一幕~新世界~
とある公園内を一人の少年が歩いている。
「……やっぱり初心者用のダンジョンであるはずの代々木の森の洞窟の奥は凶暴なモンスターがいる気配があった。おそらく到達するには隠しルートか何かがあるんだろう。年明けから各ダンジョンに微妙な変化がある。これはゲームキラーとして進むべきか否か……」
「危ない! 下がって!」
「よよっ!?」
道を歩きながら天草秀人がスマホで渋谷区代々木公園の代々木の森の地図を眺めていると、突如として艶やかな黒の長い髪をなびかせる騎士のような出で立ちの少女に胸を押され地面に尻餅をついた。騎士姿の少女の目の前にはスライムの群れが下校途中の小学生の女の子に襲いかかろうとしている。瞬間、剣を抜いた少女は駆けた。
「? ユナイトブレイカーのナーコ!? お前、まさか――」
その手を伸ばし制止する秀人の声も虚しくスライムの群れは一掃された。そして、白い騎士風の少女は女の子の目の前に駆け寄り微笑む。
「もう大丈夫。スライムは全滅させたわ」
「……! うわあああっ!」
しかし、女の子は泣き出し騎士風の少女の差し出した手を弾いた。
「お前! 何て事をするんだ!」
女の子の前に立ち、秀人は騎士風の少女を突き飛ばした。少女は唖然としたままゆっくりと瞳孔を開くように表情を歪めた。そして騎士の少女は現在の世界情勢を秀人から聞き愕然とする。女の子の視線の先の斬り刻まれたスライムの群れを見て、少女は長い睫毛を伏せ歯を噛み締めた。
〈明けの明星〉と呼ばれたあの天変地異の日から世界は新世界となった。あれから日本はトゥルースケール開発のネットゲーム・ユナイトブレイカーと融合し、様々なモンスターなどと人類は共存する事となった。
初めの内はゲームのモンスターは戦うべき敵としてしか認識されていない故に日本はモンスターの出現した山や森の外周に激しい防衛線を引いたが、それは懸念に終わった。モンスターは人類に危害を加えなかったのである。加えて言葉も話せる為にモンスターは一月足らずでその地域に馴染み、各々に適した職業が与えられ今までと変わりない平穏な日々が流れた。そして現状の秀人は――。
「で、一体何なんだこれは?」
秀人は出前のカツ丼二つと天ぷら蕎麦一つが並べられるテーブルを見て言う。カツ丼の前にはナーコが座り、天ぷら蕎麦の前には秀人の祖父である大工朗である。あの後、半ば強引にナーコと呼ばれる少女に自宅まで連行された。
秀人自身もユナイトブレイカーで操っていたナーコが現実に現れた事で興奮してたのもあるが、記憶が飛んでいるという現代を理解出来ていないゲームキャラクターをこのまま野放しにしておけば、他人のペットのスライムやモンスターを殺してしまう可能性がある。警察に説明するのも厄介になるのも勘弁な為、ナーコの監視も兼ねてこの世界に適応できるように成長させなければならない。秀人は今朝、コンビニに朝食を買いに行った途中で出くわした事件を思い返していた。
(あの少女はペットのスライムを殺されたショックで意識を失ったから入院させた。ナーコはあくまでゲームのキャラクターという事で一応少女も納得し事なきを得たが、あの子の心の傷は永遠に残る。あの場所にゲームキラーの俺がいなければ警察に逮捕され世界で人気キャラのナーコが犯罪者扱いされて報道される所だったぜ。半日かけて記憶が曖昧だというナーコにこの世界の説明をしてある程度は理解させたが……にしてもいい女だな……)
目の前に座る美少女が、ゲームのキャラクターの一人という事にも驚きながらもこれは新世界において自分だけに与えられた最高の必然だと確信しながら口元を笑わせた。その足元では天草家のペットのスライムのスラトが猫缶を食べている。
「何つっ立ってんのよ? 冷めないうちに早く食べなさい」
