何時もの授業中……
授業終了後、斎藤は一直線に俺のところに来た。
すぐ来ることから、仲が良いのは分かってもらえるだろう。
しかし見方を変えれば、斎藤が俺以外の友人がいないというふうにも、捉えることができる。
「なぁ、さっきの授業のノート、貸してくれないか?」
手を合わせ、斎藤はそう言ってきた。
溜息を聞きつつも、先程の授業で使っていたノートを見せながら口を話す。
「……何やってたんだよ」
貸す前に、一応理由を聞いた。
「あのセンコーが、文字を消すのが早いんだよ……」
確かに文字を多く書きすぎた為に、古い文字とは言え書いている人がいる可能性がある文字を消した。
斎藤の言葉は正しい。
――しょうがない……。
仕方なく、ノートを斎藤に差し出す。
その瞬間、斎藤のから暗い雰囲気が消えた。
「サンキュー♪」
そう言って、ノートを受け取った。
「……次からは、消される前に書き写しておけ」
「ああ。 あのセンコーの授業は、早めに板書しておかないと不味いという事を、今日は理解させられたぜ……」
肩を落とし、斎藤は深い溜息を付いた。
半年ほど同じ教員の授業を受けていたのだから、どういう授業をしているのか理解しているものだが、斎藤は理解してないようだ。
少しばかり呆れてしまう。
斎藤は自分の机まで歩き、ノートを机の中に入れ俺の所に戻ってくる。
「で、今日は読書しないのか?」
苦笑しながら聞いてきたため、俺は携帯の画面を見せる。
そこには、ネット小説のタイトルが多く並んでいた。
「今日は二つか?」
「……ああ」
斎藤が画面を見ながら、そう呟いた。
「……文字数は、どのくらいだ?」
「十万と十三万だな」
「……相変わらず、多いな~」
「シナリオ重視だが、熟してないモノには興味がないな……。 故に文字数が多いモノになるんだ」
「手厳しいお言葉で……」
斎藤は苦笑しながら、そう言った。
ネット小説とはいえ、書いているのはプロからアマチュア、子供から老人という風に色々な人が小説を書いて投稿している。
毎日書いて投稿している人もいれば、偶にしか書かない人もいるし、少し書いて投稿しなくなる人もいるのが、ネット小説というモノだ。
その中で十万文字以上の作品は、結構シナリオが出来上がっているか、真面目な構想が作られているモノが大半。
結局、真面目に書いている小説という事だ。
携帯をポケットに入れ、椅子の背もたれに身を任せる。
「……で、読まないのか?」
不思議そうに斎藤は俺を見た。
ほぼ毎日何かを読んでいるからか、何も読んでない俺に違和感を感じるのだろう。
「……次の授業で読む」
「次って……」
「数学だから、別に問題ないだろ……」
こういう時、一番後ろの席は得だ。
前に座っているヤツを盾に、小説を読むことができる。
もちろん授業もちゃんと受けるが、真面目に聞く気はない。
他のヤツも長袖からイヤホンを出して、頬杖を付いているふりをして音楽を聴いていたり、机の下で携帯ゲームなどをしていたりする。
問題がないわけではないが、教員にバレなければいいのだ。
「だいたいお前も、教員の死角になる左耳で音楽聴いてるだろ?」
「……まぁ、な」
斎藤の席は、前から二列目の窓際。
この時期は良い天候のため、眠気を誘う様な暖かな場所だ。
基本的に教員は、窓際の席に座る者を注意して見る箇所がある。
窓から外を見ているか。
授業を受けてないというふうに取れるため、基本的に視線の行き先が窓の外を向いていないか、教員は必ず確認する。
窓以外の不自然な箇所を見ていても、教員は気が付く。
だが斎藤は、そこを利用した。
前の列で窓か廊下側という席という為に、教員にはどうしても死角が生まれてしまうのだ。
