誘惑の宴
「……死兵になったか。命までとりたくは無いが、こっちもせっぱ詰まってる。死んだら悪い夢だったと思って寝てろ」
内部の警備兵の人間達は自我を無くし、ひたすらに侵入者の秀人を始末する為に襲いかかってくる。モンスターではなく人間を殺すのは気が引けるが、今の余力の無い状態では全てに手加減できそうにも無い。上層階を目指し疾風の如く駆ける様は正に黒い風としか言いようのない光景である。
一閃、一閃と黒百合を振るうたびに甘い香水の匂いが空間を満たしているのを感じた。倒した警備兵達はまた立ち上がり秀人に向かって来る。足や手が折れているにも関わらず立ち上がる姿に違和感を感じ、それらを無視して奥の大広間に侵入した。すると、背後の扉がいきなり閉まり追跡者達は扉に阻まれた。フウーッと大きく息を吐く秀人は、視線の先にいる茶色い巻髪のゴージャスな衣装を身に纏う美女に向けて言う。
「やけに香水臭いと思いきやお前のテンプテーションか。キラー2・誘惑のハルカ」
誘惑のハルカと呼ばれるキラー2のハルカは白い聖王騎士団の鎧の肩口にピンク色のストールのような羽衣を纏わせている。手入れの届いた茶の巻き髪も爪を彩るネイルの美しさも長い足の白さも他を圧倒する輝きがあり、ハルカの全ては美でしかない。この美しさに虜になる人間は多く、モデル活動を中心にしつつ自分のショップも経営するネトゲ廃人である事など忘れさせる容姿の美しさと交友関係の広さはキラー1・雨宮にも引けを取らない。その美しき指先が動き秀人を指した。
「生の姿を見るのは初めてかもねキラー7・天草秀人。でもその黒い衣装も力も美しくないわ。決定的に明るさが欠けてる。ハルカ的にありえない」
「俺のポリシーに口出しされる言われは無い。ここに来る途中からお前の香水の匂いがした。立てない怪我を負っているにも関わらずその兵を立たせた力がお前の誘惑の力・テンプテーションの力か?」
「そうよ。ハルカの魅力はどんな男でも堕ちるんだから」
「……シエルレクイエムの洗脳にお前のテンプテーションで二乗の効果をもたらす。あの兵士達が倒れない理由がよくわかった……が、今更ゲームキラーが俺の足止めが出来ると思うなよ」
「あまり自分だけが特別だと思わない方がいいわよ。ハルカはハルカだからね」
「!? ハルカ……自我があるのか?」
「ハルカはスノーホワイト程度に操られる安い女じゃないの。テンプテーションは最強のスキルなのよ。自分に自分の魅力を刷りこませれば洗脳なんて効かないわ」
「自分で自分にテンプテーションで洗脳を乗り切ったか。まだシエルレクイエムが完成してない以上、打開策はあるんだな」
「貴方ももうすぐ堕ちるわよ。広いとはいえ密室だから効果はてきめんよ」
「フン、雨宮に通じなかったくせによく言う。雨宮にふられた腹いせはよせ」
「吠えるなガキが!」
一足飛びでハルカとの間合いを詰め、黒百合を一閃する。すると、その鋭利な刃はハルカの纏う羽衣に防がれた。その羽衣、 ケイジストールは生きた触手のように空をフワフワと漂っている。流れ髪、乱れ髪が通じない秀人は一撃で心臓の活動を止める櫛飛ばしを放つ。放たれた閃光のような櫛の光はハルカの心臓に直撃する。目を見開くハルカはその場で倒れた。
「倒したか……うっ」
一瞬、目眩がした秀人はいまだ鼻につく甘い香りに不快感を高めた。アイテム欄で揺らめく意識を保つ為に毒で神経をマヒさせる為に毒草を探すが、手が震えブルーディスティニーを間違えて選択し落とした。それを手に取ると、闇属性の秀人の手には馴染まない光属性のブルーディスティニーがやけに馴染む。
「? この光属性の剣が扱えるならゲームキラー全員の光攻撃のダメージが少なくなっていたのがわかるな。これがラストジョブ・ユナイトブレイカーの能力なのか?」
まともに振ればダメージすら受ける可能性のあるブルーディスティニーを多少使えるようになり、聖なる力に対する耐久性の理由がわかる。毒草で感覚をマヒさせ前に向けて歩いて行く秀人の頬に線のような何かが引っかかり腹部に激痛が走り、背後に飛ぶとそれは腕、足、全身へと繋がる。
