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無想の剣士と魔法の探究者  作者: 出島創生
刃のない剣と炎の柱編
8/12

第七話 ペルセイア遺跡

 ペルセイア遺跡、それは遥か太古から存在している遺跡である。無論、後世に名を残さんとする学者たちによって数多くの調査がなされた。しかし、歴史的価値のあるようなものは発見することはできず、古代の都市の史跡の一つとして結論づけられた。以来、この遺跡は観光名所にもなることはなく、時の流れによって朽ちかけているのが現状だ。


 遺跡に着くと、ローナは古文書を取り出し、早速、遺跡の中に入っていく。遺跡というが全体を見渡しても建物のような物は存在せず、天井が崩れた壁だけが立っている有様である。この様子では都市というよりかは巨大な迷路と言い表すのが正しいかもしれない。石を中心とした建造物は現在のレンガ造りの建物とは大きく雰囲気が違う。なんというか……不気味だ。石壁には蔦が絡みつき、苔が生えている。それはまるで自然が一つの生き物のように世界を取り込んでいく様のようだ。とにかく、この生い茂りようではもし仮に魔方陣とやらが壁に描かれていたとしても簡単には分からない。そして、何度も迷わせようとする遺跡そのものが俺らを監視しているような気さえする。


「何してるの?早く来ないと置いて行くわよ。」


 十数歩先を歩いていたローナが声を掛けてきた。俺も足を速めて追いつくが、この巨大な迷路で道に迷うと悲惨だ。規模としてはエストルギアよりも遥かに大きいため、迷って夜になったらより一層抜け出せそうにない。それにこの不気味な石壁に囲まれて夜を明かすなど御免(ごめん)である。


「で、遺跡の中には無事入ったんだが、ここから先はどうするんだ?その本にヒントぐらいは書いてあるんだろう。」


「ええ、もちろん。魔方陣にこの本が近づくと、反応して魔方陣が姿を現すそうよ。」


「……なあ、それってこちらが魔法陣に近づくまでは認識できなくないか。というか、場所のヒントもないのかよ!このままこの大きい迷路のなかを歩き回らないといけないのか?」


「うるさいわねぇ、そんなの私だってわかるわ。大丈夫、この本が書かれた時代、魔法はとっても神聖なものだったのよ。それを封印したものがそこらへんの建物や壁にあるわけないでしょ。まずは遺跡の中心部に行ってみて、そこから詳しく探せば見つかるはずよ。」


 遺跡に着いたそうそう雲行きが怪しくなってきた。それでもこちらは雇われの身、仕方ないのでこのままローナの言う通りついていく。言い出した本人の歩みには迷いが一切なく、意気軒昂(いきけんこう)としている。


「そういえば、あなた昨日の夜部屋にいなかったけど何してたの?」


「昨日か?寝る前に散歩がてら村をうろついてたよ。そのあとはちょっと剣の素振りもしてた。それくらいかな。」


「ふうん、前から思ってたんだけどあなたって強いの?」


「そうだな、自分ではそこらのゴロツキよりはマシと思うくらいさ。だいたい、強いって聞かれて強いって答える奴をそのまま信用するか?本当に強い奴は何とも言わないさ。」


「そうね、あなたがもし『はい、強いです』なんて言ってたら一気に頼りたくないと思うわ。でも、あなた強そうには思えないのよね。」


 なかなか(とげ)のある言葉を浴びせられ、なぜこの場に俺はいるのか真剣に考え始めてしまう。このまま体を百八十度回転させそのまま進むと彼女はどんな反応を見せるのだろうか。


「ねぇ……あなたって、その……傭兵だったんでしょ。それなら、人を殺したことはあるのよね?」


 ローナの歩みが止まる。俺もつられて歩みを止めてしまったが、そんなことよりも質問の内容に驚いた。おそらく彼女はただの興味から聞いてきたのだろう。この類の質問はたまに聞かれる。答えは当然だが『ある』だ。だが、俺は正直に答えるべきかどうか迷った。誤魔化しなんてものはいっさいできないこの質問を答えることに初めて躊躇(ためら)う。無駄なことなのに。


