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光の庭

 光の庭と呼ばれるテンプレ学園の校舎の後方に位置する花畑内に地下のダンジョンに繋がる入口がある。冴木宗助がボスとして君臨するエクストラダンジョン・ジャッジメントケイジには、足下から壁一面にかけて蕀の蔦が渦を巻くように敷き詰められ、何かの拍子でダウンした時に蕀のトゲでダメージを受ける。今までは罠としてあってもこうも当たり前のように存在する事が無く、冴木宗助に挑戦する事がどうゆう難関を進まなければ行けないかがよくわかる。その一つがこのトゲであった。


「……モンスターの群れが百はいるぞ。しかもあれはボマークイーン。こんな狭い場所で爆発したらこのメンバーは全滅するぞ」


 ボマークイーンは爆乳の水着グラビアクイーンのような出で立ちで男子はその魅力によりフラフラと近寄るが触れたら最後。触れた瞬間、ボマークイーンは自爆カウントダウンに入り、数秒たらずで周囲を巻き込み爆発する。その爆発は他の仲間を巻き込む事で倍化、倍化する非常に厄介なものだ。美しい女には棘があるというのはこういう事であるのを周囲の人間(男衆)は頷くように納得した。妙な気配を感じた秀人は大柄のチキンを食らう外人の姉妹と、黒い仮面とマントを着た英国風紳士の姿を見る。


(あれは海外の有名バトラーのデブスター姉妹にブラインドホールマン……これはゲームキラーも気を引き締めないとヤバイぞ)


 この突入組には海外の凄腕バトラーも多数参戦している。しかし、このまま行けば間違いなく全滅に近い損害を受けるのは明白。誰もが躊躇する中、秀人も誰かが先に行かないか? と視線を左右に送っている。


(チッ、いきがってた奴等もまるでダメだな。ここを切り抜ける仲間としてゲームキラーを見つけようにも、顔に何かしらのアバターを装着してるから見つけようもない。いや、ナーコの能力なら見つけられるかも……?)


 突然の全滅の危機に誰もが足をすくめ英雄になるのを拒むが、磨き上げられた大理石のような輝きの青い甲冑の男、キラー1の称号を持つ雨宮学はさも当たり前のように前に進む。


「私の青き運命は、世界に光を灯す天命である。いざっ! 我に力を!」


 青い宝石のような剣であるブルーディスティニーに大海のオーラが注がれて行く。そのサウザンドブルーの光芒を見たナーコは呟く。


「ここであの男と同じ事以上の事が出来なきゃアタシ達はこのゲームをクリアできないでしょうね」


 動揺する秀人は蒼白い閃光で一体も爆発させずに消え去るボマークイーンを見た。入口にいた百体のモンスター達は雨宮の一撃により消滅した。キラー1である雨宮学の圧倒的実力を目の当たりにしその場は一瞬静まり返る。

 そして、決壊した堤防を越える濁流の如く百人を超えるバトラーは迷路のようなエクストラダンジョンの奥へ散って行った。しかし、秀人は一向に動こうとしない。ふと、背後の気配でナーコは秀人の意図に気がついた。入口付近で潜んでいたテンプレ学園の生徒達が好奇心を抑えきれずに内部へ侵入しようとしていた。


「待て。ここから先は今までのような遊びのダンジョンじゃない。帰れ」


「ちょっと冴木の生の顔拝んだら帰るからよ。皆で行けば安全だろ?」


 前列にいたこれまで様々なクエストをクリアしてきたクラスメイトの青崎は言う。背後の連中も同じような事を秀人に対して言う。溜息をつく秀人は黒刀の切っ先をクラスメイト達に向けて言う。


「ここから先に進みたいなら俺を倒してから行け。最近、学園内に強力なボスクラスのモンスターが出現し、雨宮が簡単に退治してたから相手と自分の強さがわかってないようだな。お前達が束になってもブロックドロリを倒すのが精一杯だろうよ」


