この欠陥ロボットが!
砂・・・ゲーム用語、スナイパーのネットスラング。
※一部にて呼称を変更させていただいています
FROにおいてゲームを始めたばかりの超初心者が、CPUと集団戦をするためだけに使われる半分チュートリアルのようなステージ。
それがカービン渓谷だ。
FROが稼働したばかりの初期には対戦ステージとしても使われたが、新規武装やパーツが解放されていくことによって対戦ゲームが成り立たないことが恒常化したために、いわゆる「封印」をされて、対戦ステージから姿を消した。
なんで対戦が成立しなくなったのかというと、そのステージの形状に由来する。
カービン渓谷を上から見下ろせば、ただの真っすぐな棒線だ。
真っすぐな道の左右を、登れない高さの崖が遮っているだけ。
それがカービン渓谷。
侵攻を妨げる障害物もなければ、入り組んだ道もない。
自軍基地のカタパルトで飛んだ後ひたすらブースターを吹かせば、どんなに遅い機体でも敵基地まで2分で辿り着く。
それがカービン渓谷なのだ。
こう言ってみると、レベルデザイン(ゲームステージ設計)もクソもないひどいステージのようだが、それは違う。
敵の射線を遮る程度の大岩や、謎の工場施設など、隠れる場所はそれなりにある。機体の修復や補給をしてくれる回復ポットや、再出撃するときに出撃地点となるリスポーンフラッグといったゲームの基本となる設備も丁寧に配置されている。
ステージの中央がやや盛り上がって視界を遮るため、そこを超えるまで敵砂の狙撃の心配もない。
左右の崖にはちょっとした足場や段差があるため、単純な立体戦闘も可能。
初心者が操作を覚えるにはうってつけのステージであり、単純に戦闘を楽しむのなら問題はなかった。
ところがFROにおける対人戦のルールは、複数人チームによる敵基地破壊が大原則なのだ。
敵基地に攻撃を仕掛けることを「突撃する」、「突る」、転じて「凸る」と言う。
ゲームスタートと同時に、兵種武装である突撃加速器や、オプションパーツのEXブースターを搭載した高速軌道機体で敵基地まで真っすぐ突っ込む『凸屋』や『鉄砲玉』というプレイスタイルはFROに珍しくない。
中にはそれに基地攻撃用の大火力と装甲を併せ持つ『ダンゴムシ』『基地食獣』なんて専門機体を組んで、ゲーム終了までずっと繰り返す専門家までいるのだ。
これらの所為凸屋グループは、大抵の場合基地にたどり着くことなく敵防衛に引きちぎられて、基地まで侵入しても速攻で排除される。
通常なら一発高威力武器を打ち込めれば御の字である。
しかし、カービン渓谷はどんなに遅い機体でも2分で敵基地まで辿り着ける超小規模MAP。
当時あげられたネタプレイ動画では最高速構成の機体で27.2秒のレコードを叩き出している。
もし、そんな機体が複数機突っ込んで来たらどうしよう?
止められる訳がない。
必然的に、お互いがチーム全員で敵基地に突っ込んで、基地に対して高火力の武器を打ち続けるだけという試合展開が多発する糞ステージになってしまった。
かくいうボクも、試合報酬やスコアが信じられないペースで稼げるのでほくほく顔であったが、ゲームとしてはどうだろう?
現在実装されている第三世代パーツや、新ブランドシリーズの軽量機を使えば、1分未満で試合終了も夢ではない。
とにかく、そういった新規パーツや追加武装の都合である意味伝説となったステージ。
それがカービン渓谷なのである。
さて
そのカービン渓谷になぜかボクはいる訳だ。
隣にはボクが組んでいた機体にハイパー似ている、スーパー見覚えのあるロボット。
それがまぎれもなく、ボクがFROの世界にいることを証明している。
あつい。
さっきうっかり装甲でこんがり焼いてしまった手のひらほどではないが尻が熱い。
とりあえずボクは立ち上がって尻についた砂を払う。
その瞬間、汗がボタボタっとボクの顎から落ちた。
ぽと、でも、ぴちゃ、でもなく、ボタボタ、である。
あまりに長い間放心していたため、自身の体調の変化にまったく気がついていなかった。
ボクの皮膚はひりひりと赤く焼け、肌からは滝のように汗が滴り落ちている。
シャツや下着は汗に濡れてグチャグチャ。まるで熱湯をぶっかけられたようだ!