「っ! ぐはっ……がああああああっ!」
全身を糸状の何かで刻まれた秀人は血まみれのまま張り付けのような格好でピエロのように立ち尽くす。目をこらすと周囲の空間には蜘蛛の巣のように鋼鉄の線が張られており、人間が生きられる空間は存在しなかった。
両手両足はからまりつく鋼鉄の線で身動きが取れず、すでにブルーディスティニーはアイテム欄にしまわれ、愛刀の黒百合は地面に転がっている。微かな動きでも肉に食い込み骨さえも断ち切るような鋼鉄線の痛みに耐えつつ、視線の先で美しい微笑を浮かべるハルカを見据えた。
「心臓に当たれば即死の櫛飛ばしの一撃をくらって生きてただと? じゃあ、さっき倒したのは何だ?」
「貴方の脳が勝手に判断した幻でしょう。今は毒草と全身の痛みでハルカの位置を完全に把握してるみたいね。これはダイヤモンドすら切り裂く鋼鉄線。あまり動くと死ぬわよ? ……それにしても哀れな姿」
「……まさかこれがテンプテーションの真の効果? 幻を見せるのか……」
「気がつくのが遅いわよ。スノーホワイトの洗脳ですらテンプテーションは効かないんだから」
「だが、完成されたシエルレクイエムの光をもろに浴びれはハルカとて洗脳されるぞ。あの光からは何者も逃れられない。その人間に対しての希望を魅せる光だからな。匂いと色香で相手を一時的に惑わすのとは格が違う……ぬううっああああっ!」
右腕の肉が鋼鉄線にくいこみ血が吹き出るのも気にせずメニュー画面を開きアイテム欄を出す。その目的はこの現状を断ち切る剣、ブルーディスティニーにある。
「――させないわよ」
素早くハルカは鋼鉄線と繋がる右手を動かす。その右腕を捨てるような努力も虚しくハルカは鋼鉄線で秀人をさらに縛り上げる。後一歩の所でタッチは間に合わず、違う何かをタッチしてしまう。
(くっ! 間に合わなかったか。このままだと骨を断たれる前に出血多量で死ぬ……)
血まみれの指はだらりと死んだように下がる。同時に、目の前にアイテム欄から間違えて出された薄い本が地面に転がる。それは秀人が夏コミで手に入れた人気絵師・ミヤビが描いた限定モノのナーコのデジタルエロ同人だった。上下の大事な所が丸出しのメイド服を着たナーコの表紙を見たハルカは軽蔑の目を浮かべ右手を動かす。それを見た秀人は目と口を大きく開けながら右足で地面の同人誌を蹴り上げた。
「そんな物見てよく満足するわね。ゲームにはまっても現実の女を見なさいよ。雨宮はゲーマーでも常に現実の女を見てたわよ。だから他のゲームキラーはダメなのよ」
「――やめろーーーーっ!」
悲痛な叫びが空間に響き、秀人の大事にしていたエロ同人は粉々になった。ハルカの高笑いが空間にこだまし、目の前で散り行くデジタルデータの紙片の一つ一つが心に突き刺さる。やがて全ての紙片が落ち、秀人の黒い衣装から白い霧が立ち込め始める。
「あれはまだ一度も使用してないんだぞ……許さん……お前だけは絶対に許さん!」
全身に絡みつく死の糸などまるで気にせず前へ、更に前へと突き進む。無論食い込む鋼鉄線は容赦無く肉を抉るように血管を破裂させ骨にすら干渉を始める。しかし、秀人は歩みをやめない。最大限の力を込めているハルカの顔にも焦りの色が浮かび、目元にシワが出来る。
「身体から白い蒸気が上がってるわよ……そのまま死ぬつもり?」
「死なないさ。俺には背負ってるもんがあるからな。俺の為に死んでいった仲間の思いだけはとげなくちゃならねーんだ」
「そんなチャチな絆、この鋼鉄線で引き裂いてやるわよ」
その言葉にカチン! ときた秀人はダイヤモンドすら刻む鋼鉄線を掴み、
「俺と皆の絆がこんな鋼鉄線ごときで切れるか。お前のヌルい誘惑じゃ立たないんだよ! 実年齢三十路が! うおおおおおおおっ!」
白い閃光が身体から発し、ブチブチブチッ! と全身にまとわりつく鋼鉄線を素手で断ち切った。
黒い着物に白の羽織が纏われ、足袋が白くなり武者草鞋で足元が固まり、黒い袴がたくし上げられ白い手甲が展開する。背中には〈断〉の文字が赤く映え、額には同じく断の文字が書かれた鉢金――。
