ホラー乙女ゲームの悪役に転生してまった
本格ホラーの乙女ゲームがやりたいという願望と、流行に乗ってみたいという思いのみで衝動的に書きました。
なので長編で言うところのプロローグ的な場面です。
目の前が一瞬にしてぱん、とはじけた。視界がまっしろく染まる。
実際には、一秒にも満たない時間。その瞬間には、わたしは全てを思い出していた。
はっきり言おう。ここは、乙女ゲームの世界だ。わたしは転生したらしい。
夢ではなく、転生と断言するのは、自分の死ぬ瞬間をありありとおぼえているからだ。
頭がおかしいといわれるかもしれない。実際、わたしだって第三者の立場だったならそう思っていただろう。
けれど、いま私が在籍する赤城学園。一流財閥の御曹司や、政治家の娘、旧家の跡取りなど、国中のあらゆる上流貴族たちが集うという学園。
その歴史の古さや、生徒の優秀さを誇るこの学園において、ひときわ目立つ数人のきらびやかな男子生徒たち。そして、一般庶民の出にも関わらず入学を許された、いま学園で一番注目される一人の少女。
そう、これはまさに、わたしが一時期熱中していた乙女ゲーム、「ブラッドナイト」にほかならない。
タイトルからもわかるとおり、内容は全体を通してシリアスで鬱々とした雰囲気ですすんでいく。というか、いってしまえばホラーミステリー乙女ゲーム、というやつである。
全寮制、というこの格式高くも閉鎖的な学園に入学した主人公は、ある晩ひどい悪夢に目を覚ます。それは、庶民という理由で自分をいじめていたグループの一人が、中庭の桜の木で首を吊る、というものだった。
ただの夢と割り切っていた主人公だったが、その数日後、それは現実のものとなる。
それをきっかけに、主人公はほの暗く恐ろしい、怪奇事件に巻き込まれていく――というものである。
そして、現在4月のはじめ。高等部の入学式という、中等部からの持ち上がり組にはただの退屈でしかない式典のさなかである。
そこでわたしは、壇上に上がり、新入生代表として祝辞をのべる彼女の姿を見た。そして、すべてを思い出したのだ。
九条はるか。主人公である。彼女は一般家庭の出にも関わらず、難関といわれる編入試験を一番でパスし、すべて無償でこの学園に通うことのできる特待生である。
「庶民のくせに、この伝統ある赤城学園の壇上に立つなんて。恥知らずにもほどがあるわ」
わたしの隣で、友人がちいさく悪態をついた。
とうぜん、上流階級の者たちにはそれが面白くない。ただでさえ噂のたねにされていた彼女は、これにより目をつけられ、陰湿ないじめがはじまるのだ。
この入学式はオープニング。つまり、ゲームのストーリーは始まってしまった。
最初の事件は、これから二週間後に起こる。
「ねえ桜子。あなたも、そう思うでしょう?」
そしてその被害者は、わたしの隣にいる、わたしを桜子と呼んだ彼女だ。
「――佳乃、落ち着きなさいな。ほら、周防様のお話がはじまるわ」
少々わざとらしいかと思いつつ、わたしは話題をそらした。佳乃はその名をきくと、慌てて壇上に視線を戻す。彼女だけではない、この場にいる女生徒はすべからく彼の凛とした佇まいと、堂々たるその声に集中している。
周防一夜。この学園の生徒会長にして、攻略対象のひとりである。
それは、いいとして。
すべてを思い出したわたしは、それと同時に、あまりの恐怖に身を震わせた。
宇都宮桜子。一流財閥の一人娘であり、その性格は非常に傲慢で自分勝手。学園で自分に逆らえる生徒がほとんどいないのをいいことに、権力を振りかざし奔放な生活をしている。その姿はまさしく女王様で、彼女が白といえば、取り巻きの女子たちはそれが黒であっても白といわなければいけない。
主人公が気に入らない、いじめろといえば、取り巻きたちはすぐさまそれを実行する。
そう、主人公をいじめるグループのリーダーであり、ゲーム上の悪役。わたしである。
もちろんひとが死ぬようなホラーゲームの悪役の最期は、学園追放なんてなまやさしいものではない。
わたしはすべてのルートでもれなく攻略対象に横恋慕し、主人公をいじめぬいたあげく、最後は――。
ぞっとした。そんな末路はいやだ。せっかく転生したのに。
けれど、どうにも記憶を思い出すのが遅すぎたようだ。ゲームははじまってしまっているし、なにより我侭な宇都宮桜子として生きてきた15年間は今さらくつがえせない。
周防一夜の美しい声と姿などに構う暇もなく、わたしは今後、どうやって自分のフラグを回避していくか。そればかり考えていた。