 ローナはただこちらを見ている。彼女は一般人で、その綺麗な瞳には俺の姿が映る。何故か分からないがその瞳に映る自分がひどく(みにく)いように思えた。そして、命を奪う瞬間など知らぬ彼女を目の前に自分がやってきたことを改めて自覚する。

 しかし、躊躇(ためら)うと同時に彼女に嘘はつきたくないという気持ちも同時に存在する。自分はもう逃れることはできない。ここで正直に話したら彼女はどんな反応をするのだろうか。


「ああ、もちろんあるさ。……俺は今までに二十六人を殺したよ。どうだ、怖くなったか?」


 それを聞いたローナは一瞬だけ目を大きくし、全身を驚きから動くことを必死で(こら)えていたように見えた。当然の反応だ。目の前にいるこの男は、時代や状況が違えば死刑すら免れない殺人鬼なのだから。


「そう……。ごめんなさい、変なことを聞いてしまって。気分を悪くしたなら謝るわ。」


「いや、いいさ。どうあがいても自分のしたことには逃れられないさ。それよりも俺の方こそ怖がらせてしまって謝るよ。」


「いいえ、少し驚いただけでその必要はないわ。でも、少し意外ね。あなたみたいな人、答えるのを嫌がったり誤魔化すんじゃないかなんて思ってた。それでも、あなたは答えてくれたし、答える時のあなたの表情で優しい人なんだなって思ったりもしたわ。……さあ、切り替えて前へ進みましょう!」


 ……いったい俺はどんな表情をしていたのだろうか。それになぜ俺のことを彼女は『優しい』と表現したのか理解できない。ただ、驚かれはされたが、彼女に(さげす)まれなかったことに少し救われたような気がした。


 怪しい石壁をまっすぐ進み、途中何度も左右に曲がり、幾何(いくばく)か時が経つ。が、ローナの自信たっぷりの歩みは(とど)まることを知らない。この遺跡も相も変らず、壁ばかりで何か一つでも変わったものでもないか探してしまうほどに退屈である。そのうちに迷路を抜け出し、壁が取り払われた広場に出てきた。ここが遺跡の中心部だろう。開けているとは言いつつも背の低い草が地面に敷かれている石の間から生え、もはやちょっとした草原だ。草を掻き分け、唯一、階層が残っている建物(ところどころ崩れて穴が開いている)に着くと中へと入った。


「何にもないわね。この建物じゃないのかも。あっちの方かもしれないわ。」


 なんとなく嫌な予感はしていたんだが、この作業を延々と続けていくことになりそうだ。崩れかけた建物を後にすると、ローナはまた草を掻き分け、移動する。そのあとを俺もとぼとぼついていく。


「……降ってきたか。」


 遺跡に着いた時から天気は怪しかった。何とか一日持つように願っていたが、ついにその均衡は崩れた。ぽつぽつと大粒の雨粒が鼻に当たる。冷たさはさほど感じないが、服がぬれるのはあまり好ましくない。とりあえず前のローナに知らせて、さっきの建物に戻るとするか。


「雨が降ってきたみたいだから、さっきの建……。」


 右手で剣を抜き、前にいたローナを突き飛ばす。そして、突然左から迫ってきた〈何か〉に対して剣を思い右から左へ振り抜いた。ドッという衝撃が剣から手に伝わる。右手だけで剣を持っていたので危うく剣を手から放しそうになる。だが、そこは剣を最後まで放さず、しっかりと握りこんだ。俺が斬りつけた〈何か〉はそのままの勢いで右に流れていき、草むらに飛び込んでいった。先ほどの衝撃と手ごたえで相手を仕留めたと直感する。


「何すんのよ!あなたね……。」


 ローナが起き上がり、こちらを振り向くなり怒鳴りつけてきた。だが、こちらの様子を見るなりすぐに沈黙する。見た先には俺の剣、赤い液体が滴り落ちていた。


 ローナに静かにいるように指示すると、彼女は不安に怯えた表情をさせ、(うなず)いた。剣をいつでも振ることができるよう構えつつ、〈何か〉が飛び込んだ草むらへ近づく。草を掻き分けると、そこには毛が生えていた物体が転がり、すでに事切れていた。犬だ。おそらく野犬。野犬は首から下に大きな裂け目ができている。これは致命傷だな。そこから血がとめどなく流れ、犬の全身を取り囲むように地面を赤く染め上げている。


