崩壊する現実
ジャッジメントケイジから命からがら帰還し、光の庭の花畑に到着すると周囲がやけに荒れ果てていた。イベント開始時と同じように天は赤く十字に割れ稲妻が鳴り響き、ユナイトブレイカーが開始された時の空のように嫌な暗雲が立ち込めている。
(もう夜か。これが十文字の夜……?)
荒れ果てた光の庭に人間世界に馴染み清掃作業をしている数匹のゴブリンが現れた。その作業着は返り血にまみれ、手に持つ作業道具は人間の血に染まっている。瞳はダンジョン内にいるモンスターと同じく赤く輝いていた。鼻腔に不快感を感じながら口元に手を当てたナーコは苦しそうな声で言う。
「どういう事? 学園が崩壊してる。それに空気が毒に侵されてるの?」
「ダンジョンの毒がここまで蔓延してるのか? まさかこれが冴木文書にあったテンプレ学園崩壊なのか……あれは!」
そこには無残に殺された生徒達の死骸があった。まるでダンジョン内の光景でしかない状況に現実の在り処さえわからなくなる。全身に寒気しか感じられず、思考という感覚が止まる。実際、秀人自身久しぶりの学園生活でまだテンプレ学園自体に愛着などわかない。しかし、この平和な日常の崩壊ぶりは心を抉る光景でしかなかった。
(くそっ、この状況じゃクラスの皆は……)
「秀人っ! 急いで! 青崎がっ!」
暴走する学園の清掃員であるゴブリンに峰打ちをくらわし、秀人はグラウンドまで走る。すると、そこには学園の守護を頼んだクラスメイトの青崎が肉食小型恐竜ピラウマヒューに殺されそうになっていた。その場所へ駆ける途中も暴走するモンスターが人間を襲う姿を見る。迫るゴブリンを突き飛ばし、二人は小型恐竜が暴れる場所へ走る。
「お前等……くそっ!」
素早く秀人はそれを倒し、青崎の前のピラウマヒューを殲滅する。そして足に怪我をする青崎に事情を聞く。
「どうした!? 一体何があったんだ!?」
「……天草か。実は……」
一時間ほど前から突然十字に割れる天が異様な雷鳴を初め、ペットや工事作業員として役に立っていたモンスターが突如暴動をおこし、学園内で暴れ出したという。学園で過ごしていた人間達は瀕死の重症にあり、体育館に籠城し警察のバトラー隊の助けを待っているがなかなか到着しないという。やがて学園内に毒が蔓延し出し重症を負った生徒達は死に絶えて行ったという事だった。
「アタシの好きな学園を……この街を……街は? 大工朗は……!」
「おっ、おいナーコ!」
この現状に憤慨するナーコは大工朗の待つ自宅に向かい駆けた。同時に、背後から誰かの声が聞こえてくる。
「何だ? この学園ぶっ壊れてるぞ!」
「しかもダンジョンでもねーのに毒が蔓延してるじゃねーか。冴木は死んだからこんな事になっているのか? ゲホッ!」
すると、ジャッジメントケイジから帰還した数人のバトラー連中が光の庭に集まり始め異変に気が付く者が秀人の元に駆け寄って来る。
「おいキラー7! 一体どういう事だこりゃあ?」
「……丁度いい所に来たな」
その連中に現状の予想出来る状況を話し、怪我人の生徒を託し体育館に向かわせた。まだ徘徊するモンスター達はバトラー達が倒し始める。絶望の箱庭と化していたテンプレ学園はこれで一旦平和を取り戻すだろう。
「これでここはひとまず問題無い。学園がここまで壊滅的だという事は自宅は――」
不安に駆られる胸を抑えつけ秀人は駆けた。稲妻が走る十文字の空に流れる暗雲は日本の全てを包み込んでいた――。
