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近くて遠い星

作者: 気分屋


 午後十一時、大宮(おおみや)琢磨(たくま)は日課のランニングに出ていた。


 晴れた夜の涼しさが、汗ばんだ肌に心地いい。


 いつものコースに入っている学校裏の山道に差し掛かったところで、琢磨はスピードを上げた。悲鳴を上げる足の筋肉を叱咤し、回転を極限まで上げ、さらにそれを超えて加速する。砂利(じゃり)を踏みしめ、()ぜるように地を蹴って前へ。周囲の景色がまたたく間に後ろに流れていく。

 最後に大きく跳躍すると、もう山頂の展望公園だった。


「ぶはっ!」


 琢磨は肩で息をしながらベンチに寝転がった。久しぶりの限界突破にもついて来てくれた体に感謝する。だが、やはり負担は大きかった。意識して呼吸を落ち着かせ、体力の回復を待つ。


 目の前には星空が広がっていた。公園に設えられた電灯がなければもっと綺麗に見えるのだろうな、と漠然と思う。唯一見分けのつくオリオン座を探して視線を泳がせたところで、初めて気付く。


 どうやら、今日のこの公園は彼の貸切ではなかったらしい。


「こんばんは」


 運動のあとのせいか、妙に気さくな気分になっていた琢磨は、自分をじっと見つめる少女に声をかけた。少女といっても、年は琢磨と変わらないだろう。高校生か、そのくらい。明るく染めた髪を肩のあたりまで伸ばして、暖かそうな白いコートを着ている。


「ねぇ……」


 少女が表情を変えずに琢磨に話しかける。挨拶が返ってこなかったことに少し肩透かしを食らったが、琢磨は表情だけで話を聞く姿勢を作り、先をうながした。


「星は好き?」


 内容の漠然さに、一瞬逡巡する。


「いや、別に」


 だからというわけではないが、正直に答えた。星は好きだ。だけど他人に自分は星が好きですといえるほどではない。だから、別に。


「わたしはあんまり好きじゃない」


 逆にそう言葉にするということは、それを人に言えるだけの理由があるということだ。琢磨は黙って先を待った。


「星ってさ」


 少女が空を見上げる。


「結構近くに寄り添ってるように見えるけどさ、本当はすごく離れてるんだよね」


 何かを切実に訴えるように。


「考えたことなかったな、そんなの」


 琢磨ははぐらかす。


「でもね、そうなんだよ」


 そう断じて、彼女は琢磨の方を振り返って、笑った。


「……確か同じ学校だよね。わたし、雨野(あまの)有希(ゆき)。2-2の」


 そういわれてみれば、見たことのあるような顔ではあった。


「大宮琢磨。2-8」


「ああ、あの」


 顔よりも名前がよく知られているのは、今の琢磨にとって苦笑の対象でしかなかった。有希も彼の苦笑を敏感に感じ取ったか、慌てて言い直す。


「いや、別に変な意味じゃなくってね? 結構話は聞いてるから」


 どんな話なのか、すぐに想像がついた。少し前まで、琢磨は毎日喧嘩に明け暮れていた。だがいわゆる本職の人間に徹底的に負け、自信もプライドもなくした彼は、今では実家の道場で、跡取りの弟の下、真面目に鍛錬を続けている。


「でも、そんな感じでもないね?」


 有希が琢磨を品定めするように上から下まで見ながら言う。


「……そう?」


 どんな感じだよ、と思いつつ聞き返す琢磨に、有希はからからと笑って言った。


「うん、どっちかって言うと不良っていうよりオタクって感じ」

「なんだよそれ」

「あれ? んじゃ、ヴィジュアル系のバンドとかやってそうな感じとかは?」

「それ、かわらねえって」


 いつの間にか緩んでいた口元を自覚し、抑えようとしたが、結局琢磨は衝動のままに笑った。有希も釣られて笑い出す。


 深夜の夜空に、二人の笑い声が響いた。




 その日以来、琢磨は有希を学校でもよく見かけるようになった。いや、きっとそれ以前にも見かけてはいたのだろうが、彼女を見たと意識するようになった。彼女がした星の話を思い出して、逆だよな、と今さらながらに感想を抱いた。


