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エクスカリバー

 荒い土の岩盤が目立つ大きな空間にナーコとキエサが対峙している。

 二人の衣服には傷が多々あり、激闘が繰り広げられているのが伺える。


「冴木、中々やるわね。おかげで記憶の全てが戻ったけど」


「戻ってもらわねば困る。私の復讐はここで終わるのだからな」


 その少女キエサはユナイトブレイカーの開発者冴木宗助だった。ナーコを憎んだ恨みの心の隙間を利用され自我を失い誰も憎む者がいなかったナーコを倒そうという意志が宿る人間。そういう人間を冴木は半年間都庁のローカルネットに潜伏しながら探し続けていた。秀人がユナイトブレイカーをクリアした日、世界をゲーム世界にしようと目論んでいた冴木はナーコの裏切りにあい始末された。だが、一命を取り止めナーコとの戦いで傷つき死に絶えそうな身体を精神と切り離し、激情を秘めた人間と融合する事で更なる力を得て復讐を決意する。

 まさかそれが入院する小学生の少女とは思いもよらなかったが、ナーコを怨む思いは本物だった為に融合した。そして現在に至る――。


「私は演技が上手くてね。キエサはいいキャラだったろう? 最高のロリキャラさ」


「ただの道化よ」


「言ってくれるな。何故、私が背後から来ると思ったのにファナティッククライシスを受けた? 通常の攻撃なら回避していたのか?」


「アンタは基本人間の死角から攻撃を仕掛けてくるから逆に読み易いのよ。だから背中のマントをシャイニングベールで包んで防御していたの。ファナティッククライシスを受けたのはアンタとサシで戦る為よ」


「ほう、力を常に背後に使っていたか。だから今までの戦闘は少しパッとしなかったわけだ。記憶の混乱からも開放されて気分はどうだ? 魔女よ?」


「アタシは魔女じゃない。聖王よ。早くエクスカリバーの在り処を吐きなさい。テンプレ学園に通っていた時、どの生徒たちもエクスカリバーはこの世に存在していないと言っていた。でもこのオンライン接続が解除されたローカルネットならあるはずよ。アンタのアジトだしね」


「ここに眠る全ての願いを叶えるユナイトゲートを開く鍵である聖剣エクスカリバーは渡さない。お前は聖王になどはなれない。お前は私が生み出したゲーマーに愛でられるだけのただのゲームキャラクターだからだ!」


「そう、アタシは愛されてるから王になるのに誰も疑問は抱かないわ。アンタには感謝してる。ありがとう、そしてサヨナラ」


 一瞬、女神のような感謝の言葉の後に絶望の福音を知らせる声色が響き、地面が隆起した。二人の間に地面に突き刺さる一本の剣が現れる。それは五光に輝くまばゆい光を帯び、扱うものは世界を手に入れるだろうというのが誰にでも想像できるような剣だった。それはまさしく聖剣・エクスカリバーである。


「エクスカリバーの封印を解いただと……? 久しぶりに見るが間近で見ると、剣に詳しくなくてもあの剣の聖なる力が否応なしにわかる。ゲームをやるたびに最強の剣がエクスカリバーだというのが納得しきれずにいた自分を毎回恥じるほどの素晴らしき剣だ……」


 エクスカリバーの光合しさに冴木は過去の自分の考えを改めた時の事を思う。それは見るものの本質から変えてしまうような光の聖剣で、信仰や崇拝の類いの象徴になる絶対不可侵の聖なる力である。

 さも当たり前のようにナーコはその聖剣を抜き、構えた。


「これはアタシ専用の剣。だから近くにあればアタシに反応して現れるの。残念だったわね」


「……お前専用にしたのが仇になったか。やってくれるな魔女め」


 全身を震えさせながらナーコの持つエクスカリバーを見た。その剣はまさに女神そのもので、その剣を振りかざす者の行いは全て絶対的な正義とみなされるであろう。ルーンセイバーから聖王になりつつあるナーコは高々とエクスカリバーを掲げ、冴木に断罪の一撃を加えようとする。