「なんだと天草! ゲームキラーだからっていい気になってんじゃねーぞ!」


「この学園が閉ざされたわけじゃない。学園の敷地外にいるのも生き延びる正解の一つ。死んだら全て終わりだ」


 一触即発の状態にナーコは呆れた顔で秀人を見る。何が何でも秀人を突破して先を行こうとする集団に、意外な言葉が浴びせられる。


「お前達には殿を任せたい」


『――!?』


 静止するクラスメイトは秀人の声に耳を傾けた。


「これより数時間の間、テンプレ学園は雨宮と他のバトラー連中の保護下から一時的に抜け、全ての敵は自分達で排除しなくてはならない。イベントが発生してここから出られない以上、ダンジョン内よりかは雨宮がもしもの時に仕掛けたトラップや結界がある学園内の方が確実な安全圏だ。何人生きて帰ってこれるかわからないが、俺達の帰還を信じてここで殿を務めてはくれないか皆?」


 その秀人の問いにクラスメイト達は顔を合わせながら頷き合う。そして一歩前に出たリーダー格の青崎が、


「しょーがねーな。学園の平和は俺達に任せろ。必ず生きて帰ってこいよ天草。お前とのダンジョン攻略はまだまだ始まったばかりなんだからな」


 言うと、学園の生徒達は引き上げて行った。コクリと頷き秀人は微笑んだ。そして、少し遅れて秀人達も駆け出し続々と現れるモンスターを蹴散らし出す。そして秀人は透明な薄い膜で見た目ではマスクをしているように見えないクリアマスクをナーコに渡した。


「このダンジョンは空気中に常に毒が蔓延し、足下はマグマが漏れているかのように暑い。クリアマスクが持つまでの一時間が勝負だ。内部も迷宮になっている。はぐれるなよ」


「わーってるわよ」


 ダンジョンクリア最難関の一つであるジャッジメントケイジはユナイトブレイカー中盤戦の山場である。ここを乗り越えれば新しいジョブを手にする事が出来、最終エリアへの道も開ける。つまり、サイトの通りここでゲームキラーの数は一気に百人以下に減りもう最後の戦いの一歩前という状況である。目の前に現れる強敵のデビルガーゴイルに対し駆け抜けながら刃を抜く。同時に、アイテム欄から一匹の青いスライムが現れる。


「スラト? お前まだダメージが……」


 戦士の顔をするスラトは自分を連れていけと懇願し鳴く。その思いに相棒として受け止め、肩に乗せた。


「行くぞ。俺達は必ずユナイトブレイカーをクリアするんだ」


「その意気込みなら、あの男も倒せるわね」


「ナーコ、出し惜しみは無しだ。俺達の邪魔をするキラーやバトラーがいれば即刻モンスター共々排除する。願いを叶えるのは俺達だ。全然回復しないスラトのステータスを冴木にも見せなくちゃならん」


「とーぜんよ。願いの強さならアタシは負けないわよ! まだまだこの学園でやる事は残ってるんだから。勉強に部活、そして恋。全部したいわ」


「勉強に部活、そして……恋? それは俺と――っておい!」


「ナーコダッシュ!」


 ダダダッ! とナーコは駆ける。一つだけの願いしか叶えられないにも関わらずナーコを使う秀人には、ナーコも一人の人間として欲望がある事も知らずに走る。自身の欲に溺れた先に、蕀の涙を流す事も知らずに――。

 

 

 

 二人は迷路のように入り組むジャジメントケイジの中層階まで降りてきていた。すでにここまで来る間にバトラー達の死骸があり、違うルートを辿る者達もかなりの死者が出ている事が伺える。当たり前のようにボスランクのモンスターが道に現れ、ザコモンスター扱いになる敵も固く、数が非常に多い。


「……見えた。ピラウマヒューは毒属性の攻撃をひたすらに繰り出してくるわ。気をつけて!」


「わかってる!」


 駆け抜けるように剣を振り抜き鋼の皮膚を持つ小型恐竜ピラウマヒューをなぎ倒す。ピラウマヒューが吐く息は毒を持つ為に長くその場にいる事は出来ない。地面の棘と空気中の毒により減り続ける体力をスラトがポーションでこまめに補給しつつ、刃を繰り出して行く。アップデートの効果なのかクリアマスクもそこまで毒を防げていない。


「くそみたいに固い皮膚だ。無駄に時間をくうぜ」


「……何か身体が動かないんだけど?」


「嘘だろ? ……!」


 息を飲んだ瞬間、身体の自由が効かないのを感じる。身体が動かないわけでは無いが確実に反応が落ちるこの身体では敵モンスターの攻撃を回避し続けるには無理だろう。


(なんでこんなに毒の回りが速い? 奴等もアップデートでパワーアップしてるのか?)


