第三話 魔法との遭遇
「三日、ほど前でしょうか。そこの広場の大道芸人たちに交じって、魔法を披露する方が現れたのです。私も最初は驚いて見に行きましたよ。ここ最近になって魔法の噂を耳にしたもので、まさかこんな所で目にするとはなかなか運の良いものです。」
説明しているマスターには悪いが、何を言っているのかさっぱり頭に入ってこなかった。広場はもう九時半ばを過ぎているのに泉の前にはどんどん人が集まってくる。その魔法というものの正体が気になって仕方ない。子供のころ、誰もが夢にみたお伽噺が現実に存在するなんて……。
「おや、やはり今夜も来ましたね。あなたもここに荷物を置いて見に行ってもよろしいですよ。」
「本当ですか?ありがとうございます!見たらまた戻ってきますので。」
マスターの気遣いに感謝し、貴重品を持って店を出ると、泉には俺と同じ目当ての人々が黒山の人だかりを作っていた。俺の歩みは次第に早くなり、最後にはほとんど走っているような勢いだった。人ごみを優しく掻き分け、ある程度泉が見える位置に着いた。
そこには一人の女が立っていた。全身は白のフード付きマントで覆っているが、フードは被らず頭は出している。立ち位置が少し遠いことと、人だかりによって明かりが遮られているので顔はよく見えない。そして、少し暗めの栗毛で背中まで伸びたロングヘアーが広場を吹き抜ける風に揺れている。人の集まり具合を確認したのか女が口火を切った。
「皆さん、お集まりいただき、誠にありがとうございます。今日で魔法の披露の最後の日ということで、この二日間でお見せしたものよりも更に素晴らしいものをお見せしましょう!」
透き通るような声で気勢よく観衆に向かって一声かけると、彼女はマントの開口部から左手をまっすぐ上げた。声からしてまだ若いのだろう。さあて、本当に魔法かどうか見極めてやろうと、意気込んでいたときだった。
……光が辺りを照らしている。しかも、広場にある松明から発せられる火のような揺らいだオレンジではない。青いのだ。突然の輝きに視界が霞んだが、すぐに目が慣れた。
女の左手の上には見たことのない青い光を発する物体があった。いや、物体ではない、光の明るさは松明より上だが、かすかに揺らいでいる。炎だ、あれは〈青い炎〉だ。その青い輝きは辺りをまるで水の中にいるのか錯覚させるほど透明感があり、混じり気がない。しかも、青の炎はただ、彼女の手の上から上がっているのではない。彼女の左手の真上に浮いてもいるのだ。
「…………。」
言葉にならない。正しくは、何も考えられなかった。ただ、見とれていた。
自然の中ではそうそう見られないであろう、青い炎。それに、空中に浮いている。一度に現れたこの二つの現象は今までの俺の常識を打ち壊した。周りの観衆の驚嘆の声や歓声などは耳に入らず、代わりに自分の心臓の鼓動が聞こえる。そして、いつの間にか握っていた手は汗ばみ、体中はぞくぞくとおののいていた。
――二十年とちょっとしか生きていないが、このような感動に打ち震えたのはいつ以来だろう。ああ、そうだ、十歳の時に初めて海を見て以来だ。果てしなく続くでかい塩の水たまりと形容するにはお粗末すぎるが、そのスケールは今でもはっきり覚えている。それと同じだ。いつか、目の前にいる彼女と同じように魔法が使えるようになっても、今日見た光景を一生忘れることはないだろう。
観衆の驚愕を確認し、満足したのか彼女は左手の炎をそっと前に放った。炎は消えることなく、多少は揺らめきながらもタイルに到達した。地面についてしばらく経っても炎は燃え尽きることなく、その幻想的な青の輝きを観衆たちには向けていた。次に、彼女は左手をマントにしまうと右手を持ち上げた。右手の上に再び炎が上がる。今度は大草原や森林の中に錯覚させるほどの緑の光が目に飛び込んできた。
もうわけがわからない。幻覚でも見せられているのだろうか?ひょっとして東の市場で勧められた『夢幻草の煙草』をあのとき吸わされていたのか。でなければこんなに見たことのないものを立て続けに見ることができようか?
