゃいます」
いや、直視してこっちを見ないでくれ。妹思いとか言われるとマジで恥ずかしいから。
「そ、そろそろいいかな。一旦これ出すよ」
唐揚げを一度皿にのせ、油を切る。
「え、まだ早くないですか?」
「そう、それもポイント。余熱で中まで火が通るから、これでまた四、五分待つんだ」
「へぇ~…」
「で、次。今度は俺の好みのだけど…」
冷蔵庫からマヨネーズを取り出し、野菜室からレモンも出す。
「私もマヨネーズ好きです」
「あ、やっぱそうなんだ?昼の時、小さなマヨネーズ置いてあったから好きなのかなって思ったんだ。しかし、俺のはただのマヨじゃないんだぜ」
マヨを器に適量出し、そこにレモンの絞り汁を加える。
「ここからが勝負ッ…!」
高速で、しかし跳ね飛ばさないように小刻みにそれを混ぜる。途中で粗挽き胡椒を入れ、最後にマスタードを少し加え、さらに混ぜる。
「すごい、早業…」
「ふぅ、まあ早く混ぜないとレモン汁とマヨが分離しちゃって変になるから、これは結構難しいんだ」
とん、と完成したオリジナルマヨを置く。
「私の好きなマヨとマスタードのブレンド…わ、私にもやらせてください!」
なんと、本題ではなくこっちを志願するとは。
「じゃ、見てたとおりにやってみて」
「はいっ!」
マヨを出し、レモン汁をかけ、混ぜ、胡椒を入れて、マスタードを加える。
「ど、どうですか?」
…まあ、分離せずしっかり混ざっている。混ざってはいるのだが…。
「ま、まあいいんじゃないかな?ちょーっと色が黄色すぎるのが気になるけど」
「あ、マスタード多かったですか?」
多いなんてもんじゃない。半分以上はマスタードだ。
「好みによって分量変えればいいと思うよ。じゃ、仕上げにかかるか!」
弱火で維持していた油鍋の火力を、強火にする。
「最後は食感と色味を良くするために、強火で短く揚げるんだ」
油の温度が上がったところで、一つずつ投入していく。
じゅわーといい音がし始め、生姜の香りが漂う。
「わ、いい匂い」
「…よし、いいかな」
色が付いてきた所で、油を切って皿に並べていく。
「はい、完成~」
「おいしそうです…すごい、お兄さん」
「大したこと無いよ、有紗ちゃんも全然出来ると思うし」
「そんな、私なんてまだまだ…師匠と呼ばせて下さい」
師匠。
いい響きだ。
でも、有紗には…。
「普通にお兄さんと呼んで下さい」
そう呼ばれたい。何か癒されるから。
「残念です…」
「大体師匠とか俺には似合わないって。それより、試食しよう!」
「あ、はい。じゃあ知佳ちゃん達呼んできますね」
「ん、よろしく」
ぱたぱたと、有紗はリビングに向かっていった。
「きゃああっ!?」
いきなりの悲鳴だ。
「ど、どうした!?」
俺もリビングに駆けつける。
「…何だ?」
別に変わった様子はない。
犬は有紗の足下で尻尾を振っているし、それを見る知佳は何だか惜しそうな顔をし、更にその様子を見るリリトナはやれやれといった表情だ。
「…ああ、有紗は犬苦手なんだっけ」
「え、いやその…急だったので驚いちゃって…」
それにしては結構な悲鳴だった。それにその足の震えは何だ。可愛い奴め。
「あぁー、ケニーちゃんが浮気を…」
ケニーちゃん?ああ、そんな名前になったのか。まあマシだな。
「知佳のものじゃないでしょ、全く…」
ケルベニアンを独占し遊んでいた知佳と、それを眺めるリリトナ。リビングのドアが開き、ケルベニアンは食べ物の匂いをかぎつけて有紗の元へ。そんな感じだろうな。
「やれやれ」
ケニーを拾い上げ、リリトナに渡す。
「ほら、試食会の始まりだ」
「お、やったー!」
「仕方ない、付き合うか」
「あ、ありがとうございますお兄さん」
「いいってことよ」
全員で、試食会会場へと向かった。