教員の位置から見える耳の反対側。
その見にくい位置が前列の席になる事で、教員には絶対の死角になるのだ。
斎藤はその点を付き、ズボンのポケットからイヤホンを背中に回して耳につけているのだ。
普通にイヤホンを付けるのとは違い背中から回される分、前から見られてもほぼ分からないだろう。
さらに普通にズボンからイヤホンを伸ばしてしまうと、首から耳の間でイヤホンのコードが見えてしまうが、背中に回すことによってイヤホンのコードは首が隠してくれる。
そうやって斎藤は授業中にイヤホンを耳に付けて、最小の音量で音楽を聴いているのだ。
「どっちもどっちだ……」
斎藤は肩を上げると、俺の机に座った。
「……暇だな」
「ああ……」
「面白い事ないかな……」
「ないだろうな……」
そう言いながら、俺は彼女を見た。
次の時間の予習なのか復習なのかわからないが、ノートを広げシャープペンを走らせている。
相変わらず前髪で表情がわからない為、何を思っているのか読み取る事ができない。
そして休み時間が終わり、数学の授業に入る。
ノートを広げ右手にシャープペンを持ち、問題を書き写す。
そんな中、左手は携帯を持っていた。
画面は斎藤に宣言した通りに、ネット小説のページを開いている。
教員は適当に黒板へ問題を書いて生徒に解かせているため、教員を注意しておけば下をずっと見ていても不自然ではない。
――なんか、妙なシナリオだな……。
俺は画面の文字を読んで、そう思った。
「じゃぁ、斎藤。 お前が一番やれ……」
「うぇっ!?」
教員に問題を解けと言われ、斎藤は変な声を出した。
問題を解いていないのだろう。
明らかに困惑した表情で、黒板とノートを見比べる。
渋々立ち上がり教員が目を離した隙に、イヤホンを外して服の下に隠す。
頭が悪いわけでもないのだが、斎藤は授業中に人前に立つのを嫌っている。
なぜ服装が目立つのに、授業中は目立ちたくないのか不思議でしょうがない。
「え~っと……」
白いチョークを持ち、斎藤は黒板に書かれた問題をその場で解き始めた。
「……」
彼女は相変わらず、ノートを見て文字を書き続けている。
書いている文字は明らかに数字ではなく、シャープペンが様々な動きをしていた。
――何時もの事ながら、本当に何やってるんだ?
確実に授業とは関係ない事をしているのは、間違いがないだろう。
彼女は数学の時間になると、こういう風に関係の無い事を始めるのだ。
勉強熱心にノートに文字を書く姿が、この授業の時だけ俺には感じられなかった。
それとも数学は、勉強しなくても分かると言う事なのだろうか。
彼女のノートに何が書かれているかは、俺がわかるわけもなく真相は闇の中。
――何、書いてるんだろう……。
俺はそう思い、彼女のノートを見るように顔を動かす。
「……で、こうだっ!」
だが黒板の方から声がした為に、俺は黒板に顔を向けた。
斎藤が問題を解いたらしい。
教員が赤いチョークで、斎藤が出した答えに丸をつけた。
どうやら正解したようだ。
「今度は、早く解いておけよ」
「……うぃっす」
「じゃ、次は秋山、比乃……。 この二つの問題だ……」
その言葉に、彼女が顔を上げる。
――分かるか……?
俺は先程まで関係の無い事をしていた彼女を、心配そうに見つめた。
「じゃぁ、私はこの問題を……」
そう言いながら秋山夏子という女生徒は、斎藤からチョークを受け取り、黒板に書かれた問題に取り組み始めた。
必然的に彼女は、残った問題を書くことになる。
「……」
ゆったりとした歩調で、彼女は黒板にたどり着きチョークを手に取る。
そして何か考え込むように、黒板に書かれた問題を数秒ほど見つめ、答えを書き始めた。
ちなみに、彼女が書いた答えは当たっていた。