「そうだ。早く食べなさい秀人」
(……くっ、押しかけの居候のくせに! じいちゃんもナーコに感化されすぎだ。だが何で今までゲームキャラだけは現れなかったのに今更になってナーコが……しかもゲームとは違いあんまり清楚じゃないし、言動も粗暴だ。まぁ、仕方ないか。記憶も失ってるようだしな)
様々な苛立ちを見せ秀人は椅子に座り出前のカツ丼を食べた。一心不乱にご飯をこぼしながら秀人のTシャツに着替えたナーコはツインテールを揺らし慣れない箸を扱い食べる。秀人はチラチラと大工朗の事を見ながら食べている。
秀人の叔父である天草大工朗は新世界において過去の大工の経験を生かし、武具鍛冶屋になっていた。これは秀人の叔父だけではなく、日本中の老人達は新世界における日本人全てが手にしているヒューマンスキル・エレキアイの視覚補助によりクリアな視界を取り戻した為、体力さえあれば過去の仕事に戻って活躍したり、過去の仕事を新世界に適応させた新しい仕事をしようとしている活動的な老人が増えていた。
エレキアイの力は基本的には視力の向上と自分の身体のステータスがわかる事である。自分の身体の異常がゲームキャラのようにわかる為にすぐに医者に行く事も出来、早期の治療が可能になり元気を取り戻す老人が増えたのは言うまでもない。ダンジョン外でも使えるエレキアイだが、通信機能は無く会話もネット閲覧も出来ない為、まだまだスマホは必須である。
「だいぶ食べられるようになったなじいちゃん。この半年でゲームの感覚が身体に馴染んでエレキアイも使いこなせればもうボケる心配は無いな」
「エレキアイには慣れたが、目の悪さをこの新世界に対応させただけで根本的な解決にゃなっとらんがのぅ。昔の大工仕事を応用した鍛冶仕事が出来るのは嬉しいけどの」
「大工?」
自分のカツ丼を食べ終わり秀人のカツに箸を伸ばしたナーコが聞く。刀と刀で切り返すように箸で自分のカツを死守し、
「……ナーコにわかるように言えば武具の鍛冶屋さ。ダンジョン内で獲得したアイテムは特殊効果は発動しないがほとんど現実に持ち帰る事が出来る。それは今まで美術品を買い漁っていたコレクターには高値で売れ、更にそれを強化出来る武具の鍛冶屋が儲かるという事だ」
「鍛冶屋か。ならエクスカリバーの情報を知ってる? 失った記憶ばかりだけど、エクスカリバーが重要なのは覚えているのよ」
「エクスカリバー……チャチなゲームに出てくるテンプレの最強武器か。まぁ、ネトゲーのユナイトブレイカーにも有り、ゲーム内ではエクスカリバーが世界を平和にする願いを叶える鍵として存在する」
「願いを叶える鍵。ならこの世界でもエクスカリバーが鍵になるのね」
「確証は無いが、その可能性は否定できないな。じいちゃんは近所のクエストプレイヤーの専用鍛冶屋だからそんなレア物は大きなダンジョンに出入りしている人間しか知らんだろう。キラー1の雨宮なら知ってるかもな」
「アンタが知らないなら仕方ないわね」
「反応が遅いぞえ秀人」
瞬間、秀人はナーコと大工朗がカツを一切れずつ奪った事を知る。
「明日はモンスターを倒していいダンジョンに連れてってくれるんでしょー。失った記憶も戻したいし体力つけなきゃね」
「ここからなら代々木公園の代々木の森がいいのう。あそこは地下十階までのローカルネットエリアなら初心者向けで安心だ」
カツを奪われた事など忘れ、ふと思った疑問を口にする。
「じいちゃん、武具にしか興味がないのによくそんな事知ってるな?」
「飲み仲間や客のバトラーに聞いただけだ。ナーコちゃんが人気なのも知っとる」
鍛冶屋の仕事で元気を取り戻しつつも、あまり笑顔を見せなかった大工朗も突然のナーコの襲来で昔の元気を取り戻した事に秀人は安堵する。幼少期よりずっと大工朗と共にしていた食事の仲間にナーコという美少女ゲームキャラが加わり天草家の中は一日にして明るく変化した。ある程度の世界事情を理解したナーコは生みの親である冴木宗助について聞く。