 すると、ピィ! ピィ! と秀人の肩にいるスラトが鳴く。

 奥の通路から大量のピラウマヒューが腹を空かせてぞろぞろとやって来る。


「最高の客が来たようだぜ。ナーコ、相手してやれ。……そう言えば奴の肉は焼けば旨い。お前のご馳走が群れをなして来てるんだから歓迎しろ」


「あー、アタシ生理中だからパス」


「俺は……って、いいわけしてる暇があるなら動け!」


 黒刀を振りかざし駆ける――が、ブフッ……! と口から血を吐き動きが止まる。


「秀人っ!」


 唖然とするナーコの言葉と共に黒刀が一閃し二体のピラウマヒューが倒れる。だが、呪われた鎧の重みが秀人の心臓の動きを制限し、身動きがとれなくなる。


「グギギギ!」


 とスラトも応戦するが、その炎はまるで相手にダメージを与えられない。

 倒れる秀人にプラウマヒューが大量に覆いかぶさるように攻撃を始める。地面の棘のダメージも重なりヒットポイントのゲージはひたすらに減って行く。


 ナーコは濃縮した光を大砲のように放つ大技、シャイニングバスターを発動しようと剣を突きを繰り出すように構えた――刹那。


 シュパパパパッ! とピラウマヒューは乱れた髪のような連続突きに全身を串刺しにされ十八体が倒れ、その屍骸に黒い着物を着た少年はアイテム欄から炎のカプセルを取り出し焼いた。毒のモンスター故にとてつもない毒が撒き散らされるかと思いきや、芳醇な肉の香りが周囲に広がりナーコの腹がぐうううう~っと鳴る。


 むしゃむしゃと素手でピラウマヒューの肉を食う少年の多少減っていたHPが全快する。HPが回復し肉に食い飽きたのか黒い着物を纏った少年は言う。


「回復させたら奥に来い。空腹は満たせなくても体力は回復する。邪魔者は全て消してあるからな」


「……高杉幻覚。アンタの願いは何?」


 フッと微笑を浮かべ幻覚は通路の奥へ消えて行った。

 ナーコは残る肉を平らげ、一切れだけ秀人の口とスラトの口に押し込んだ。

 素早く回復するスラトは強敵の匂いを察知し秀人の鎧の中に隠れる。

 体力の回復した二人は高杉幻覚の待つ奥へと向かった。




 棘の絨毯が敷き詰められる通路には無数のバトラーが倒れている。

 各国の英雄クラスのバトラーが死の淵にあるなどというのは通常ありえないが、弱肉強食のこの世界ではおかしな事ではない。その中にはロリ少女で通っていたキラー3の嘘つきオヤジの姿もある。ここまでの戦士達を倒せる人間、モンスターなどは極一部の数人しかいない。その人物は漆黒の両目を二人に向けた。


 黒縮緬の羽織に仙台平の袴。背中と袖に幻の家紋。それを象徴する傲岸不遜の両目は他者を恫喝するものでしかない。秀人はその男と最後に会った一年前を思い出す。一年前に彼女であった玲奈を奪われ、剣道を止めた日の思い出が胸で弾ける。


「弱くなったな秀人。相変わらず紙くず拾いみたいな格好をしおって……」


「動き易さを追及するなら西洋の服ほど便利なものは無い。西洋はもう日本の文化だ。いい加減馴染め」


「便利さに全てを呑まれたお前の言葉など聞くに耐えん。語るには腰間の刀以外あるまい」


 ギラリと二尺八寸の幻無を抜いた――刹那。ガキインッ! と互いの得物が激突し、元いた場所が逆転する。すかさず半身になり振り返り様一撃をぶつけ合い乱激の嵐になる。


(剣速は秀人の方が上。だけど力は幻覚の方が上。実力が近い以上、大技で早く決めないと無駄なエネルギーを失い続ける。でもアイツはシステムアシストじゃなく、自らの肉体の強さで戦ってる……なんて奴なの)


 ふと、ナーコは実力白昼の二人の剣を比較する。出来れば割って入りたいがどうにも他者が入れぬ領域をこの二人は作り出している。刀を納めた幻覚は足を踏み込み一足飛びで斬りかかる。完全に避けられない蒼白い刃が秀人の首筋に迫る。ワンテンポ遅れて右の首筋に迫る刃を無視し、左の首筋に刀身を向ける。瞬間、右から来ていた刃は消え失せ、左から迫っていた。ビッ! と血が飛びギリギリの所で防いだ。


