下駄箱に手紙……
彼女が本屋で本を買うところを、見ていた日から数実後。
授業も終わり、俺は帰ろうとしていた。
「なぁ、一夜……。 今日どっか行かねえか?」
「ん……」
斎藤がそう提案し、俺は少し考える。
特に用事があるわけでもなく、家に帰ってゆっくりと本を読もうとしていたぐらいだ。
「……わかった」
俺は了承した。
「じゃ、何処いくか?」
教室を出て俺達は下駄箱に向かう。
「……カラオケとかどうだ?」
「カラオケね……」
「嫌か?」
斎藤が聞いてくる。
妙に楽しそうに見えるのは、気のせいだろう。
「嫌というわけじゃないんだけど……」
「……?」
「あまり歌う気にはなれないな……」
「そっか」
俺の言葉を聞き、斎藤はまた考え始めた。
「じゃ、ゲーセン?」
「……う~ん」
悪くはないんだけど、俺が得意とするゲームがあるかどうか。
この間行ったときには、そのゲームが見当たらなくて落ち込んだ。
「だったら、ゲーム屋に行くか?」
確かにゲーム屋に行けば、やりたいゲームはあるだろう。
しかし、お金を無駄に使いたくはない。
「……やっぱ、ゲーセン」
「了解だ」
結局、俺はゲーセンを選んだ。
やりたい筐体がなくても、斎藤の後ろで見ていれば十分だろう。
ほぼ何も入っていない鞄を肩に回し、持ちやすくする。
「そういや、一夜」
「なんだ……?」
「ヤンデレって、なんだ……?」
斎藤の質問に、俺は唖然とした。
「……行き成り何だ?」
流石に何の脈絡もなかった為、流石に質問の企図が分からない。
普通に聞き返した。
「いやな、比乃いるだろ?」
「ああ」
「髪が長くて表情がわからない女って、ネット検索したら、何故かヤンデレっていう単語にありついてな……。 意味を読んでも理解できなくて……」
「俺に聞いた、と……」
俺が理解すると、斎藤は頷いた。
――なんでヤンデレがヒットするんだ?
訳が分からなくなりつつも、仕方なくヤンデレという単語の意味を思い出す。
「病んでいる原因と抱いている好意が、関係している……。 ぶっちゃけ……、独占欲が強い人間と思っておけばいいんじゃないか?」
「……日本語でお願いします」
「……その人が好き。 だけどその人が自分以外の女と話しているだけで、その女を殺そうとしたりする可能性もある猟奇的な存在……、かな? ……でも、ヤンデレは必ずしも猟奇的とは言えないしな……。 好きな相手のためなら、殺人も簡単に行える存在? 何でもする……? それともストーカーと言った方が良いのか?」
「……」
「……お前が調べた事が、ヤンデレの全てだと思うんだけど」
「だったら、ヤンデレっぽいセリフの方が分かりやすそうな気が……」
斎藤がそう言ったため、仕方なくヤンデレのセリフを思い出す。
しかしながら、俺はそれ程ヤンデレが好きなわけでもない。
あまり知らないのだ……。
最終手段として、携帯でヤンデレセリフと検索する。
「あった」
見事に検索にヒットし、俺は携帯を斎藤に渡す。
気がつくと下駄箱の近くまで来ていた。
携帯を預けたまま、俺は靴を履き変えようと下駄箱の扉を開ける。
「……ん?」
しかし俺は靴を取り出す前に、下駄箱の中に見慣れないものが入っていることに気がついた。
それを俺は取り出す。
――手紙?
それは、何処にでも売っていそうな長細い封筒。
高校生が使うにしては、違う気がする白く長細い封筒だった。
誰もが下駄箱に入っている手紙は、ラブレターだと思うはずだ。
現に俺も、ラブレターだと思う
カミソリレター何てモノは聞いた事があるが、流石に貰うとは思えない。
――まさかな……。
ラブレターなんてものを貰う事はないと思うが、流石に現状ではラブレターと考えるしかほかない。
――差出人は誰だ?
そう思って、封筒を裏返す。
「……」
「一夜~?」
「悪い、用事ができた!」
「はぁっ!?」
斎藤の手から俺の携帯を奪い、外ではなく校内に走り出す。
何も考えず俺は走った。
とにかく一人になれる場所に、俺は走る……。
階段を上り、屋上に向かう。
「走るな~」
途中で教員が注意してくるが、俺は気にしない。
一気に階段を駆け上がり、屋上のドアを開けて外に出る。
「ハァ……、ハァ……」
息切れしながらもドアを閉め、俺は周りに誰もいないことを確認した。
走ったせいで、血液の流れが速いのを理解できる。
握り締めていたせいか、封筒は少しだけ変な折れ方をしていた。
しかし俺は気にせず、ドアに背を付けもたれかかりながら腰を下ろす。
――マジ、かよ……。
少し落ち着いたところで、手にもった封筒を再度確認する。
両面ほぼ真っ白だが、封筒の裡面に綺麗な字で名前が書かれていた。
「比乃、紅里……」
俺はその文字を呟いた。
片思いしていた、彼女の名前だった。
洗い息を吐きながらも、ゆっくりと封筒の中の手紙を取り出す。
中にはただ一言、こう書かれていた。
今日の放課後、教室で待っています……。