 ――まずい。野犬ということは単体で行動してはいないはず。必ず複数で動いているはずだ。


 すぐさま立ち上がり、ローナにここを離れるぞと言った瞬間、遺跡のあちこちから獣の遠吠えが湧きあがる。犬の言葉など理解できるわけはないが、今ならわかる気がする。『狩りが始まるぞ』と言ってる気がする。


 すぐにローナのもとへ駆け寄り、左手で彼女の手を掴む。後ろを振り返れば、すでに草むらにはいくつか揺れている部分が存在している。何頭いるかは見当もつかないがどちらにしろここで相手をするわけにはいかない。包囲されたら相手の思うつぼだ。ローナは恐怖から顔をこわばらせ、こちらを見ている。そのまま彼女を連れて走り出し、広場から脱出すると、再び迷路のような通路に出る。取り囲まれる前にここを抜けきらないとまずい。相手をするのもありだが、何匹いるか分からない以上、そうそう立ち止まってはいられない。この遺跡に入った時、監視されているという気がしたが間違いではないようだ。最初から目をつけられていたわけだ。人間が滅び、朽ちかけた遺跡でも野犬たちにとっては絶好の住処(すみか)ということか。


 通りをがむしゃらに突き進むと、目の前に灰色の毛をした野犬一匹がこちらに向かってきた。ローナの手を放し、剣を両手で構えるとそのままこちらも犬に向けて猛進する。お互いの距離が数歩先に迫ったところで俺は勢いを殺し、その場に止まる。犬はそのまま勢いに任せ、俺の首元めがけて牙を突き立ててきた。が、寸でのところで身を横に退き、咬みつきをかわすと、構えた剣をそのまま右上から斜めに振り下ろす。ゴリッ、と犬の背骨に刃が当たる感触がしたが、構わず剣を払った。不意の一撃で犬は着地に失敗。横ばいになったまま大地を滑る。犬が再び立ち上がる前に体が転がっている場所に歩み寄り、躊躇(ちゅうちょ)なく剣を首元に突き立てる。野犬はしばらく空を()くようにして脚をばたつかせたがそのまま動かなくなった。


 その光景をローナは見ていた。彼女が俺をどのように見ていたかは分からない。だが、この場でそんなことを気にしている余裕はなかった。彼女の手を再び取ると、また走り出す。野犬と遭遇する前から降り出した雨はその雨脚を強め、服を濡らした。このまま逃げきれる保証はないが、兎に角この場から逃れようと必死だった。背後からは数頭の犬が追ってきている。石壁の隙間を縫うようにして走り続けたが、ついに目の前の道からも野犬が数頭現れ、挟み撃ちになる。壁を背にし、間にローナを挟むことで何とか彼女を庇うように立った。


 ――ここまでか。何とかして彼女だけは逃す算段はないものか……。


 大きく見積もっても連携の取れた犬たちを相手にするのは五頭が精いっぱいだ。もちろん無無傷で済まされるはずはない。道連れで五頭だ。更に一方向ではなく二方向から攻められると分が悪すぎる。残念ながら人間には羽などないから鳥のように空を飛んで逃げることもでき……。


 あまりにも出来事が唐突だったので彼女のことをすっかり忘れていた。そうだ、彼女の力ならこの場を何とかできるかもしれない。彼女は魔法使いなのだから。


「ローナ、お前、この場を何とかできるか?」


 背後で恐怖に耐えているであろうローナに大声で聞きかせた。両側から迫る犬に神経を集中させているため彼女の方を振り向けない。すぐに返事が返ってきた。


「何とかするったって、私はなんもできないわ。あなたみたいに強くないもの。」


「でも、魔法が使えるだろう!」


「この雨じゃ炎も消えちゃうし、水を出すのも意味がないわ。」


 ローナは震える声でそう言った。確かにこの雨では炎は役に立たない。水を出すにしても海で起こるような波を出すくらいの量でなくてはならない。万事休すなのか。いやまて、諦めるのはまだ早い。