「あつい!カービン渓谷ってこんなに暑い場所だったのか?!」
ゲーム画面から見たカービン渓谷は、快晴時は太陽がまぶしく岸壁や砂丘を照らしていた。
機体カラーに光沢があるものを選んでた人は、その強烈な反射で凄く目立っていたな。いい的だった。
でも時々、低確率で強烈な砂嵐が吹くせいで視界が遮られることもあったんだっけ。
環境設定で透過や非表示にしても消えないくらい強烈だから砂の人はNGチャット出しまくっていたなあ・・・。
それだけ強烈な太陽光が照りつけたり、砂嵐の起こる渓谷ってことは、ここはもしかして砂漠地帯の一部なんじゃないか?
FROの攻略本や設定資料集を買ったことはないけど、たしか公式サイトや攻略wikiにそんな記述もあったような。
でもしっかりとは覚えてない。
ゲームそのものとは関係ないから、その辺りの設定はあんまり見たことがないんだよなー。
もうβも含めて遊び始めてから1年になるのに情けない。
掲示板でその手の話題が上がっても、無視して改変コピペばかり張り付けていたからなボクは。
こうやって実際にこの場に来ることがあるんだったら、絶対勉強していたのに。
今度からはそのあたりもしっかり勉強しておこう。
「ん?いやちょっと待てよ?」
・・・・・・砂嵐?!ここ!砂嵐が来るんじゃないか!!
やばい、やばいと頭の中で声が繰り返される。
カービン渓谷が砂漠であるかどうかは知らないが、砂嵐の脅威に対しては容易に想像が働いた。
記憶の中にあるカービン渓谷の砂嵐とは、何の前触れも無くいきなり発生する砂の暴力だ。
砂粒に混じって砂利や拳大の岩、何らかの樹木の枝などが飛び交い、それがプレイヤーの機体に当たるたびにガンガンと効果音を鳴らす。
ゲーム画面に表示されたそれは、機体の大きさと比べてちっぽけな存在であったし、機体ステータスに対する影響もまったく存在しなかった。
せいぜい視界が塞がれるぐらいだ。
だが、そんな中に、もし生身の人間が突っ立っていたら?
「いや、具体的に言おう、ボクだったら死んでしまうぞ?!」
そうだ、ゲームとは関係ないけど、砂嵐に関する情報はまだあるぞ。
確かニュースのワイド特集でそんな題材を扱っていた事があった。
呼吸するたびに鼻や口の奥深くまで砂利が入り込んで気管に重大なダメージを与えるんだったか。
たしか車の中で耐えようとしても、フロントガラスが割れて中まで入り込んでくることもあるらしいな。
うん。
「碌な情報じゃない。」
どこか、どこか隠れる場所はないか?!
そう思って視界を左右に振ってみるものの、そこにあるのは見渡す限りのカービン渓谷。
敵の射線を遮る大岩も、錆びた金属製の円柱が連なる謎工場施設も、砂嵐に対して人間一人を守るにはとても足りないように思えた。
機体が隠れる場所があっても、人間が隠れる場所が無いステージ。
それがカービン渓谷。
どこか、どこか安全な場所はないか?!
ゲームとしてのステージを、ひたすら頭の中でスクロールして、安全な場所を探す。
少なくとも何十回と遊んだステージだ、機体は入れなくても人間なら入れる小さな隙間。
人の住める丈夫な家屋。
どこかにないか、どこにあったか。
「ああ、そうだ!あるじゃないか!!」
そうだ、ゲームの中で、砂嵐の影響を機体は受けない。
つまりフレームランナーは、砂嵐の影響を受けない!
「・・・・・・乗るのか?」
「・・・・・・乗っちゃうのか?」
「・・・・・・乗っちゃっていいのか?」
(たぶん)ボクの機体だしな!乗っちゃえ!
そう思ってボクはこのゲームに登場するロボット『フレームランナー』の正面へ駆け出した!
より幼かった頃から抱いてきた希望か、はたまたゲームの世界に迷い込んだことからの逃避だろうか?
