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『死人』と呼ばれる彼女は小説家志望  作者: 葵 束
第一章 死人の彼女
3/7

彼女を知ったのは……

 彼女、比乃紅里が死人と言われるようになったのは、約一年と半年前。

 この高岡高校たかおかこうこうに入学して、すぐの事だ。

 彼女のクラスメイトである誰かが、彼女を見て死人と言った事が始まりだと聞いた。

 入学当時から前髪で表情を隠し、あまり喋らなかった事が災いしたようだ。

 死人と呼び名を付けるのはどうかと思うが、その原因が死人と言った人物だけでなく彼女も関わっているから何も言えない。

 前髪で目元が見えないとはいえ、彼女の表情は能面のようだ。

 さらに腰までかかる土色の長い髪も手入れしていないのか、いろいろな方向に曲がっている。

 彼女を総合的に見て言うなら、関わりたくない暗い女性という風になるだろう。

 これでは、死人に連なるような言葉をかけられても仕方がない。


「……」

 彼女は静かに自身の席に鞄を置いた。

「……うぉっ!?」

 項垂れていた斎藤が彼女に気がついたのか、驚愕し立ち上がる。

 その光景を彼女は軽く見て、椅子に座った。

 斎藤のリアクションをなんとも思ってないのか、至って平然。

 静かに鞄からノートと教科書、筆記用具などを出す。

 ちなみに俺の右斜め前の席が、彼女の席だ。

「あ……、ワリィ」

 ばつが悪そうに、斎藤は彼女に誤る。

 しかし彼女は、斎藤を少し見るだけで何も言わなかった。

 教科書とノートを机の中に入れる。

 その姿を見ながら、斎藤は俺の耳元に顔を寄せた。

「……相変わらずだな、比乃は……」

「ああ……」

 俺は斎藤の言うことに頷く事しかできない。

 彼女の横顔を見つめ、俺は深い息を吐いた。


 俺と彼女が初めて出会ったのは半年前。

 二年に進級して、同じクラスになった事がきっかけだ。

 それまで、俺は比乃紅里と言う女性の事など知らなかった。

 それどころか、俺は女性に興味が持てないでいたのだ。

 間違っても、同性が好きという事ではない……。

 他の男子が思っているように、恋愛や性行為がしたいと思わなかったのだ。

 何時も通り斎藤と同じクラスで、少しだけ笑えれば良い。

 俺に恋愛はまだ早すぎる、そう思っていた。

 進級した当初は思っていた通り斎藤と笑い、小説を読み、授業を受けるだけの日々。

 彼女の事も、クラスに必ず一人はいる暗い人物だと思っていた。

 少々髪が鬱陶しいと感じる程度の事。

 彼女の評価はそんなものだ。

 何事もなく平穏に時が過ぎて行く。

 行くはずだった……。

 しかし俺の想像していた事は、進級して二ヶ月で裏切られる事になる。

 突然、彼女の事が気になり始めたのだ。

 意味が分からなかった。

 気がついたら、視線の先には彼女の姿がある。

 長く手入れもされていない土色の髪を、俺の目は追っていた。

 混乱しつつも冷静に、俺は彼女を見ることを止める。

 しかし翌日には、俺の目は彼女を追っていた。

 自分の行動に、呆然としてしまう。

 もし、完全に彼女の事が気になっていたらどうなのか……。

 そう思い、俺は自分の行動を抑える事を止めた。

 すると面白い事に、俺は彼女の見方が変わったのだ。

 クラスメイトが彼女に嫌悪感を抱くと言うが、俺は好印象しか抱けなかった。

 長く手入れもしてない髪も、鬱陶しいという思いが無くなって行く。

 むしろ、美しいと感じられた。

 そこまで思ってくると、今度は彼女の変わらない表情や、一つ一つの仕草が女性らしいと見えてくる。

 その時俺は、自分自身が壊れたのだと思った。

 外見から漂う嫌悪感に、一年以上嫌われ続けた彼女を誰が気になると思うだろうか。

 いや、普通は誰も思わない……。