街へ繰り出すと工事現場の作業員のモンスターやペットとして飼われているモンスター達がユナイトチェンジをしていない一般市民を攻撃している。
ダンジョン内と同じように凶暴化するモンスター達に対抗するにはユナイトチェンジし何かのジョブについて戦わなければならないが、一般市民はそんな事を知る事もなく暴れるモンスターにただ逃げ惑う事しかできない。
このままでは目の前の市民はただ殺されていくだけである。モンスターを殺さねば、人は生きられないのはゲーム内での常識。しかし、目の前のモンスター達は人間社会に適応し、一人の市民として受け入れられている存在である。歯をかみ締め、全身の震えが止まらない秀人は早すぎる心臓の鼓動に嫌気をさしながらも答えを出さなければならない。
「……聞けっ! 今から人間を襲うモンスターは俺が叩きのめす! お前達は仲間だが人間に危害を加える以上、人間の敵だ……!」
リザードン、スライム、ゴブリンの群れが一掃され、被害を受けていた人々は一様に秀人を見た。だが、その瞳には感謝の意は存在しなかった。工事現場の作業服を着た中年の男が秀人に詰め寄る。
「うちのゴブリン族のゴブを殺したのか? 明日からの作業どうすんだよ? 最近また始まったなんとかブレイカーのおかげでちょっとおかしくなってただけなんだろ」
「そうよ。家のリザードンのリザムちゃんは手先が器用で裁縫やミシンが得意で服の修理やオーダーメイドの服でも作れちゃう最高の服職人だったのに! これからお客の依頼をどうやってこなしていけばいいのよ?」
(……何だ? どうなってる? 俺はこいつらのヒーローじゃなかったのか……)
周囲の市民の目は自分を悪人としか見ていない。ゲームキラーであるはずの自分は誰からも敬われ、尊敬されるはずの新世界において最高の存在。それが命を助けた人間達に詰め寄られ暴言を吐かれ続けている。精神がおかしくなりそうな秀人の耳に、更なる罵声が浴びせられる。
「ゲームキャラクターだからって何をしてもいいのか? 意思がある以上、一つの生命体だろう? クソゲーマーが!」
「モンスターに感情なんてあるかっ! 俺が助けなきゃお前たちは死んでいたんだぞ!」
ヒステリックな声で秀人は叫びその場を駆け抜けた。
(くそ、くそ、くそっ! 俺はゲームキラーだぞ! ヒーローなんだ! なのにあいつ等……!)
そう思いながら大工朗の無事を祈り目の前の人間に襲い掛かっているモンスターの群れを発見した。
「どけえっ!」
容赦無くゴブリンやリザードンを斬り殺す。すでに共存していた時の事など忘れダンジョン内のモンスターと同じように自分に危害を加える者は容赦無く斬り伏せる。敵は秀人に引き寄せられるように集まってきて目と鼻の先の自宅に中々辿り着けない。スッと刀身に指が触れると秀人の黒刀に冷気が走る。
「ブリザードスプラッシュ!」
パキパキパキ……! と周囲に展開していたモンスターの群れが氷漬けになり動きが止まる。
(冴木戦で黒刀が刃こぼれして切れ味が悪くなっている? これは俺専用の刀。早くじいちゃんに磨いでもらわないと――)
その氷を破壊し、玄関の前にたむろするモンスターをなぎ払い自宅にたどり着き、開け放たれた玄関の前で倒れるナーコを見た。その周囲にはガラス片が散乱していて血がおびただしい。
「ナーコ!」
「ひ……秀人?」
かろうじて息のあるナーコを担ぎ上げ玄関の鍵を閉めて中に入る。一階に敵がいない事を確認し、和室の中でナーコを横にする。