余りの暑さにボクの頭がおかしくなって、普段からは考えられないハイテンションで駆け出した。
「やべえ!すげえワクワクしてきた。」
ボクに限らずロボゲー、特に機体の組み換えやら操作やらに凝ったゲームのプレイヤーというのは「自分だけの」とか「最強の」とかいう枕詞に弱いものだ。
それを作ることに情熱を注ぐか、操ることに固執するか、その割合は人によってまちまちであるが、片方しか持っていないという人間は絶対にいない。
今回はその要求を満たす、超幸福なシチュエーションが巡ってきたのだ。
「自分だけのロボの、モノホンのコクピットに乗れる!
ハイパーすげえすげえじゃん!」
そう、ハイパーすげえすげえじゃんシチュエーションである。
本物の二足歩行ロボットのコクピットに乗り込み、それを自在に操作するという体験を出来た人間は、全人類のうち果たして何人いるだろうか?
お台場に一分の一ガソダハが立っていようと、フコープドツクが展示会で展示されてようと、そんなもん「実際に動かせる」体験に比べれば吹けば飛ぶ程度のものでしかない。
いや、流石にそれは言いすぎか・・・。
とにかく、そういうすごい体験にめぐり合えたわけである。
フレームランナーの正面に立つ。
でかい。
フレームランナーの全高は4.8メートル、大体自動車の3倍だ。
超巨大というほどでもないが、十分な巨体と重量感を誇る。
横幅は機体構成によって大きく変化するが、3.5メートルから5.0メートル。
奥行きも構成次第で変化するが大体で4.0メートルくらいだろうだろうか。
アニメやゲームの人型ロボットとしてはやや小型に分類されるだろうが、それでも視界に収まらなくなるくらいの大きさはある。
ちなみに今ボクの目の前にある機体の構成は、積載重視の重量級の脚部に、適当に有り合わせで積んだ中量級ハンガーと、狙撃特化の小さな頭という見事な三角形構成である。
遠距離火力特化のお遊びプレイに使うつもりで仮組みしただけのものなので、カラーリングもエンブレムもない。
そういえばこのゲーム、機体こそ一体だが、出撃のたびに兵装を選んで武装を付け替えるゲームだったはず。
今背面にマウントされてる分はともかく、他の武装はどうなってるんだ?
いや、今はそこまで考えなくて良いか。
見上げれば、胸部の装甲が開かれており、コクピットらしきモノが見える。
四肢を固定するクッションと、座り込む為のシートだろう。
ほう、コクピットはああいう風になっていたのか。
装甲を閉めたあと、体が前に倒れるのか後ろに倒れるのかわからんが、結構窮屈になりそうだな。
ゲームをしていたときは内部構造とかについては余り深く考えなかったが、少なくとも車の中よりは狭くなりそうだ。
モニターや計器の類が見えないが、足元や背後から迫り出して来るのかもしれない。
とりあえずあそこまで行かなければ始まりそうにない。
しかし困った、ボクの手が届く高さじゃない。
あそこまでどうやって登ろうか?
下げたロープに足をかけて、コクピットまで巻き上げてもらう形だったりしたら、ロープが下がってない現状はもうどうしようもない詰み状態なんだが。
ふと視線を下げると、右脚部に取っ手がいくつか。
なるほど、コレはタラップだったのか、今まで謎の無意味な装飾品だと思っていたよごめんなさい。
梯子を二段飛ばしで登る要領でよじよじとコクピットシートまでたどり着いた。
たったコレだけの運動で息が上がってしまったが、ボクは基本インドア派だからな、体力がないのは仕方ないんだよ。
シートは思ったよりも綿が少なそうだが、低反発クッションに似たような感触がある。
手足の固定クッションはボクの体よりも大きかったが、ある程度調整は出来るようだ。
たぶん問題はないよね。
そうやってコクピットをしげしげと眺めていたのだが、突然、、ゴウと風が通り過ぎたと思ったら。
「いた、いてえ!ゴミ!ゴミー!」
目に針が刺さったような刺激と、まぶたの裏にゴロゴロとした異物の感触。
視界がぐにゃりと歪んで大粒の涙がこぼれた。
カービン渓谷の低確率で発生する気象現象、砂嵐が始まったのだ。
ヤバイ。
早くコクピットの中に引っ込まないと。
「とりあえず座ってみるか?」
勢いよく尻からシートに飛び込み、固定クッションらしきものに手足を押し付ける。
ガシャンと何かがはめ込まれるような金属音のあと、キリキリと座席が胸部に引き込まれ、手足がそふっとクッションに挟まれた。
なるほど、座った後はもしかして起動まで全自動化か!