 それが当たり前なのだ。

 出会って半年で、このような事になるとは当時の俺は思い浮かばなかっただろう。


「……それにしても、気がついたら比乃が横にいるって……」

 斎藤の言葉を聞きながら、俺は彼女を見た。

 ――相変わらず、か……。

 そう思いながら、目を閉じた。

 今なら言えるが、どうやら俺は彼女に惚れているらしい。

 本当に驚きだ……。

「……一夜?」

 目を閉じ反応がない俺に気がついたのだろう。

 斎藤が俺を呼ぶ。

「……」

 しかし斎藤を相手する気力がない為、俺は何もしない。

「お~い、返事しろ~。 むっつりスケベ~」

 ――意味わからん……。

 結局SHRショートホームルームが始まるまで、斎藤の呼び掛けは続いた。




「だから、この文から分かる事は……」

 俺は一番後ろの席で、必死に黒板を見ていた。

 一番後ろの席は嬉しい反面、辛い場所だ。

 利点としては、教員から離れている場所にあるという事だろう。

 何をしていても小さなことなら、基本気が付かれることはない。

 寝るにしても近くない分、分かりにくいはずだ。

 欠点は、黒板の文字が見にくいという事だろう。

 あいにく真面目な俺は、黒板の文字をノートに書き写している。

 しかし文字を読むにしても、遠ければ見にくいというのは当たり前。

 さらに黒板との間に生徒が座っている分、その部分の文字は見る事はできない。

 いちいち体を動かして、その文字を見なくてはいけないのだ。

「……こういう事になる」

 そう言いながら、教員が黒板に文字を書いた。

 俺はその文字をノートに書き写す。

 文字を書く音だけが、教室に響く。

 ――こんなもんか。

 俺は黒板の文字を移すのを終え、シャープペンを机に置いた。

 周りはまだ書いているのか、文字の書く音が消えない。

 そんな中、俺は彼女を見る。

「……」

 相変わらずの表情と言っても良いのか、何時もと変わらない彼女がそこにいた。

 ノートを見て文字を書いているのだが、視界が確保されているかどうかは怪しい。

 しかし彼女が持つシャープペンは、休むことなくノートの上で動いている。

 顔が動いていない事から、おそらく彼女の前髪の下では、目が黒板とノートを行ったり来たりしているのだろう。

「書いたな……。」

 教員はそう言うと、更に喋りながら黒板に文字を書き始めた。

 俺は彼女から黒板に視線を変える。

 少しだけ目を離していただけだったのだが、既に黒板が白いチョークで書かれた文字によって埋めつくされていた。

 目を離した隙に、何があったのか不思議でしょうがない。

 渋々と机に置いていたシャープペンを手に取る。

「それじゃあ、次だな……」

 教員がそう言いながら、黒板全体を見た。

 自身が書いた文字によって、黒板が埋め尽くされている事に気がつかなかったのだろうか。

 ゆっくりと黒板消しを持ち、教員は古い文字を消した。

「……」

 その瞬間に彼女が少しだけ動いた。

 教員が文字を消した瞬間に、彼女は少しだけ顔を上げたのだ。

 もちろん、すぐに俺は気がついた。

 ――もう、ストーカーの域だな……、俺……。

 そう思いながらも、彼女を見る。

 黒板に書かれていた文字が消される中、彼女は口を半開きにさせて黒板を見ていた。

 もし前髪によって隠れている目を見る事ができるのなら、おそらく少しだけ大きく開いているだろう。

 つまり、唖然としている時の目だ。

 ――どうしたんだ?

 斜め後ろの席のため、彼女は俺が見ている事に気がつかない。

「……」

 やがて黒板を見るのを止め、彼女はノートに文字を書き始める。

 ――一体何だったのだろう……。

 俺はそう思いながら、黒板の文字をノートに書き写し始めた。

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