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無想の剣士と魔法の探究者  作者: 出島創生
刃のない剣と炎の柱編
9/12

第八話 旅路Ⅱ

 「ごめんなさい。あの遺跡に来た時からうすうす感づいていたのだけれど、言い出せなかったの。」


 例の骸骨が散乱している通路で、背中に背負っているローナが耳元で申し訳なさそうに囁いた。俺自身も遺跡の中で何かと見聞きしている中で本物の遺跡だと疑いがなかったわけではない。そんなことよりも俺としては話の内容より、耳に彼女の吐息(といき)がかかり、気が気でない。背筋に鳥肌が立って遺跡がどうのこうのどころではない。


「いいさ、最初からうまくいくこともない。そんなことより、もうすぐ出口だ。また野犬に出くわしたら頼むよ。」


「……あなたって本当に優しいのね。危ない目にあってるんだから私に文句や罵りの言葉を言ってもいいのよ。」


「誰だって一度や二度の失敗はある。それにな、その本に書かれていることがまだ本当だって証明されてないんだから予想できた結果だろ。俺もそのことは承知であんたに付き合ってるんだ。文句はないよ。」


「ありがと。この遺跡はこの魔法ができる前よりももっと前からあったかもしれないの。私の国で発見された遺跡とは様子が違う。壁の素材や建築方式が別で、風化の具合私たちのよりもひどいの。」


「じゃあ、あんたの国にある遺跡はどんな様式なんだ?」


「魔法が隆盛していたころにはすでに煉瓦(レンガ)が建材に使われていたから、ほとんどの建物が原型を残しているの。でも、この遺跡はほとんどが石を積み上げられている方式であちこちが崩れかけているわ。こんなところに魔方陣を残すなんていくらなんでもお粗末(そまつ)すぎるわ。」


「じゃあ、ここを出たら一旦村に戻って、他に遺跡のようなものがないか聞いてみるとするか。あんたも少し休んだ方がいい。今日は何かと体と精神が参りそうな出来事だらけだったもんな。」


 話をしているといつの間にか地上への出口までローナを背負いながら来てしまった。ローナと今後の話に夢中で通路の骸骨は消え失せ、小奇麗な通路をただ突き進んでいたことに気が付かなかった。その後、俺たちは地下に入る前と同じように警戒しつつ、遺跡から出ることに専念した。地下に潜る前に降っていた雨は既に止み、通路の所どころに空を映し出す水たまりをいくつも作っていた。深い水たまりを避け、地図もないこの遺跡を彷徨(さまよ)っている俺たちは、見晴らしのいい丘にたどり着くことができた。丘を登りきり、頂上から背後を振り返る。そこには今まで出会ったことのない絶景が眼下に広がっていた。


(ふもと)に広がる朽ちかけた遺跡に、雨を降らせた厚い雲の隙間から覗かせる光の筋が幾重(いくえ)にも差し込んでいる。光が当たる石壁は黄金(こがね)色に輝き、石壁の蔦や苔の緑とうまく対比されている。雲が流れると同時に、光の筋も形を変え、常に変化している光景はつい時の流れを忘れさせてしまう。

 なかなか幻想的な風景で思わず見惚(みと)れてしまいそうになるが、呑気(のんき)に鑑賞している場合ではない。すぐに真っ直ぐ前に向き直ると、同じ景色を見ているローナの姿が目に飛び込む。彼女もこの景色に見惚れ、丘の上に流れるそよ風に髪を遊ばせている。栗色の髪が生き物のようにばらばらと広がり、一度に(まと)まる様子は背後の景色と同じように時間を忘れさせる。絶景と美女、この様子を絵にすることができたら名作になるかもしれない。残念ながら俺には絵の才能はないみたいだし、せめてこの様子を心に映し残せるよう、目に焼き付けた。

