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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter1
9/50

第9話 卑怯者に与える鉄槌 同日 十六時七分

 向かいの家から、扉の開く音がした。中から、怯えた様子のバートン夫人が姿を見せると、とことこと足を動かして、こちらまでやってくる。正門からおっかなびっくり覗き込むと、やはり忙しなく足を運んで、

「大きな音がしたけど、どうしたのウィリアムちゃん? ──んま!」

 と、彼女が驚いたのも無理はない。ウィリアムは首から下が怪我だらけ、立ち並ぶイダルタも同様に、痛ましい見た目をしていたのだから。

 ウィリアムは刑事やジェイクと目を合わせる。どうも、友達と派手な喧嘩をしてしまったかのような居た堪れない心持ちになった。

「えーと……こんばんはバートンさん」ウィリアムが言い、イダルタも釣られて挨拶を交わす。

「そんなこと言ってる場合じゃないわよ貴方達! どうしたのよお、それ!」

「犯人をのがしたんです」

 咄嗟に出た言葉だったが、結果的には嘘をついてはいない。ただ、説明にはなっていないけれど──とウィリアムは思う。


「追いかけねえと」ジェイクが駆け出した。

「うん」ウィリアムも追おうとして、「バートンさん。彼らを看てあげてください。それから、イダルタ刑事。良かったら部屋でゆっくりしていてください」

「……わかった」

 くたびれた様子でイダルタは頷き、ニーナを抱えると、玄関の奥へと消える。バートン夫人は戸惑う顔を見せたものの、

「見かけほど酷い怪我じゃないんですよ」と言うウィリアムの言葉も嘘ではない。これも指輪の力のようで、傷は徐々に塞がれてきている。とは言っても、これには時間がかかるようだ。すぐの話ではない。

 ともあれ、ウィリアムの話を聞いて、バートンは決心がついたらしい。彼女もまた、イダルタの元へと向かっていく。

 外套を拾い上げ、ついた雪を取り払った。正門を出るなり、ウィリアムを見て、

「狩りをおっ始めようぜ」ジェイクは揚々と言った。

 ウィリアムは深々と頷く。

「そうだね」腹の底から煮えたような声が、ウィリアムから漏れた。


 中央大聖堂は人気もなく、がらんとしている。

 蝋燭で灯されたステンドグラスが鮮やかに、幻想的な光を反射する中で、二つの人影がウィリアムとジェイクの前に立ち尽くしていた。

「こ、こっちに来るなあ!」

 激昂するのはメルヴィル神父。彼は、少女を脇に抱え、ピストルをこめかみに充てていた。少女は涙目になって、震えている。

「そこから一歩でも動くなよ! 少しでも動けば、引き金を引いてやる!」メルヴィル神父は余裕を失ったように喚き散らし、「わた、私は敬虔なる信徒なんだ……これも水晶のため……」

「何をぶつぶつ言ってやがるんだこのタコ」ジェイクはウィリアムの一歩先から、こちらへと首を回して、「なあ、ウィリアム。そこで準備しておいてくれよ。この後たっぷりと説教してやるんだからよお」


 神父は感応によって情報を抜き取られないようにするためか、指輪を身につけていなかった。このため、一つひとつ問い詰めていかなければならないようだ──ウィリアムはそう理解して、

「わかった」

 と言って、拳を鳴らした。メルヴィルは小さく悲鳴をあげる。ジェイクはニヤニヤと笑みを浮かべ、

「さあ、お待ちかねの時間だ、司祭。アンタが、ウィリアムの母親を殺したのか?」

「違う! 私はただウィリアムを始末しろと命令されただけだ……」

「ほう……ほうほう。ただそれだけのために、人質を取って別の者にやらせたわけだな」

「彼らは中止命令に背いたんだ。捜査を止めようとしなかった! これは因果応報だ!」

「因果応報だあ? 何様なんだオメーはよお」ジェイクは握り拳を震わせて、「じゃあ次の質問だ。誰がウィリアムの母親を殺した?」


 ふふ、とメルヴィルは笑みを溢した。それきり、瓦解したように笑いが止まらなくなる。彼の中で感情が壊れたように見えて、ウィリアムには不気味だった。

 メルヴィルはふと口を開ける。

「貴様の兄君さ、ジェイク・ギルバート。犯人は、ギンティ……ギンティ・ギルバートだ」

 ジェイクは口を噤み、拳を開いた。大きく、ゆっくりと息を吐くと、

「へええ、そうかい。そりゃあ、聞きたくなかったな。ただまあ、どこかでそんな予感はしていたが。で、司祭、それは本当なのか?」

 メルヴィル神父はにたにたと笑いながら、「本当だとも」

 ジェイクはため息を吐いた。「そうかいそうかい。犯人が分かって、そりゃ良かった。で、最後の質問だ。アンタは誰に命令された?」

 メルヴィル神父の顔に緊張の色が走った。明確に唇を閉ざし、ピストルを少女にあてがってみせる。


「言いたくないみたいだ、ジェイク」怒りが沸いて、ウィリアムは一歩前へ出た。「もう止めを刺そう」

 半分演技だったけれど、もう半分ほどは本気になり始めている。あまりにも卑怯で、小物だ。こんな男のために刑事は、解剖医は、少女たち家族は、巻き込まれなくてはならなかったのかと思うと、無念に思う。