「二人でこの世界を支配する話は面白かったわ。でも世界に王は二人必要無いの。アンタにはここで消えてもらう」


 後ずさり、すくみ上がる冴木は胸ポケットから何かの小さなスイッチを取り出した。そんな物で何が出来る? と鼻で笑うナーコは次の言葉で衝撃を受ける。


「これはこのローカルネットそのものを消すブレイクログアウトの起動ボタン。はめられたのはお前だナーコ!」


「……アンタ! ここまで読んでいたの?」


「あぁ、最悪の事態に備えてそんな事は読んでいたさ! 私は完全なゲームマスターではないからな。お前の記憶さえ戻り、エクスカリバーを手にすれば次のイベントが起こる条件はクリアされる。つまり、お前が死んでも私がスノーホワイトのアバターを引き継ぎシエルレクイエムを終わらせる。聖王降臨はシステム上はここでやったと判断されてるのさ」


「その為にこのローカルネットに誘い込んだのね……どうりで上手く行き過ぎてるわけだ」


「――このアジトごと消え去れ!」


 ローカルネットが消失するブレイクログアウトのボタンを押した。と同時に冴木の身体はエクスカリバーによって貫かれる。

 一瞬遅かった……とういうナーコの顔と、ククッと勝ちを意識する冴木の笑みが真っ白な光に包まれて行き――アジトは消滅した。





 都庁最上階左ヘリポート。

 夕日が目に射し込み、やや強い風が流れる東京都を一望できるその場所に秀人は倒れていた。その傍らでは幻覚が誰かとスマホで通話している。東京の空の雲が夕陽に照らされ橙に染まりながら流れスッ……と秀人は目覚める。ここはどこだ? と思いながら風であおられる髪をかきあげる。すると電話中の幻覚と目が合い、この場所がゲッコー盗賊団のアジト内でない事を理解した。


「……わかった」


 言い、幻覚はスマホの電源を切る。


「外で待機させていた玲奈からだ。どうやら地下のアジトは消えたな。いや、冴木自身が消したと言うべきだかな」


「消えただと!? そしたらナーコは!」


 冴木の予言通り離れ離れになったナーコが死んだなら秀人は自分自身を一生許せなくなる。感情が激しく高まるのをある声が止まらせる。その声の主は三十過ぎの紫の長い髪が流れる神経質そうな顔色の悪い男だった。その男の身体から発するブルベリーの香りが風に流され二人の鼻腔をくすぐる。


「君達も脱出していたか……。よくアジトを消滅させるとわかったな。つくずく嫌気が差すよ。自分が選んだニート風情のゲームキラーにはね」


「……冴木。貴様は一体何がしたい? 貴様という奴は……」


 ナーコがローカルエリアと共に消失した事で秀人の怒りはマグマのように沸騰し、鎧の周囲にはバーサーカー状態になるアサルトシュラウドを展開しそうな黒い呪いの霧が立ち込めている。心臓が激しく収縮し、全身に循環する血液が行き場を失うかのように口元から吹き出る。しかし、怒りで力を増幅させ我を忘れ始めている秀人にはその痛みすら気がつかない。その間、冴木は幻覚と語りだす。


「……その様子だと、危険を察知したのは高杉のようだな。天草は強いがニートに過ぎん。最後に倒さないといけないのはオリジナルの技を自在に使いこなすお前のようだ」


「倒されるのは貴様だ。開発者の癖にゲームキャラに全てを奪われた貴様自身だ」

「何を知っている? まさかもうこのゲームの真のボスに気がついているんじゃないだろうな? 答えろ高杉っ!」


「わめくな朴念仁。相方の玲奈が自慢のエレキスキャナーでこの世界の本質について調べている時にお前の会社の役員を見つけ、命を助け海外に高飛びさせる見返りとしてユナイトブレイカーの続編の話を聞きだした。トゥルースケールの社員が全員、明けの明星以降に姿を消したのは貴様が始末していたからのようだな」


「余計な真似を……あれはボーナスステージとして追加しようと思っていたエクストラダンジョン。ナーコを主人公と対立させ、物語を更に盛り上げようという仕組み……あまりに内容が膨らんだ為に続編用に書いていたプランだ。ナーコが裏切る以降のストーリーは考えていない」


「それが問題だったんだ。貴様の計画の乱れの本質はそこにある」


「何? お前はまるで全てがわかった上で行動しているように感じる節があるが、どういう事だ? 何故アジト消失がわかった? 玲奈という女とは通信は取れなかったはず」


「簡単な話だ。司令室が消え、内部サーバーなども秀人に破壊された以上、貴様はあのアジトでは何も出来ない為にすでに外にいると確信し、外まで戻って来た。ローカルネットなどという場所に閉じこもってるかと思いきや外にいる……逃げ足だけは超一流だな」