「……ゲームマスターの冴木が世界から消えたのはわかったけど、このゲームの最終的な目的は何?」
「目的というかこのゲームの報酬は一応どんな願いも叶える事。それが本当かは知らんが、ユナイトブレイカーのダンジョンに参加するバトラーはそれを目標に日々命がけのゲームに挑戦している。ゲーム内のナーコは世界平和の願いを叶えた。現実のお前は何を叶えるんだ?」
「アタシは……」
ふと、自分の願いを想像した瞬間、視界全体に闇が広がり頭が痛くなる。
「まぁ、冴木も半年以上何の告知もしないしどんな願いも叶うというのも胡散臭いからな。とりあえず今日起こった悲劇はあの子が退院しだい謝罪に行くぞ」
「わかってるわ。アタシだってこのモンスターと共存するこの世界の事を知っていれば……」
シュン……と顔色が曇るナーコに秀人はスラトを抱え肩に乗せ、
「気晴らしにゲームでもするか」
「……そうね。アタシに勝てるかしら?」
「フン、俺は天下のゲームキラー。キラー7だぞ?」
食事が終わり、三人は昔からいた家族のように対戦格闘ゲームに熱中した。
※
「ここが初心者用ダンジョンだ。ここなら弱いモンスターが群れで現れ効率良く経験値稼ぎが出来る。ユナイトチェンジして進入を開始するぞ」
翌日の夕刻、秀人はナーコと共に渋谷区の代々木公園中央にある代々木の森の奥の洞窟のダンジョン内へ侵入していた。ネットゲームのユナイトブレイカーと同じようにモンスターと戦うためのアバターであるユナイトチェンジを自身の身体に展開し、戦闘態勢に入る二人は階層が地下十階と比較的短いダンジョン内を歩いて行く。
秀人は黒い甲冑に黒いマントをはおり、黒塗りの鞘の日本刀を帯びている。ナーコは初めて会った時と同じく純白のマントに騎士風の出で立ちである。ダンジョン内は一般区域と違い、モンスターの出現がありそれらを倒す事で経験値やアイテムなどを貰える点は一般のゲームと同じである。ただ、ダンジョン内の死はコンテニューの効かない死である故に、トゥルースケール推奨の政府公認のゲームキラーか現実と空想の境目すらわからないネトゲ廃人バトラーや海外から参加する賞金稼ぎの溜まり場になっている。先頭を行くスライムのスラトはネズミ系の弱い敵を炎で燃やし倒す。
「スラト使えるわね。まさかモンスターを仲間にするなんて」
「スラトは賢いスライムだから当然だ。来る時にも言ったが、ダンジョン内で誰かに遭遇したらフードで顔を隠せよ。お前の存在がバレたらネット上で一気に広まりキラー7の真の姿はトゥルースケール代表の冴木とか、あいつを倒せばユナイトブレイカークリアとか言われても困るからな。雨宮のように上手くコメントをリリースするなんてできないしな」
「わかってるわよ。その雨宮って誰?」
「ゲームキラー最強のキラー1・雨宮学だ。文武両道に長け幅広い交友関係を国内外に持ち、オタク的なゲーマーの立ち位置を一気に一般層まで広げた革命児。俺が目指す存在でもある」
「へぇ、その男が今の世界じゃ最強なのね。じゃあその男がダンジョン攻略の先鋒ってことなのね?」
「そうあの雨宮が最前線のダンジョンを攻略し、失踪した冴木の居所を探している。この日本にユナイトブレイカーをインストールした以上、奴がダンジョンの中にいる事は明白だ」
「ユナイトブレイカーが日本全体にインストールされたのにダンジョン内でしかモンスターと戦えるユナイトチェンジが出来ないの? しかもダンジョンは限られた場所にしかないし」
