俺と彼女と本……
とある日の放課後、俺は帰り道で見知った後ろ姿を見かけた。
周囲とは違う雰囲気を纏い、伸び放題の土色の長髪を揺らし歩く姿。
そう、彼女だ……。
「……」
一人で帰宅だろうか、俺が見た限り周りに友人らしき姿は何処にもいない。
――って、そりゃそうか……。
評判を考えてみれば彼女の交友関係が、ほぼ無い事に簡単に気がつくだろう。
彼女に気がついた通行人は、少し驚き距離を取る。
おかげで彼女の周りは人がいない。
しかし、彼女は気にしてないのか歩き続けた。
彼女の髪が整えられていれば、周りも違うのだろうと俺は思いながら、俺は彼女と同じ方向に歩く。
同じ帰り道に、少し心を弾ませながら彼女を見た。
家を知りたいとは思わないが、何処らへんで分かれるかは知っておきたい。
――コレが恋いというやつ……、というより行き過ぎた恋の結果、ストーカーに変わった人間じゃないか、俺……?
頭の中で考えながらも、視線は彼女を追う。
――ま、とりあえずは帰り道が分かれるまでは……。
だが、彼女は俺の思いとは裏腹に、近くの店に入って行った。
「……本屋?」
唖然としながら、俺は彼女が入っていった店を見ながら口に出した。
そこは水野書店と言い、俺もよく利用する結構大きな本屋だ。
一階から二階まで本を置いており店内は広く、普通の本から怪しげな本まで何でも揃えている。
頼み込めば国家機密をまとめたレポートを本にしてくれ、国家御用達と言う噂が流れているが、真相は定かではない。
というか、明らかに嘘だろう。
誰だよ、くだらない噂を流したのは……。
だが、近隣でこれ以上の質を持った本屋はない。
――本、読むのか……。
彼女が本を読む事に驚きを隠せず、俺は彼女を追って本屋に入る。
自動ドアが開き、店内に俺が入店したことを知らせた。
「いらっしゃいませ~」
店員がそう言ってくる。
もちろん、いらっしゃいませという言葉に返事する人間がいる訳がない。
軽く店内を見渡す……。
――いた。
すぐに俺は彼女を見つける事ができた。
再度周囲を見て、彼女の方に探しているコーナーを見つけるフリをする。
これでは完全にストーカーだろう。
「……ふぅ」
しかし俺は気にせず、彼女がいるコーナー付近に近づく。
――何見てるんだ……?
彼女の後ろらへんで、彼女視線の先を見た。
女性だから女性誌かなとも思ったが、女性誌のコーナーは場所が違う。
俺が良く見ていた場所だから気にならなかったが、彼女がいる場所はライトノベルのコーナーだ。
「……」
――ライトノベル読むんだ……。
俺は初めて知った事に、驚きつつも近くの本を見た。
彼女が書店を出たのは、それから30分後だった。
ライトノベル数冊と参考書を買っていた。
店員が彼女を見た時の驚きが新鮮だったが、流石に驚かないであげて欲しい。
「……」
買った本をバックにいれ、彼女は寄り道を終えた。
流石に何を買ったかまではわからない。
彼女は途中で別の道に入り、俺のストーカー紛いの行動は終わった。
翌日、彼女は普通に学校生活を送っていた。
ライトノベルとはいえ小説であるから、学校に持ち込んでも読んでも良いのだが、彼女は学校で読む気がないのか、持ってきてないのか、何時もの様にノートに何か書き続けている。
――家で読んだのか……?
そう思いながら、俺は自宅から持ってきた小説を手にした。
「お、今日は本の方か」
間が良いのか悪いのか、本を開けた瞬間に斎藤がやって来た。
俺は仕方なく、開けた本を閉じる。
「……読まないのか?」
「お前が来たからだろ……」
「そりゃそうか……」
斎藤は苦笑しながら俺の手から本を取り、そして斜め読みをし始める。
人が読もうとしていた本を、勝手に読まれるのは妙に腹立たしく感じるだろう。
事実、俺は今感じている……。
「ふんふん……」
斜め読みのせいか、ページを捲る速さが尋常ではない。
そもそも斜め読みをして本当に読めているのだろうか。
俺はそんなことを思いながら、彼女に目を向ける。
「……」
未だノートに、何か書き続けている。
――気になるな……。
彼女のノートに書かれていることが気になりながらも、斎藤に視線を戻す。
すると丁度読み終わったのか、斎藤は本を閉じ返してきた。
「まぁ、面白いんじゃないか?」
「当たり前だ……」
微妙な感想だが、斜め読みではその感想が精一杯だろう。
俺は斎藤から本を受け取り、机の上に置く。
「……面白いと思った本しか、買わないからな」
「さいっすか……」
斎藤は呆れたように言うと、また俺の机の上に座った。
「……そういや、お前の面白い基準ってなんだ?」
いきなり俺の方をむいて、聞いてくる。
少しばかり驚いてしまったが、誰にも気がつかれてないだろう。
「面白い基準、ね……」
俺は斎藤の言葉を反復し、軽く考えた。
「お前のだぞ?」
「わかってる……」
少し考え俺は思いついた事を口にすることにした。
「物語だな……」
その言葉に、斎藤は瞬きし眉を潜める。
理解出来てないらしい。
「まず最初に俺は、物語になっているものしか読まない。 誰かの私小説とかも読んだことがあるが、妙に肌が合わなかったからノンフィクションの物語じゃなく、完全に作られた物語……。 創作物だな……。 そういうものしか読まない。」
「ほ~」
「その事から思いつくのは、シナリオが良く出来ている。 また文章から感情や、人物の動きが分かるものだろうな……」
「……」
「まぁ、知ってるだろ?」
「ああ……」
シナリオが良いものしか読まないということは、俺が常日頃から言っていることだ。
仲の良い斎藤が知らない分けがない。
というか、昨日あたり言った覚えがある……。
だが、俺は気にせず喋り続ける。
「で、俺の面白い基準がシナリオっていうのはアレだから、もう少し言葉にすると……。 アレだ……。 アレ」
「あれって……」
俺の言葉に斎藤は呆れた。
流石に、アレと言って通じる訳がなかったようだ。
当たり前の反応か……。
「……探偵モノで、謎が分かった感とかな? 複雑に絡み合ったシナリオが、解けて1つになるような……。 そういうの?」
「なるほどな……」
「……伏線があるヤツとかだろうね……。 そう考えると、ライトノベルとかが一番肌に合う感じだな……」
その言葉と同時に、授業開始のチャイムが鳴る。
「もう時間か……。 後でな」
斎藤はチャイムの音を聞くと、俺の席から下りて自分の席に向かう。
「貸したノート、そろそろ返せよ?」
俺はそう言って、机の中から教科書を取り出した。