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無想の剣士と魔法の探究者  作者: 出島創生
刃のない剣と炎の柱編
7/12

第六話 旅路Ⅰ

 多少は気になることはあったが、その後は特に事件もなく目的地の〈ペルセイア遺跡〉へと歩みを進めている。ローナは後ろが気になるのか、時々追っ手が来ていないか俺に確認してくる。その度、俺も大丈夫だと返事をしていたが、それも五回を超したところで面倒になってきた。


「そろそろ日暮れだが、まだ歩き続けるか?このまま歩いていたって、町には着きそうもないからどのみち今日は野宿になるぞ。」


 俺がそう言った途端、前を歩いていたローナは振り返り、あからさまに嫌そうな顔をした。このあと言うことは大体察しがつく。


「嫌よ。変な奴らが後ろをつけてきているかもしれないのに野宿なんて。わざわざ襲ってくださいって言ってるようなものじゃない。」


「そんなこと言われてもなぁ。このまま夜通し歩くのも疲れるし、休まないとあんただって辛いだろう。大丈夫だよ、俺が見張っててやるから。」


 ローナは無言になり、再び歩き始めた。まさか、このまま本当に歩き続けるのかと危惧(きぐ)していると、そのうち日が暮れてしまい、明かりのない街道は闇に包まれた。前を歩くにしても流石にこの暗さでは数歩先しか様子を見ることしかできない。暗く、砂利の転がった道はローナを何度も転ばせようとした。何回も繰り返した所で進むことが困難だと感じたのか、ローナはその場に立ち止まった。俺もやっとか、なんて思ったが仕方ないので背負っていた背嚢(リュック)を下ろし、街道から外れて野宿に適した場所を探した。その間、ローナはただ黙って様子を見ているだけだった。少しは手伝ってもらいたいところだったが頼りない男と思われるのも(しゃく)だったのでそのまま手を動かす。テントを立てて、形になったところで、黙っていたようやくローナが口を開いた。


「……結構、慣れているのね。」


「そうだな、ここ最近は普通に暮らしていたが、前にも各地を放浪としていたんだ。とは言っても東大陸で四ヵ国ぐらいしか周ってないんだけどな。」


 テントや宿泊の準備がほとんどできたところで、次は火を起こすための薪を二人で集め始めた。薪といってもここはまだ若葉が繁る林、落ち葉や枯れ枝の類はないから、仕方なく火はつきにくいが生木(なまき)の枝を折ることで集めた。集めた木に火をつけようとするがなかなかつかない。格闘すること数分。何度も試してみたが、一向に火が付く気配がない。これはダメかなと思い、諦めかけたが急に周りが明るくなった。

 少しの間驚いた。が、落ち着いて明かりが灯っている方向に首を向けるとそこにはローナの姿があった。ローナはその場に立っていただけだったが、右手に例の青い炎を浮かべていた。炎で浮かび上がったその表情からは何も読み取ることはできなかった。どいて、と彼女は俺に言い、薪のそばに立つと右手の炎を躊躇(ためら)いもなく放り投げた。炎が薪に着地すると、それまで火が付きそうもなかった薪がぱちぱちと音を立てて勢いよく燃え始めた。ただ、薪が燃えると着火させた青い炎は消え、オレンジ色で揺らぐいつもの火に変わった。


「ありがとう。魔法ってやっぱり凄いな。あれほど苦戦していた薪に火が一気についちまった。」


 ローナは焚火のそばに座り、こちらの投げかけに応答した。


「お礼されるほどではないわ。それより今日はここに泊まるにして、明日はどうするの?」


「そうだな、まだ途中の町についていないから、遺跡に着くとしても明後日くらいになるかもな。」


「あさってかあ……。ん、ちょっと待って、それなら明日も野宿しないといけないの?立て続けになんて嫌よ。」


 たいそう我儘(わがまま)なことを言うものだ。もし明日も野宿をしなければならなくなったらこの問答を明日もしなければならないと考えるとだるくなってきた。幸いなことに明日はその必要はないのだが。