「そうだ。日本全体にインストールされたユナイトブレイカーは基本的に森の奥などにあり、そのダンジョン周囲には警告文が張られていて死の危険性が有りそれを理解した者だけがゲームをするようになっている。初めの内は日本人だけでなく好奇心旺盛なトゥルースケールの信者の外人が押し寄せ死者が多数出たが、最近はあまり無意味な死者は出ていない」
「つまり、自己責任って事ね。政府もそれほど深く関与してないとなると皆がクリア報酬のどんな願いでも叶える権利は欲しくないようね」
「皆その報酬に興味はもっているが、冴木自身からの告知が半年以上無いから当初は盛り上がっていたゲーム熱も冷めてきているんだ。実際のプレイヤーももう三万程度しかいないしな」
「へー、でもアタシが登場した以上何かが起こるでしょ? あ、あれは敵よね。今度こそ敵よね?」
「あぁ、ダンジョン内の敵は自我が無いただの野獣だから倒していい。このダンジョンは強力なモンスターなどは出ない比較的楽なダンジョンだ。地下十階のボスを倒して日本中のダンジョンと繋がるJNDに侵入しない限り強力なモンスターは出ない」
JNDに入れば日本の各地にある様々なダンジョンに進み、日本中のプレイヤーと戦えるがログアウトは自由でログインした場所に戻る。JNDに入らなければ特殊アイテムが手に入らない故、プレイヤー達は必然と日本中の参加者と出会う事になる。ナーコはその説明を受けながらスラトの前に敵のチタンスライムが現れるのを見た。前を歩くスラトは炎がきかないのがわかり、すぐに秀人の肩におさまり交代したナーコは動いた。
「早くJNDに入りたいわ。敵弱すぎ」
シュパパッ! とナーコの剣が一閃しスライムの群れが一掃される。外と違い倒していいモンスターしか現れない為にナーコは活き活きとモンスターを倒す。ナーコのグリーンのHPゲージの下にある必殺技を放つ為のレッドのスキルゲージが徐々に溜まっていく。
(やはりモンスターが敵と認識してるだけあって容赦が無いな。俺はペットとして飼われているスライム系を見ると一瞬躊躇する。これなら聖子のダンジョン攻略の誘いを断らないで一緒に行っても大丈夫そうだな。ナーコは強い)
その瞬神の女神のようなナーコの強さを見て、秀人は思う。
「その強さならもうボスと戦った方が早いな。聖子達もここでレベル上げをしているって言ってたから近道で行くか」
「近道?」
その近道とは秀人のスコップスキルでダンジョンの一部を無理矢理破壊し、勝手にネットワークを書き換えて自分の好きな場所にワープ出来るようにしたものであった。
「このゲームのバグを利用した裏技だ。ここでならアイテムを百に増やす事も出来る」
「スコップスキルマックス? アンタ……変なスキル磨いてるわね」
そして、地下十階まで到着しボスが現れる。見た目はあどけないおかっぱ頭の少女だが身体全体はブロックのように構成され防御力が高く、そう簡単にはダメージを与えられない。ふと、秀人は黒刀を抜きナーコの前に出た。
「……どういう事だ? ロリ属性のブロックドロリは中ランクのダンジョンのボスだぞ? まさか最近裏ルートが出現した事でボスに変化があったのか……っ!」
有無を言わさぬ高速のブロックドロリの拳が秀人の足元をかすめる。瞬間、ブロックドロリの首が飛ぶ。背後を振り返る秀人は、青く輝く目で敵を見据えるナーコを見た。
「ナーコ。こいつはそれなりに強いぞ。ロリ属性は恫喝するような連続攻撃が有効。俺がやるか?」
「見た所、ソイツは再生能力があるわね。……アンタの力も見たいから任せるわよ」
「良い観察眼だな。それがブルーリーアイか?」
「そうよ。遠くから見てもある程度は相手を知れるし、触れれば相手の癖や弱点、この世界じゃ人間の持病までわかるわ」
「それなら俺のパートナーとして背中を任せられそうだ。そろそろこのゲームの本質に迫るゲームキラー達が戦う難攻不落のダンジョンをクリアする為の相棒が欲しいと思ってたからな」
