第68話 二人っきりだね 同日十三時十三分
目の前の争いを見ていると、二日前の、駅前での乱闘騒ぎを思い出す。規模や内容は、今回の方が酷かった。
ギンティとの感応はしていない。指輪を外しているわけではないだろう。まず、彼は水晶髑髏や冠も身につけていた。それに、それら全てを取り払ってしまえば、たちまちアリシアに取り込まれてしまう。ギンティがそれを求めていない限り、何も身につけていない可能性は低いと思われた。
一先ずは、指輪が最後に感応した地点を目指すことにする。ウィリアムは肉食獣のような目つきを向けてくる人々を氷漬けにしながら、軽くあしらうと、隙間を縫うようにして進んだ。
自分はこの場に一人。仲間は居ない。周囲を見渡せば、死者のような人々が、果てしなく殺し回る。まるで神話の世界だ、限りなく最悪な場所だ。しかし状況としては五分五分だろう、とウィリアムは見ている。
何故なら、ギンティの持つ水晶髑髏と冠さえあれば、現状は回復するからだ。だからまずは、神父を見つければ良い。相手は、そう理解しているから、身を隠す。つまり、狩りをしているのはウィリアムの方ということだ。
それに、アズが指輪を渡してくれたのも大きい。彼女のお陰で、ウィリアムのみならず、アズの生存率も上がった。つまり、アズは水晶を吸引したから、致命傷を負ったとしても、即座に回復されるはずなのだ。
ジェイクの様子はわからない。彼は指輪を外さないまま、飲み込まれてしまった。あまり時間は掛けていられないだろう。水晶を吸引しただろうが、指輪を外さなくては、傷を高速で癒してもらうことは出来ない。しかし外せば、今度は地獄の苦しみが待ち受けている。アズは今、これに苛まれているはずだ。
この状況をすぐに終わらせなくてはならない。今は取り敢えず、行動だ。
空では水晶が吹雪いている。
ウィリアムはそれを追いかけた。ギンティ神父が水晶に自分を守らせている可能性がある。確率は低くはないはずだ。賭ける価値はある。それに最悪の場合、これが間違いだとしても、時間はウィリアムの寿命だけ残されているのだ。他の策を適用すれば良い。いずれにせよ、必ず見つけ出して水晶髑髏と冠を回収するだけだ。
予感は的中した。というよりも、誘導されたのかもしれない。ここは澄明礼拝堂。ギンティ・ギルバート神父はその前で、こちらに背後を見せて立っていた。
不思議な静寂がある。周囲には、彼以外に誰も居ない。
ウィリアムの足音を聞きつけてか、ギンティは体を捻った。二人は向き合う形になる。
「ここは僕らの親に因縁のある場所ですね」ウィリアムは語った。「神父は知っていますか?」
「知らない。聞かせてくれないか」
ウィリアムは頷き、母・ミレアとギンティの父・モートンの話を始める。内容は、既にジェイクやアズに話したことがあるため、すらすらと話せた。
語り終えると、ギンティは静かに「ありがとう」と首を縦に振る。この時になって、彼が指輪を求めた理由がわかったような気がした。ギンティもまた、モートン神父の身に何があったのか、知りたかったのではないだろうか。
質問したかったが、訊く間も無く、ギンティが口を開ける。
「感傷に浸るのはここまでとしよう」と、そう言って、肩ほどの塀に置かれた代物を指差して、「君はこの髑髏と冠が欲しい、そうだろう……」
「ええ」
神父は微笑して、「君はやはり、面白い男だ。肝が据わっている。こんな状況にあって尚、冷静とは」
「冷静ですかね? 僕は自覚してないですけれど。単純に、焦っていても、そう見られないだけだと思います」