「……幻武幻影流一式・流れ髪。危うく首が飛ぶ所だ。これ以上は刃はかわさんぞ」


「ほう、それはどうかな?」


 ツツーと首筋を流れる血が鎖骨に流れつく前に、乱れた髪のような剣先が目の前を埋め尽くすほど展開した。


「弍式・乱れ髪」


 シュパパパッ! と先ほどピラウマヒューを一掃した乱れた長い髪のようなウネウネとした突きの応酬が繰り出される。すかさずナーコの青く輝くブルーリーアイは幻覚の本質を見抜いて行く。


(やはりスキルゲージが減ってない。この二つの技はユナイトブレイカーには存在しない技。現実世界の技をこの世界用に昇華させたオリジナル技ね。あれはコピーも出来ない特殊な技よ……この男はこのゲームの本質を否定する存在ね)


 相手の技をコピーするのが得意な秀人にとってコピー出来ないオリジナルの技を使うなど最悪な敵だが、過去に幻覚の流派である幻武幻影流を習っていた為に全くコピーできない代物ではない。故にこの勝負の行方は単純な力量の差だろうと秀人は思いながら技を繰り出す。下段に構えた黒刀に水を纏わせた。


「アズーリビッグザブーン!」


「あれは三魔王の一人、海王リバイアの津波攻撃」


 やるわね! といったナーコの叫びと共にブオオオオオッ! と剣から放たれた津波が幻覚を呑み込む。周囲が津波に呑まれる中、ナーコは壁をつたい天井に剣を突き刺し難を逃れる――が、


「痛っ……」


「魔女め。一体この世界をどうしたい? 貴様如きゲームキャラが現世で聖王になどなれるわけがなかろう!」


 同じく天井に着地する幻覚はナーコの右肩に刀を突き刺していた。ここに来て秀人にすらまともに感情を露にしなかった幻覚が激情を露にした。それは知りもしない相手に向ける感情では無い。明らかに幻覚はナーコを巨悪として敵視していた。


「今は殺せないが太刀を交えておく必要がある」


「後ろはとらせないわよ――フェイント? ぐっ!」


 刀で斬るとフェイントをかけ右足で顔面を蹴り上げ、その心臓を突き刺そうと迫る。


「相手は俺だろう!」


 ガギンッ! と怒りを露にする秀人の一撃を幻覚は防ぐ。消え行く津波が残る地面に着地し、ナーコにポーションを投げ渡す。その程度ではロクな回復にもならないが、ここに来るまでの戦いで回復アイテムが尽きてしまっていた。


「長く刃を交わしすぎたな。存在しない幻影に惑わされ、その幻影に津波を放ってしまった」


「知っての通り幻武幻影流は刃を交わすにつれて相手の脳に幻影を仕込んでいく流儀。すでにお前は術中に堕ちている」


「そうか。玲奈はどうした?」


「先に最下層に向かっている。こちらも無駄な時間は避けないのでな」


「それはこっちの台詞よ」


 背後に現れたナーコは幻覚の肩を串刺しにしようとするが回避される。しかし同時に足を振り上げていた為、腰に直撃した。よろけた幻覚に秀人の刃が殺到する――が、


「――ここで一度見せておこう。幻武幻影流幻式・八卦一奏はっけいっそう


 突如、八人に分裂した幻覚が秀人に襲い掛かる。


(これは一瞬八斬の幻式。目の前の全ての分身から本体を見極めれば――)


 歯を食いしばりカッ! と目を見開きその幻式の本質を見極めようとした。その瞳に写るのは七人の幻覚であった。つまり――。


「ナーコ! 避けろぉ!」


「えっ……」


 隙を見せていたナーコの全身に一瞬八斬が完璧に叩き込まれた。その身体は血を巻き上げ宙を舞う。パチリと刀を納め、幻覚は息をつく。その左頬を黒い刃が襲う。だが、幻覚は右に鞘ごと刀を出した。左頬を襲っていた刃は消え右頬の前で鞘に弾かれ止る。