 景色を満足とまではいかないが、十分堪能したところでローナに声を掛け、先に進むように促す。本人も十分と感じたのだろうか、素直に俺の指示を聞くとまた再び歩き始めた。


 遺跡を完全に抜け、村まで戻ってきた時には日が暮れかけていた。村人に遺跡のことを訪ねて回ったが特にいい収穫はなく、結局、昨日泊まった宿に戻ってきた。


「あらま、あなたたちどこに行ってたの?随分、疲れた顔をして。ささ、今日も泊まるなら昨日の部屋に入って今日は休みなさい。」


 女主人の優しい気遣いに感謝し、昨日と同じ部屋の鍵を受け取る。鍵を受け取ったローナは無言ですぐに部屋に向かっていった。俺も付いて行きそうになったが、部屋に向かおうとする足を止め、村中でした質問を女主人にも投げかける。


「あの……、一つ聞いていいですか?ここから少し東に行ったところに昔の都市の跡があるじゃないですか。今日、そこへ行ってみたんですよ。それで、もし他にもあのような場所を知っているなら教えていただけませんか?」


「あら、あなたたちあのぼろ遺跡に行ったの?無事でよかったわ。あそこは最近野犬が住みつくようになっちゃって村の人たちもめったに寄り付かないのよ。ん?そういえばあなたたち、知り合いの結婚式に向かうんじゃなかったの?」


 出発する前に、遺跡の前評判を聞くべきだったなと後悔する。そしたらあんな危険な目に合わずに済んだものを。まあ、仕方ない。これからの教訓とすべきこととして胸に深く刻んでおこう。そして、完全に忘れていた設定を聞かれたことに若干狼狽しかけた。だが、そのことは何とか誤魔化して、またしても彼女を言いくるめなければならない。


「ええっと、ですね……結婚式に向かう前に何か珍しいものを見ようということでこちらの近くの遺跡に行ってみようとしたんですよ。幸いにも野犬と出くわすことはなかったのですが道に迷って今日は疲れましたよ。」


「無事で何よりだわ。何かあったら村の評判が落ちてこちらも商売があがったりだもの。それにしてもあなたたちって仲がいいのね。普通、あんなところに男と女が行っても面白ものなんてなんもないじゃない。そうだ!あの子のことはどう思ってんの?きっとあなたならうまくいきそうよ?」


 中年の女性独特の行き過ぎた老婆心が顔を覗かせつつある。何とか抜け出さないとこのまま、長い立ち話になって肝心の質問の答えを聞き出すことができない。またしても嘘を塗ることになってしまうが、もうここには立ち寄ることはないのだから仕方ない。


「いやぁ、彼女はかわいいですけど、その……彼女の村に婚約者がいるみたいなんですよ。流石に婚約者もちじゃあ、こっちも手が出せませんよ。そんなことよりも他にあんな遺跡があるところは知りませんか?」


「あら、それは残念ね。でも諦めちゃあ駄目よ。恋の炎は壁がある程強く燃えるもの、あなたも少しは努力してみる価値はあるはずよ。あたしだって昔、それは多くの恋をして……。おっと、いけない。ついあたしの昔話をしそうになったわ。それで、なんでしたっけ?あの遺跡と同じようなものがあるところに心当たりがないかでしたよね?んー、遺跡ねぇ……。」


 女主人のこの反応を見るに今回も有力な情報は得られそうにない。このままでは一旦アンドレナの首都に向かい情報を仕入れなければならなそうだ。また長い旅路になることは必須である。もっとも、時間などはいくらでもあるのだが。


「そうだ、思い出したわ!確かユークリッドで私と同じように宿をやってる妹がいるんだけど妹も近くにそんなものがあるって言ってたと思う。」


 女主人は片手を広げ、もう片方の手で叩くといういかにも思いつくときにする反応をした。それにしてもなんという僥倖(ぎょうこう)、世の中いろいろな繋がりがあるものだ。この女主人に妹がいることにも驚きだが、言っていることが本当かどうかは分からないため詳しい話を聞くことにした。場所、ここからの距離、どんな様子なのかを聞いてみるとローナの言っていた遺跡ではないかと心が弾みだす。この情報をローナに聞かせたらいったい彼女はどんな反応をするのだろうか?きっと喜ぶに違いない。俺は女主人に礼を言うと宿泊先の部屋へと駆けていった。


「本当?私の言っていた遺跡がある場所聞けたの?で、それはどこ?」


 部屋に入り、ベッドでくつろいでいたローナに遺跡のことを聞けたと声を掛けると、彼女はすぐに居直った。こちらを見るその瞳は興味と期待で溢れんばかりだった。なんとまあかわいげに溢れているのだろうか。その前に、部屋に入るときはノックぐらいしろと怒られたが。