「それなら衝撃はどうだ?俺らが初めてあった時、使える魔法の中でそんなこと言ってなかったか?」


 背後で、彼女のはっ、という息遣いが聞こえたような気がする。


「その手があったわ。もし、駄目だったらどうしようもないけどやってみる価値はあるわね。こっち来て!私の近くにいないとあなたも衝撃に吹っ飛ばされるわよ。」


 頼もしい声で彼女は言うと、俺の背中から出てくる。そして道の真ん中に立った。彼女は道の一方に体を向け、目の前にいる野犬どもと対峙した。俺は彼女の背に自分の背中をくっつけ、彼女とは反対方向の犬と睨みあった。


「いい、私は魔法の準備をするから、あなたは周りを見張ってて。衝撃は近ければ近いほど強くなるから、犬たちが近づいてきたら知らせて。そしたら魔法を発動させるわ。」


「了解!じゃあ、手加減なしで頼むぜ。」


 この場はローナにすべてかかっている。彼女の魔法が失敗すれば、二人とも終わりだ。前後から迫る犬たちの動きを把握する。じりじりとこちらににじり寄ってきてはいるが、まだ飛び掛かってこない。一斉にかかって一息に始末するつもりだろう。


 その時はやってきた。何の前兆もなく、俺の真正面にいた犬の前脚が少し動いたかと思うとすでに体全体は消え、空中に跳んでいた。他の犬も(せき)を切ったように押し寄せる。


「今だ!!」


 俺が叫ぶと同時に、一番近い犬があと一歩のところまで近づいていた。しかし、数秒、いや実際には一秒にも満たない時間だっただろう。ドンという重低音と共に俺の周りのすべてのものが空中に固定されていた。犬はすべてその場で静止し、降りしきる雨でさえ空間に留まっていた。固定された後に、犬や雨は見えない壁にぶつかる。ゆっくりと目の前の犬の顔は潰れたように歪み、真っ直ぐだった体はひしゃげるように曲がっていた。そしてすべてのものは俺たちを中心に、撥ねとんでいく。十数頭いた野犬たちは折り重なるように積み上がり、暫く動かない。


「助かった。よかった……。」


 後ろにいたローナがほっとしたように呟き、ぺたんと座り込む。しかし、まだ油断はできない。他にも野犬が潜んでいるかもしれないし、目の前で伸びている犬も目を覚まされると厄介だ。俺はローナの手を無言で引き、その場を走り去る。


「あんたのおかげだよ。本当に助かった。ありがとう。」


 遺跡をまだ脱してはいないが、犬たちから相当離れた場所に着いた。雨に濡れ続けるわけにもいかず、屋根付きの建物に逃れるとそこで休憩をとることにした。雨が降ったことは全くの不幸ではなく、俺たちの匂いを消すことに一役買ってくれたようだ。風も吹いていないため、風下に逃げる必要もない。周りを見渡しても犬の姿はないから何とか逃げ切れたみたいだ。彼女に礼を述べると、濡れたマントを絞っていた彼女は手を止めた。


「お礼を言われるほどではないわ。むしろこっちが言わないと。あなたがいなかったら私は既に三回は死んでいた。あなたは命の恩人よ。」


 ローナはそう言うと、その場に座り込んだ。先刻の記憶を思い出したのか、それとも雨に濡れた寒さからか身震いをした。一般人からしたらあんな状況に出会うことなどそうそうないだろうに。恐怖で取り乱すのが普通だが彼女は何とか気丈に振る舞っているのがわかる。

 彼女を横目でみつつ、先ほど犬二匹を斬った剣を(あらた)める。刃に付いた血を丁寧に拭き取り、刃こぼれがないか調べる。二匹目の犬で背骨に当たった感触がしたため念入りに見なければならない。刃こぼれしてきたら剣は一気に使い物にならなくなるからだ。このまま何もないという保証もない。

 

 それにしても野犬の住処となっちゃあ魔方陣探しも容易ではない。この後のことを考えると一旦村に帰るのが正しい判断だろう。そう思い、再度ローナの姿を見る。


 しとしとと雨が降りしきる中、彼女は膝を抱え、壁にもたれかかりながら遺跡をただ眺めている。地面にあと少しでつきそうなくらい長い栗毛の髪は濡れている。ばらばらといくつかのまとまりとなり、揺れるたびに先端から水が滴っている。


 ?


