虹の光
決着がついた二人は三日月を肴に大工朗の猪口で酒を飲んでいた。
しかし秀人はすぐに吐き出し唾をはいて口の中の酒を無くそうとしていた。
すでに消失寸前の屋根にもたれて動けない大工朗は言う。
「システムアシストに頼らずに動く極意は人を斬る時と同じ呼吸。世界を巡る空気を自分の血液に馴染ませる。それが出来ればスキルゲージに頼る事もなく体力の消耗を抑えながら自分の身体を使うオリジナル技を使えるだろう。いわば明鏡止水の境地」
「明鏡止水……」
その言葉が自身の中で血液のようにめぐっていくのを見た大工朗は猪口で酒を飲む。
「孫と酒を酌み交わすのが僕の最後の夢だったんだが、無理矢理になってしまったな」
「ん? まぁ、いいさ。一応ながら果たしたって事で」
「お前の親父も下戸だったから遺伝かな」
「そうだったのか? でも俺の親父はじいちゃんだよ」
死期が近い大工朗は微かに目に涙を浮かべ弱く笑う。そして、東京ビッグサイトがある有明海の方角を指して言う。
「あれを見ろ秀人」
「あれ? あれ……あれは――」
虹が架かる有明ビッグサイトの方角に巨大な一棟のビルが見えた。上空には願いをかなえる願望器であるユナイトゲートがあり、そのビッグサイトの真後ろに位置するビルを秀人は誰よりも知っていた。そこは新宿の一等地に建造され、ユナイトブレイカーのダウンロードと共に消失した冴木宗助の居城。
「あれはトゥルースケール本社ビル……何で……どうして……」
そこに立っているのはまぎれもなくトゥルースケール本社ビル。ビッグサイトの後方に黒船のように鎮座する巨大なビルはトゥルースケール本社だった。その頭上の夜空には夜にも関わらず虹が架かり、展開するユナイトゲートと共に異様な雰囲気をかもちだしていた。
「あれがスノーホワイトの真の居城。ビッグトゥルースケールだ」
「まさか……国会議事堂を占拠したのは、世界の目をここに集中させる為――」
これでキラー1であるスノーホワイトの腹心である雨宮がこの場所にいないのが説明出来る。スノーホワイトはエンディングを迎える地である有明ビッグサイト後方に居城を構えていた。その城の外見は皮肉にもトゥルースケール本社ビルと同じ外観だった。いつのまにか雪が降り始め、吐く息も白く手足の先まで冷えてきた感覚すら忘れさせるほどの激情が秀人の全身を駆け巡る。ユナイトゲートは虹色の輝きを増していき虹の太陽であるシエルレクイエムへと変貌した。
「これで願いを叶える願望器であるユナイトゲートはシエルレクイエムへと進化した。この光は人類に新たなる規律を与え、シエルレクイエムが終わり次第エクスカリバーにあのエネルギーの全てが宿り、アタシは人間として転生し聖王スノーホワイトが君臨する世界を築いていく事になる……」
トゥルースケール頂上にてエクスカリバーを掲げるスノーホワイトは真上にある人の死のエネルギーを宿した欲望の虹の太陽に思いを馳せる。
舞い振る雪の寒さすら忘れている手を、しおれた手が触れた。
「……あそこがスノーホワイトの真の居城。あそこでシエルレクイエムは行われユナイトブレイカーはエンディングを迎える。生きて、勝てよ秀人。惚れた女一人、勇者なら手に入れてみせ……」
「じいちゃん!」
舞降る雪が鎮魂の音を鳴らすように大工朗は穏やかに瞳を閉じ、炎が遺体を焼いた。
白い雪が荒れ狂うように夜空を染め上げ、屋根部分も消失する寸前の聖王宮殿を包み込んで行く。
これで煉獄の天空城と盟友離別の日である二人の日が終了した。残るイベントはユナイトブレイカーエンディングであるシエルレクイエムである。
だが、それを迎えるにはこの死のダイブを生き残らなければならない。
(……この高度から地面に落ちたら確実に死ぬ。ここまで来て死ぬわけには……)
消失した聖王宮殿から落ちる秀人を助ける者はいない。すでに地上までは一分ももたずに激突する。身体は視界を覆っていた白い雲を突きぬけ、暗い奈落のような地面が見えた。