「まあ落ち着けって。下の女主人が言うにはユークリッドの首都の更に北側、こっから歩いて一週間はかかるところにあるそうだ。特徴は特にはないそうだが、あんたの言う通りここの遺跡よりはまだ形が残ってて、煉瓦造りだとさ。どうだ?行ってみる価値はありそうだが……。」


「一週間、か。なかなか遠い所にあるのね。でも、私は諦めない。途中で何か移動手段があったらそれを使いましょう。それまでは私も我慢するわ。」


「わかった。少し長いが、ここから北へ行く街道は大きいし、村や町なんかもあるから野宿はそんなしなくてすむな。でも一度や二度はあるから覚悟してくれよ。」


 ローナはこの前のように嫌そうな顔をする。しかし、彼女も分かっているのだろうから、特に不満をこちらにぶつけることはしなかった。ただ、「はぁ」とため息一つでとどまった。不満をぶつけられてもこちらとしてもどうしようもないから助かった。。


「遺跡に行くためだから仕方ないけど、ユークリッドってどんなところなの?あなたは行ったことがあるんでしょ。」


「ああ、一度訪れたことがあるぞ。ユークリッドは俺らが生まれる前はもともと二つの国だったんだ。それが途中で片方の国が財政難に陥り、もう片方の国が援助する名目で支配権を拡大した後、正式に統合した。統合に際して多少はもめたみたいだけど、何かと平和主義的な国民だったから争いなく受け入れたそうだ。だからユークリッド連合は治安のいい国として東大陸の各国から評判が高いんだ。俺もいつかはあそこに移住して毎日農作業とかしながら晩年を迎えたいよ。」


「そう?平和っていうより単に文明の進んでいない田舎っていう感じね。私がいた西大陸ではそんな国のありかたなんてもうないのよ。」


「なんだそれ、どういうことだ?西大陸ってそんなに治安が悪いのか?なんか、想像と違って悲しくなったな。」


「治安が悪いとは違うの。西大陸では他国と何かで張り合わない国なんてすぐに周りの国に取り込まれてしまうわ。各々が他国に負けない分野で国力を上げ、競争をしている状態。競争に敗れた国はやがて衰退し、取り込まれる。まさに弱肉強食の世界なの。呑気にしているあなたたちや東大陸とは違って、魔法や科学の分野が進んだのもこの競争があったからよ。」


「俺にはよくわからんが、なんだか余裕のない毎日を向こうの連中は過ごしているんだな。俺には日がな一日、空を眺めて過ごしている方がましだな。」


「あなたみたいな人、私たちの国では役に立たなそうね。私のいたオルデウスでは労働は国民の義務なの。働くことで家族を養い、ひいては国に奉仕することで更に国を豊かにすることが美徳なのよ。」


「それじゃあ、俺は一生、東大陸で暮らすことにするよ。蟻のように生きるよりは、まだキリギリスのように暮らす方が俺にはずっといい。」


 なんだか急に現実を突きつけられたような気がした。夢や希望にあふれている未知の大陸は結局、人の手が生み出したものに過ぎないということを思い知らされる。この旅を始めたきっかけだった新天地を求める目標も早くに終わってしまうかもしれない。だが、その時はその時だ。まだ旅は始まったばかりである。すべての国を周り、この目で確かめ、自分で判断するまで少なくともこの旅をやめるつもりは全くない。

 とにかく今日は次の目的地が定まったのだ。この収穫があったことだけで災難続きだった今日を終え、また歩き出すことができる。そして明日からひたすら目的地に向けて歩かなければならない一週間を送ることになる。しかし、ローナという道連れもいることだし、道中で退屈することはまずないだろう。


 その後は、ローナも俺も明日への支度を済ませ、夜更けになるかならないくらいのところで寝ることにした。今度こそはその魔法の封印された遺跡であることを願いつつ、十も数える前に意識が暗がりへ沈んでいった。