「そういう態度も含めて、やはり君は、取り乱しているように見えない。普通なら──いや、よそう。君に普通は似合わない。そんな気がするよ」
「褒め言葉として受け取っておきます」ウィリアムは微笑んだ。「でもどうせなら、その二つの聖遺物も受け取りたいですね」
「駄目だ。この地獄は、私が夢見た景色なのだからね。もっとこの肉体で味わいたい。だがもし、君が邪魔をするというのなら……力づくで奪い取ってみるが良い」
ウィリアムは溜め息を吐く。
「やっぱり、衝突は避けられないんですね」
「その通りだ」彼は冠と髑髏を手に取った。姿がヴィクトリカ女王陛下に切り替わる。「さあ、始めよう」という声も、また。
ウィリアムは彼を氷漬けにするために、大量に水を撒き散らす。ギンティは避けようともせず、地面に血を撒いた。あっと言う間も無く、地面は溶かされ、崩れていく。何者かに足を掴まれたように、地中へと引き摺り込まれた。
落下する最中、ウィリアムはそうだった、と思い出す。記憶の中で、ミレアはこの礼拝堂からモートン神父に連れ出される形で遺跡に赴いた。地下に遺跡はある。ウィリアムは今、そこへと落下していた。再び、臓物が浮くような感覚に、気分が悪くなる。
ウィリアムは足先から水を吐き出しながら、これを凍らせて、その場に留まった。腹筋が足りないのか、それとも疲れているのか、体幹が怪しい。体勢を崩しそうになった。もっと体を鍛えておくべきだったな、と反省する。
空中まで勢いよく吹っ飛ぶと、身を捩り、ギンティの顔に水を掛けた。彼の視界を封じると、ウィリアムは即座に近づいて、片手で触れ──凍らせる。ギンティの手足を封じると、ウィリアムは呼吸を整えた。
ギンティの首に触れる。
彼もまた、ウィリアムの首に手を添えた。血で氷を溶かしていたらしい。気が付かなかった。
「ここからどうするね?」ギンティは問いかける。「このまま共倒れをしても構わないが、それではこの地獄も終わらない」
「いいえ、終わらせますよ。試してみますか?」
ギンティは、ふっと真剣な眼差しを緩めて、「良いだろう」
二人は互いに一歩離れて、向かい合った。
ウィリアムとギンティは指を向ける。
指先から、ウィリアムは氷柱を弾丸のように飛ばした。ギンティの血がこれを溶かす。彼は更に血飛沫を撒き散らした。ウィリアムは玉砕覚悟で体当たりすると、この血を瞬時に凍らせて、その身に纏う。刺々しい形をした血の氷で、ギンティの体にぶつかった。
しかし刺さった瞬間に、氷が血で溶かされる。ウィリアムは拳に凍りついた血でギンティの顔面を殴り飛ばした。ギンティは仰反るようにして倒れ込む。
「この地獄だけは……!」
彼は塀に血を噴射した。壁が脆く崩れて水晶髑髏が落ちてくる。ギンティは髑髏を掴むと、地面に叩きつけた。粉々になり、元の姿に戻る。ウィリアムは彼を見下ろした。
ギンティは勝ち誇ったように笑う。
「私の勝ちだな……」ひゅう、と喉から奇妙な音を立てて彼は言った。
ウィリアムは首に手を回して、曲げる。考えてみて、まだ地獄を終わらせる方法はありそうだと結論した。
「良いですよ。ここは、貴方の勝ちで」ウィリアムは冠を手に、首肯する。
ここに来て、ギンティの顔に恐怖の色が現れた。「何故」と彼は問う。
「何故まだ、諦めない……もう成す術はないはずだ……」
「さあどうでしょうね」ウィリアムは微笑すると、「僕はやることがあるので、貴方は眠っていてください。では、また……」
彼の全身を沸騰させた。気絶するほど激痛だろうが、断罪を求めるくらいだ、このくらい我慢してもらおう。ギンティが動かなくなったのを見届けると、ウィリアムは孤児院を目指して歩き出した。




