プロローグ
ここはアストラス王国。縦に伸びた領土のほとんどが緩やかな平地で、見渡す限りの大地は四季折々に美しい変化を見せていた。中でも王都は1年を通して温暖で過ごしやすい。周辺諸国との関係は良好で、今は戦争もなく、王都は最も平和な時代を迎えていた。
春を迎えた王都の朝の空気は澄み、頬を撫でる風はとても心地いい。遠い北の故郷は、未だ薄く雪が残っていることだろう。男はおもむろに腰に下げた剣を抜き、血と汗が沁み込んだ銀色の刃に口付けた。
やっと、ここまで来た。この腕一つで、ここまで辿りついたのだ。
駆け抜いてきた長い茨の道を思い、己の剣に敬意を払うかのようにキスを落とす。薄く浮かべた笑みは、しかし、穏やかな風とは正反対にどこか侘しげにさえ見えた。
もう帰ることのない故郷。もう戻ることのない過去。この先はひたすらに、己の道を進むだけだ。ここまで自分を突き動かしてきたものが、野心なのか怒りなのか、それとも劣等感なのか…。今はわからずとも、もう突き進む以外の選択肢はない。この王都にこそ、その答えがあるはずだ。
そんな決意を胸に、馬に跨った一人の男が、宮殿へと続く道を駆けていた。