 それまではひどく遠かった人間が、いつの間にか少し近くにいる。きっと誰とでも何かのきっかけさえあれば近くなれるのではないかと思った。


 だが琢磨が学校で彼女と話すことはなかった。学校にいる有希はいつも恋人と一緒だったのだ。しかも人目はばからずいちゃつくバカップルぶりだ。さすがにそれに話しかけるほど無粋でも恥知らずでもない。たまに有希から挨拶されたりもしたが、一言二言喋るだけだった。


 だから、二人はほとんど裏山の展望公園でしか喋らなかった。あれ以来、有希も毎日展望公園に来るようになっていた。そこで彼女はまた意味のわからない話をして、空を見上げ、最後に琢磨を見て笑うのだ。


「たっくんってさ」


 いつの間にか彼女は琢磨をそう呼ぶようになっていた。


「他人とかどうでもいいタイプだよね」


 考えてみて、割と当たっていると思ったので黙っておいた。


「でも、だからかな。なんか地蔵とかに話してるみたいで、楽だよね」

「ひでえ」

「いいことだと思うよ。わたしとかさ、人に相談とかするのって、相談する人にも迷惑をかけるみたいでなんとなく気がひけるんだけどさ」


 そしてまた笑顔を向けてくる。


「その点たっくんなら、いくら話しても聞き流してくれそうだしね」


 そうなのかな。そうなのかもしれない。彼女はここでいろいろな話をした。彼氏の平井(ひらい)洋輔(ようすけ)という男子に対する愚痴が大半だったが、将来の話やら、今日見たテレビの話やら、そのどれに対しても、琢磨は相槌を打つくらいしかしていなかった。休憩がてら、呼吸が落ち着くまで彼女の話を聞いただけだと言ってもいい。


 だがこれだけははっきり言っておきたかった。


「聞き流しちゃいねえよ」


 ちゃんと聞いている。彼女が話しているのは少なくとも地蔵ではない。


 有希は一瞬きょとん、とすると、またからからと笑い出した。


「うん、そうだよね」


 琢磨は彼女の笑いの意味が分からず、憮然とした表情で彼女の笑顔を眺めていた。


 彼女の笑顔を見ていると、彼の心の中にあってくすぶり続けている不安を不思議と忘れられた。




 ある日、琢磨は中学のころからよく一緒に行動していた斉藤(さいとう)哲紀(てつのり)から、有希が洋輔と別れたという話を聞かされた。

 哲紀は不思議なほど情報通な男だ。


「なんかさ、雨野が誰かとヤったのヤってないので、相当な修羅場だったらしいぜ?」

「へぇ」


 あれだけ愚痴が出てきていたのだ。何かのきっかけで分かれることもあるだろうな、と思い、琢磨は声だけ返しておいた。本人に言ったら怒られるかもしれないが、彼女の開けっぴろげな性格を考えれば、そういう関係になる男が何人かいたところで不思議ではない。


 どちらにしろ、もう雨野は展望公園に来ないかもしれないな、と思った。琢磨にとって彼女の話が休憩の間の暇潰しだったのと同じように、彼女にとって琢磨と話すのは彼氏に対する鬱憤(うっぷん)を晴らすため、というところが大きかっただろう。