興奮が続いたせいか眩暈までしてきた……。しばらく緑の炎を見つめ、いつも通りの冷静さを取り戻すと幾分か気持ちが楽になってきた。そのせいか、消えない炎を見つめつつ、手品でないか、仕掛けがあるのでないか、など疑いが顔を覗かしてきた。旅をする上では、この疑いを持つかどうかが重要であると俺は思っている。もちろん信用はそれ以上大事だが、自分の身は自分で守らなければいけない状況下、常に心の中に置いてある。やっと、疑いが出せる余裕が出てきたところで、ふと地面を見つめていた視線を上げた。
……そこには青と緑の光が混じり、コバルトブルーに近い色に照らされた、若い女性の顔が浮かび上がっていた。魔法の使い手である。均整のとれた顔立ちは観衆の中に交じっている女性より一際、美しかった。美人な魔法使いとはまた虫のいい話だが、現に魔法(まだ半分信じていない)と彼女はそこに存在している。炎しか扱えないのかと第二の疑いが顔を持ち上げてきたところで、彼女は「皆さん下がってください」と注意を促した。観衆たちを下がらせると両腕を上げ、手のひらを下に向けると、地面に放っておかれていた炎めがけて水が降り注いだ。じゅっ、とした音と共に炎はたちどころに消え失せ、また松明の暗い明かりが周囲を支配した。
「皆さんいかがでしたでしょうか?これまでの技はきのう、おとといでお見せしましたが、最後の日ということで大技、見たくありませんか?」
観衆たちが一斉に湧きあがった。その場にいた全員が拍手をし、続きを求めると彼女は笑顔になり、そばにあった籠を目の前に置いた。
「それでは、皆さんには大技を見る対価を払って頂きたいのです。この籠の中に五百、寄付として集まれば、皆さんには絶対、驚いてもらえるものをお見せしましょう。」
観衆たちの歓喜の声がピタリと止み、辺りが静まり返った。さっき魔法使いが見せた、炎を消してみせた光景が再び、脳裏をよぎった。俺も呆れた、とまではいかないが、なかなかその身の転じ方には唖然とさせられてしまった。なるほど、確かにこのように観客を煽れば、続きが見たくなるのが人の情ってもんだ。周りにいる人びとも互いに顔を見合わせ、どうするべきか思慮しているようだ。若しくは、誰が最初にあの籠に金を投入するのか出方を伺っているみたいでもあった。仮に、自分が金をある程度支払っても他に誰も支払わなかったら単に損するだけである。皆、それを憂慮し、しばしの沈黙。
「五十出す!」と言って身なりのよい、いかにも裕福そうな紳士が彼女の前におどりでた。紳士はそのまま、財布から金を取り出すと、彼女の用意した籠に放り込んだ。目標金額の一割が出たのが、景気づけになったのであろう。「俺は五だす。」「それなら私は十だすわ。」と次から次へと観客たちは籠に金を放り込んだ。申し訳ないのだが、俺はこの先のことを考えると出費することは厳しいと考え、傍観していた。あの籠に五百集まることを祈るばかりである。そうこうしているうちに籠の中身は五百、いやそれ以上であろう金額の金が入っていった。ここまでさせておいて、たいしたものでなかったら命が危ないと思われる。もちろん、一銭も支払っていない俺には何も言う資格など端からないのであるが……。
「皆さんのご厚意、大変感謝します。それではお待ちかねの大技を披露します。危ないので、十分お下がりください。もし怪我をなされても一切責任は負わないので悪しからず。」
そういい終わると彼女は、目を閉じた。何やら集中しているようだが、このまま金を持って逃げ出すというオチだけはやめてほしいと願う。あと、実は魔法なんてなくてインチキだったとか。
そんな不吉な考えが頭の中をちらついている中であった、ガツン、と下腹部にかなり大きな振動を感じた。周りの観客たちも振動を感じとったらしく、不安の響きがあちこちから湧きたった。魔法使いの女に目を向ければ、相も変わらず両の腕をだらりと垂れ下げ、目を閉じている。更に下の地面にまで目を落とすと少々の異常が認められた。彼女を中心にして、タイルの上の砂が円形に、放射状に広がっているではないか。そこまで見ていると、またしてもドン、ドンと近くに太鼓をたたく衝撃が体に伝わった。何かが起ころうとしている、間違いない。そして、それは目の前に起こった。