 何かその様子に違和感を覚えた。彼女の姿はどこにも異常はない。しかし、見ていると何か、ありえないことが起こっている気がしてならない。それが何なのか分からずやきもきする。


「……髪だ。」


「え?かみ?」


 不意にでた一言から、ローナが不思議そうな顔をさせてこちらを見る。そんなことよりも俺の視線はローナの髪に合わせていた。髪が揺れている。風も吹かず、壁を背にしているローナの髪が揺れているのだ。ゆっくりと彼女に近づくと、彼女の髪に触れる。髪一本一本が細く、艶やかだ。すると微かだが手に風が当たるのを感じた。風の吹く方向には壁があり、壁を注意深く探ると、いくつかのひびや割れ目ができている。覗くと向こうの景色が見えるはずなのだが、何も見えずただ暗闇が広がっていた。


「さっきから何をしてるの?壁なんかじっと見て。」


「ちょっとだけ頼みごとしていい?この壁にさっき放った衝撃の魔法をここにやってくんないか。威力はそれほど大きくなくていいから。」


「いいけど、それをやる意味あるの?魔法を出すと疲れるからあんま無駄うちしたくないのよね。」


 渋々ローナは立ち上がると、先ほどもたれていた壁に両手をつき、目をつぶった。ドン、というまたしても低い重低音が体全体にいきわたると壁には無数の大きなひびがはいった。うまいものだ、さっきと同じ大きさの衝撃だったら建物ごと崩れていただろう。剣の(つか)でたたくと、壁は簡単に崩れ落ち、中から一気に風が吹き付けてきた。そして、壁の裏側にはぽっかりとどこかへ通じると思われる地下への階段が姿を現した。


――――――――――――――――――――


「ねえ、この階段どこまで続くの?」


 俺の背中の裾を掴むローナが前を見ようと背後から顔を覗かせた。地下に入るとき多少は嫌がったものの、俺が前を進むことを提案したら何とか承諾してくれた。地下通路には当然明かりなどなく、適当に落ちていた木の枝にローナが火をつけ、それを俺が持って進む格好だ。通路には少し空気の流れはあるが、かびた匂いがこもり、お世辞にも長くは居たくない。


 不思議な通路だ、上の朽ちかけた史跡とはまるで違い、壁面も風化した様子はなく、触っても劣化の凹凸がない。それにこの通路はどこに向かっているのだろうか?よくある話には財宝が隠された部屋に通じるという冒険心が満ちた子供にはたまらない状況だろう。しかし、現実はそう単純ではない。雨が降らない分、野犬たちにとっても格好の住居であり、この闇の中では不意打ちもし放題である。警戒具合は上にいたときとさほど変わらない。一歩一歩慎重な足取りで前を進んでいく。なんだかんだ進んでいると少し、通路の幅が広くなり、同時に俺は歩みを止めた。


――これはローナには見せられないな。


「どうしたの?急に止まっちゃって。なにかあったの?」


「すまない。少し目をつぶっててくれないか?ここから先はあまり見ない方がいい。」


 背中から顔を出し、前を確認するローナを静止し、明かりを持ったまま振り返った。明かりが後ろの様子を照らさないように数歩来た道を戻る。突然の提案に怪訝(けげん)な顔をさせたローナはそのまま突っかかってきた。