――――――――――――――――――――


「ねぇ、もう疲れたわ。休憩しましょうよ。」


「まだ起きてから三時間も経ってないぞ。それにまだ昼前だし、もうちょっと頑張れないか。」


 アンドレナの外れの遺跡を出発してはや五日。予定通りの進路と進み具合をぎりぎり保ちつつ、何とかここまでやって来れた。この五日間、特に目立った出来事はなかった。

 ……と言いたいところだが、俺とローナの間ではしょっちゅう争いは起きた。元来、お嬢様気質のローナは何かと俺にケチをつけてくることが多く、程度によるが俺もそのことには耐えていた。だが、いくら俺でも流石に譲れないものはある。そのことで彼女と口論することも度々あった。しかし、口論の勝率は今のところ二割といったところか。情けない話だがほとんど彼女に言い負かされてしまう。これでは俺の面目が立たない。しかも、言い負かされる原因は大抵、彼女の強い自信からくる勢いに何かと気後れしてしまうのだ。そして、その都度彼女の言うことを聞かざるを得ないことになって損を強いられてきた。


「何でよ。雇い主の私が疲れたんだから、少しは待ちなさいよ。」


「もう少し歩いたら、街に着くんだ。そしたら昼食もとれるし、休憩だって長くできる。どうだ?しかも、これから着く街は今まで通ってきた町よりも大きいし、首都まで行ける足が見つかるかもしれないぞ。」


「…………。」


 俺の返答を聞いて沈黙。しばしの後、ローナは道の真ん中で止めていた足を再び前に進める。この五日間、俺もただローナの言いなりになっていた訳ではない。彼女との数多くのやり取りを経て、次第に彼女の扱いが分かってきたのだ。お嬢様気質の彼女の理不尽な要求に真っ向から反対してはしけない。一度受け止めて、少し正論を投げかけると彼女もそれ以上には要求してこない。


――まったく、なかなか気難しい性格をしているものだ。いったい彼女がここに来る前はどのように生活していたのか気になってしょうがない。西大陸の話を詳しく聞くついでに彼女自身の話を振ってみるとするか。


「前から興味があったんだが、西大陸のオルデウスが出身って言ってたよな。オルデウスでは何してたんだ?やっぱり、家族ぐるみで魔法とか研究してるのか?」


「藪から棒に聞いてくるのね。あなたが期待しているほど私の事なんて大して面白くない話よ。私、東大陸に来る前は国民学校通ったり、普通の暮らしをしてたの。家は貧しくも裕福でもなくて、父と二人で暮らしていたわ。十八歳の時に魔法学校に入学したんだけど、そこを二ヵ月前に卒業。あ、因みに普通に卒業するまでに四、五年はかかるけど、私は卒業者の中では最短記録よ。」


「自慢したいのは分かったが、意外だったな、普通の生活をしていたなんて。もっと貴族的な暮らしをしてたのかと思ってたよ。」


「貴族?なんでそう思うの?」


「あっ、いや、その……なんていうか、物腰がどこか上品に感じたんだ。」


 隣で不思議そうな表情を浮かべるローナに面と向かって「我儘で、お嬢様っぽいから」なんて言えようか。まさか、言えるはずがない。俺はそこまで好戦的な性格ではないのだからここは平和的に誤魔化そう。それが彼女、いや俺自身の身の安全のためである。

 

「それは東大陸と違ってこっちじゃ教養の質が違うのよ、きっと。もちろん私だって、それなりの教養は持ってるって自負してるもの。」


 さらりとこちらをこき下ろすとんでもない返答が返ってきた。こちらの気分を若干曇らせる。やっぱり、本当のことを言おうか迷うが、本人は特になんとも思ってないようだ。見た目に似合わず、かわいげのない性格だがこればっかりは仕方ない。怪訝そうに俺を見つめるローナに俺は別の疑問をぶつけてみた。


「それはそれで、空想の世界なんかじゃ呪文とか唱えればあっという間に魔法が使えるものだろ。でも、実際はどうなんだ?確か、前に思念とか生命力で事象変化がどうだか言ってたと思うけど詳しく説明してほしいな。」


「『人間の思念を触媒とし生命力を要因とする事象変化』よ。いいわ、教えてあげる。退屈しのぎにはなりそうだし。でも、あんまり詳しく話すと日が暮れるから要所をかいつまんで言う程度よ。例外はあるかもしれないけど普通、魔法を使えるようになるには魔法学校に通うのが当たり前よ。で、魔法学校で習う魔法の要点は大まかに分けて三つ。一つは魔法理論についての座学。当たり前よね。何をするのか頭で理解できないとお話にならないもの。修練本とかひたすら読み込むだけのつまらないものよ。」


