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鳥篭の魔宮

 その赤土色の土に満たされる暗い空間では鋭利な刃物の応酬が続いている。黄色いコートの幼い少女と黒髪のツインテールの白い騎士の少女が圧倒的体格差にも関わらず幼い少女は互角の戦いを繰り広げている。バババッ! と火花が散り、二人は間合いをおいた。


「アンタ、名ぐらい名乗りなさいよ。ロリ少女って呼ぶのも面倒だわ」


「キエサ。ナーコを消滅させる存在のキエサよ」


「人気キャラのアタシにこうも個人的な恨みを抱いた人間は初めてだわ。こっちが悪いのは分かつてるけどあれは事故。これ以上続けるなら始末するわよ」


「始末? ククッ、エクスカリバー無きお前に勝てる術は無い」


「さっきから何なのその口調? オッサンみたいな喋りウザい」


「ククッ、そんな事はどうでもいいわ。それより本当に記憶が飛んでいるんだな。この時点で思い出せないのがいい証拠ね」


「記憶は曖昧だけどアンタに縁があるのは確かなようね」


「そう、さっきも言った通り貴女を消滅させる存在が私よ。この憎しみでね」


「とどのつまりはアタシ達にあった事件による復讐。でもこんなオチビさんが企てる計画にしては用意周到すぎるわね。もしかしたらそれ以外の……」

「黙りなさい!」


 赤土色の地面に手をおくと土砂の防壁が展開されナーコを潰すように襲い掛かる。不意をつかれたナーコは壁に叩きつけられ首から下を土で埋め尽くされる。


「ここまで作りこまれている地面に干渉? そんなのアリ?」


「思い出してもらうぞ。全てをな」


 という言葉と共に悪意を放つ小さな手が身動きの取れないナーコの頭に触れる。シュパァー! と脳内に閃光のような光が走り、意識が途切れるように瞳を閉じた。脳内を駆け巡る数多の光はやがて赤く染まり、このユナイトブレイカーが開始されたエイプリルフールの明けの明星の日を思い出させる。そして、ある男と自分が話し合いの末口論になり、その男を剣で刺し殺す映像が流れ――意識を取り戻した。


「……今のは何? てかキエサは――! ……消えた? 確実に勝機があったのに何で? ま、いっか。今は秀人と合流しなきゃ」


 脳の奥がやけにクリアになり自分の中で確実に何かが変化している事に一抹の不安感を覚えながらスタタッとナーコは下界に続く階段を走った。





 最下層・ファントムケイジ。

 その牢獄のような空間は銀の網目に包まれていて壁全体に人一人を焼き殺すほどの電気が流れている。周囲の空気は乾燥していて焦げついた匂いが多少する。ズズズ……と入って来た入口が閉じられ、秀人は黒刀を構えながら目の前の状況を見た。そこにはHPを半分以下に減らし、ゲームマスター冴木と剣を交えている雨宮がいるのが伺えた。すでに冴木のHPは9になり次の一撃で勝負は決する。


「半分以下にHPが減った雨宮を初めて見た……だが、これで終わりだ。雨宮はやはり俺の目標のようだな」


 嫉妬と羨望の眼差しで青い騎士を見た。その青い騎士は愛剣のブルーディスティニーを高々と掲げ必殺のラピスラズリを放った。水に隠れる千の刃が相手を襲い空間が大津波に呑まれる中、心臓を刺され声にならない冴木の断末魔と共に雨宮は剣を地面に突き刺し、疲れ切った顔で秀人に振り返る。


「流石だなキラー1。まさか一人で冴木に勝つとは」


「一人じゃない。6人だ。6人のゲームキラーでかかったが、このザマだ……」


「6人? 他の連中は……」


「死んださ。奴を殺したのも十回を越えてるんだがな」


 少し先の金網に、焦げた衣服の切れ端があるのに気がついた。それは間違いなく死に絶えたゲームキラー達であった。ここまでの被害を出しながらも勝利した事に何故、雨宮は喜べないのかが気になった。よろける雨宮を支えると、その身体が震えているのを感じた。