「心配するな、明日には遅かれ早かれ遺跡に一番近い村に滞在するさ。でも万が一、そこに着かなかったら今日と同じだな。なあに、今日と同じくらいの進みようなら日暮れ辺りに着くさ。」


「はぁ……よかった。明日は地面で寝ることはなさそうね。」


 日は完全に沈み、黒い闇には大地を燦々(さんさん)と照らしていた太陽のかわりに、左側がかけた半月が控えめに輝いていた。月の光も淡い分、星の光もそれなりに見えたため、空の上は多少なりとも賑やかだ。そして、地面に目を落とすと、(たきび)火を挟んで向こう側に魔法の研究をしている女が虚ろ気に火を眺めている。お互い出会って日も浅いため、沈黙と共に気まずい空気が辺りを支配している。あまり話が得意な俺ではないが、これでは何かしていないと押しつぶされてしまうような気がした。彼女に対して魔法の事とか聞きたい気もあるんだが、彼女が応じてくれるか心配な部分もある。俺はそのような葛藤にやきもきさせている時だった。


「……ねぇ、何か話をしてよ。これじゃ不安でしょうがないわ。」


 ローナが焚火から目を上げ、俺を見つめてきた。本当であれば男である俺が場の雰囲気を盛り上げなければならないのだが、くだらない躊躇(ちゅうちょ)で彼女から切り出されてしまった。今朝、彼女からヘタレと言われたが、本当にそうかもしれない。


「すまんな。ちょっと考えごとしてて、それじゃあ何の話にする?」


 ――嘘をついてしまうあたり、やっぱり俺はヘタレだな。


 自分への認識を改めたところで彼女が尋ねてきた。


「昨日は、私の話をしたから今日はあなたの話をして頂戴。そう、なんであなたは旅をはじめたの?」


「ああ、構わないよ。少し情けない話だけどな。俺、少し前まではルリナスに居たんだ。ルリナスのことは分かるか?」


「ルリナス?名前なら知ってるわよ。確か王侯たちが国を動かしている王政の国でしょ?」


「それはもう昔の話だよ。三年前に革命があって王政は廃止されて共和制になったんだ。俺はそのルリナス革命に参加してたんだ。その前は放浪生活をしていたんだが、ルリナスに来た時、ある男に出会った。そいつは、俺の数少ない友人の一人だ。男は毎年増えていく王族への貢物がそこに住む人々を苦しめていることに我慢ならなかったんだ。王政を廃止し、人びとが安心して暮らせる国にするために革命を決意した奴の正義感は多くの人を共感させた。そして革命勢力がどんどん大きくなっていく最中に俺も奴と出会い、その人柄から参加することを決めたんだ。そして、革命は成功し、今じゃ奴は国の公共政策の提言者さ。」


 少し前だが、懐かしい話だ。旧友のリックの顔が頭の中に浮かび、出会った日の記憶が昨日のように鮮明に甦った。ローナは静かに聞いていたが、この後の一番情けない話にどう反応するのか見ものだなと自虐の念が心に浮かんだ。


「それで?革命後あなたは三年間何をしていたの?」


「へへっ、恥ずかしい話なんだけどな、三年間ルリナスで毎日何もせずに生活してたんだ。国から毎月出た慰労手当をあてに、仕事にも就かず、どこかに出かけることなく、そのままじいさんになって往生するのを待ってたんだ。だけどな、世の中何もしないで生きていくなんて世間が許してくれなかったよ。とりわけて戦果を挙げてなかったし、何より自国民でもない俺のことをよく思わない連中が多くてな。つい一ヶ月前に手当は打ち切られたんだ。それで、何もやることもなかった俺は国を出てまた再び放浪生活の身になったんだ。どうだ?なかなか恥ずかしい話だろ。」


「そうね、聞いてて胸がわくわくするような話じゃないわね。でも、革命前にもどうして放浪生活なんてしてたの?だってその頃あなたはまだ十代ぐらいじゃない?家族とかはどうしたの?」