「HPが減り疲労があるとはいえ、まさかナーコを倒す奴がいるとは……。やはりこの一連の事件は冴木が俺達をジャッジメントケイジに集合させてる時にやったのか……まさかゲッコー盗賊団? いや、今はそれよりもじいちゃんが……。じいちゃん! じいちゃんどこだ!?」
二階に上がる秀人は大工朗を探す。室内の壁にはモンスターの青い血痕があるがモンスター自体は存在しない。最後に自室を確認する。
「ス……スラト?」
そこには、この新世界が始まってから自宅にひょっこりと現れたスライムのスラトが倒れていた。すでに息は無く、スラトの瞳から一筋の涙が流れ消滅した。唖然とする秀人はスラトの残した涙をアイテムとして保存し、拳が壊れるほどの威力の拳を壁に叩き付ける。怒りが噴出し、スラトと共にダンジョン攻略をしていた日々を思い出す。そしてやり場の無い怒りは逆に冷静さを呼び戻し大工朗の存在を思い出させる。
「……じいちゃんがここにいないとなると、武具を作っている裏庭の工房か……?」
割れた窓硝子の散乱する自分の部屋の中央に、大量の血痕があるのを見た。玄関前で硝子片にまみれて倒れていたナーコの姿を思い出す。すると、背後からナーコの声が聞こえた。
「そこから大工朗はアタシを突き飛ばし、生きていた真の冴木宗助から助けてくれた……大工朗は……」
「――奴が生きていただと!? 冴木いっ!」
激怒する秀人は全身からドス黒いオーラを発する。それを冷ややかな目で見たナーコは喧嘩した時の事を言う。
「死ねって言ったのはアンタじゃない。だから安易に死ねなんて言うなって……」
「人間じゃないお前に何がわかる!」
「アタシは……人間だよ」
秀人の辛らつな言葉に耐え切れず後ずさると、一本の腕が転がっているのを見た。勢いよく自室に入った秀人には見えなかったが間違いなく大工朗の腕である。身体を震わせながらこみ上げる感情を無理矢理押さえ込み、唇を噛み締め秀人は言う。
「死んだな。ここまでやるとは……」
「死体が無い以上わからな――」
「間違い無い。殺されてる」
秀人はナーコの希望を打ち消すように言う。すでに平和な日常は崩壊している。いや、そんなものはこの新世界になってから一日たりとも無かったのかもしれない。ゲーム世界に変貌して人々の能力、価値観、概念の全てが変わって行くなかで大衆はいつまでも国に頼り変化を望まなかった結果がこの状況である。
街のあちこちで警察車両、消防車のサイレンが鳴り響き、上空では軍用ヘリが街の状況を把握するように右往左往しながら飛んでいる。街にモンスターが森の奥のダンジョンから多数出現し繁華街は地獄絵図に成り果て、人々は本当の意味でユナイトブレイカーの世界を始めて体感した。
この新世界になってからダンジョンの攻略やゲーム世界というのを無視し続けて来た人間達もこの状況を生き残るにはユナイトチェンジし、モンスターと戦わなければならない。その変わりゆく世界を肌で感じながら秀人は歓喜と絶望に陥っていた。
「これが百人の日か……この日を境に、この日本は完全にユナイトブレイカーになる」
もうこの世界は冴木の思う通り、終局に向かっている。そのエンディングが冴木の望むこの新世界の終わりなのか、それとも他の何かかはエンディングを迎えてない為にわからない。微かな希望を抱き秀人は赤い十字に割れる夜空を見上げた。
その横顔を見つめ、自分も十文字の空を眺めるナーコは思う。
(世界は変わる。アタシが変えてみせる……?)