(雨宮が震えている? このボスエリアで何があった……)


「逃げろ天草君……奴はそろそろ復活する。この無限ループで仲間のゲームキラーは全て心が折れて死んで行ったさ。早く逃げろ!」


「何を言ってる? 冴木は倒したんだ――!?」


 瞬間、ブオオオオオッ! と白い輝きが発し、死の淵にあった冴木が蘇生した。衣服も怪我も全てが回復しHPゲージも満タンになっている。紫の長い髪をかき上げ、白い法衣を揺らしながら歩いて来る。微かな微笑が雨宮の恐怖を増幅させ、嘲笑っているのが伺えて秀人は怒りが立ち込める。グッと秀人の肩を掴む雨宮は、


「奴はチートだ。勝てる敵では無い。逃げろ」


「違うな雨宮。僕を倒せる人物は存在する。その筆頭がそこの天草の友人である高杉幻覚だ」


『!?』


 その言葉に二人は驚愕する。何故ゲームキラーでも無い古武術の流れを組む幻武幻影流などというオリジナルの技を使い、ユナイトブレイカー内で異質の存在になっている高杉幻覚などを危険視するのか? 普通に戦えば秀人と同レベルの幻覚など雨宮の足元にも及ばないだろう。そんな存在が何故チートのような存在のゲームマスターに勝てる可能性があるのか――?


「……これで勝機が出た。ここは逃げろ天草君。生きて高杉と共に冴木に勝つ戦略を練り奴を倒せ。奴にはユナイトブレイカーの技は一切通用しない。あのナーコがいれば君に人心は集まるだろう。次のキラー1は君――」


「お勤めご苦労雨宮学。君は役に立った優秀な駒だったよ」


 パチンッ! と冴木が指を鳴らすと雨宮の心臓は潰れ死に絶えた。その死骸を支える秀人は叫ぶ。


「お、おい雨宮? 最強のキラー1のお前が死ぬはずがないだろう? 数多のゲームスコア塗り替えを行いつつ、オタク的なゲーマーの地位を一般人の間にも受け入れられるように広め、TVドラマの女優やアイドルと交際するお前に憧れて俺はここまで来た……。このダンジョンに入った瞬間、この場所に来たバトラー全員が足がすくんでもお前だけは前に出た。そんなお前がここで死ぬはずが……こんな終わり方をするはずが無い……」


 今までの秀人の希望であり目標であった雨宮学の受け入れがたい死が呪われる鎧の力を黒い蒸気と共に増幅させる。心臓はキリキリと痛み出し、口の奥が苦い血の味で満ちて来る。もう二度と目を開く事の無い青い英雄は、花びらが舞うように分解され秀人の腕の中で消えて行った。


(雨宮……俺は……?)


 その悲しみ、失望を忘れ去らせるように冴木の手が触れた。その笑いに応じるように鎧の中に隠れていたスラトが顔を出す。ククッと笑う冴木に反吐が出る思いで聞いた。


「何をした?」


「ククッ、メニュー画面を使用不可にするメニューブレイクだ。これで君はメニュー画面の何かが使えない。これはゲームキラーの連中も辟易していたな。ハハハッ!」


「へぇ、そうか。辟易すんのはお前の薄汚い面だろーよ」


「その強がりが絶望に変わる瞬間の顔が楽しみだよ……ククッ」


 別にたいした事じゃないと平静を保ちながらメニュー画面を開く。パパッとステータス、スキル技、アイテム欄を開いた。


「何だ……何の問題も無いぜ」


「?」


 唖然とする冴木はアイテム欄を開く秀人を見据える。ふと、黒い鎧の肩にいる一匹の青いスライムを見て怒りの感情が高まる。今の一撃はスラトがスキルをデリートしていた。


「ネットゲームのユナイトを初クリアした時に与えられるよう仕組んだデリートシステムが人間に懐いているだと? お前は何度も魔女を始末出来るチャンスがありながらも始末してなかったのはそういう事か……消えろっ!」