「何?私が見ちゃいけないような物でもあるの?」


「あーーそうだな。虫、虫がいっぱいいたんだ。女の子にはちょっと厳しい光景だったな。」


「虫くらいどうってこともないわよ。さあ、早く行きましょ。」


「まて、待て。蛇だ、蛇もいるんだ。危険だから見ない方がいい。」


「確かに蛇は嫌いだけど……。あなた、蛇がいるのにそこを目をつぶって歩けってどういうことなの?そっちの方が危ないじゃない。」


 彼女の言うことは(もっと)もだが、そこを何とか説得し、彼女には目をつぶってもらった。そして彼女を納得させるため、俺は彼女を背中におぶって前を進むことになった。彼女を背負うことは酔った時に宿まで運んだためこれで二回目ということになる。彼女自身の重さはさほど問題ではない。が、野犬に追われて全力疾走したことによる疲労からなかなかつらい。それでも彼女を背負い、目をつむらせたのは理由がある。


 俺が歩いている通路には無数の人間の骸骨が散乱しているのだ。どれも完全に骨だけの姿になり、生前がどのような状態であったのか知ることはできない。野犬のせいかと疑ったが、骨は生前の姿をそのままにしたような配置になっている。犬がこのように骨をそのままにしておくわけがないはずだ。骸骨にぼろ布が巻き付いている以外、通路には特に目につく何も転がってはいなかった。足を動かす度に骨を踏みつけそうになる。死体を踏むことは気が進まないので一歩一歩足もとに注意しつつ前へと行くのは至難の業だ。なぜこのような場所に大量の骨が転がっているのか理由は不明だが、背中のローナにはこの光景を見せたくはない。生者がこの場所の空気を吸って、まともに見て歩いていたら正気を失いかねない。この通路はいわば死者の道だ。


「ねえ、もういい?そろそろ蛇だっていないでしょ?」


「ああ、まだやめておいた方がいいぞ。今度は蛇同士が絡み合って玉になってる。」


「うわっ、気持ちわる。早くなんとしなさいよ。それにしてもよく平気よね。」


「慣れてるからな。」


 死者の道を進むこと、半刻。骸骨の山が途切れたと同時にそれまで真っ直ぐだった通路に曲がり角が初めて出てくる。角を右に曲がると、通路はそこで終わった。明かりが弱いため、全体を見渡すことができないが、大きな空間に出たのだろう。見上げても天井までの高さを窺い知ることはできないが、星のようにきらめく点がいくつも存在している。きっと日の光だ。適度に中へ進んだところに、胸ほどの高さのある土製の燭台を丁度見つけることができた。試しに火をつけてみると煌々と光が灯り、大広間の様子を照らす。光が広がる大広間は円柱の構造になっていて、俺たちのいる底には先ほどのように骸骨はいっさい転がってはいない。それを確認すると背中で丸まっていたローナを下ろすことにした。


「ふう、やっと着いたの?何ここ。何もないじゃない。」


「ここで行き止まりなんだ。何もないが、本はどうだ?何か反応してないか?」


 ローナは荷物から本を取り出すとぱらぱらと本をめくりつつ、覗き込む。特にやることがないからその間、俺はこの大広間を多少調べることにした。丸い曲線の壁をぐるりと丁寧に見つつ、入口のように隠し通路がないかと探ってみる。壁には彫刻や文字などの装飾が一切なく、無機質な青灰色(せいかいしょく)のタイルが隙間なく敷き詰められている。ところどころひび割れ、欠けたりもしているが隙間は全く見つけられない。円の四分の三を進んだところで完璧に詰められたタイルに(くぼ)みができている部分を発見した。窪みは深くなく、何かをはめ込んでいた形跡がある。窪みの形は丁字(ていじ)状になっており、なんとなく見たことのあるような形でもある。もし仮に、何かがここにはめ込まれていて、その何かは今どこにあるのだろうか?入口は完璧に塞がれており、何者かが侵入した痕跡(こんせき)もなかった。ひょっとしたらすでに持ち出された後で、入口を(ふさ)がれた可能性もあるが、周囲を見回した。壁沿いから外れ、うろうろと何か落ちていないかと探し回っていた時だった。


 カツン!