彼女の前に透明な球体が腰くらいの高さに浮かんでいる。球体は彼女がどこかから用意したものではない。その場に突然現れた。しかし、球の正体はどうやら水のようでもある。次に彼女は先ほど観客たちを沸かせた青い炎をいつの間にか振り上げた両手の上に発生。彼女はゆっくりとした動きで炎をそっと両手で包み込む。熱くはないのか心配してみたりもしたが、本人はいたって平気そうである。彼女が再び手を開くとそこには、めらめらと揺らぐ姿はそこにはなく、小さな青い硝子玉がちょこんと転がっている。二つの球をいったいどうするのか気になるところであったが、水の球体を頭上へ誘った彼女は、手にしていた硝子玉を放り込んだ。
閃光、そして〈ドゴーン〉という、地の底から轟くような鈍い破裂音。火山の噴火が起こったと勘違いし、その場の誰もが耳を塞ぎ、しゃがみこんだ。だが、周囲には特に変わったこともない。そして人々は、天を仰ぎ見た。
……星が降ってきた。いや、そんなはずはない。だが、空からは赤、青、黄色、緑などの色とりどりの光が尾を引いて降ってくる。流れ星のように一瞬の出来事などではない。光はゆっくりと消えることなく、ただ静かに降下してくる。月明かりの少ない今日の星空が更に、魔法に彩られ、この世のものとは思えない幻想的な風景を浮かび上がらせている。
誰もが先ほどの爆発音など忘れて、息をのみ、空を見つめていた。
俺自身、その美しさに目を奪われていた。……しかし、よく考えてほしい。あの空から降ってくる光の正体を。この幻想的な風景を彩らせている光はあの魔法使いが出した炎からである。そう、つまりは火の子だ。
折角の風景に水を差してしまうようだが、これはやばい。焦り始めたところで周りの人間たちもその正体に気が付いたようである。観客たちは一斉に散りはじめ、軽く一大事になりかけた。上を見上げると、光もあと数秒もすれば地面に降り注ぐ高さまで迫っている。このままでは辺り一面でキャンプファイヤーをすることになり、たまったもんじゃない。
騒ぎの中、慌てることなくただ、微笑んで佇んでいる魔法使いの女が目に映る。大衆が慌てる様子をものともせず、彼女は〈ぱちん〉と指を鳴らした。途端、全ての光は消え、またいつもの松明の火が照らす暗い広場に戻った。
もはや誰もが拍手を送らざるを得なかった。彼女が魅せたものは幻覚などではない、現実なのだ。魔法は、確かに存在する。止まない拍手の中、彼女はそっとお辞儀をした。彼女の周りにはたくさんの人が取り囲み、各々の賛辞を送っていた。そんな様子をぼうっと眺めていた。
「あーー凄かった!そうだったよね?お兄さんっ!」
「!!!!」
いつの間にか隣にいたルディーに声を掛けられたため思わず飛びのいてしまった。しかし、また店をほったらかしにしてマスターもさぞお怒りだろう。とりあえず預けておいた荷物と代金を支払うために一旦店に戻ろうかな。
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「いやあ、凄かったですね。私もつい仕事を忘れて見入ってしまいましたよ。どこかの従業員は披露し始めた途端に消えてしましましたけどね。」
マスターはちらりとルディーを睨んだ。当のルディーは俺がこの店にいたときと同じく、鼻歌を歌いながら呑気に床にモップがけをしている。
「いやぁ、噂を耳にしていたときから気になっていたけど、まさかこんなすぐに見られるなんて思ってもいなかったよ。最後のなんか、もう一生忘れられないね。」
「私もここで店をやってて良かったと思いましたよ。あなたの旅もまだまだ始まったばかりですから、もっとすごいものをきっと見るでしょう。」
マスターと談笑していたが、そろそろここで撤退するとしよう。見慣れぬ町だし、宿泊先を探すにしたって時間がかかるかもしれない。お勘定をお願いしますとマスターに伝えると、少々お待ちをと返答された。