光と闇を扱う真のユナイトブレイカーへと進化した。
威風堂々たる秀人は圧倒的な存在感と違和感の交わる光と闇のオーラを発しながら黒百合を手にし言う。
「限界を超えたようだ。これでお前達の攻撃に対するアドバンテージも出来た。これにシステムアシストがかからないという事は俺しか出来ない力のようだな。ルーンダーク・ユナイトブレイカーとでも言うのか?」
「こんな、これはゲーム設定には無い……冴木はユナイトブレイカーのジョブには特殊な力を与える設定を施していなかった」
「俺はシステムを超え進化する。これは今まで戦った全ての人間から学んだ事だ」
「……くっ! 何故スノーホワイトの世界を認めない! 好きな女なんでしょ!?」
「好きな女だから認めない! 俺はナーコと現実世界を生きるんだからな」
「その力を失っても?」
「もうこの力はいらない。ナーコと対等に向き合い生きていくのにこの力は必要ない」
「ハルカは……ハルカは自分が強い存在になれるこの世界が必要……」
「終わるぞハルカ」
動く秀人に反応するようにハルカは誘惑の羽衣を揺らし自分の幻を見せた。その隙に宙を舞い秀人の背後から忍び寄る。しかし黒い刀が自分の背中から突き刺さっていた。
「どうして……? 幻は展開されたはず」
「俺と剣を交えた時点で終わりだ。幻の見せ合いで幻武幻影流に勝てると思うな」
「嘘つけ……エロ同人破壊されて覚醒した現実の女に反応しないエロガキが」
「フン、二次で起たなきゃオタじゃない」
背後に手を回し刀の鍔元を握るハルカは秀人に蹴りを入れ刺さる黒百合を醜い形相で引き抜く。
「まだ終わらないわよ! 鋼鉄線が破れてもこのケイジストールがある!」
「テンプテーションはもう効かん!」
「別に貴方にかけるとは言ってないわよ」
ショパー! と閉じていた入口の扉を開放しシエルレクイエムの光を浴びて洗脳された死兵達がハルカの広間に侵入を始めた。それらはシエルレクイエムとハルカのテンプテーションの両方の洗脳を施され、混乱と興奮で暴走しつつある。
その暴徒達は雪崩のように流れ込んできた。口元を歪める秀人はその全てと戦うはめになる。嘲笑うハルカの声が耳障りだが、このルーンダークの力に勝てる者など存在せず、簡単に全てを倒し残り一人になる。
「寝てろ――?」
涙を流し殺してくれとつぶやく死兵に秀人は黒百合を止める。自我が現れ、少年は苦悩していた。宙をさまよう目からは涙が流れ続け、全てに絶望している精神から放たれる言葉は死を請う事しか言わない。
「自我が現れ葛藤してるのか。スノーホワイトに忠誠を誓いながらハルカに従わなくてはいけない自分に絶望している」
「殺して……くれ……殺……」
「じゃあ少し死んでいろ。今は苦しみから解放してやる」
その少年を倒した瞬間、秀人の頬を誘惑の羽衣が切り裂いた。そして、黒百合を持つ右手が弾かれ武器が無くなる。まともな物理攻撃ならそのオーラで弾き返すほどのルーンダークのオーラを突き破るほどの力があの羽衣にあるとは思えない。ふと、秀人は身体に異様な重さを感じた。
「ルーンダークが切れた?」
突如、圧倒的な光と闇のオーラは消失し元のボロボロの黒い着物姿に戻る。
「システムアシストが無い技は乱用出来ない。幻武幻影流と同じよ。これで勝機はハルカにある。ゴミを片付けるだけでその力を使い果たしてしまったわねぇ」
消えた進化ジョブの力を見据え、震える右手にギュッ! と力を込める。
「ゲームの世界でも現実の世界でも、人間をこういう風に使うのは断じて違う! 歪められた人間達の思いを知れっ!」
「武器は傍に無い。勝機も無い人間が言わないで!」
「勝利はこのブルーディスティニーで掴む!」
シュパン! とアイテム欄から蒼白い閃光が放たれ、キラー1・雨宮学のブルーディスティニーが出現する。そのまばゆい光にハルカは恋焦がれていた雨宮の横顔を思い出し、意識が飛ぶ。光の閃光の一閃と共にハルカは倒れた。
「雨宮のレクイエムで眠れ」