 バッ! と右手をかざした冴木はスラトをゲーム外に弾き出した。


「スラトッ! 貴様何をした!?」


「このダンジョンから外に出しただけだ。あれは切り札。ここから出たら私が管理する」


 そして、今一度冴木はメニューブレイクを秀人にかけた。

 全身にショックを受ける秀人はすぐさま自分の状態を確かめる。


(? アイテムが開かない……ここからは回復も出来ないか。流石はゲームマスターの能力。これは心が折れた方が負けだな。俺は雨宮にもできない事が出来る。自分を信じろ秀人っ!)


 カッ! と剣気が走り、冴木の紫の髪を風圧で揺さぶる。そして、黒い霧が浮き出る呪われる鎧の痛みに耐え、黒刀をかざし宣誓した。


「今この場から、キラー1の権威と象徴を俺が、天草秀人が担う」





 激しき剣の応酬が空間に響き渡り呼吸する間さえないような状況が三十秒近く続く。この高速の剣の応酬は通常のバトラーなら三分以上に渡る攻防である。すでに秀人の黒刀はひどい刃こぼれがあり切れ味が落ちている。その最中でも会話は続いて行く。


「もうゲームキラーなどいらないのだよ。私兵であるゲッコー盗賊団さえあれば私の目的も達成されるしな」


「ゲッコー盗賊団が私兵? 頭が存在しない雇われ盗賊団という噂は本当だったのか。一つ聞きたい。お前は何の為に俺達に給与を支払い子飼いにした?」


「最強の守護兵としてさ。この私がユナイトブレイカーで王となった時のな」


「なら何故殺した? 王になるならゲームキラーが必要だろう?」


「――私の王の座を協力者が奪い去るイレギュラーが発生したからだよ!」


 激情に任せた剣圧が秀人を後方に吹き飛ばした。その背後には電磁檻の電流が秀人を焼き殺そうと待っていた。


「ぐあああああっ!」


 バチバチバチッ! と電磁檻に背中が触れスパークした。背中の鎧が溶け、その下の皮膚がただれている。全身からは煙が立ちこめ生きているのかどうかさえわからない。ふと何かに気がついたかのように頭を抱えると、ピクリと秀人の手が動く。


(生きて……いるか。冴木の奴、とどめを刺しにこないのか?)


 切れた口の中から流れる血を拭いながら鬼の形相に歪む冴木を見る。追撃してくる感じは無く、瞳孔を開きながらボソボソと独り言を言っているのが不振に思う。すると、自分のいる地面に描かれている模様を見た。


(五亡星の円陣。このアイテム制限がかからない場所ならワープが出来るな。俺はアイテム欄が破壊させてるから使えないが、ここを消せば冴木はもしもの時に逃げる事が出来ない)


 隙を伺い、床に剣を突きたてようとする。この魔方陣は通常の攻撃では破壊は不可能だが、秀人の黒刀の呪いはスキル防御を無効化する。


「うおおおっ――っ!?」


 瞬間、赤い光が秀人を包む。床に剣が突き刺さると同時に、トラップが発動され身体全体に違和感が走る。すると、停止していた冴木が目を覚ましたようにククッと笑いながら言う。


「……無意味な事で寿命を縮めたな。もうお前は自分自身すらわからないだろう」


 その言葉の真意を測る為、パパッと右下に移るメニュー画面を開こうとしたがメニュー画面そのものがエレキアイに映らない。


「まさか……そんな!」


 完全に今のトラップで全てのメニュー画面がブレイクされ自分のパラメータすら見れない。つまり、これ以降は自分のHPがどこまであるかもわからない為にいつ死ぬかわからない恐怖に苛まれる事になる。