「家族はいるさ、みんな別のところで生活しているよ。親父は死んじまって、俺より才能のある兄弟たちはみんないろんなところに引き取られたんだ。才能もない俺は四年くらい放浪してたかな。」


「兄弟がいるのになんで頼らないの?」


 あまり他人に家族のことを聞かれたことがないし、そもそもここまで自分のことを話したのは初めてだった。なんと言えばいいのか……そう、くすぐったい、そんな心持になった。人生初めての経験だ。


「あまり迷惑をかけたくないんだ。妹や弟は才能を買われて、それぞれ格式の高い家で奉公してるんだよ。その中に俺みたいな無職が訪ねるなんて迷惑千万さ。それに、俺だって大人だ、最大限できることをやり尽していないのに人に頼るのは嫌なのさ。」


「妹さんと弟さんがいるの?意外ね。旅の中で彼らにいつか会える日があったらいいわね。あなたの話を聞けて、参考にはならなかったけど面白かったわ。ありがとう。」


 ローナはそこまで言うと、荷物の中をがさごそ掻き回し、片手で抱えられるくらいの紙袋を取り出した。紙袋の中からはエストレンダで買ったと思われる少し大きめのパンが出てきた。パンを見た途端、自分の腹と焚火の向こう側から音がほぼ同時に聞こえる。昼から何も食べていないことを思い出し、目の前のパンがとてつもなくおいしそうに見えた。ローナはパンを半分に分け、一方を持った手をこちら側に伸ばしてきた。彼女の懐の広さに感動し、丁寧に礼を述べると彼女は「どういたしまして」と小さな声で言うと持っていたパンに嚙り付いた。彼女が食べ始めたのを見届けると俺もパンを無心で口に頬張った。木の実や香草が練り込まれたパンで、そのまま食べても退屈しないおいしさだった。無言の食事であったが、俺にとってはほぼ毎日のことで慣れている。しかし、向こう側にいる彼女はここに来る前はどうしていたのだろうなどと詮索したくなった。


 彼女が食事を終え、また一息つくのかと思うと「疲れたから眠い」と言って寝る支度をし始めてしまった。何かとタイミングが合わないが、こちらの興味に彼女を付き合わせるわけにもいかない。流石に女を地面で寝かすのは男としてどうかと思い、自分が立てたテントを彼女に譲ると、抵抗もなくすんなりと了承してくれた。一方の俺は何もない地面にシートだけを引いて、その上に薄いブランケットをかぶって寝ることにする。寒い季節は過ぎ去っていたので、凍えることとはなく、これで十分なくらいだった。しばらく星を眺めていたが、次第に意識は遠のき、星の瞬きは見えなくなる。そんな風にして彼女との初めての旅の一日目は終わることになった。


――――――――――――――――――――


 翌朝、夜は静かだった林は、日が昇ると小鳥たちの(さえず)りで溢れている。そのまま寝るのもいいのだが、目的地に向かう途中、更に自分一人だけではないため、しぶしぶ起床することにした。眠い目をこすり、日の光を全身に受け止めながら昨夜自分が建てたテントに向かう。中を覗いてみるとそこにいるべきローナの姿がなく適当に丸められたブランケットだけが残されている。とりあえず周辺を確認するが、見つからない。探すのもありだが、その前に自分の支度をすませることにした。水筒の水で顔を洗い、くしゃくしゃになった髪を整えてるうちに茂みからローナが姿を現した。姿を確認すると、野宿したのにもかかわらず、身だしなみは昨日と全く変わらない。相当時間を費やしたと思われる彼女の身だしなみに対する情熱は並ではないと感じた。しかし、この前の古文書やブランケットの扱い具合をみると物の扱いにおいては粗雑な性格のようだ。


「何してんの?早く片付けていきましょ。」


 おはようのひと言の前に彼女は俺を催促してきた。なかなか我儘(わがまま)な性格でもあるなと思いつつも手を動かしてテントを片付ける。そして片付け終わったところで、再び自分たちの目指す場所へ歩を進める。

 