「魔法を使うためにはやっぱりまずは勉強からか……。避けては通れぬ道だが、俺にとっては高い壁のように感じるよ。なんかもう挫折しそうだわ。」


「あー、あなたって本を読んだりしてそうな見た目をしてないものね。でも魔法学校じゃ、この辺は初歩中の初歩。ここで挫折する人なんて見たことないわ。」


 座学と聞いて、魔法への道のりがはるか遠くに感じ、なんだか自分とは相容れない存在だと認識しなおす。勉強するにしたって他の弟、妹の中じゃあ頭の出来の悪さは一番だった。その俺に勉強ということを今更するのは億劫である。


「座学が終わって理論を学んだら次からもう実践よ。二つ目は『思考や想像力の強化』。ここで多くの人が何年かかっても習得できずに挫折していくの。いわば魔法使いへの登竜門。ここを乗り越えられれば次の関門は容易に通り抜けられるわ。」


「思考や想像力の強化?なんでそんなものが魔法を使うのに必要なんだ?」


「魔法って言うのは『思念』っていう思考や想像力を更に突き詰めたもので操るものなの。分かりやすく説明すれば頭の中で思考・想像したものを実際に現実にあるものと認識することよ。例として私がよく炎を起こす魔法を使うでしょ?あれは、私の頭の中で炎が目の前にあると思っているの。ただ思っているだけじゃなく、炎が発する光や熱気、揺らぎを『本当に目の前にある』と思い込んでいるの。頭の中にある目の前の炎に触れたら熱いと感じるくらいの段階で思念となることができるのよ。」


「なんだか途方もない話だな。目の前にないものをそこにあると思いこんで初めて魔法を使うことができるのか。確かに想像力とか乏しい奴には苦行だよ。でも火とか水とか想像するなんて実際に触れるから何とかなるかもしれないけど、それ以外はどうなんだよ。例えばこの前に使っていた宙に浮くとか衝撃を発する魔法なんか何を想像してるんだ?」


「自分が経験できない類は、文献から読み取るとか、それに近いことを自分で経験することになるわ。そうすることで思念への想像過程を学んで、自分の思念に磨きをかけるの。文献とかじゃ、事象変化までの心持まで書いてあるものまであるから、本当に先人たちの行いには頭が上がらないわ。本に書いてあることを思い出して、事象変化を起こすんだからそういう意味では呪文と一緒ね。私もそんな感じで物を宙に浮かしたり、衝撃を伝えたりしてるの。どう?少しは理解できたかしら?」


 ――言ってることがさっぱり分からん。思考停止。言いだしっぺなんだが大変申し訳ないが、とりあえず最後まで彼女に話をさせてあげよう。最後くらいは理解できるかもしれないし。


「ああ、大体は理解できたよ。それで、最後の三つめは?」


「本当は思念だけの話で、八つの項目に分けられるんだけど、あなたに話すのは酷だからやめにするわ。最後の三つ目は『生命力の変換』よ。」


 「『生命力の変換』?生命力って簡単に言えば命のことだろ?それを変換するってどういうことだ。」


「いい?さっき言った思念を使って最終的には事象変化を起こすが魔法なの。でも思念だけじゃ事象の変化を起こすことはできない。変化を起こすだけの力が必要なの。その力というのが生命力、つまり命というわけ。魔法を使うには生命力を自分が思った思念によって変換し、事象変化させることが魔法の基本原理。この変換をすることが魔法学校の最後の過程よ。でも、思念が完成した時点で、自分の生命力を操れるから、ここでは魔法の大きさを調節することが重要かな。」