「まぁ、今度顔見たら元気出せってくらいは言っておくか」

「え、あれ? お前じゃなかったの? ヤった相手」

「は?」


 不意を打たれ、琢磨は驚いて哲紀を振り返った。


「なんか最近仲よかったじゃん? お相手はお前だって噂だよ」

「いや、少なくとも俺じゃない」

「ふぅん。まぁ、お前がそういうんならそうなんだろうけどな」


 今日も家か?と聞く友人の問いに曖昧に頷くと、琢磨は家への帰途についた。今日も道場の練習に付き合わなければならないのだ。




 ランニングを日課として始めたのは、道場で鍛えるようになってからだった。


 鍛えると言っても、弟の言うとおりに門下生を指導したり、技をかける練習に使われたりするだけだ。琢磨が自分を鍛えられるほどの鍛錬はとてもできなかったし、琢磨としてもするつもりはなかった。


 それでもランニングを始めたのは、単純に少しでも家にいる時間を少なくしたかったからだ。

 暴力事件やら何やらで道場の威信を汚した琢磨は、両親からも冷遇されている。それは仕方ないと思うのだが、弟がそんな琢磨に同情するのだけは我慢ならなかった。弟にそんなつもりはないのかもしれないが、弟に同情されるかもしれない、というだけで琢磨は情けなさにやりきれなくなった。しかし、そこから逃げる情けなさも弟に見透かされているのではないかと、いつも不安だった。不安だから思い切り走った。それでも不安は消えなかった。


 そしてその日も琢磨はランニングに出かけた。午後十一時、いつもの時間に家を出発し、いつものコースをいつものペースで走り、いつもの展望公園にたどり着く。


 予感はしていた。あるいは期待と言えるものだったかもしれない。


 雨野有希は、今日も展望公園にいた。




「や」

「よ」


 短い挨拶を交わす。有希はいつも琢磨が休憩しているベンチに座っていた。


 琢磨はいつもどおりにそのベンチに座る。


 座ってみると、有希と自分との間の空気がやけに冷たく感じられた。変に気をつかうな、と琢磨は自分をいさめた。


「あの、さ」


 彼女にしては珍しく、妙な歯切れの悪さがあった。


「実はね」


 正面を向いていた顔を、彼女の方に向ける。


「たっくんのこと、待ってたんだ」


 ――自分はバカだ。


 琢磨は結局変に気を遣って彼女に視線を合わせていなかった自分に気付き、後悔した。


 彼女は、震えていた。


「今日は寒いね……」

「……寒いね、じゃねえよ。お前、震えてるじゃんか! いつからここにいた?」

「学校終わってすぐ来た」


 もう五、六時間経っていることになる。


「すぐ帰れ。風邪ひくぞ?」

「いいよ」

「何言ってるんだよ。早く体温めないと」

「じゃあ、たっくんがあっためてよ」

「あほ」


 冗談だと思い一蹴すると、有希は琢磨の首に腕を回し抱きついてきた。体の冷たさに驚き、慌ててこちらも腕を回して温めたくなる。が、それはすんでのところで思いとどまった。


 すると有希の鼻が首筋に当てられ、すんすんと臭いをかがれた。琢磨はこそばゆさに身をよじる。


「汗臭い……」

「そりゃ、走ったあとだし……」


 よく分からない言い訳が口をついて出る。なおも有希は臭いをかぎながら、さらに首筋を鼻でなでるように顔を動かし始めた。鼻が鎖骨に当たり、ぞくりとする。熱い息が首筋を嘗め回す。有希が動物のように息を荒くして臭いをかいでいる。