その瞬間、大工朗の腕にくくりつけられているメモ用紙を見た。ナーコは不振に思いながらもそれを見る。すると、この事件を起こした犯人の名が記されていた。そのメモ用紙を見た秀人の視点が、メモを書いた人間の名で動揺する。
「学園を破壊し、じいちゃんを殺したのはゲッコー盗賊団と冴木宗助。そしてこの手紙を書いた人間は玲奈か……」
「あの高杉の女ね? あの女がこの自宅をリークし、襲撃させたって事?」
「その可能性はある。昔の女だからといって油断した。俺達は死ぬか生きるかの世界の覇権をかけた戦争をしている……これは俺の失態。このケリは必ずつける」
その秀人の瞳は奈落の闇そのものである。すると、ジャケットの内ポケットに入れていたスマホが鳴る。その着信の主はトゥルースケールからのメールだった。トゥルースケールからのメールなど実に半年以上ぶりでこの新世界になってからは来た事が無い。無論送信者は代表取締役の冴木宗助だろう。
パパッと画面をタッチしてメールを開く。そこには冴木が書いた隠しブログを閲覧できるパスワードが表示されていた。すぐさまトゥルースケールのサイトを立ち上げ、キラーコードを入力してログインする。そして新たに現れた冴木ダイヤリーをタッチし、パスワードを入力した。すかさずナーコは秀人の肩を強くつかみ一緒に閲覧した。秀人の目が充血で赤くなり、ゆっくりと唾を飲み込んでその文書を眺める。
「冴木の日記……」
開発者冴木宗助がサイト上に残した隠しサイトはブログがあり、今後の予定の冴木文書の原型や自分の思いなどが書いてあった。注目すべき記事はゲームクリアにはどんな願いすら叶う権利があり、全ての人間から集めた生命エネルギーのエクスカリバーを使い願いを叶える。
現実世界へのインストール後のクエストはあったが、諸事情による都合とあまりにも人間達が攻略を始めない為に強制参加を生み出す十文字の夜を開いた。本来ならば世界中にインストールするはずだったが日本にしか出来なかった為、半年かけプログラム・モンスターのバグなども修正し、少しずつ成長していたゲームキラーなども邪魔になり消し、本当のゲームが始まる。
というのがここまで冴木が書いたブログの内容だった。何故か何箇所か自分が消したのか黒く消された部分があり閲覧が不可能だった。ブログの閲覧を終えた秀人は拳を握り締め一つの決意をした。
「ゲッコー盗賊団と雨宮率いるゲームキラーグループでの覇権争いのパワーバランスが崩れた今、冴木のゲッコーが最強の集団になった。他国が干渉してきているが、もう海外の連中が介入できる術は無い。これはもう国と国の戦争じゃない。この世界なら、一人の人間が世界を統べる事が出来る。各国は全くその事がわかっていない。特に冴木や雨宮に依存しすぎていた日本政府はな」
「相変わらずだもんね。人間って奴は」
「このままだと本当に殺戮の世界が実現してしまうだろう。変革する世界に対応出来ない各国はやがて無能な政治家や官僚など、ありとあらゆる国を動かす連中が新しき王に消される。そんな事は一切考えずに国を守るべき人間達は新しい世界の縮図における自分達の利権争いに必死で、ゲームという自由空間に世界は変わったという本質が見えていない為に今までの世界と同じような事をいつまでも繰り広げている」
「で、これからどーすんの?」
「ゲッコー盗賊団のアジトに奇襲をかけ壊滅させる。幻覚達はまだ利用価値があるが、奴等は何をするか読めない。特にお前に恨みを抱いてるあのキエサって少女にはな」
「そうね。それはとてもいい案だわ」
「このゲームはもう最終局面に近い。エクスカリバーを手に入れ勝つべき勝者は俺だ」
二人は各々の思惑を思い浮かべながら笑い、十文字の夜である百人の日を終えた。
こうして、ユナイトブレイカーにおいてラストダンジョンに到達できるレベルのプレイヤーは百人に絞られた。
だが、冴木文書の予定とは異なりその実数はすでに十人以下であろう。すでにこのテンプレ学園の戦いにおいて各国のバトラーも心が折れ、生き残る者は一様に自国へ帰った。この先もゲームクリアに向けて動く者は冴木、ナーコ、幻覚、玲奈、キエサ、そして秀人の五人のみである。
冴木文書は予定とは異なるが、イベントの発生は予定と変わる事は無い。
果たしてこの世界を統べる願いを叶える至高の聖剣・エクスカリバーを手に入れる者は誰か?
(世界は変えさせない。俺が、この世界の覇者になる――)
赤く十字に割れる夜空を見上げる秀人の目には微かなきらめきがあった。