「背中を任せられるかは奴を倒してから。来るわよ――」
斬られた頭を装着し、肌色のブロックが青や赤のカラフルな色彩になり再度ブロックドロリは襲いかかって来る。軽快なステップから一気に仕掛ける秀人は連続斬りをくらわす。カラフルなブロックが細かく切断され、ブロックドロリが地に伏せた。
「ここまで砕けば再生しない。行くぞ……」
ナーコが口元を笑わせると、秀人の右耳に衝撃が走る。ズザッ! と床を転がり突如の不意討ちに対応しようとするが、脳が揺れて平衡感覚を保てない。
(……どういう事だ? ブロックドロリは再生しないレベルまで刻んだのに)
背後には小さなブロックドロリが丸い目をパチクリさせて立っていた。その攻撃を回避し、必死になって周囲の状況を確かめようとするとそこには小さなブロックドロリが三十ほど存在した。
「切断された各々のパーツが独立して再生し動いてるのか? 進化系? スラト、アイテム欄に戻れ」
「それはブロックドロリ2。推察の通り進化系よ」
スラトは自分でアイテム欄に戻る。フッと笑う秀人はHPゲージが減った事に憤りを感じ、無機質な瞳になると同時に一気に動いた。全てのブロックドロリ2は一分の間に砂のようになるまで粉砕された。黒い鎧から死を排出するような黒い蒸気が上がる。薄笑いを浮かべ、刀を鞘に納めた。
「独立して動くなら全てを粉々になるまで仕止めればいい。おかげでいい経験値稼ぎになったぜ」
(黒い蒸気……この男呪われてる? ただのモンスターに対しての怒りじゃあそこまで粉々にする必要性は無い。相手の死骸が黒く染まるのは呪われてる証拠……)
ブロックドロリ三十体分の経験値を手に入れる秀人にナーコは思う。すると、祝福の音色が空間に響き渡り日本中のダンジョンと繋がるJNDの扉が開いた。何のためらいもなく進むナーコを引き止める秀人は来る前に持ってきたペットボトルを渡す。ダンジョン内でポーションを飲みHPを回復しても水を飲まねば自身の身体は潤わない。それは飯の問題も同じでゲーム内のアイテムを食べても本当の空腹は満たされない。それがユナイトブレイカーという現実とゲームの相違点だった。この先を進めば攻略組のゲームキラーの連中と出会う可能性が高く、秀人は顔をしかめつつ扉の前へ進む。
ネットユーザーからはキラー7は確かに強いが堅実すぎて面白味が無いと言われ、英雄的存在であるゲームキラーとしてのスター性が無いという事に悩んでいた。冴木宗助が選抜したゲームキラーはそれぞれが独立して活動しており、ゲーム業界だけではなく芸能界にも活動の幅を広げアイドル的活動をしている者もいる。この世界の様々な事を学んでいくナーコはだんだんと失われた記憶が戻ってきそうな気がした。
「へー、学ぶ事は色々ありそうね」
「そうだ。だから進むぞ。俺はお前を最高の女にしてやる」
「アンタにそれが出来るのかしら?」
「当然だ。俺がゲームキラー最強のキラー1になるんだからな」
「アタシの後ろに立たないで」
ゾクッ! と身震いがしたナーコにパコッと後頭部を叩かれた。
そしてJNDの虹色の扉を二人はくぐる。
そこは先が見えぬ一本道が続く真っ白な空間。そのどこまで続いているかわからない道筋を見据え眉を潜める秀人は、
「何だここは? JNDには侵入していない? 入れば日本中の人間と出会うからな。これは誰かが進んだ隠しルートに入った……だからダンジョン内が変化している」
「? 随分遠くで何かが光ったわ。誰かが戦ってるのかも」
「そうか。嫌な予感がする。急ぐぞ」
二人は一本道を高速で駆け抜ける。そこにはブロックドロリに襲われ苦戦している二人組みの男がいた。そのフロアに足を踏み入れた瞬間チロリンッ! という音がする。ハッと何かのトラップにナーコは備える。