「ステーキと麦酒、しめて……百ですね。ではよろしくお願いします。」
全財産が一万だが、初めてのご馳走とあって多少の出費だがここは気にせずいこう。俺は財布の中から金額分の銀貨を置いた。マスターはそれを見ると少々驚き、申し訳なさそうに切り出した。
「お客様、申し訳ございません。お客様がルリナスからお出でになったことを失念していました。ここ、エストレンダの物価は他国と比べますと高いのです。他国の通貨は大抵は銀貨が流通していますがここでは金貨が通貨なのです。
――予想外の不意打ちだ。通貨が違うことを俺自身でさえ忘れていた。ここに来た時、最初に調べるべきであったと後悔する。ちなみに金貨一枚はどのくらいの価値なのか尋ねた。
「通貨の大きさによって異なりますが、ルリナスの銀貨であれば十枚で交換できると思いますよ。」
参った。まさか、こんなところで全財産の十分の一を失うことになるなんて。しかも金を手に入れる手段もなんも得ていない中で、この出費は大打撃だ。どんなに足掻いたとしても、金を払わずに済む方法なんてない。これも後の教訓とするか……。
「申し訳ございません、こんな後出しのような形になってしましましたが……こら、ルディー!手が止まってるぞ!」
大きな出費に心痛む思いだが、とりあえず素行不良のメイドに目を向ける。ルディーはモップを杖のようにもたれ、ただポカンと出口から外を眺めていた。やがてこちらの声に気が付き、振り返ると広場の方を指さした。
「マスター、何かわかんないけど広場で揉め事があるみたいだよ。あの魔法使いのお姉さんが巻き込まれてる。」
俺もなんだか分からないがとりあえず、広場の方に顔をむけ、目を凝らした。確かに数人の男たちがさっきの魔法使いの女に言い寄っている。周りに人もいるのだが、彼女のことを気の毒そうに眺めているだけである。
「きっと、アガメノス様の息子とその取り巻きたちですよ。まったく、我々に素晴らしいものを見せてくれた彼女に絡むとは迷惑な奴だ。」
マスターは広場を見るなり、吐き捨てるように言い放った。アガメノスと言えばこの国を動かしている大商人のひとりである。その息子があの言われようだと、ろくでなしと受け取れる。
「えーあのバカ息子?あたし、あいつ嫌い。前にお店に来た時も他のメイドたちにちょっかい出してきたじゃん。あの時はマスターがいたから助かったけど……。」
人懐っこいルディーも嫌悪感むき出しで広場の男を睨んでいる。この有様だと魔法使いの女も気の毒である。誰かが何とかするだろうと考えもしたが、この国に住む町の人で奴に楯突く者は一向に現れそうにない。このまま放置しておくのはかわいそうだし、出ていって救いの手をだそうか出さないか迷っていた時だった。彼女が持っていた籠を見て、頭の中に一計が思い浮かんだ。
――男は四人組。一人は手ぶら。身なりからしてこいつが大商人の息子だろう。二人目は左手に酒が入った瓶を持ち、腰の左手側に短剣。酒がまわっているのか顔が赤い。三人目、年季の入った片手剣を左腰に下げている。柄に若干の錆、恐らく剣身にもあるだろう。最後の一人は坊主頭の手ぶら。特に武器になるものも持っていない。
これならこいつを使うことはないな。荷物と一緒に置いてあった剣に手を伸ばしていたが引っ込めた。そして、喧騒の渦中に飛び込むようにまっすぐ彼女たちに近づいて行った。
「だからよぉ、姉ちゃん。この俺たちにも魔法を教えてくれって言ってるだろう。なんでそう教えてくれねぇんだ?」
酒に酔った男が彼女に詰め寄っていた。後ろにいた三人もニタニタと顔をゆがませているとしか思えない笑みを浮かべている。詰め寄られた彼女も飽き飽きしている様子で彼らに言い返した。
「だから、何度も言っているでしょう!魔法を使うには長い修練と集中力が必要なの。あなたたちみたいな人たちが扱うには難しいと思うし、私はこれから向かうところがあるから教える時間もありません。」
「んだとこのアマ。俺たちがそんなに馬鹿に見えるってのか?そんなに教えたくないならこっちも力ずくで教えてもらえるようにしなくっちゃな。」
