第69話 提案 同日十三時二十三分
風が荒れ狂っている。ギンティが倒れたことが原因かもしれない。水晶は彼の命令を遂行しようとしていて、これを阻むウィリアムが邪魔なのだ。
だが指輪と感応していて、敵意を感じない。アリシアの意思は、地獄など求めていないということではないか。ウィリアムはそう解釈する。
聖グラッシア孤児院へ向かうウィリアムを止めようとするかのように、水晶に乗っ取られた人々が、次々に襲い掛かった。その度に、彼らは氷漬けにされていく。もはや、凍らせた彼らの上を歩いた方が早いと判断し、ウィリアムは足先から放水と凍結を交互に行った。
ウィリアムの目的は、フローディアだった。彼女は女王陛下の血を受け継いでいる。ならば、水晶髑髏を使うまでもなく、多くの水晶と、交渉ができるのではないか。であれば、フローディアに冠を被って貰い、この世界をもとに戻してもらう。ここまで考えて、ウィリアムは水晶髑髏を簡単に諦めた。
フローディアは水晶に乗っ取られているだろうか、予想がつかない。もし自我意識が奪われていたとしても、指輪を一つでも嵌めさせれば、きっと元に戻るだろう。指輪を身につけている間、ウィリアムもアズも、ジェイクやアンジェリア、ギンティが無事だったことを思えば、希望がある。
問題は、どのように命令するかだったが、一つ思いついた。しかしこれは、フローディアに止められるかもしれない。彼女をどう説得しようか、というところにまで思いは巡った。
水晶が集まって、一塊になった風が、猛吹雪となって向かい風となる。ウィリアムは冠を被ると、
「道を開けて頂けませんか」と頼んだ。
暴風は二手に分かれて、ウィリアムの横を通り過ぎ行く。
「ありがとう」ウィリアムは礼を告げた。
孤児院を目前にして、扉をノックする。
中は異様な光景だった。修道女たちが自分を柱に縄で縛り付け、身動きが取れないように固めている。彼女らは目だけが殺意にぎらついて、新たに現れた獲物を舌舐めずりして値踏みした。
その中からフローディアを見つけると、ウィリアムは自分の手から指輪を外し、彼女の指に嵌める。フローディアは、はっとした顔で我に戻った。
彼女を縄から解放すると、ウィリアムは冠を彼女に渡す。フローディアは戸惑いの顔でこれを受け取った。
「貴方であれば、水晶が耳を傾けると思ったんです」ウィリアムは説明する。「貴方にお願いがあります」
「……何でしょうか」水晶から解放されたばかりのフローディアは、掠れた声で訊いた。
「あそこに飛び交う水晶の風を見てください。あれは全て、遺跡に眠っていたアリシア・ヴィクトリカ本人です。僕は彼女を全て吸引しようと思っています」
「は……は?」フローディアは戸惑いを更に強くした様子で、「一体、貴方は……」
「鎮魂するんです。彼女達は元々、一つの自我意識でした。彼女は分裂したことに苦しんでいました。これを、僕一人の肉体で統合するんです」
汗の指輪で見た記憶が着想元だった。ゴードンはトーマスに向かって、未来では一人の肉体に複数の人格を持つようになるかもしれない、と語っていた。しかしこれは、元々別の人格であるという前提があってようやく成立する方法だろう。この水晶は、アリシアという一つの人格なのだ。
また彼は、アリシアを心変わりさせるために、全て自分達六人の肉体に宿らせようとしていた。これと同じことをしようというのがウィリアムの考えになる。
アリシアは、指輪によって肉体間の繋がりを分断されたことで、強制的に分裂させられた。ならば、反対のことも可能なはず。つまるところ、分裂した人格を一つの肉体の中で繋げるのだ。
すると──上手く統合できれば──どの自我意識も全て、同じ自分であると認識するのではないか──ウィリアムはそう解釈する。
例えば水晶を吸引して、大勢と感応した場合、他者の肉体はまるで自分のもののように感じられた。これと似たことが、自我意識と肉体を逆転させて、起こり得るのではないか。
「そんな……でも、それでは貴方は壊れてしまいます」段々と理解していったようで、フローディアの顔が青ざめていく。「言いたいことはわかります。でもそれでは、統合されていくまで、貴方は自分の意思というものが反発し合って、体が制御出来なくなる危険があります」
「そうですね」その可能性については、ウィリアムも考慮していた。「言うなれば、並列人格でしょうか。多重人格と違って、主人格が切り替わって肉体を動かすわけではなくて、全ての自我意識が、同時に動いている。うーん、頭脳がオーバーヒートしそうですね。だからそうなると、僕はこの体を、僕とたくさんのアリシアさんで制御権を取り合うことになる。ええ、そうなると、介護が必要になるでしょうね」
「私が代わりにアリシアを受け入れます。そもそも、私がもっと早くにこうすれば良かったのです」
そう語るフローディアに、ウィリアムは首を横に振って、
「確かに、誰かが彼女を鎮魂していれば、こんな悲劇は生まれなかったでしょう。でも別に、それは貴方だけの責任じゃない。アリシアは一万年苦しんだ。その間、誰も何もしなかった。問題があるとすれば、そこでしょう」
ウィリアムの言葉に、フローディアは押し黙り、ややあってから躊躇いがちに「そうかもしれない」と首肯した。
「では、どちらの体に入るかは、彼女にお任せしましょう。命令ではなく、提案するんです」ウィリアムはそう言った後、困った顔で笑みを浮かべると、「それと、もう一つお願いがありまして……」
「何ですか」フローディアも釣られたように苦笑した。
「もし僕の方に入った時は、その……」
「分かりました。介護させて頂きますわ」
「お願いします」ウィリアムは赤面しながら頭を下げた。
二人は外へ出ると、風を見つめる。
フローディアは冠を被り、提案した。
「アリシア・ヴィクトリカ女王陛下……もしも宜しければ、貴方の自我意識を統合させてください。私か、彼の肉体のどちらか、好きな方をお選びください」
「僕の方に来たら、貴方を幸せにしますよ」ウィリアムは片目を瞑り、「約束します」