 彼女は顔を上げ、琢磨の目を見つめた。


「ねえ、お願い」


 その言葉を発した口に琢磨の視線は吸い寄せられた。赤い唇は、唾液に濡れてこちらを誘っているようだ。


 琢磨はついに彼女の背中に腕を回すと、ゆっくりと、顔を近づけていった。


 有希が目をつぶる。


 琢磨は、そのみずみずしい唇を名残惜しく思いながらも、そのまま自分の顔を彼女の肩の上に寄せ、ただ抱きしめた。


「なんか、あったのか?」


 琢磨ができるだけ優しい声音で聞くと、有希はふっ、と苦笑をもらした。


「……白々しい。知ってるんでしょ?」

「まだ雨野から聞いてない」


 そう言うと、彼女はぽつりぽつりと喋りだした。


「……別れたの。今日。呼び出してふってあげたの」

「なんで」

「洋輔ね、なんか困ってるみたいなのよ。昔の先輩だかに怪我させたとかで、お金がいるみたい。それで、バイトとか寝る時間ないんじゃないかってくらいやってて」


 首に回された手に力がこもる。


「でね、一緒にいるとね、そんなのバレバレなんだよ。寝てないな、とかさ、悩み事あるんだな、とかさ。もう見てられないくらいなのにさ」


 琢磨の肩に顔をうずめる。


「あいつ、何も言ってくれなくてさ」


 温かいものが服を通じて肩まで濡らした。


「わたしといるとき変に気を遣って、無駄に明るく振舞おうとしてさ。何かあるの分かってるから話して、って言っても、ごまかすしさ。信用されてないのかな、て」


 それはきっと、琢磨とここで会ったころからずっとなのだろう。


 彼女がここで最初に言ったことを思い出す。近くて遠い星。それに自分の今の状況を投影してしまったのだろうか。


「だからね、別れたほうがいいと思ったの。でも、なんか洋輔に勘違いさせちゃったみたいで」


 友人の話に出てきた修羅場というのは、そのあとのことなのだろう。


「ダメだよね、わたし」


 きっと急に自分と話すようになったのも勘違いさせた原因のひとつだろう。彼女が言ってくれない不安を抱えていたように、相手も言えない不安を抱えていたはずだ。彼女の気持ちが離れてしまうのではないかと、気が気ではなかったのではないだろうか。


「でも、これで良かったんだよね」


 彼女が少し落ち着きを取り戻してきたのが分かった。しかし、琢磨はいまだ微動だに出来ず、何か声をかけることもできなかった。


 辺りを静寂が支配する。


「ねぇ」


 急に彼女が小さな声で呟いた。こちらに聞こえるかどうかもあやしいような、そんな声。


「ん?」


「…………」


 応える声に沈黙が返ってきた時点で、気付く。ああ、彼女は聞こえなくともよかったのだ。


 でも聞こえてしまった。聞こえた、と行動で示してしまった。


「星は好き?」


 続けた言葉はいつかの焼き直しで。


「……いや、別に」


 自分も同じようにしか応えられなくて。


「わたしはあんまり好きじゃない」


 その声はいつかよりもずっとか細くて。


「星ってさ」


 体と同じように、震えだして。


「結構近くに寄り添ってるように見えるけどさ、本当はすごく離れてるんだよね……」


 最後は、こんなにも近くにいるのに聞き取れないくらいになっていた。


「いや」


 耐え切れず、ついに琢磨は声を出した。


 そうじゃない。少なくともそれに投影して悲観するのは間違っている。


「星は、離れているけど、近くに寄り添えているんだ」


 彼女の反応は鈍かった。ゆっくりと顔を離し目を合わせ、視線で先を促してくる。


「星は遠い。それはもうどうしようもないくらい事実で、変えようがないことだけどな、俺たちが見上げる星は近く見えるじゃん? どんなに遠くてもさ、ちょっと見かた変えるだけでこんなに近くなるんだ。まして、同じ星の、同じ町の、同じ学校にいて、付き合ってるんなら…いくらでも近くなれるんじゃねえかな。そのためには――」