男は激高すると酒瓶を捨て、腰の短剣を取り出した。後ろにいた剣を持った男も剣を鞘から引き抜き、じわりじわりと彼女ににじり寄る。流石に彼女の目にも不安が浮かんでいた。緊迫した状況となったところに俺はたどり着いた。
「もうその辺でやめにしないか?彼女も困っているだろう。」
人助けの出だしとしてはいたって普通の文句だ。そういった俺に対して男たちは警戒の視線を向けるがただの一般人だとわかると鼻で笑った。脅威にならないと判断した男たちはすぐさまその敵意と威圧を発した。
「ああん?お前誰だよ?俺たちはこの魔法使いの女に魔法の扱い方を享受してもらうところなんだよ。田舎もんは引っ込んでろ。」
「そんなわけにもいかないだろ。人にものを教えてもらうにしたって、それなりの礼儀ってもんがあるでしょ。そんな物騒なもの持って、いったい何をするんだ?」
「うるせぇ、なんでもいいからこいつを黙らせろ!」
一番後ろにいた大商人の息子が苛立つように三人に命じた。途端、前方にいた男たちがとびかかってきた。
――とにかく焦ってはいけない。三人まとめて相手をするのは割に合わない。ここではこの男たちを追い払えばいいのだ。三人の戦意を削げばこの場をやり過ごすことができよう。三人の男たちはそれぞれバラバラにこちらに突進してきた。
まず最初は、短剣を持った男。酒に酔っているためか足取りがおぼつかない。ただ単純に前進しつつ、短剣を無我夢中に振り回す。ただそれだけ。四振りくらいを後ろに退いてかわしたところで、しゃがんで足払いをしてやれば簡単に転んだ。地面に面と向かって倒れたところで、右手に持っていた短剣を蹴り転がした。
短剣が転がっていったのを見届けると、坊主頭の男の拳が飛んできた。拳法などではなく、素人のやるただの喧嘩まがいのパンチだ。何回かその拳、たまに蹴りをかわし、いなした。そして、男が焦って出した右ストレートを右ステップで相手に背を向けつつ回避。そのまま両手で相手のだした腕を掴んで背負い投げ。坊主頭をそのまま白いタイルに叩き付けた。「ぐへっ!」とうめき声をあげていたが、これでしばらく行動できないだろう。
残るは錆びた剣をもった男。三人で一番厄介かと警戒していたが、その構えを見る限り、まともな剣術は学んでいないようだ。両手で剣を持ち、剣を立てたまま右肩に寄せている。いわゆる八相の構えに近いが、剣の持ち方などいろいろ突っ込こみどころがある。しかし、構え方と素人であるからして大体の剣の軌道は予測できる。男と目を合わせ二秒が経った。先に男のほうから仕掛けてきた。前進し、剣を構えたポジションから剣を振り上げ、そのまま右上から左下へ向けての斬り込み。俺はそれを左に避け、そのまま相手の懐へ接近。左の手で振り下ろした相手の剣の柄を腕ごと押さえ、右手は剣の刃ではない剣身に当てた。そして、そのまま左膝でぽきりと剣の根元から折った。
三人の男たちは地面に転がった折れたブレードを見るや否や、恐れおののいた。三人に命令した大商人の息子も驚きを隠せない様子である。しかし、自分の置かれた状況を悟ると、三人を呼び寄せ、捨て台詞を吐くと、そのまま背を向けて走り去っていった。
「助けていただき本当にありがとうございます。あなたが助けてくれなかったら私、魔法で焼き払おうかどうか迷ってました。」
魔法使いの女が駆け寄ってお礼の言葉を述べてきた。綺麗な瞳がこちらを覗き、その顔は微笑んでいる。だが、さっきのお礼の後半に物騒な一言があった気がするが、それは聞かなかったことにしよう。
「いや、とくに人数がいなかったのと、相手が大して強くなかったからですよ。怪我とかありませんか?」
「ええ、どこも問題ありません。あっ、そうだ。もしよろしければ一緒にお食事はどうです?今日は沢山収入があったからお礼も兼ねてご馳走しますよ?」
「そりゃあ助かるよ。そしたら店はあそこの『オオカミの衣』ってところにしよう。実はあそこの店で食事をしていたんだが、なかなか金額が高くてね。ぜひとも頼むよ。」
そう告げたら、彼女の笑顔が一瞬で曇った。