 二日目は追跡者が現れた昨日とは違って何もない、ただ歩くだけの一日となってしまった。特にローナと会話で盛り上がる訳でもなく、はたから見たらたまたま居合わせた旅行者と旅人だと思うだろう。景色を楽しむこと以外は感情の起伏もなく、日が暮れるうちには目的地に近い村に入ることができた。一日ぶりの屋内での宿泊にローナの顔には笑みが浮かんでいる。村人に村の宿泊施設を尋ねると、村で一軒しかない宿を教えてもらうことができた。


「あらあ、ご夫婦で旅行?いいわねぇ、まだ若くてアツアツじゃない。」


 村にある唯一の宿を訪れ、そこから出てきた中年の女主人が俺らを一目見るなり、そう言った。俺としては気にはならない間違いだったが、ローナは大いに驚いていた。


「ち、違います!私たちそんな関係じゃないんです。その……ちょっとした友人関係で、お互いの共通の友人を訪ねる途中なんです。」


 ローナはそういうと隣にいる俺の顔を覗き込んできた。顔は笑顔でいるが、その目は笑っておらず、口裏を合わせろとばかりに真剣だった。目は口ほどにものを言うという格言とはこのことである。仕方ない、付き合ってやるか。


「そうなんですよ、ここから先の町に旧友の結婚祝いがありましてね。お互い近い所に住んでいた者同士で出発することにしたんです。」


「あら、そうなの?ごめんなさい。二人ともお似合いなものだから夫婦と勘違いしてしまいました。でもそうなると困ったわ。今空いてるのは一部屋だけなの。ベッドは大きいから二人で寝るには丁度いいんだけどねぇ……。」


 ……困ったな。この場合だと宿に泊まるのは雇い主のローナが当然だろう。とすれば、俺は仕方ないので野宿というわけだ。やれやれ、また固い地面を抱いて寝ることになるとは。腰が痛くならなければいいんだが。

 そんなことを考えつつ、空を見上げた。相変わらず太陽が自己顕示の権化のごとく天上に張り付き、黄昏(たそがれ)時独特の茜色で空を染めている。そして、その太陽を避けるようにしてまばらに雲も浮かんでいる。とりあえず、雨も降る様子もないし、一晩だけなら何とかなるだろうと考えていた。


「そう、それならおばさん、部屋にソファーとかは置いてある?なくても部屋に敷物くらいは用意して頂けませんか?部屋には私と彼も泊まります。」

 

 青天の霹靂(へきれき)、いや、空には霹靂なんて起こりそうもないのだが、俺は雷で撃たれたような衝撃を受けた。彼女の予想だにしなかった提案に思わず動揺してしまう。言い出したローナは俺のことなど気にも留めず、宿の女主人の返答を待っている。彼女が何を考えているのか、全く理解できない。


「あら、結局お二人で泊まるの?部屋にはそれほど大きくないけどソファーがあるから自由に使っていいわよ。それじゃあ、ちょっと待っててね。部屋の鍵をとってくるから。」


 女主人が鍵を持って戻ってきた後、俺たちは部屋に入り、荷物を置いてひと段落ついた。もちろん部屋に入る前から暗黙の了解で各自の住み分けはできており、ローナはベッド、俺はソファーに腰を下ろした。一日中、歩いたせいか疲れが肩にのしかかる。そして時間が経ってうやむやにならないうちに彼女に言わなければならないことがあるのを思いだす。


「すまないな、また気を遣わせてしまって。俺が言うのもなんだが、我慢して男と寝ることはないぞ。もし、不安だったら俺は外で寝ることくらい構わないからさ。でも、その気遣いにはとても感謝するよ。」


「別に、私だって構わないわ。もし、あなたが本性を見せたって、私には自衛の手段だってあるから特段心配してない。それに、嫌なのよ。折角護衛してもらってるのに犬みたいに外に追い出すなんて。これは、あとをつけてきた人たちを撒いてくれたお礼でもあるの。」