(刀を突きたて……いや、左腕を犠牲にして……それじゃ駄目だ……)
様々な思考を巡らす秀人の瞳に地面は大きく迫って来る。すると落下ポイントに二十人ほどの連中が見えた。その一団はっきりとは見えないが白い制服に身を包んでおり、各々に武器を持っていた。
「イベント終わり早々に敵か? 手が早いもんだ……ん?」
その白服の一団は何故か敵であるはずの自分に手を振っていた。だんだんと秀人の胸が熱くなり鼓動が高くなる。それはテンプレ学園のクラスメイトだった。
「来い! 受け止めてやる!」
そばにいる全員は髪の青い少年の青崎に防御スキル・フィジカルガードを重ねてかけ、身体の防御力を強化させる。待ち受ける青崎は自分の身体で秀人を受け止めた。激しい衝撃が青崎の全身を伝い、あばらや腕の骨が折れた。
「痛ぇ……!」
「バカ野郎! 死ぬつもりか?」
「死ぬつもりは無ぇ。お前を助けにきたんだからな」
大怪我を負いながらも青崎は言い、すぐに吹雪などの女子に回復アイテムなどで手当てを施される。今いる河原の周囲には遠くから何かが迫ってきていた。それがスノーホワイトの息がかかっている敵であるのは間違いなかった。数秒で回復など出来ないが吹雪は青崎を他の女子に任せ、秀人の回復に専念する。激痛に顔を歪める青崎は拳を突き出し言う。
「行け、ぜんぶ誤魔化す。仲間を信じろ。お前は一人じゃない」
「でも……」
この状況でクラスメイトを残していけば全員殺されるだろう。今のスノーホワイトは何をするかわからない故に秀人は動きたくても動けない。
「行けよ天草。もうすぐエンディングだろ? 人間とゲームキャラの恋愛ってのを見せてくれよ」
「そうだ二次元バカ。ここは任せてケリをつけて来い!」
「天草君。早くこの世界を安定させて」
そのクラスメイトの言葉に秀人は強く拳を握り締め頷く。
そして、青い甲冑を着たキラー1・雨宮の姿が目前にまで迫って来る。
「回復が効かない。どうしよう秀人君……あっ、天草君」
「これはゲームスキルで受けた傷じゃないから回復はしないんだろうな。自分の身体を酷使した傷みは自然治癒しかない。でもありがとう。だいぶ楽になった気がする。回復のスキルもだいぶ上がったな」
回復を止めた吹雪は自分の白いリュックを秀人の胸に押し付けた。
「回復は無理だったか……死なないでね天草君」
「……ありがとう。俺がユナイトブレイカーをクリアする!」
すると、近くに迫ってきている青い騎士の背後に大波が現れた。それは雨宮学の必殺技である津波の中から千の刃が繰り出されるラピスラズリ――。
『――!?』
その場の全員はラピスラズリに呑み込まれ、激しいダメージを受ける。不意をつかれた秀人は渡されたリュックが呑まれ中身は二缶のカンパンのみが残る。それを見た青崎は真っ先に立ち上がり、迫る青い騎士に剣を突き出し、
「相手がゲームキラーだとしても俺は引かねーぞ。俺達がお前を守る……だからお前が俺達を守れ! お前は一人で戦ってるんじゃないんだぞ秀人!」
「……あぁ! 俺もお前達を守る!」
涙を散らしながらリュックを背負う秀人はわき目も振らず駆けた。
燃え尽きた聖王宮殿から脱出した秀人は幻影で自分の身を隠し高杉家と合流できずにその身を闇に潜めた。決戦の地である東京一帯の誰からも援護を受けられない中、イベント開始の三月三十一日まで逃亡を図る。降り出した時期外れの雪が日本だけでなく世界をも包み込み、各都市を白銀が埋め尽くした。
体重は落ち、血圧は下がり、まともに睡眠すらとれずにいても秀人は決して希望を失わない。秀人の覚悟は歪な融合を断つ者・ユナイトブレイカーであった。
幻覚から貰った遺品である日本刀・幻無を高杉家の幻武館の刀架けに置き、無言のまま無人の道場を後にする。ジョブが黒百合の騎士からユナイトブレイカーにクラスチェンジし、砕け散った鎧を脱ぎ捨て幻覚の黒い着物を身に纏っていた。
そして、降り続く雪は一向に止む事もなくシエルレクイエムの日を迎えた。