「まあ待て、ウィリアム」とジェイクは牽制し、メルヴィル神父に目を戻した。「ここで大人しく人質を解放するってんなら、痛い目に遭わせずにしてやる。だが、もし、このまま人質を解放せず、ウィリアムを殺そうってんなら、アンタは指を失うことになる。お分かり?」

「一体、何を──」

「五、四……」

 メルヴィル神父を遮って、ジェイクはカウントを始めた。彼は片手を前に出して、指を四本揃える。

「さあ、解放するなら今のうちだぞ? 三、二……」

 ジェイクはもう一方の手から人差し指の爪を伸ばした。ウィリアムにはそれが、まるで指揮を始めるかのように見えてならない。これから何をするのか? 想像が何もつかず、固唾を飲んで見守ることしか出来ない。

 しかし一つ言えるのは、ジェイクにはこう着状態を打破するだけの策があったということ。それともそのように装って見せているだけなのかもしれない。どうやらメルヴィル神父はそのように思ったらしかった。少女を抱き寄せて、自らの盾にしようと企む。

「一、〇」

 言い終えないうちに、神父のピストルがいびつに切断された。銃身が半分に切り刻まれ、分解されていく。引き金と共にメルヴィル神父の指が、何本か飛び散った。

 全ては一瞬。


散弾銃ショットガンを模倣したのさ」とジェイク。「爪を伸ばした瞬間に、切る。切られた方は伸びた際の勢いで、そのまま前に飛んでいく。弾丸のように、前にあるものを何もかも切り刻みながら」

「ぐああ!」

 と、神父は悲鳴をあげた。少女を掴む腕が緩んだのを見逃さず、ウィリアムは急いで駆け寄ると、神父から人質を奪い取った。代わりに、手のひらを彼の首元に当てる。

「沸騰しろ」ウィリアムは祈るように呟いた。

 たちまち神父の肌が真っ赤に染まる。体内では業火に焼かれたように、血が沸騰していることだろう。これに耐えられる者は居ない。たちまち神父はその場に倒れ伏し、気絶した。

「おいウィリアム……流石に殺してはいないよな?」

 少しばかり焦ったらしいジェイクが確認するので、ウィリアムは考えて、

「半分だけ」そう答えた。


 人質は皆、教会の地下に閉じ込められていた。彼らを解放すると、先に家へと戻るよう伝えておく。ただ奇妙なのは、ニーナの夫と思われる人物が見当たらなかったこと。居たのは、バルパの恋人、イダルタの妻と娘の三人。全員が女性だった。

「この中にニーナの夫は居るかい?」とジェイクは質問していたが、誰からも何の反応も得られていない様子だった。


 メルヴィル神父は逮捕された。痛む指先を押さえながら、恨めしそうな眼差しをウィリアムとジェイクに向けながら。

「私は、あのお方に重要な地位を任されたのだ。私はここで終わるわけには……」

「まだぶつぶつ喋ってやがるぜ」

 気持ちの悪いものを見るように、ジェイクは顔を顰めた。簡単な事情聴取の後、また改めて聞くことがあるからと、連絡先を確認された。


 そうした手続きの末の、屋敷へと戻る道すがら。ウィリアムはジェイクの兄が殺人犯人であるという言葉を思い出していた。

「君のお兄さんについてなんですが」

「ああー、この際だから、敬語はやめてくれ。さっきみたいな話し方をしてくれないか」

「さっき? ずっお敬語じゃありませんでしたっけ?」

「一瞬だが、タメ語だった」

「そうでしたっけ」

「おいおい、惚けてるな……。そうだったろ」ジェイクは口を斜めにした。

「うーん。全く記憶にない。でも、オーケー。善処してみますよ」

「突っ込まねえからな」ジェイクは目を細めて言う。「で、だ。俺の兄貴については、また後で話そう。今はくたくたに疲れた……。帰って休もう」

これまでの主な登場人物


ウィリアム・アンダーソン 画家

ミレア・アンダーソン ウィリアムの母。考古学者

ブライアン・イダルタ 刑事

ダグラス・バルパ 刑事

ニーナ・アバネシー 解剖医

バートン 向かいに住む老女

ジェイク・ギルバート 脱走兵

メルヴィル 神父

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