 彼女はまだ無反応だった。さすがに琢磨の中で焦りが生じてくる。


「一瞬の勇気と」


 それはそう、今から喧嘩別れした恋人に連絡をするような。


「笑顔」


 それはそう、彼の不安を全部どこかへ吹き飛ばしてくれたいつものように。


「暇があるなら流れ星にお願いしてもいい。探すのなら手伝う。だから、まぁ、そのな、なんだ。えっと……」


 上手い言葉が見つからない。


「……星を、あんまり嫌いになってやるなよ」


 ようやく思いついた言葉に自分で恥ずかしくなり、ついでにそれまで語ったことも恥ずかしくなってしまい、琢磨は目を逸らしながら口にした。


 有希はまだ無反応だった。あまりの沈黙の長さに、目を閉じてその場から消えてしまいたくなってくる。


「……じ」


 ようやく有希が反応してくれて、琢磨はそらしていた目を戻す。


 有希は、真っ赤にはらした目を……大きく見開いていて。


「地蔵が喋った」


「ひでえ」


 あははは、と彼女は涙の名残の残る声で笑い、そしてごめんね、と言った。


「うん、でも、ありがと。なんとなく、言いたいことは分かるよ」


「いや、別に……ああ、そうだ。忘れてた。元気出せよ」


 哲紀と話しているときにそう言おうと決めていたのを思い出して口にする。


 有希はなにそれ、と笑ったあと、


「うん。ほんとありがと」


 と、琢磨にそっとくちづけた。硬直する琢磨を突き飛ばすように彼から離れると、彼女は携帯電話を取り出し、


「とりあえず、洋輔に電話してみるね!」


 と言って、二回だけプッシュ音を響かせると、両手でしっかりと持ったそれを耳に当てて琢磨から離れた。


 琢磨は彼女の様子を窺いながら、自分も携帯を取り出し、哲紀に電話をかけた。


『なんだ、どうかしたか?』

「ああ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど――」


 視線の向こう、有希が琢磨に向かって親指を立てる。琢磨は軽く手を振ってそれに応えた。


『――こんなこと聞いて、どうするんだ?』

「ああ、まぁ、ちょっとな」


 電話を切った琢磨のもとに、有希が駆け寄ってくる。彼女は、どうやって仲直りしようか、といったことについて、自分のプランを熱心に話してくれた。


 琢磨はそれをたまに相槌を打つだけで聞いていた。






 その日の午後十一時、琢磨は日課のランニングを休んだ。


 説明のつかない衝動が琢磨を突き動かしていた。そう大きくない町の、明かりが少ないところを歩き回る。おおっぴらに人に言えないことをしている人間が好む場所は分かっていた。