「おおお、ロボやのう!ロボやのう!」
ボクの頭の中では某ロボットアニメのメインテーマが流れ始めている。
アニメ第一話Bパート最後の3分、ピンチの主人公が偶然発見した最新鋭機体に乗り込むという黄金パターンで流れるあれだ!
と、ここに来て突然、ピコーンと言う電子音がなった。
視界の正面には「起動シークエンス開始」の一文が浮かび上がる。
この文字は知ってるぞ、ゲームクライアントの開始画面そのものだ。
FROのゲーム起動画面は機体の起動画面を模倣した演出になっているので、同じような表示になっていたとしても、おかしくは無かった。
だからそこは驚くところではない。
問題は、その文字がどのような装置で表示されているのかだ。
胸部装甲はまだ降りていないし、液晶モニターなどももちろん見当たらない。
空中に文字だけが明るく浮かんでいるのだ。
もしやこれは網膜投影か?!
それともVR的なほにゃららか!
ゲーム的なご都合主義のメタ要素だったら嫌だなー。
そんなことを思いながらも口元は緩んで開く。
起動シークエンス開始の後、さまざまなバーが右に左に動き、数々のウインドウが開いては閉じていく。
それに伴ってか、胸部装甲は徐々に閉鎖され、コクピットは少しずつ暗く、暗く。
そして完全に閉鎖された。
脳内BGMはクライマックス。
起動シークエンスは「最終処理」へ移行。
そして、ついにそのバーは100%へと─────「完了」!
「起動」の文字とともに、座席が上へと押し上げられ!
視界がまぶしく茶色に染まった!!
さあ!「敵基地に総攻撃だ!(攻撃指示チャット)」
ん?
ちょっと待てよ?
「・・・・座席が・・・・茶色?」
このFROにおけるロボット、FRは、三つのパーツで構成されている。
頭と胸部を指す部位の「ボディ」。
腕、肩、そして装甲を担当する「ハンガー」。
機動力とウェポンラックを兼ねる「レッグ」。
この三種類だ。
そのうち、ボディに相当するパーツの極一部に、不自然な骨組みや、特徴的な穴が開いているものがある。
描画処理設定を高いに設定すると、その中にイスやシートらしきものがおぼろげながら確認できたのだ。
某掲示板やwikiではたびたび「これはコクピットではないか?」という意見が出ていたものの、ゲームの作風として「パイロット丸見え」なんてデザインを採用するとは考えにくいことから、「FRの何らかの重要な機関だろう」程度に受け止められていた。
しかし、その手の冗談が好きな層はそれなりに存在し、彼らは「丸見え」なる愛称を発明してしまった。
この「丸見え」シリーズのうち、とある軽量級のパーツは重量、計算処理、射撃補正などがハイレベルにまとまっており、狙撃機体を組むさいのテンプレートとして広く親しまれている。
そう、ボクは思い出した。
この機体のボディに使われているのは、軽量級最高パーツのひとつ。
通称「丸見え最高」だったことを。
「ウソだろ・・・」
ボクの頭は、ちょうど機体の喉もとの下、人間で言う鎖骨の合間からひょっこ飛び出している。
「い、いやだ、いやだあ」
目の前には茶色い空気、赤い壁、その向こう側が何一つ見えない砂の暴力。
「なんでこうなった」
この!─────
そこから先の言葉は、口の中に入った大量の砂が邪魔して、発する事が出来なかった。
書いてみてわかったのですが、まともに活躍したり、仲間が増えるのはまだまだ先になりそうです。
作中の主人公が叫んでいた攻撃指示チャットは、ボイスチャットではなく、キーボードショートカットを押した際表示される定型文。それをわざわざ主人公が口に出したって形ですね。ややこしくてすいません。
ちなみに渓谷と聞いてピンと来た人は、筆者と同じゲームを遊んでる確率が高いです、今A下位なので見かけたときはどうぞよろしく。