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『死人』と呼ばれる彼女は小説家志望  作者: 葵 束
第一章 死人の彼女
1/7

放課後の教室で……

 夕焼けに染まった教室で、俺は彼女と向かい合っていた。

 時刻は既に五時を過ぎており、この高校の授業はとっくに終わっている。

 そのため教室には、俺と彼女の二人の姿しかない。

「……」

 彼女の顔は前髪に隠れて、ほとんど見えない。

 唯一見える場所と言えば口元だけだろう。

 長すぎる髪の毛が、夕焼けの光によって輝く。

 美容院に行く事がないのか、彼女の髪の毛は伸び放題。

 それは、他人から見れば不潔と言われるだろう。

 伸び放題の髪の毛は、自然と汚らしいと思ってしまうものだ。

 しかし俺の目には、それが彼女の美しさを表しているように見えた。

「……ぁ」

 何か言おうと口を開くが、すぐに口を閉じてしまった。

 引っ込み思案というわけでもないのだが、友達どころか喋る相手もいない。

 喋る事に躊躇いがあるのだろう。

 もしも彼女の姿を俺ではない別の誰かが見たら、必ず驚き距離を取ろうとする。

 彼女の評価は、それ程悪い。

「落ち着け……」

 だけど俺は違う。

「深呼吸して落ち着いて……、な」

 今の言葉では彼女を嫌っているようにも取れるだろう。

 彼女との会話を、早く切り上げたいように感じられるはずだ。

 しかし、俺は彼女のことを嫌ってはいない。

 その逆で、むしろ好意を持っている。

 彼女は俺の言うことに頷き、ゆっくりと息を吸った。

「すぅ……」

「……」

 手を大きく広げ、ラジオ体操のように深呼吸をし始める。

 そのとき彼女の前髪が少しだけ動き、空のように澄んだ青い瞳が一瞬だけ前髪の隙間から現れた。

 深呼吸する為か、すぐに瞳は閉じられたが、俺の目は確かに彼女の目を見た。

「はぁ……」

 彼女の髪の毛が横に大きく広げられた手と共に、元の位置に戻る。

「すぅ……」

 そしてまた、その手が大きく横に広げられた。

 再度、彼女の長い髪の毛が動く。

 しかし前髪はあまり動かず、彼女の瞳を見ることはできなかった。

「……はぁ」

 ゆっくり息を吐き、彼女は俺を見た。

 髪の毛で目が何処を見ているのかわからないが、顔の向きから俺の顔を見ているのは確実だ。

 遠くから運動部と思われる、元気な掛け声が聞こえる。

 しかし、聞こえるだけだ。

 その声に意味があるわけでも、俺や彼女を呼んでいるわけでもない。

「あ、あのっ」

 彼女が大きな声を出す。

 初めて彼女の大きな声を聞いた俺は、驚き一瞬呆然としてしまった。

 その事に彼女は、しまったという感じに口を開いて静かになる。

 しかし彼女はすぐに口を閉じ、小さく何かに頷く。

「あの……」

 そして、また同じ言葉を言う。

 彼女の初めて見る姿に、俺の心臓は普段とは違うリズムを刻む。

 胸が高鳴るとはこの事を言うのかと、塵のように小さい俺の冷静な部分は思っていた。

「……」

「……」

 夕焼けで染まった教室に、男女が二人だけ。

 俺はこの状況を知っている。

 いや、この状況を知っているのは俺だけじゃないはずだ。

「……お話した事もない、一夜いちや君に言って良いのか不安ですけど……。 ……聞いてくれます、か?」

 その彼女の言葉に、俺はゆっくり頷いた。

 心臓の鼓動が大きく聞こえる。

 彼女の顔を前髪が覆っているが、不安がっているのが分かる。

 固く閉じた口が、そう物語っていた。

「……」

 頷いたのを見ていなかったのか、彼女は未だ不安がっている。

「……うん、聞くよ」

 だから俺は行動ではなく口にし、再度肯定。

 ぶっきらぼうな喋りも彼女の不安を煽るだけと思い、自信の中で最大に優しい言葉に変えてみた。

 少し微笑み、彼女を安心させる。

「ありがとうございますっ」

 スカートの裾を強く握り締め、彼女はそう言った。

 髪の毛で表情は読み取りにくいが、嬉しそうに微笑んでいる。

「……じ、実はですね……」

 心臓が生まれて初めて、運動以外で大きく鼓動する。

 そして、彼女は口を開いた。


「私に、小説の書き方を教えてください!!」

 



 その言葉が、俺と彼女の始まりを告げる合図だった。

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