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小話

右京

作者: 桜場まこと

 

 

 右京のはずれあたりにあやしものどもが集うとは、噂好きの端女(はしため)から聞いた話である。


 身の丈百丈の赤鬼が、さろうてきた姫御を喰らうとか、菅公の魍魎がうろつくとか、胡乱ではあるが、恐ろしげな話しばかりだ。


「西の端になぞ行くものでないよ。昼でも鬼どもが居るというではないか」

 西日の強い井戸端で、草太の話を聞いた年嵩(としかさ)の下女が、顔色を変えて声をひそめた。

「そうは言っても、お役目ではなぁ」

 垂れ気味の眉をさらに下げて、草太は笑った。

「まあ、喰われぬように行って来るよ」

 頭を掻き、草履を引き摺って歩き出す。

 数えで二十一になる草太は、ひょろりと背ばかり高く、風采の上がらない男である。

 これでも主人持ちだから、その日暮らしの民人に較べたら、幾らかこざっぱりしたなりをしてはいる。

 なのに春先の陽だまりのようなのんびりとした容貌が、都人の風情を台無しにしてしまっているのだ。


 彼の主は、下位ながら殿上を許された宮廷人である。

 端女や草太のような下人にもよくしてくれているが、いささか気弱いところがあった。

「お役目、とはいってもなぁ」

 大路(おおじ)を歩く草太の口から、溜息が落ちた。

 この日も暮れかけた刻限に、何を好き好んで右京へなぞゆくものか。


 牛車から落ちた毬。

 転々と。


 日ごろならこんな無体など働く主ではないが、此度だけは引けぬ理由があった。

「あれは、四の姫が落とした毬は、先々代が当時の女東宮様より賜った品でな。なんとしても見つけねばならぬ」

 やや貧相な顔立ちを、常以上に青くしている主の横には、八つになったばかりの四の姫が消沈して座している。

 下位なりといえども貴族の娘である。例え幼くとも、半下(はした)仕事に携わる下郎(げろう)如きの前に出ることなどないものだが、日も暮れようというこの頃合に、ごろつき追剥どころか悪鬼の巣喰う右京のはずれへ行けと命ずるのは、父娘共々さぞや心苦しかったと見える。

 父親の袖の裾を掴みながら、真っ赤に泣き腫らした目ですがるように草太を見遣った。

 主の命令には逆らえず、まして昔々とはいえ女東宮から下賜されたものとなれば、嫌も応もない。台所頭の端女が包んでくれた塩を懐に、屋敷を出た草太だった。

 ちなみに草太に白羽の矢が立ったのは、片手で足りる下人の中で、彼が二人目に若かったからだ。ついでに語るならば、一人目は今年九つの童である。


 西へ行くほど人影はまばらになり、右京から足早に遠ざかる人々は、草太を胡乱げな目で見遣る。逢魔ヶ刻に好き好んで西を歩くものなどないから、無理からんことだ。

 寒々とした右京の端は、町人が行き交うには遅すぎ、陰なる者どもが跋扈するには早すぎたが、あやかしどもが早々と目覚めておるのかどうか、路地のそこここから、何者やらの視線が投げて寄越される。