「この音色はレアアイテムや隠し扉などがあるという部屋だという音色。中ランクまでのダンジョンにはこの音色が鳴る――そこの二人、後退しろ。ここは俺達が戦う!」
「! お前、まさか黒百合の騎士? 助かる!」
瀕死の仲間を助けながらその男は後退する。一気に目の前のブロックドロリを倒し、ポーションを二人組に投げた。瀕死の男はそれで回復し、秀人に感謝する。しかし、秀人の視線は新たな敵に向けられている。ナーコは白いマントを翻し剣を構え、
「しつこい敵ねー。そうこうしてる間に四方を囲まれたわよ。ブロックドロリ2がおよそ百ね。再生するから一気に駆け抜けるしかないか」
「いや、ここは倒さないと次の扉が開かないステージだ。再生できないほどに刻んでやればいいさ。ここを攻略すればボスとの対面だろう。必殺技で蹴散らす!」
溜まっていたスキルゲージの十分の一が消費され、黒刀に黒い粒子が収縮していき黒い刀が更なる闇色に染まる。そしてカッ! と目を見開き下段に刀を構え――。
「――ブラックサレナ!」
円を描くように振られた黒刀から闇の狼のような波動が展開し、一気にブロックドロリ2を飲み込んだ。闇の中で蠢くその群れは身体が溶け出し再生される事も無い。そして、全てのブロックドロリ2が消滅すると、上空から黒い布が降って来た。その見覚えがある黒羽織をつかんだ。
「黒縮緬の羽織……そしてこの幻の家紋は高杉家の羽織。まさか隠しルートに入ったのは幻覚か?」
ゴクリ……と息を飲み秀人は思考をある男に集中させる。その高杉幻覚という男はかつて秀人が通っていた剣術道場の息子の名前で、その幻覚に彼女である玲奈との三角関係の末、秀人がフラれたという経緯がある因縁のある相手である。そんな事を知るよしもないナーコは新たに開いた虹の扉を見た。
「これは幻覚が仕組んだ罠。あえてここに羽織を残したんだ。俺への復讐の為に」
「復讐? 誰だか知らないけどここで考えてもらちが開かないわ。先へ行くわよ」
「……そうだな。この先に答えはあるだろう」
すると、回復したバトラーの男が話しかけて来る。
「お前……ゲームキラーだったな。ここのダンジョンに同じ人物が五十回侵入を到達すると発生するクエストに気が付いたか……」
「新しいクエストが追加されただと?」
バトラーの男の言う言葉に半信半疑になりつつも指を空中に動かしメニュー画面から代々木の森の洞窟についての詳細を見る。すると、新規クエストで最下層の五十階に魔王ミューコルの出現と、討伐クリアとして闇属性最高の刀の元となる魔王の小槌が貰えるとある。冷や汗が流れる秀人は焦りの表情のままナーコを見る。
「魔王ミューコルはユナイトブレイカーの魔王だぞ……開発者の冴木は何をしたいんだ?」
「魔王なら相当強いのね。今度こそ私の出番だわ」
「いや、強いには強いがこいつを倒しても真のラスボスが別の場所に控えてるから倒した後にセーブが出来て、何度でも倒せる魔王の中でも不遇の魔王として有名な奴だ。もしそうなら、無限に復活するループボスを命を危険に晒してまで戦う必要は無い。ザコダンジョンにこんな奴がいたら死傷者が増えるばかりだ……急ぐぞナーコ!」
「やっとやる気になったのね……ってちょっと待ちなさいーっ! 腹ごしらえさせなさいよーーっ!」
助けた二人組みに脱出のカプセルを与え二人は次のステージに足を踏み入れた。
嫌な不安感が全身を支配したまま、旧友の高杉幻覚を思い出し秀人は駆ける。
――そこは血にまみれた地獄だった。
相変わらず白い無機質な空間が続いているが、その壁や床は血まみれになっている。ダンジョン内で死亡した人間は消失する事から、この血を流した者達は死に絶えたのだろう。鼻を覆いたくなるような生臭い匂いの中を行く。この状況は明らかにここの敵は強いというのを物語っている。
