一日の始まり……
死人。
それは、死んだ人間の事などを指す言葉である。
一般的には聞かない言葉であるが聞くとしたら、せいぜいゲームとかの空想が殆どだろう。
ガンシューティングゲームなどで、ゾンビやグールなどと名を連ねる形をとっている。
だがしかし、死人という言葉の意味は死んだ人や死者。
つまり、ゾンビなどの様に死体が動くという事ではなく、純粋に死んだ人間のことを指す言葉なのだ。
二十一世紀に生きる一部の若者にとって、死人は動くのが当たり前の単語なのかもしれない。
話がそれた気もするが、死人という言葉の意味は理解してもらえただろう。
ではもし、その死人がクラスメイトだったらどう思う……。
「……ぅ」
カーテンの隙間から、朝日が部屋に入る。
もちろんお約束と言っても良い感じに、朝日が俺の顔を照らした。
鬱陶しく感じるが、感じたところで朝日が消えるわけでもない。
仕方なく俺は起床する事にした。
「……」
起きはしたが、まだ眠い。
数分間ベッドの上で惚けた後、携帯で時間を確認する。
鶏が鳴きそうなほどの、早い時間帯だった。
流石に二度寝したかったが、今日は平日。
学生の身分であるがゆえに、学校へ行かなければならないのだ。
二度寝して遅刻したら、教員から何を言われるかわからない。
キツイ事は言われないだろうが、それでも何か言われるのは避けたい。
「……おはよう、ございます」
誰かがいるわけでもないが、俺はそう言ってベッドから出た。
俺こと、鈴峰一夜はそう言う男なのだ。
一応健全な男子学生だから、誤解しないで欲しい。
自分で言っておいてなんだが、そこらへんにいる男子学生と変わらない。
頭が良いわけでも、運動神経が高いというわけでもない。
全てが平均的な、いわゆる平凡な学生という奴だ。
趣味も読書だけという、目立つ事もない。
いや、目立つ事はないと思っていた。
親友に俺の特徴を聞けば、十中八九こう答えるはずだ。
『蔵書狂』、と……。
それほど、本を愛していると思われている。
一般的に蔵書狂とは、死ぬほど本が好きな人の事を指す。
そこまで言われるほど、俺は本を所持している姿しか思い浮かばれないようだ。
言っておくが、俺の部屋には気に入った本しか置いていない。
さらに言えばネット小説とかも読む為、蔵書狂という言葉が適切ではない気がする。
活字中毒という意味もあるそうだが、俺は活字中毒というわけでもない。
ただ、物語を読むのが好きなだけだ。
「一夜、起きてる?」
部屋の外から、母の声が聞こえる。
「……起きてるよ」
俺は若干寝ぼけながら返答し、その返答に母は何も言わないで台所に戻っていった。
再度、部屋に静寂が訪れる。
――何読むか……。
学生服に着替えながら、俺は学校で読む物を考え始める。
しかし俺の目に映るものの中に、読みたいと思う本はなかった。
仕方なく俺は携帯の電源を入れて、ネット小説を探す。
学生服の第一ボタンを止めないが、Yシャツの裾は入れているという、訳の分からなさそうな服の着方をして、俺は学校にたどり着いた。
不良っぽい服の着方、というのが一番適切な言葉だろう。
「よっ、一夜」
「はよっす」
「ああ、おはよう……」
顔見知り程度の相手に挨拶され、俺も挨拶した。
適度に相手との付き合いがある分、不良よりはマシだろう。
靴箱の扉を開け、自分の上履きを取る。
ここでお約束なら、ラブレターなど入っているだろうが、あいにく異性の興味を引くようなルックスや行為はしていない。
何事も無く履いていた靴を脱ぎ、上履きと入れ替え履く。
甘酸っぱい話もなく、何時もの日常に俺は少しだけ安心していた。
靴箱の扉を締める。
「……ふぅ」
一息付き、俺はゆっくりと教室に向かう。
平穏が一番とはいえ、あまり変わらない生活も飽きる。
俺はポケットから携帯を出し、今日読むネット小説を探し始めた。
進行方向をたまに見ながら、ケータイの画面を見る。
――ん。
俺はネット小説のサイトで、一番上にある小説のタイトルを見た。
この手のサイトは、小説の人気順によって置き方が変わる。
小説を読者が読むごとにカウントされ、読まれた分だけ人気だという考え方だ。
一見短絡的な考え方だと思うが、人気がある小説は何度も読まれるか宣伝などされ、更に読者を増やし、さらに小説を読まれた分だけカウントされる。
つまり、読まれる回数が多ければ多いほど人気という事になるのだ。
――最近、ずっと同じタイトルがトップにあるな……。
トップにある小説のタイトルを見て、俺はそう思った。
記憶が正しければ、トップにあるタイトルは十日以上トップのままだ。
少し興味を持ちながらも、俺の足は教室に踏み込んでいた。
「一夜」
そう言って、誰かが俺の背中を叩く。
携帯を仕舞いながら、俺は叩いたやつの方を向いた。
「よっ」
そこには、片手を上げ俺を見ている男がいた。
なんと言えばいいのだろうか。
ナンパ男やチャラ男とでも言えばいいのだろうか。
俺と同じくらいの身長で、女受けしそうなイケメンなのだが、服装はチャラ男だ。
そいつは暖かそうなパーカーを着て、適当に学生服を羽織っている。
何時も似たような格好をしているからか、よく似合っていた。
「……はぁ」
「……溜息つくなよ、おい」
俺は肩を落としながら、自分の席に向かう。
後ろから男がついてきていたが、気にしない。
こいつの名前は、斎藤勝己。
中学校時代からの、俺の友人だ。
今ではこんなに軽そうな男だが、中学を卒業するまでは不良に喧嘩を売る事をやめなかった経歴を持っており、必ず斎藤だけが残るほどの腕を持っているらしい。
喧嘩しているところを見たことがないから良く知らないが、噂が経つほどの腕は持っているはずだ。
――それにしても、相変わらず斎藤の高校デビューの方向性が間違ってるな……。
少しだけ俺は思い、自分の席に座った。
「また読書か、インテリ君!」
茶化したいのか、笑いながら言ってきた。
「……構って欲しいのか?」
「おう!」
冗談交じりで俺が聞くと、斎藤は肯定した。
「勝手に一人で遊んでろ……」
「そう言うなよ~。 ウサギは寂しいと死んじゃうんだぜ?」
「お前がウサギというタマか……」
「可愛らしいウサギだろ?」
「……そう思っているなら、病院に行くことをおすすめしよう。」
そう言うと俺は鞄の中から、近所にある病院のパンフレットを渡した。
「ガチで言われてる!?」
「……俺の目にはウサギじゃなく、変な行動をする馬鹿しか映らないからな……」
斎藤は俺とパンフレットを凝視し、肩を落とす。
若干本気で言ったため、落ち込み用が凄い。
床に膝を付き項垂れた。
そんな斎藤を無視して、ポケットから携帯を出しネット小説を読もうとする。
――あ……。
携帯を取り出し画面を見ようと目を動かした瞬間、俺の目はある人物を映す。
土のような色をした長髪で、生きているか死んでいるかわからない女生徒。
比乃紅里。
彼女が俺のクラスに在籍している、死人だ……。