 足に何かがぶつかった衝撃を感じる。明らかに石のような音ではなく、甲高い金属音である。もしかして、お宝が転がっているのではないかと思い、胸が高鳴る。音の発生源はカラカラカラと地面を滑る音をさせ、真っ直ぐ進んでいったようだ。期待を膨らませ嬉々(きき)とした足取りで音の止んだ場所に向かうと、一つの場所に視線を落とす。


 剣だ。正確には剣の(つば)から下の部分しかない。刃、もとい剣身がないのだ。大きさとしては俺の腰にある片手剣とさほど変わらない。先ほどの丁字(ていじ)型の窪みにはこれが嵌っていたのだろう。形やサイズもぴったりである。なぜ、刃のない状態で壁にはまっていたのかほとほと謎であるが、とりあえず手にとって確認してみよう。右手が剣の(つか)に触れたその時だった。


「熱っ!!」


 指先に一瞬だけ痛みを感じた。その瞬間だけだったので、(つか)が熱かったかどうかは分からないが、体が反応して飛び退く。まさかの展開で頭が混乱したが、何もない(つか)が熱いはずがないと冷静を取り戻し、再び剣に手を伸ばす。びくびくしながら人差し指でちょんちょんと(つか)を突いてみる。……熱くも痛くも何ともない。


「何それ?ここで見つけたの?見せて見せて!」


 背後で本とにらめっこしていたローナが本をその場に置いて飛びついて来た。彼女は俺のやり取りの一部始終を見ていたのだろう。そのまま近づいて来た勢いで俺の手のにあった剣の(つか)をひったくった。だが、彼女が剣の柄を握った途端、その握っていた(つか)を手から放してしまう。回転しながら地面へ真っ逆さまに落ちていく(つか)を慌てて空中で何とか捕まえた。


「っとと、おいおい、大事に扱ってくれよ。もしかしたら結構貴重なお宝かもしれないだろ。」


「……それ、何?」


「何って、ただの剣の(つか)だろう。確かに見た目は地味に見えるけどな。」


「あなた、それ持って平気なの?私それに触ったら、なんだかわかんないけど吸い付かれた感じがしたわよ。」


「吸い付く?一瞬だけ熱く感じたとかじゃなくて?」


 剣に触った時の感触は吸い付くとかそんなものではなく、確かに痛く感じた。が、ローナには別の感覚がしたのだろうか。今、俺の手の中にある柄は何ともなく、物を握っているという感触しかない。彼女の間違いだろうか?


「いや、俺には何ともないがあんたの勘違いじゃないのか?俺も最初に触った時一瞬だけ熱く感じたが、今は何ともないぞ。」


「本当?それじゃあもう一度試してみるわ。」


 そう言い、彼女は俺の手の中にある剣の(つか)に恐る恐る手を伸ばす。俺と同じように人差し指で軽く突く。最初のひと突きで彼女はぎょっとして、手を引っ込めつつ大きくのけ反った。彼女は突いた指をさすりながらこちらを睨む。


「嘘じゃない。全然さっきと同じ感触がしたわ。それ本当に何なの?気味が悪い。」


 ローナは言い放つと置いてあった本のもとへ再び戻っていった。俄然、納得できない俺は手の中にある柄をまじまじと見つめる。


 剣の柄は特に装飾はされておらず、見た目的には儀式用などの芸術品よりも、実用的な部類に分けられる。しかし、この剣の最大の特徴がその実用性を皆無(かいむ)にさせていた。(つか)(つば)の真ん中あたりに大きく、透明な水晶が埋め込まれている。水晶には一点の曇りもなく、反対側の様子を映し出している。(つば)の真ん中に水晶、しかも貫通させているとなれば、剣身を差し込むことができない。つまり、この(つか)に刃をつけることはできない。刃のつけられないただの剣に価値などあるのだろうか。ただのガラクタなどと思ったが、この場で壁に埋め込まれていたものだ。きっと価値があるのではないかと思い持って帰ることにした。


 荷物の中にしまうと、本とにらめっこしていたローナがぱたんと本を閉じ、立ち上がった。

何かあったのかと思い、歩み寄る。


「ねえ、残念な話をしていい?」


 大体の予想はつくが、首を縦に振る。


「この遺跡は、たぶんこの本の指し示す遺跡ではないわ。」


――やっぱりな。



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