「血……だな。モンスターは青い血だからこれは人間の血。だが、量が多いな」
「ここは単純なダンジョンじゃないの? さっきからとんでもない仕掛けだらけよ」
明らかにいつも秀人が利用しているダンジョンとは違い、強力なモンスターがJNDでもないのにも関わらず多数出現している。不可解な変化を催す謎のダンジョンのモンスターをなぎ倒し進んで行くと、一体の禍々しい身体つきをしたガーゴイルのバキュラが呻き声を上げていた。
「あれは……まさか聖子?」
そこには三人の少女達がいる。しかし、すでに時遅く三人組の女パーティは死に絶える寸前だった。駆け寄る秀人はバキュラを倒すが二人は消失してしまう。
そして最後の一人の手を掴む。それはネットでの交流があり、高杉幻覚の妹である高杉聖子であった。
「聖子! 何があった? このダンジョンは幻覚が変化させたのか?」
「いえ違うわ……地下十階でボスを倒してから私達は隠しルートを探している幻覚達と行動を共にしていたらいきなりこうなった。丁度、一時間くらい前に突如このダンジョンが変化したの……うっ!」
「今、ハイポーションをやる。死なせないからな」
しかし、メニュー画面を開き取り出したハイポーションを聖子はそっと手で押して返した。その微笑みは、透き通るように鮮やかである。
「もう私はダメよ……それはこの先のボスに取っておいて」
「何を言ってる! お前は中学時代から一緒の仲間だ! 死なせてたまるか!」
もう力が無いはずの聖子の手が秀人の手に触れた。それは力強く、その冷たさが秀人の涙腺を破壊させた。そして、聖子の手が秀人の黒刀に触れ血が流れ込む。
「この刀に私の血を注ぎ込む。この黒刀は味方の血で強さを増す刀。だから最強の刀にしてあげる」
「やめろっ! お前はまだ生きてるんだ! 諦めるなっ!」
「……ボスの間にダンジョンが変化してはぐれた幻覚達がおそらくいるはず。このダンジョンには私の所属するゲッコー盗賊団の連中もいるから気をつけて。もう時間が無い幻覚と仲直りするのよ……」
瞬間、聖子の身体は粒子と共に消失した。黒刀は強化されるが、声を失う秀人は床に手をついたまま嗚咽を漏らす。その姿をナーコはじっと見つめている。未だ生きているモンスターの声に真っ黒な瞳で見据える秀人は息を吐く。ナーコが瞬きをする一瞬で、止めを刺し消滅させた。
「……聖子が言う一時間前なら丁度俺達がダンジョンに入った頃だ。その間、この中のプレイヤーが何かをしたんだろう」
「ゲームに隠し要素はつきものよ。現実にコンテニューが無い以上、あのモンスターと出会った時点で彼女達の命運は尽きていたはず」
「……バキュラはAランクのダンジョンのザコキャラだが、ここを主な戦場としてる人間が勝てるわけがない。早く隠しルートをクリアしないと、死者が果てしなく増えるぞ。俺が聖子のダンジョン攻略の誘いを断らなければこんな事には……」
「別にいいじゃない。自分で死ぬ可能性がある場所に来てるんだから」
「この聖子の絶望に伏した顔を見ろ! そしてこの血の温かさを知れ! これが人間の痛みから流れる血だっ!」
天変地異でユナイトブレイカーというゲームの中から飛び出したナーコは少女の死体から流れるまだ温かい血に触れ人間の痛みという現実を知った。激情を露にする秀人に驚きながら目を見開くナーコは真上を見上げながら記憶の濁流に呑まれるような顔をしている。
「これが人間……何故か記憶が少し戻ったような気がする。ボスまでは左に曲がってからずっと真っ直ぐね」
「そうか……聖子の仇は俺が討つ。幻覚などに先はこさせない」
そして、軽い気持ちで足を踏み入れた一時間前とは全く別人のような顔でボスの間へと進んだ。




