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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter6
67/70

第67話 ハイテンション・デイライト 同日十三時

 アンジェリアが雄叫びをあげた。雄々しいな、などと思っていると、彼女はウィリアムに接近する。目にも止まらぬ速度で拳が腹部を貫いた。実際には、殴られただけで、穴は空いていない。しかしそれほどの衝撃力がウィリアムを襲った。

 瞬きすると仰向けに倒れている。息が止まった。口元の涎を拭い、ウィリアムは立ち上がる。

 近距離だったから理解できた。彼女は、髪の毛を厚く見に纏うことで防具としているのみならず、彼女は髪の毛を腕や足に引っ掛けて、勢いよく引っ張ることで、途轍もない速度での挙動を可能としている。彼女は自らを操り人形として制御しているのだ。


「この飛行船を墜落させよう」ウィリアムは提案する。

「ええ!?」アズが大袈裟に驚いた。

 ジェイクは目を丸くして声も出さない。

「彼女のために時間をかけるのは無駄だからね。さっさと冠を取りに行かないと。そこでアズ、この飛行船を水浸しにしてくれないかな。僕はそれを凍り付かせる」

「待てよ、ウィリアム。墜落したら俺たち──」

「体が埋まるくらい船内を水浸しにすれば、大丈夫なんじゃないかな。多少の衝撃くらい、指輪が治してくれると思うし」ジェイクの発言を遮るようにして、ウィリアムが言う。「それより心配なのは、下の人たちだね。彼らを下敷きにすることになる。復活するとは言え、一度殺すのは、偲びないな……」


「貴方、正気じゃないわね」アンジェリアはくすくすと笑って言った。

「君ほどじゃないよ」ウィリアムは微笑む。

 アンジェリアは中指を立てた。

「あいつ、シンプルにムカつくな」ジェイクが代わりに反応する。「わかった。やってくれ、アズ」

「あいあいさー」

 返事して、アズは床に両手を突いた。手からは大量の水が噴き出していく。だが、水嵩が増すことはなく、どこかへ逃げていった。

 アンジェリアは可笑しそうに笑い、

「本当は落とし穴として使うつもりだったんだけど」と、髪の毛を開いて地面の一部を見せた。そこはぽっかりと穴が空いている。「この飛行船はかなりぼろぼろでね、こうやって塞がないと、使えないの。でもまさか、こんな形で役に立つだなんて!」

「じゃあ補修しないとね」ウィリアムは一人頷くと、アズの隣で手を突き、地面を凍らせていく。

「あ、あんた何を……」

 理解したのか、アンジェリアがウィリアムの元へ近づこうとした。そこへ、ジェイクが爪を伸ばす。

「おっと、そうはさせねえぜ」

 彼は爪を闇雲に振りながら、髪の毛を切り裂いていった。その毛が床を塞ぐための素材となり、ウィリアムとしては助かった。アンジェリアは幾度も身を捩り、ジェイクの爪を回避していたが、彼の爪弾はどうしようもなかったらしい。何度も被弾し、出血した。


 アンジェリアは舌打ちして、天井から姿を消す。上にも穴があるようだ。壁から髪の毛が突如として生えてきては、鞭のようにウィリアムを叩こうとする。ジェイクが壁となったが、彼は首を括られ、壁に磔にされた。

「ジェイク!」アズが悲鳴をあげる。「ぐあっ」

 今度は、彼女が狙われる番だった。地面に付けた手が髪の毛に飲まれていき、同じように壁へと引き寄せられていく。その最中、アズはもがきながら自身の指輪を取り外し、

「ウィリアム!」

 と叫んで、こちらに投げて寄越した。ウィリアムはキャッチすると、指に嵌める。アズは壁を埋め尽くす髪の毛の中に消えていった。ジェイクもまた、手足を縛られ、毛量の奥底へと沈められていく。


 壁のどこに二人が居るのかわからない以上、この空間を氷漬けにする策は不可能となった。人質というわけだ。他の策に移るしかない。

 ウィリアムは眉根を寄せると、全身から水を噴射した。即座にこれを凍らせながら、広間を歩く。目指すのは操縦室だ。そこを破壊して、無理にでも墜落させる。髪の毛が突き刺さらんばかりに襲いくるが、氷水には敵わない。

 足元の毛を凍らせて、足場にしながら、歩いていく。操縦室は髪の毛で封鎖されていたが、これも髪の毛に触れて、薄く凍り付かせると、簡単に折ることができた。


 扉を開いて、水で満たす。凍らせたりして、出鱈目に破壊していくと、飛行船は急激に傾き始めた。

 目的は達成したので、部屋を出ようと振り返ると、真っ黒な人影が目の前に居る。アンジェリアだ。彼女に直接首を掴まれる。地面に足が届かない。腕を髪の毛で吊って、筋力を補っているのだろう、と分析した。ウィリアムは腰を追って両足を持ち上げると、彼女の肩へ回す。膝を折って巻き付き、こちらに引き寄せると、両手を彼女の顔面に置いた。

 凍りつき、ぱりぱりと音を立てて顔を覆うマスクを引き剥がす。中からは、彼女の恐怖する顔と、ひっ、という息を呑む音がした。


「ちょっとだけ眠っていて貰いますよ」

 ウィリアムは言うと、アンジェリアの血液を沸騰させる。彼女は泡を吹いて倒れた。念の為に脈を確かめると、生存が確認された。

 広間に戻ると、髪の毛が消えてなくなっていく。代わりに、至るところから穴が現れ始め、冷たく強い風が内部に入り込んだ。

 アズもジェイクも、壁際に倒れている。ウィリアムは安心して、二人に駆け寄ろうとした。ところが、どこから現れたものか、水晶たちの柱が飛行船を貫く。急ブレーキをかけられ、大きな振動が発生した。飛行船は柱を軸にして、垂直落下していく。

 その中で、アズとジェイクは水晶の光の中へと落ちていった。窓からは、アンジェリアも引き寄せられていくのが見える。水晶はウィリアムをも吸い込もうとしたが、氷水で抵抗すると、諦めたように離れていった。


 飛行船は墜落している。全身で重力加速度を感じた。特に、臓物が浮くような不愉快な感覚がある。頭脳は危険信号を鳴り響かせ、鳥肌が立っていた。成る程、これだけはもう二度と体験したくないな、とウィリアムは思う。

 自身を囲うように水を噴出すると、薄い氷膜で球状に覆った。飛行船が地面とぶつかり、瓦礫に変わる中、ウィリアムを包むシャボン玉が破裂し、水と共に勢いよく外へ弾き出される。

 流れるようにして飛行船を出ると、ずぶ濡れになった体を熱で乾かした。膝や腰を叩いて埃を落としつつ立ち上がると、振り返って飛行船を見る。

 がらくた同然になり、瓦礫の山を築いていた。破片の下には数人が下敷きになっている。が、彼らは何事もなかったようにそこから這いずり出ると、お互いに矛先を向けた。


 彼らを見て、ふとウィリアムは違和感を覚える。

 怒りの声が聞こえてこない。そこからは、疲労のようなものが見えた。否、苦痛だろう。誰もが皆、殺しあうことに苦しみ始めている。殺すことは、殺されることは、もう嫌なのだ。

 アリシア・ヴィクトリカは苦しんでいる、ということだろう。

「助けなくては」ウィリアムは決意を言葉にした。

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