「それはつまり、魔法ってものは自分の生命力を引き換えに操っているものなのか?命を削ってまで、魔法は使う価値があるものと俺には思えないんだが……。」


「価値は大いにあるわ。だって、魔法が今よりももっと発達すれば、私たちの世界がもっとよくなるかもしれないじゃない。それに、先人たちが残したものを受け継ぎ、更に発展させるのは後に続く私たちの義務よ。あと、命を削るといっても大丈夫。生命力といっても寿命の事じゃないのよ。生命力とは、そうね、気力って言った方が分かりやすいかもしれない。沢山魔法を使えばその分、体は疲労がたまり、空腹になるの。確かに、一度に身の丈に合わない量の魔法を使ったら命に係わることになるかもしれない。でも、ちゃんと休めばその分回復するし、普通に生活する中で命に係わる程の魔法を使ったりしないわ。」


――馬鹿げている。


 命を削る代わりに魔法を使う。その言葉を聞いた途端、俺は魔法への興味を失った。もちろん思ったことを口に出すつもりはないが。ローナと俺では住んでいた世界は違うし、西大陸ではそのような考え方が普通なのかもしれない。何もかもが進んでいる西大陸では、国とそこに住む人々の関係はそんな風になっているのだろう。


 魔法の意外な正体を知ることになってしまったが、ローナの魔法談義はそのあとも続いた。魔法への興味を失ったため、そのほとんどは頭に入って来なかったが、大半はローナの魔法学校時の自慢話だったと思う。長々と続く他人の自慢ほど手に負えないものはないだろう。話が始まる前は疲れて休憩をしようと言っていた彼女は俺よりも歩く速度が速い。歩いてくれるのはいいのだが、やはり休憩するべきだったかと後悔の念が頭の中に浮上してくる。


「でね、私がその魔法生命科学の教授に言ってやったのよ。『あなたの言ってることは根拠もない子供のいうようなただの作り話』って。そしたらあの教授、みるみるうちに顔が青ざめていって……。町が見えたわよ!」


 延々(えんえん)と続いた自慢話もついに終焉(しゅうえん)がみえた。俺たちがたどり着こうとしていた町にようやく着くのだ。町の入口にはこれから町に入ろうとする人々を迎える石造りの立派な門が見える。エストレンダを出たあと、今まで滞在してきた町とは規模が違うことに期待が膨らむ。エストルギアと違い、町の雰囲気は落ち着いていて、人びとの様子も穏やかだ。ユークリッド独特の青色の衣装を身にまとっている人が多いため、現地の人々とそれ以外の人との区別が簡単につく。しかし、ここにいる人びとは特に気にすることなく、平等に他人と接している。平和の国というだけあって、人の温かさが感じられるようだった。今日はここで一晩過ごす予定だが、食事や宿探しには苦労しないだろう。ここを出れば、明後日にはユークリッドの首都、マセランに行くことできる。


「やっと少し休むことができるわ。まったく、昨日は野宿だったから、今日の夜は思いっきり遊ぼうかしら。見て、あそこに馬車がある!もしかしたらあれで首都まで行けるかも。ここで少し待ってて、私が御者(ぎょしゃ)に聞いてくるから。」


 ローナが町の入口で待機していた馬車に向かって子供のように駆け寄っていった。髪を大きく上下に揺らして走っていくその後ろ姿がこれまた絵になる。こんな女性と一緒に旅をしている俺はひょっとして幸せ者かもしれないという思いまで込み上げてくる。優越感に近い高揚と共にぼんやりとローナをしばらく眺める。ふと気が付けば御者と話していた彼女はこちらの方を振り向き、右手を振っている。どうやらこっちに来いと言ってるみたいだ。


「急いで!もう馬車出ちゃうから。これに乗れば今日の夕暮れにはマセランに行けるの。早く早く!」


 ローナが大声で呼びかけた。仕方ないから走って馬車に向かっていく。昼時で腹が減っていたが、この機を逃すわけにはいかない。馬車を使うことができ、尚且つ今日中にマセランに行くことができる。二日かかって歩くよりも一食抜いてその時間を短縮できるのであれば(はかり)に乗せてまで考える必要はない。それに昼食を抜いても、その分今夜の夕食を豪華にすればいいのだ。もちろんローナもそのつもりだろう。


 ローナと出発してから起きた幸運や不運な出来事すべてが、俺がルリナスで過ごしてきた三年間を忘れさせた。灰色だった日常が急速に塗り替えられていく。


 さて、マセランに着いたらいったい、どんな出来事が俺たちを迎えてくれるのだろうか。


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