「黙れ……」


「そもそも世界中にインストールされるはずのユナイトブレイカーは日本に広がったのみ。始めこそ全世界から日本に数億の人間が押し寄せゲームに参加したが、すでに残るプレイヤーも一千万程度。そして攻略出来る人間は俺達のみ。冴木、残念ながらこのゲームはすでに世界が注目してないようだ。興味はあっても、実際に自分の身体を使って戦う事などしたくない。死んだら全て終わりだからな」


「黙れ……」


「お前のゲームは全世界でヒットした。が、それでも知らん奴は知らんし、自身が生み出したキャラを制御できないお前如きが世界の覇権など握れるものかよ」


「……黙れカスがああああーーーっ!」


 顔を引きつらせ一気に駆けた。獰猛な獣のような冴木の右手にはエクスカリバーを出現させ死を導く突きを繰り出す。


「幻覚っ!?」


 激情に任せた単純な突きを回避できずに幻覚は胸元を貫かれ血まみれになる。瞳孔が開き、口からツツーと一筋の血が流れる。


「この聖剣に威圧されて動けなかったようだな。次は貴様だ天草……」


「それはどうかな?」


「? 何っ!」


 突き刺さるエクスカリバーから脱っし、ガシッ! と瀕死のはずの幻覚が冴木の身体を羽交い絞めにする。その力は死に絶える者の力では無く、生者の力である。唖然とする秀人の耳に、幻覚の声が響く。


「よく見ておけ秀人。これが幻武幻影流・奥義・有幻影」


 スッと冴木の背後に現れた幻覚は幻式を叩き込もうと構える。


(有幻影……まさか幻影を昇華させ、実体にまで引き上げたのか? あれが奥義――)


 口を開けたまま秀人が奥義の本質を思考していると、瞬時に背後の本体である幻覚は刀を抜き、構えようとするが手に力が入らないのか刀を落としてしまう。心臓を抑えながら肩膝をつく幻覚は、


(こんな時に……心臓が……まだ死ぬわけにはいかんのだ!)


 瞬間、有幻影が消える。


「隙が出来た? ――消えろ高杉!」


 その刹那。ブウウウウウオッ! と悪鬼のような呪いのオーラが冴木の顔面を襲い、エクスカリバーを払い受けた。そのまま冴木は黒い呪いの騎士に変貌する秀人に圧されるまま剣劇を繰り広げる。


 全身に纏う呪いのオーラが戦う二人を誰も邪魔させないように発生し、幻覚は目を細めながら見守る。心臓に手を当てる幻覚は刀を地面に突き立てたまま動けない。都庁の上空は夜の闇を早く呼び寄せるように白い雲が黒く染められて行く。激烈に響き渡る互いの剣の応酬が天を打つように雷鳴さえとどろかせた。すでに折れる寸前の秀人の黒刀は呪いのオーラで修復されており、その切れ味は増している。


 しかしエクスカリバーに対抗するには強度が足りず、幾度と無く欠けては修復、欠けては修復を繰り返している。すでに秀人は人間の闇そのものに近づきつつあり、このまま行くと呪いそのものに取り込まれ、闇の化身に堕ちるであろう。その時、感情を露にしない幻覚が一心不乱に叫んだ。


「秀人っ! そのままでは大工朗の思いを無為にする事になる! そんな呪いの一つ、乗り越えて見せろ!」


 その言葉も虚しく秀人には届かない。すでにナーコを失った事による悲しみから今までの不安、疑心、怒りが暴発し呪いに心を呑まれ闇に堕ちている。フー、フーと呼吸を安定させ心臓の痛みを和らげ、幻覚は秀人を見据える。

 その瞳は優しく、かつての友を助けようという気持ちしか感じさせない瞳であった。ブンッ! と夜になり始め冷えてきた空気を切り裂くように刀を一閃し動いた。冴木は目の前の闇を笑い、


「……その呪いの力に呑まれて人間を止めるつもりか? ゲームキャラに恋をして傷ついたからといって私にそれをぶつけるのはナンセンスだぞニート君!」


「ぐああああああっ!」


「幻武幻影流・二式・乱れ髪!」


 ズバババババッ! と荒れ狂うように戦う二人の間に割って入るように乱れた髪のような突きの応酬を繰り出した。その直撃を受け聖剣と黒刀の男二人は吹き飛んだ。そして倒れる秀人の上に馬乗りになり、