 どこまでの深手で死ぬのかがわからない状況、ゲームマスターの幾度と無く復活する特殊能力によりキラー1・雨宮は強靭な精神を砕かれ死に絶えて行った。メニュー画面を出すのを諦め、雨宮学の絶望の顔を思い浮かべた。その姿は自分の思い描いていた最強のゲームキラーの姿ではない。秀人の思い描く姿は――。


「今のは放置型の特殊なトラップさ。いくら私でもここでワープは出来ない」


「そうか。ならばお前を逃がさずに殺せるというわけだな……」


 黒き呪いの力が広がる。呪いの力が増大し、鎧が怨霊の呻き声を上げるが如く軋み黒い粒子を発している。その力の胎動は確実に秀人の寿命に影響している。目が赤く充血し、一筋の血の涙が流れた。


「……アサルトシュラウドの呪いの力か。貴様も高杉同様、オリジナルの技があるのかと思ったんだがな。いや、貴様はコピーが得意だったな。ならば私に立ち向かうだけ無駄だ」


「……!」


 呪いの加護を全身に受け、顔は死を纏う兜に覆われドス黒い悪鬼のような姿に変貌する秀人は悪鬼羅刹の如く暴れ回る。周囲の空間は黒い渦に包まれて行き、冴木もろとも黒い呪いは二人を呑み込み球体の空間が出来上がる。

 その内部では秀人が冴木を圧倒している。怒涛の嵐のような攻撃に始めは対応していた冴木もみるみる内に数多の攻撃の群れを処理しきれず、なすすべも無く全身を刻まれる。しかし、倒れる冴木は当たり前のように復活する。


「これならどうだ?」


 ズウウウウウアアアアッ! と涅槃から湧き出る亡者の如き呻き声のような周囲に展開する黒い渦が冴木に襲いかかる。黒い濁流に呑まれる冴木はなすすべも無く全身に呪いを浴び、真っ黒な人間になり黒くなる皮膚を引きちぎるかのようにもがき倒れた。

 切り札のアサルトシュラウドを使った秀人は、鎧が解除され地面に膝を立てる。額からツツーと汗を流しながら朽ち果てる冴木を見る。


「……奴はゲームマスターだが、奴もこのユナイトブレイカーの世界の一人だ。別に自由にどこでも行き来できるわけでも無く、全てを無効化出来るわけじゃない。確実にダメージを受けてから復活するのがいい証拠だ」


 そう焦る気持ちを強がりのように分析をし瞬きをした瞬間、またも冴木は完全な状態で白い法衣を優雅に着こなし復活した。


「切り札のスキルゲージを全て使いきり、バーサーカーになるアサルトシュラウドも私には通じないぞ。雨宮の無様な死に様を見ただろう? この世界の技は全て私には通じない」


「なら、高杉幻覚の幻武幻影流はどうかな?」


 上から見下す冴木の会話の更に上を行こうと自尊心の強い秀人は皮肉を込めるように言う。


「ククッ。もう高杉は私から逃げるように消えたぞ。奴はこのゲームの本質と向き合っているから時間が惜しいのだろう」


「何を言っている? 幻覚がお前を見て消えるはずが無い。死ね――」


 湧き上がる激情のままに居合いを仕掛けた。それは先の幻覚戦で見せた幻武幻影流一式・流れ髪である。右の首筋に迫る鋭利な黒い刃の切っ先を見据え冴木は右手を差し出す。スッと煙草をつまむような指さばきで剣先をつままれ唖然とした。


「何故左だとわかった? 視線は確実に右にあったはず……」


「簡単だ。初めの居合いからの流れで見ただけで、途中から刀を旋回させ左の首筋を狙っただけだろう?」


「一式流れ髪の刃の幻影が発動してないだと? この前は出来たのに?」


 幻武幻影流は幻影のような動きと剣さばきで刃を交えていく内に相手の精神を幻影へと誘う流儀。精神が乱れ、感情のままに剣を振るい、その本質を忘れている秀人にはどうやっても技は発動しない。だが、今の秀人はひたすらに技を使うしか戦う方法が無かった。これが詰めば待つのはゲームキラー最強の雨宮と同じ死である――。