 そして琢磨は、目的の人物を見つけた。


「先輩」


 古賀(こが)隆樹(たかき)。琢磨の高校の二つ上の先輩であり、洋輔を脅していた人物だ。智紀に聞いたところ、琢磨とも面識がある人物だった。

 五人ほどの友人と一緒にいた隆樹は、琢磨の顔を認めると、あからさまに顔をしかめた。


「んだよ、大宮。今さらなんか用かよ」

「古賀、誰よそれ?」


 隆樹の友人のひとりがうろんな目で琢磨を見ながら問うと、隆樹の顔のゆがみはさらに深まった。ぶっきらぼうに答える。


「後輩だよ」


 最初に聞いた友人以外の目も琢磨に集中した。


「へえ。仲いいの?」


 別の友人が聞く。


「良かった覚えはねえよ」

「ふぅん……」


 明らかに隆樹が警戒していることに気付いたのだろう。友人たちは琢磨を値踏みするような表情になった。


 琢磨はそこまで黙って待って、用件を切り出した。


「先輩。うちの高校の奴が迷惑してる。この辺で悪さすんのやめてもらえませんか」


 一瞬で。


 隆樹たち六人の雰囲気が変わった。


「それ、お前に言われることじゃねえよな」


 そう言われることは分かっていた。


「そうっすね。でも、やめてください。お願いします」


 琢磨は頭を下げた。


 隆樹が息を飲んだのが分かった。


「なにお前、そういうキャラだったっけ?」


 からかうような言葉は無視した。


「お願いします」


 頭を下げたまま、繰り返す。


「バカか。そんなの聞く奴がいるかよ」


 確かにそうだと、琢磨も思っていた。


 だが、琢磨は決めていた。どうにかして、暴力を使わずに話し合いでこの人たちを止める。


「お願いします」


 しかし、口下手な琢磨にはそう繰り返すことしかできなかった。


「いいんじゃねえの? これから毎日俺らの遊び金、ソイツに出させるってことで」


 隆樹の友人のひとりがそう提案する。


「それはできません」


 即答する。


「おい、そいつ、俺らなめてんだろ」


 ひとりがそう言い出した。まずい兆候だった。


「違う。話を――」


 聞いてください。そう言おうとして顔を上げたところで、頭に衝撃が走った。


 殴られた。本能的に怒りが湧き起こったが、耐える。弟の顔が頭をよぎった。ここで騒ぎを起こしたら、またあいつに心配される。


「ちょ、お前、なにしてんだよ!」


 隆樹が慌てて殴った友人を止めた。以前の琢磨を知っている彼からすれば、なるべく暴力沙汰は避けたかった。


 だが。


「話を、聞いてください。悪い話じゃない」


 琢磨が手を出してこないことを知ると、態度が一変した。


「へえ? おい、とりあえず聞こうぜ」


 かつて自分のプライドを傷つけた相手が下手に出てきていることに、気をよくして、隆樹が言った。


 友人たちも、それにならう。


 琢磨は内心息をついた。とりあえずは、話し合いに応じてくれた。ここからが正念場だ。 




 結果的に、琢磨は説得に失敗した。

 激昂した隆樹たちに殴られ、蹴られ、それでも話をしようと手は出さなかった。


 隆樹たちを止めたのは、警察だった。誰かが通報したらしい。


 琢磨も連行されたが、ひとりだけ傷だらけだったことが幸いし、リンチを受けたということで事情聴取だけされて解放された。

 警官の話では、隆樹たちは当分姿を消すだろうから安心しろ、とのことだった。琢磨も智紀から、隆樹たちを警察がマークしているという情報は得ていた。それを交渉の材料にしようと考えていたのだが、口数の少ない琢磨から言われたら、脅しにしか聞こえなかったに違いない。


 家まで送るという警官の申し出を丁重に断って、琢磨は歩いて家路についた。


 途中で、いつもの展望公園の前を通りがかった。


 有希の声を、表情を、体温を、思い出す。


 たまらなくなって、琢磨は走り出した。絶叫を上げけいれんしそうになる足の筋肉を叱咤し、回転を上げていく。自分に精神というものがあるのなら、それを置いていくかのように加速する。砂利を踏みしめる足は、不安定で転びそうになるが、なんとかバランスを取って前へ。

 ただ必死に走っていると、いつの間にか山頂の展望公園に着いた。


 さすがに限界が訪れて、琢磨はいつものベンチに倒れこんだ。


 息を整えるため、ごろりと仰向けになる。口の中にたまる血でたまにむせながら、必死に空気をむさぼった。


 少しだけ頭が冷えてきた。


 自分は今日、何がしたかったのか。結局何もできなかった。


 ただ、とりあえず有希の心配の種がひとつ減ったことだけは確かだろう。


 大きく息をついて、いつの間にかつむっていた目を開く。


 ……星空がぼやけて見えた。右目に血が入ってよく見えないせいだろう。体のあちこちが悲鳴を上げていた。展望公園のベンチの上に大の字に寝転がって、満身創痍の少年はどこか虚しさを感じながら、何も考えず星空を見上げていた。


「……ああ」


 ふと、思い当たる。


 考えてみれば、自分は有希のことが好きだったのだ。


「ちくしょう、痛ぇ……」


 失恋の悲しみと自分の馬鹿さ加減に悪態をつく。


 だが、それでも。


 ――星は好き?


「ああ、割と好きだ」


 満天の星の中、寄り添うように輝く星を見つけて、琢磨は笑った。


 青春っぽい話が書きたくて書きました。

 好きな子のために頑張って、空回りに終わることってあるよね!

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