「あの剣はこのゲームの死者のエネルギーを宿した剣! 人間の命を喰らって願いを叶える剣が聖剣であってたまるか! それでも貴様は鍛冶屋大工朗の孫かっ!? 正気を取り戻せ!」


 バチンッ! と激しく頬を叩かれ秀人は正気を取り戻す。こう頬を叩かれたのは人生で二度目だった。一度目は幻武幻影流から去る際の玲奈と別れた時。そして今度は玲奈を奪った男である幻武幻影流の後継者である高杉幻覚――。

 玲奈と別れ、剣の道を断ち、全てを失いゲームの世界に逃げ込んだ時の痛みの記憶が鮮明に甦り、一撃で正気に戻る。これは、かつての盟友高杉幻覚だからこそ出来る事であった。


「手間をかけさせるな……俺にも時間が無い」


「……幻覚。俺は……」


「好きな女の為に死ぬ気になるのはいいが、我を棄てて勝っても残るものはないぞ」


 そうだな……と言うように秀人は微笑した。

 二人は出会った頃のような顔で微笑み合う。

 その安らぎもつかの間、幻覚は心臓を抑えうずくまる。


「どうした幻覚? それはミューコルの呪いか?」


「これはただの病だ。お前の解けるはずの呪いと一緒にするな」


「解けるはずの? じゃあお前の呪いは――幻覚っ!」


 心臓の活動が停止したように幻覚は倒れた。同時に、頭上に白い聖剣が迫る。それを回避する術は秀人には無い。


(! 回避出来ない! 死ぬ――)


 瞳を閉じる秀人の頬が切れ、血が飛んだ。死の痛みとはこうも感じないものなのかと目を見開くと、一本の刀がエクスカリバーを受け止めていた。それは意識を失っているはずの幻覚の刀だった。秀人は切られた頬に手を当てながら、


「頬を軽く切ったのは幻覚の刀だったのか……意識を失いながら俺を助けた……」


「夢想剣。意識を失いながらも剣を振るうとは、正に本物の侍だな」


「当たり前だ。幻覚は侍の中の侍だからな」


 自分の黒刀を繰り出し、冴木は大きく後方に飛び下がった。幻覚を床に倒し立ち上がる秀人は、


「冴木、お前が入れ替わっていたあの少女はどうした?」


「ククッ。殺してはいないさ。あの姿の状態でナーコにやられたが、エリクサーで復活させた。エリクサーは私自身に使おうと思っていたが、私の都合であの少女を殺すわけにはいかないからな」


「それは他のオッサンとかだったら同じ事をするのか? ナルシスト野郎が」


「私は自分自身に自信を持っている。ナルシストである事は自信があるという事だ。君のような呪われている人間にはわかるまい」


「これはミューコルにかけられた呪い。いずれ黒百合の騎士から聖王になる為のイベントを課せられた呪いさ」


「ククッ、おめでたい奴だ。そんなイベントがあるわけがあるまい。君の呪いは身近な者にしかつけられない呪い。おそらく君の家族しかおるまい。あのスライムはそんな事はしないし、何せ君はニートだったんだからな」

「俺の……家族」


 そう、秀人の家族は死んだ大工朗しかいない。両親はユナイトブレイカーが開始される前に死んでおり、開始されてから出会ったナーコと過ごした時間程度では呪いを受けるほどの関り合いは無い。

 つまりは、意図的に大工朗が呪いをかけたとしか考えられないのである。ミューコルから受けた呪いだと思っていたが、ミューコルの断末魔が大工朗の声とかぶったのはそういう事だったのか……と秀人は思う。


(ミューコルはじいちゃんの作ったアイテムの信仰のネックレスを持っていた。あれは強いメッセージを込めるとそれが具現化して伝わるもの……それにじいちゃんはダンジョンに詳しい節があった。あれは客から聞いた情報じゃなく、自分で見て聞いた情報だろう……今思えばじいちゃんは自分の目を何よりも信じる男だった)


「君の叔父も君に呆れていただろう? たかがニート風情がゲームが上手いだけで金がもらえ、社会的地位も得る。汗水たらして働いてきた世代の君の叔父には君のような存在が容認できなかったんだろう。だからこの世界になった事を良いことに君に呪いをかけた。素晴らしい家族愛だ」