「二式・乱れ髪!」


「ただの連続突きじゃないか。これなら一撃必殺に絞った突きの方がマシだな」


 乱れた髪のようなウネウネとした幻影交じりの乱れ髪も発動しない。全てをいなす冴木は悠然と秀人に迫る。迫る死が更に秀人の行動を雑にする。


「あああっ! ――櫛飛ばし!」


 下段に構えた剣を上段に振り上げ一気に振り下ろし、生命エネルギーを放つ心臓に当たれば一撃必殺の三式・櫛飛ばしを放った。ククッと笑い冴木は華麗に法衣を揺らしそれを回避する。背後の電磁の金網に丸い穴が穿たれるはずだが、ただ光が弾けただけだった。同時に秀人自身の心にも亀裂が入る。


(櫛飛ばしも出来ない……不完全でも、多少なら出来るはずなのに……何故こうも出来ないんだ? 後は……後の技は……)


 残る技は幻式の八卦一奏である。これが成功しない限り、確実に秀人に死が訪れるのは必然であった。そんな絶望に沈む秀人を見下す冴木はキラー1・雨宮の全てを呑み込む大海の剣、ブルーディスティニーを具現化させ突きつけた。


「出来もしない技は出来まい。高杉の奴は私を倒すのはお前だと言っていたが、それは完全な勘違いだ」


(幻覚の奴、俺をそんなに買っていたのか……)


「この剣はお前の信頼する雨宮の剣。これで首を刎ねられば本望だろう。さらばだ」


 スッと青い剣が振り上げられる。動けない秀人はその動く瞬間のきらめきを見た。


(身体が動かない! 死ぬ――)


 キインッ! とブルーディスティニーが地面にくい込み、血が舞った。剣についた血を見据え冴木は不快な手ごたえに顔を引きつらせた。目の前には秀人の首なし死体の姿は無く、首を落としたという感触すら無い。あるのは目の前の少女への憎しみだけであった。純白のマントに白連の騎士の鎧。黒髪の長いツインテールが少女の儚い強さを主張し、白く透き通る艶やかな肌はまさに美少女としか言い様の無いユナイトブレイカー最強のヒロイン――。


「ととっ、ナーコ様参上!」


 血が流れる左腕をおさえながら首を落とされる瞬間だった秀人を救ったのはナーコだった。それを見た秀人は窮地に駆けつけた相棒に感謝の意を表したいが素直には言わない。


「……ったく、今までどこで油売ってた。冴木を倒す。援護しろ」


「ヒーローは遅れて登場するもんよ♪ いっちょやっろーじゃないのよ!」


 両者は思いのままに交差する。




 勢いを取り戻す秀人は冴木に迫る――。


「何故半年もクエストに関して何も告知しなかった? トゥルースケールがこの世界に変えた以上、クエストクリアに向けてゲームキラーを育てていたのは明白なはずだ」


「確かに我が社の精鋭ゲームキラーはこの世界の為に育て育成してきた戦士だ。だが、その計画は頓挫した」


「? 何だと?」


 冷ややかな表情の冴木はみるみる内に顔が歪み、声が荒くなる。


「出来るわけもない。その――」


 スッ、と冴木の腕が上がる刹那――。ナーコの剣が走る。ナーコの剣は今までとはまるで違う強さを誇っており、無くしていた記憶が全て戻ったのでは? と思いながら秀人は二人で攻め続けている。

 対する冴木はナーコに攻撃を集中するあまり秀人に対する反応が遅れ、様々な技の合成である自身で生み出したオリジナル技を叩き込めている。いくら初めから存在しないオリジナル技とは言え、ユナイトブレイカーの元からある技の為に決定打にはならないが確実に冴木にダメージを与えていた。


(今は幻影流の技は試さない。試すのは最後の時だ)