 そう言うとローナは着ていたマントを無造作に脱ぎ捨てた。次に彼女は床に置いてあった荷物を手繰り寄せ、例の古文書を中から取り出す。バラバラと勢いよく頁をめくると俺も一度見たことのある様々な図形を複合させた魔方陣が書いてある頁に到達した。明日はペルセイア遺跡に向かうが、その前確認だろう。しかし、〈遺跡に魔方陣がある〉と言ってもそれはどのように存在するのだろうか。単純にどこかの壁面や床に描かれているものなのか?そしたら誰かが気付いて、それなりに情報が流れてくるはずだ。


「明日、いよいよ遺跡に向かうんだがそこに書かれている魔方陣はどんなところにあるんだ?壁とかに描かれたりしているのか?」


 俺がローナのいるベッドに顔を向け、疑問を投げかけた。するとローナはすでにベッドに横たわり、ちぐはぐな木材で構成された天井を見つめていた。まだ眠りにはついていないようだが、四肢を力なく投げ出し、その表情は気怠そうに見える。


「明日、その場に行けば分かるわ。全部本が教えてくれる。」


 ローナは天井を見つめながら簡単に問いへの回答を返す。そのあと、窓のついている壁側に寝返り、こちら側には背を向けてしまった。一方的に会話を遮断されたことに戸惑いを覚えるが、しばらくするとスースーと彼女の寝息が耳に入る。どうやら、俺よりもかなり、疲れていたらしい。それも仕方ないか、昨日だって初めての野宿だったみたいだし、彼女が寝ていた姿を見ていない。ひょっとすると、昨夜は眠れなかったのかもしれない。そう考えると今はこのままにしておくべきだろう。


 ローナが寝てしまい、一人、部屋にとり残されてしまった。会話もなく、ただ茫然とソファーに座っているのには飽きてきた。何かすることはないかと頭の中を整理してみるが何も浮かばない。仕方ないので荷物の整理なんてしていると、旅に出てから完全に忘れていた存在が目についた。リックから別れ際に貰った剣である。


 ――そういえばまだこいつを使う機会はなかったな。丁度暇なことだし、外で素振りでもするか。


 そんなことを思い、剣を片手に宿を出る。やや肌寒い風が吹いていたが、月明かりも十分あることだし、明かりも必要なかった。宿を出て村のあちこちを周り、あまり人気のない所に着くと、また夜空を見上げる。これが俺が今まで剣の稽古の前に必ずやってきたことである。何もない空を眺めることで、自分の心を落ち着かせる。これによって何もしないよりは集中できたが、これをやる度に師でもあった親父からよく木刀で殴られた。そんな風に呑気に空を眺めてる間にやられるぞ、って毎回言われたっけな。


 剣を鞘から抜き、剣身を眺める。使う機会がなかったのだから当然、刃には錆も曇りもない。月明かりを反射することで剣が暗闇の中で怪しく輝き、自分の瞳が刃の中に映る。しばらく眺めていると、自分の中を駆け巡る思考が停止する。余計なことを一切考えなくなってところで何千、何万回も繰り返した型で剣を構える。

 

 まずは縦に一振り。空を切り裂くような音と共に剣が地面すれすれで止まる。次に振り下ろした剣を左脇から右へ水平に薙ぎ払い、終わったところでそのまま剣身を返し、右上から斜め下へ振り下ろす。感覚としては悪くない。剣の長さも重さも十分だ。いくつか型を試し、何度も行うことで自分の中の感覚が研ぎ澄まされていく感じが実に心地よい。三年ぶりに剣を振るったが大体の勘を取り戻すことができた気がする。しかし、その頃には夜も更けてしまい、明日のことを考えるとそろそろ戻らなくてはならない。

 

宿に戻ってみると、いつの間か着替えていたローナが静かに夢路を辿(たど)っていた。彼女の寝息が静かな部屋に響き、眠気が俺にも伝染してきた。俺も汗に濡れたシャツを取り換えた後、大人の男には窮屈かつ、反発の少ないソファーに横たわる。体を動かした後なので、時間もかからずに眠りにつくことができた。


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