「一式・流れ髪。やはり剣才と経験がある故に使えたな。お前しか後継者はいないか」


 刀を抜こうとする手を無理矢理、秀人の刀の柄尻を押し込み押さえ込んだ。両者は次の一手をどうするか相手の出方を伺いながら話す。


「幻覚、お前は一体何を企んでいる? この世界をどうしたい?」


「俺はこの世界を終わらせる。そしてお前を幻武幻影流の後継者にする。いい加減目を覚ませ秀人!」


「後継者? そんなものに俺がなるわけが無い。そしてこの世界は永遠に続いて行く。俺が雨宮学を越える最強のキラー1としてな」


「最強が雨宮だと? 雨宮などこのゲームのスキルが高いだけの存在。決して最強では無い。我流の技が無い限り冴木に勝つ事は出来ない」


「冴木はゲームマスターだ。そんな簡単には勝てんだろう。だが、俺は勝つ。そして、この世界を永遠にする願いをクリア報酬として願うだけだ」


「そんなもの願わなくともゲームクリアをしない限り続いていく。一年前から何も変化してないどころか、このゲームの偽りの力を手にした事で更に悪化したようだな。相棒が魔女と気がつかない時点でもう終わっているか」


「終わるのはお前だ幻覚」


「俺はいずれ終わる。お前の目を覚ましてからな!」


 熱い眼差しで見つめられ、一年以上前の幻武館での修行の日々を思い出した秀人は自分のリア充の頃を思い出す。そこには絶えず幻覚と彼女の玲奈が笑っていてとてもやるせない気持ちになった。玲奈は許婚である幻覚とくっついたが、今は自分にはナーコがいる。現世でも大人気のキャラを相棒に持つ自分は玲奈がいる幻覚よりも、有名女優と交際する雨宮よりも引けを取らないと心に強く念じた。瞬間、秀人の肌に途方もないオーラの波動を感じた。不敵に笑うナーコが光を圧縮し、大砲のように放つシャイニングバスターを放った。


「光に昇華されろ! シャイニングバスターッ!」


 キュワッ! と極太の光の閃光が黒衣の二人に迫る。ズガガガガガンッ! と壁に直撃し周囲は砂煙にまみれた。肩で息をするナーコは秀人が回避したのを確認し、幻覚の反応があるかブルーリーアイで追う。ザッ……と砂煙の中から黒い鎧の少年が現れた。


「ナーコ。あそこで俺ごと撃つとはやってくれるな。まぁ、幻覚を始末できたから良しとするか」


「まだ死骸を確認してないわ。あの一撃なら足が残るはずよ」


 眉毛を吊り上げた秀人はナーコをほう、と言った顔で見据える。すると、晴れてきた砂煙の中に誰かの姿が映った。それは目の前の男と同じ姿だった。


「ナーコ! そいつは俺じゃない! 俺に化けた幻覚だっ!」


「秀人は気絶させたはずだったがな――」


 反応が出来ないナーコは繰り出される刃に対応する事が出来ない。全ての時が止まれ――という秀人の思いに答えるかのように、突如地震が起きた。体勢を崩す幻覚の脇をすり抜けナーコは秀人の方に避難した。耳を澄ますように幻覚は空間に神経を傾ける。


「この揺れ……先に進む雨宮がボスエリアに侵入したか?」


「そうか。幻覚が大半のバトラーを倒した以上、この先に進むのは数人しかいない」


「……一応の目的は果たした。これからはどちらが先に冴木にたどり着くか競争だな。また会おう秀人」


 バンッ! と幻覚は地面に煙球を叩きつけ煙幕と共に姿を消した。その行為に溜息をつき、


「……もっとまともな姿のくらまし方は無いのか? とりあえず幻覚のおかげで邪魔者は去った。先を急ぐぞナーコ……? ナーコ!」


 そのナーコは黄色のコートを羽織る幼い少女に口をハンカチで抑えられ意識を失っていた。明らかにクロロホルムなどの薬物を含んだハンカチで意識を失わされている。そして、その犯人である少女のコートは背中に月が描かれた黄色のコート。JNDで世界のお宝を強奪する盗賊集団・ゲッコー盗賊団の副団長のキエサであった。


「この女には恨みがある。この世界はこの女の思い通りにはさせない」


「スライムを殺された恨みか……あれは事故だと言っただろう。待てっ!」


 ククッと笑うキエサはナーコをワープカプセルによりダンジョンのどこかへワープした。一歩の差で手が届かなかった秀人はくそっ! と叫び、刀を納めた。


「キエサはナーコを始末するつもりだろうが……今は急ぐしかない!」


 幻覚、冴木、玲奈、キエサ、ナーコ――。

 様々な人物の思惑が秀人の中で螺旋を描くように狂々と廻り、秀人の心を侵食していった。


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