 ナーコが現れてから冴木の明らかな弱体化に違和感を感じつつも早く倒そうと躍起になる。人気キャラのナーコと戦いたく無いというのはゲーマーなら誰にでもある。しかもそれが現実に現れたらそう簡単に倒せるものでは無い。ナーコは冴木が生み出した存在故に娘のような感覚すら抱いてるのかもしれない。それは人間の独占欲が許さないのだろうと秀人は感じ、幻覚との戦いを思い出しながら冴木に剣をぶつける。


「魔女が現れてからいい動きになってきたな。やはりお前はあの女の望む世界にする為に戦っているのか?」


「望む世界? 何の話だ?」


「魔女はこの世界を終わらせるつもりは無い。永遠にこの歪んだ世界を存続させ、自分が人間を統べる覇者になるつもりだ。世界のバトラーがモンスターを倒して得たポイントを生体エネルギーとして具現化させユナイトゲートの扉を開き、全ての願いを叶える願望器の鍵となるエクスカリバーを手に入れてな――」


「奴の話を聞くなっ!」


 閃光のようなナーコの連撃が冴木の言葉を紡げなくする。その隙に、秀人はスイッチするように背後に後退した。秀人から顔の見えない位置にいる二人は憎しみを剥き出しにするようにつばぜり合いを繰り広げ、重く低い声で互いにしか聞こえない声で話す。


「冴木。話で聞いてたけど半年間何してたのよ?」


「それはこっちが聞きたいな。この半年間部下共にお前を探させていたがキエサと出会うまでどこにも現れなかった。どこに雲隠れしていた?」


「そんなのアタシにもわかんないわよ。アンタのおかげで記憶が飛んでてね」


「記憶が? 私はそんな事はしていないぞ。お前はユナイトブレイカーのクリア者が出たときに……」


「そんな事よりエクスカリバーはどこ? アレがあれば全ての記憶も取り戻せるはず」


「エクスカリバーは封印した。お前があの聖剣を手にした時、世界は終わる。そんな事はお前を生み出したトゥルースケール代表の冴木宗助が許さん!」


 ここまで激情を顔に出す事はあっても自分の正義を唾さえ飛ばしながら言うなど冴木の性格を考えればありえない。それほどに冴木はナーコにエクスカリバーを渡したくないのだろう。世界を終わらせないという大義の為に。


「……エクスカリバーはアンタが消えた後に探すわ。アタシもう腹へってカツ丼食いたくてしょうがないから帰る」


 パチリとナーコは剣を鞘に収めた。戦意を失うナーコに対し、どこまでもふざけたキャラを生み出した自分への罪を重く感じながら冴木は青い剣を構えた――刹那。


「!?」


 背後で微妙に揺らめく気配を感じる。冷たい悪寒を感じその気配に高杉幻覚を思い浮かべた。その背後にいる人物を見て、冴木は忘れていたと言ったようにククッと笑う。


「それがお前の最後の笑いだ。この技は一度だけ見た事のある絶対不可避の技。全ての条件が整った今、俺の勝利は絶対だ」


 スウウウッ……と刀を正眼に構える秀人の姿が分裂していく。冴木はその光景に息を飲み、ナーコのブルーリーアイの青い瞳が発動する。この分身はユナイトブレイカーに存在するものでは無く、冴木はどうする事も出来ない。


(……この幻の分身は高杉の幻武幻影流の技。未だにこだわるという事は自信があるのか、ただナーコがとどめに来るまでのデモンストレーションか……)


 瞳を細め、ブルーディスティニーを堂々たる大上段に構える。この構えから放たれるのは雨宮学の最強技ラピスラズリ。その技は分身をかき消し秀人本体に死を与える一撃を放つ大技である。両者は瞳を閉じ、同時にカッ! と開いた。揺らめく幻影の群れが交差するよう動く。それに応じるよう冴木の青い剣が走る。


「ラピスラズリ」


 ザッバーン! という大津波と千の刃の応酬と共に冴木の一撃が放たれる。展開していた幻影は消え、秀人と傍観していたナーコは津波に消える。消えた幻影の中に残る本体の秀人を見極め冴木はその心臓に剣を突き刺した。