「……!」


 幻覚の手によって正気を取り戻した秀人だったが、家族である死んだ大工朗と自分を愚弄された事によりまたもや呪いの闇にひきずりこまれた。学生にも関わらず学校にも通わずゲーム三昧でネットの中の人間としかまともにコミュニケーションを取る事も無い秀人は精神的に弱く、自分が優位な状況でなければ自身の怒りに身を任せるしか戦う術が無い。持ち前の冷静さから他人の力を分析し、コピーするのが得意とする者にとって怒りに身を任せるほど無謀な戦い方は敗北の二文字しかもたらさなかった。

 行動の前に殺気が満ち溢れる状態では相手に次の行動を予想させ、回避される。冴木はそれを誰よりも理解し、口元を笑わせる。


(怒りに囚われている君の攻略法はもう編み出している。消えろ――)


 我を忘れる秀人の足元が払われ、地面に転がる。すぐさま反転し刃を向けようとするが黒刀は手元に無く少し先に転がっていた。冴木のエクスカリバーは容赦なく心臓目掛けて一直線に迫っている。幻覚は気絶したまま動かず、この都庁の屋上には誰も冴木の剣を止める者がいない。

 怒りに身を任せていた秀人の瞳から恐怖という感情が脳髄に流れ込み、かすかに正気を取り戻させる。しかし冴木の剣は心臓目掛けて突き刺さった。


「あっ……ああ……」


 唖然とするような声を上げ、全身を寒気が襲う。それはどうにも回避出来ない死そのものであり、噴出する鮮血の温かさが顔を伝い怒りの感情が否応無く冷めて行く。その瞬間、秀人の心の闇が晴れる。


「……ようやく正気を取り戻したわね秀人。でもまだ真の敵には勝てる力が無いわね」


「玲……奈……」


 エクスカリバーの死の一撃を防いだのは元彼女の玲奈だった。玲奈は薄い紫のカスミソウが描かれた着物の胸元を真っ赤に染め上げ、二人の中央で仁王立ちになる。この光景に冴木も驚き動きが停止する。その刹那、玲奈の声が響く。


「――冴木を倒すのは今よ秀人! 私ごと刺しなさい!」


『!?』


 その言葉を聞いた秀人は黒刀を手にする。同時に冴木もエクスカリバーを引き抜き、二人まとめて始末しようと構えた。このまま倒れる玲奈を左右どちらかにどかさないと玲奈の言う通り、串刺しにしなければ冴木に刃は届かない。

 しかし、玲奈を助けていたら二人とも冴木の剣の餌食になるだろう。どうせ死に行く玲奈の身体を無視して背中を刺して冴木に刃を届かせるか? それとも玲奈を助け、二人共冴木の一撃を受けるか? 極限の選択を迫られた秀人の選択は――。


「おおおおおおーーーーっ!」


 左手で玲奈の背中の着物をつかみ背後に引っ張りつつ、右手は黒刀の一撃を放った。どちらの選択もせず、どちらの選択もした結果は玲奈の身体をこれ以上傷つけない代賞として黒刀を折るといった事態を招いた。

 これで聖剣エクスカリバーに対抗できる剣は存在しない。闇の力に汚染されすぎている秀人ではアイテム欄にあるキラー1・雨宮学の光属性のブルーディスティニーは扱えず、戦う武器は存在しなかった。腕の中の玲奈の温かさが失われていく感覚が身体から伝わり、戦う武器よりも玲奈をどうにかしなければと思った。


「玲奈! 死ぬなっ! 冴木を倒せば蘇生アイテムが手に入るかもしれない! だから諦めるなよ!」


「唯一無二の蘇生アイテムだったエリクサー無き今、このゲーム世界の死は現実と同じで二度と甦らない。だから……!」


 死の淵にいる玲奈は秀人の手を強く握り締める。そのあまりのもの冷たさに、秀人は絶句した。


「まだ全てのイベントが終わっていない以上、あの女は生きている……。心を鬼にして戦うしかないわよ秀人。幻覚ももう長くは無い」


「玲奈? 言っている意味がわからないよ? 俺の今好きな女……ナーコは冴木にローカルネットごと消滅させられて消えてしまった……もう存在しないんだ」


「真のボスである聖王スノーホワイトは今、貴方が愛する女性。仮初の存在から人間へと具現化を果たした数多の人間が望んだ存在……その人を貴方は人類の代表として倒さないといけない。人類の明日は、貴方の手に……」