「まあ、悪さをせねば祟られぬはずというからの」

 悪鬼に喰われるほど行いが悪かった覚えもなし、と草太は頭を掻いた。

 もっとも、人ならぬ者に人の理屈が通るは、別であるが。

 昼から人気のない右京のあたりに姫が行ったのは、隠居した祖母の見舞いだという。

 忙しい父親が、下人一人だけをつけて行かせるに手慰みと与えたのが、(くだん)の手毬である。

 行きも帰りも喜んで遊んでいるうち、手がそれて牛車のうちから転がり落ちたのを、供の者が拾い損ねたのだ。

 折悪しく暮れ始めた道に幼い姫を残すを、たった一人の供が是とするはずもなく、事情の説明と指示を仰ぎに、取り敢えずは走り戻ったのである。

「しかし、(あかし)ひとつでは心もとないな」

 既に折り枝につけた火だけでは、数歩先の暗がりも覗けぬ宵になっている。

 一刻も早く見つけ出さねば収まらぬ気持ちはわかるが、このうちから手毬ひとつを探すとは、雲を掴むようなはなしだ。

 やれやれと言いつつも、聞いたあたりで藪を掻き分け探し始めるのは、草太が主人に忠実だからというよりは、どこか呑気な気質が災いしているのかも知れぬ。

 左手の燭をかざし、右手の棒で生い茂った草を左右に分けて覗き込んでいた草太はふと足を止めた。

 虫の知らせという奴ではない。

「さて、こういう場合は、どうしたものかなぁ」

 困っていてもさして困ったように見えぬのは、得だか損だかわからぬ彼の癖である。

 あごを掻きながら見あぐねる先には、手毬をつく童女(わらわめ)がひとり。

 この刻限、この場所。

 あからさまに人ではない。

 物の怪というには見目のよすぎる姿ではあるが、さればこそという話も、ないではない。

 草太はもう一度唸った。

 女童の手にあるのは、おそらく草太の探し物の毬だろう。主人にこれこうと言われた柄と相似である。


  だからといって奪い取るのも可哀想だしなぁ。


 草太は困っているだけであって、物の怪に祟られるのが怖いとか太刀打つ自信がないとかで竦んでいるわけではない。

 単に、おそらくは物の怪であろうあの童女から玩具を取り上げるのが不憫でならぬと、ごくごく自然に考えているだけである。

 悩んだ挙句に、やむなく声をかけることにした。

「楽しんでおるところすまぬが、ちと、いいかな」

 無心に遊んでいた女童が飛び上がった。

 ちょうど打った毬が、的をそれて転がる。

「ああまてまて、咎めようというのではないんじゃ」

 まろぶように身を返した子供を慌てて制する。

 折りよく足元まで転がってきた毬を拾い上げて、子供の目線まで膝を折った。

「聞きたいことがあるのだが、答えてくれぬか?」

 数歩先で足を止めていた子供が、じりじりとあとじさる。それに気づかぬ振りで、手の中の毬を掲げて見せた。

「この毬は、そなたのものか?」

 肩口でかぶろにそろえられた髪が、ふるふると横に振られた。

「では、このあたりで拾ったものかな?」

 ちいさなおとがいをこくりと下げた童が、つと右手の(くさむら)を指す。

「そこで、拾うた」

 珊瑚色の唇から、鈴を振るような声がこぼれた。

「そうか。気に入ったのか?」

 もういちど、艶やかな髪がこんと前に流れる。それを見た草太は、やはりと溜息をついた。

 一心に遊んでいた風情からも察せられたが、これを取り上げてはかわいそうかも知れぬ。

 とはいえ、自分の役目はこの毬を持ちかえること。

「相談なのだがのう、これは、わしの主様の宝なのじゃ。返してもらうわけにはいかんかな?」

 みるみる曇る子供の顔に、草太のほうが慌ててしまった。

「ああ泣かんでくれ。拾うたのはそなたじゃし、そなたがこれを気に入っとるのもようわかった。だがのう、そなたと同じ年頃の四の姫が、泣いておられるのじゃ」

 それが大事な賜り物だったとか、父親に叱られるとか。

 (おそ)れることは幾つもあったけれど、なによりも四の姫が嘆いていた理由は、失った手毬が、自分にとって何よりの宝だったからだ。

 きれいな、大切な宝が、もう戻ってこないかもしれぬからだ。

「哀れに思うて、返して差し上げてはくれまいか」

 このとおりじゃ、と両手を合わせて頭を下げると、童女はちいさな口を真一文字にきゅうっとひき結んだ。

 手のなかにある毬を見おろし、両手の間でくるくるとまわし、しばらくのあいだ物も言わずただただ手毬を撫で続ける。

 どれほどそうしていたことか。

 拝んだままの草太を、漆黒の目が見返した。

「あそんでくれれば、かえす」

 白い白い手が、蚊の鳴くような声で、毬を差し出す。

「わしがか?」

 返答は、こくんと小さな首肯。

 遊び相手がいなかったから、拾った毬が嬉しかったのか。

 得心がいって、草太は破顔した。

「お安いご用じゃ。なんなりとゆうてかまわんぞ」

 この世ならぬ童女が、端麗な(かお)で嬉しそうに笑う。

 風に吹かれて、(すすき)の群れががさわりと揺れた。



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