(幻影はこの津波の前では意味をなさない。高杉とてこの技をくらい撤退した以上対処法は無い。この顔からしてこれが本体なのは明白だ)

 呆然とする秀人はびしょ濡れのまま立ち尽くす。本体を刺したという気持ちが冴木の心を落ち着かせた。


「最後の最後までできもしない技に頼るとはな。所詮、君はコピーしか能の無いただのニートさ……?」


 ふと、目の前の秀人の顔にヒビが入る。冴木の疑問が広がると同時にその秀人の顔のヒビも広がって行く。パリンッ……とガラスが割れ、その背後に映る少女を見た。


「鏡? その裏にいる魔女とすり替わっていただと? 本体は……?」


 津波に呑まれる寸前、秀人はナーコの懐からミラーを奪いそのミラーで自分の幻影を生み出した。体力が落ちていた為、鏡を媒介にして幻影を生み出したのである。その幻影に惑わされた冴木は背後からの黒い影に一斬を浴びた。


「幻武幻影流・八卦一奏ッ!」


 シュバッ! と幻武幻影流の幻式は冴木の背中に叩き込まれ、HPが一気にレッドソーンに突入し瀕死になる。黒刀を鞘に納め、血を吐きながら秀人は息をついた。


(やはりスキルゲージは減らず、自分の身体に直接反動が来る。幻影を生み出すだけで精一杯で剣を八斬も振るうのは今は無理だ。技に耐えられずに腕が折れる。現状で最強の存在は幻覚のようだな……)


 心に灯る怒りを沈め息を吐く。全身ズブ濡れになったナーコはくしゃみをしながら近づいて来る。濡れた髪をかき上げ、地に伏せる冴木を見下すように言う。


「ブルーディスティニーを持った時点で津波が来るラピスラズリを放つのは明白。俺は昔、津波に耐え切り千の刃を受けながらも雨宮に一撃を与えた事があったんだ。今回は完全な致命傷。つまりは……」


「つまり、冴木は雨宮より弱いって事。開発者権限のチートパワーがあっただけのアホって事よ」


「黙れ魔女がぁ! ぐああっ!」


 ドスッ! とナーコの剣が冴木の背中に突き刺さる。呻く冴木に秀人は続ける。


「俺はこの世界を終わらすつもりはない」


「いいや終わる。私が終わらせる。いずれ必ずお前達は離れ、殺しあう……これは予言だよ天草秀人。せいぜい歪んだ世界で偽りの愛を楽しむがいい……」


「この世界は歪んでなどいない。歪んでいるのはお前だ冴木」


 そして冴木は砂が散るように消え去った。大きく息を吐いた秀人は地面に刺さるブルーディスティニーを手に取る。その剣は決して重く無い。この世界の武器や防具は本物の重みよりも軽く設定されており現実の鉄ほど重くは無い。しかし、秀人にとってはこの青い剣は重い。身体ではなく心にズシリと来る重さであった。この剣は最強の証であり、秀人にとっては人生の目標である。


(雨宮が死んだ……あぁも簡単に。この世界最強のゲームキラーが死んだんだ。いくら開発者とはいえ、勝てない敵ではなかったはず。このゲームにのめり込めばのめり込むほど、オリジナル技になど頼らなくなるから冴木には勝てないのは確かだが、俺は納得できん。俺は雨宮を越えるしかない。越えるしか……)


 先の戦闘で冴木に雨宮を越え自分がゲームキラー最強になると宣言したが、すでにゲームキラーは自分以外全滅していて競争相手も存在しない。これでは秀人がキラー1の宣言をしても民意は得られないだろう。その失意に沈む秀人の頭を背後からナーコが叩く。


「ほら、帰るわよ。大工朗じいちゃんがカツ丼頼んでくれてるだろうし」


 フッと秀人は笑い、回復したメニュー画面から帰還用のワープカプセルを取り出しテンプレ学園に帰還した。


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