「玲奈――――――――っ!」


 コクリ……と青ざめた美しい顔を傾け言葉を失う。そして、玲奈は息を引き取った。

 激しい慟哭と共に強く、強く、玲奈の冷たくなって行く身体を抱き締めた。

 その姿はいとおしい女の最後を観とる一人の男でしかない。

 何の茶番劇だと言わんばかりに笑う冴木は、


「悲しくはないだろう? 自分を裏切り他の男に乗り換えた女など」


「……五月蝿ぇ。風邪ひいてるだけだ」


 ゴクリ……と冴木は息を飲む。明らかに先程までと秀人とは何かが違う。

 だが、繰り出そうとしている構えは自身の最強の技であるスキルゲージの五分の一を消費し黒い牙として放つブラックサレナ。


(その技は私が生み出した以上、通じないのはわかっているはず。だが妙な寒気を感じる……まるで高杉幻覚のような殺気……? だが、所詮奴の能力はコピー。猿真似のコピーに何かを加えてオリジナル技をもっているようだが所詮は私の開発した技の掛け算でしかない。ゲームキラーはここで終わりだ。そしてスライムの涙を回収する)


 思考が安定する冴木はじっくりと右手を動かした。折れた黒刀でブラックサレナを繰り出すが、スキルゲージが減っただけで何も起きない。冴木のスキルキャンセラーが発動し技の発動をキャンセルしたのである。そんな事に動じない秀人はまた折れた黒刀を構える。


「……俺は人間だ。迷いもすれば間違えもする。仲間を傷つけて手にする勝利なんて勝利じゃない」


「勝利? 仲間? ニートの君は敗者であり、仲間は存在しない。現実世界ではただのポンコツなのだよ。雨宮は上手く立ち回っていたが、君には無理だ」


「それは終わってからいえナルシス野郎!」


「大地を切り裂くブラックサレナも、広範囲の敵を焼き払うファイ・レ・アーカも私には効かない。私は全知全能の神だからな」


「黙れーーーっ!」


 もう一度自身の最強の技であるブラックサレナを繰り出すが、刀を折られている上に技をキャンセルさせられただの素振りに終わり、技ゲージがゼロになると同時に一撃を浴びせられ倒れる。ユナイトブレイカー開発者である冴木に対してはゲーム内で設定されたどんな巨大な技でもキャンセル出来るスキルキャンセラーがある。


 これに対抗出来る策は一つしかない。

 それは秀人が今まで逃げ続けてきた現実世界に通じる人間の日々の努力で勝ち得たものである。

 立ち上がる秀人は折れた黒刀を捨て瞳を閉じる。

 その顔は何故か爽やかで全てを出し切り満足したかのような顔である。


「とうとう諦めたか私が選出した最後のゲームキラーよ。ユナイトブレイカーのテスターである君達は十分役に立った。これで、私も魔女と決別できる」


 その秀人は冴木の居場所が感覚でわかっているだけで言葉など全く入っていない。思考に映像として流れているのはかつての友人でありライバルであった高杉幻覚。ゲーム内の技でなく努力によりチートのようなゲームキラーと同等の力を得た実力者である。


(これで俺のスキルゲージは無い。これなら不退転の覚悟であの技と向き合える。あの技はスキルゲージなど必要としない唯一無二の絶対不可避の八斬。かわせるものならかわしてみろ!)


 カッ! と目が見開かれた秀人は動いた。


「幻覚! ……俺に力を貸してくれーーーーーーっ!」


「――消え失せろぉ!」


 冴木の技が放たれたと同時にカッ! と目が開かれた幻覚は倒れた状態のまま刀を二人の方向に向かって投げる。


(目の前の天草が幻影だと――? ならば本体は?)


 幻影でない真の秀人は冴木の真後ろに居た。投げられた刀を受け取り幻武幻影流の技を繰り出す。大気を揺るがすような絶叫と共に、秀人の両手から肘あたりまで骨にヒビが入る。振り返り刃を繰り出す冴木は技の決まった手ごたえを感じ、勝ったという確信があった。しかし胸元を血で染め上げ、歯を噛み締め涙目になりながら倒れる事の無い秀人は言う。


「幻武幻影流・幻式・八卦一奏」


 その技が何故、秀人などに完璧に出来るのか? という疑問を抱いた冴木は一瞬八斬を浴び倒れる。すると、冴木の上着のポケットからスマホが転がった。そのスマホは自動的に起動し、秀人の正面に映像を映し出した。

 それは、冴木のユナイトブレイカーを生み出してから明けの明星と呼ばれた日本へのユナイトブレイカーダウンロードまでの過程が描かれている。呆然とした顔つきで秀人はその映像を眺めていた。


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