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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter6
66/70

第66話 それいけ! 飛行船 同日十二時五十六分

 聴衆たちの目つきが変わった。怒りの形相で互いを見つめ合っている。静かでこそあったが、全身は力んでいて、いつ衝突してもおかしくない。一触即発の雰囲気があった。

 ウィリアムは固唾を飲んで、彼らの様子を見ていた。だが、今は見届けている場合ではない、と遅れて気付く。ギンティ神父を捕まえなくてはならない。

 ジェイクが先を走っていた。追いかける形でアズが背中を追う。ウィリアムも二人について、移動した。王宮の中へ入ると、幾つもの人が倒れている。死んでいるのか、生きているのか、判別はつかない。意識はないようだ。気絶しているのかもしれない。


 指輪の感応を頼りに移動を続ける。反応のある場所は中庭だった。そこに、飛行船が停められている。まさかここに直接、着陸したのだろうか。どうしてこんな場所に置かれたのか、わからない。考えられるのは、ギンティが予め用意した、ということだが、そうなると彼が水晶の冠で、中庭に飛行船を設置するよう命じたことになる。しかしそれでは、物事の順序がおかしい。

 彼が冠を手に入れたのは、女王陛下になりすました男を始末してからではないのか。いや、思い出してみれば、女王陛下だった彼は、冠を持っていたかは定かではない。水晶髑髏を手に入れた瞬間ではあっても、冠に限っては不明瞭だった。

 ウィリアムはそこで、また無駄な想像をしてしまったと思い、考えを打ち切る。それ以上考察する必要はないと判断してのことだった。


 飛行船の入り口は開け放たれている。

 その前で、ジェイクとアズは待っていた。待っていてくれたのだろうかと思ったが、扉から見える中の様子を見て、ウィリアムは理由がわかった。二人は、驚きのあまり硬直していたのである。

 船内は、黒い繊維で覆われていた。縦横に張り巡らされた黒い糸は、髪の毛だろう。アンジェリアという修道女のものだ。確かに、彼女の指輪とも感応している。問題は、この髪の毛が何を意味するのか、だった。

「センサーか、トラップか、それとも一人で飛行船をコントロールするためか」ウィリアムは呟くように考えを口にする。

 ジェイクとアズが振り向いた。二人は緊張した面持ちのまま、時間を止めたように見える。と、飛行船が動き出した。僅かに浮かび上がる。

 ウィリアムは「失礼しますよ」と言って、留まる二人の間から、扉の中へ入ろうと足を運んだ。しかし、その腕をジェイクが取り、

「まずは俺が確かめる」

 確かに、髪の毛を切断できる爪であれば、たとえ罠であろうと、対処出来そうだ。ウィリアムは頷き、彼に道を譲る。


 ジェイクが床に足をついた時、大量の髪の毛を踏み、ぎい、と音を鳴らした。虫の鳴き声にも聞こえ、これはかなり不快な部類に入る。ジェイクはこちらに顰め面を見せつつ、

「大丈夫そうだ」と奥へ進んだ。

 続いてアズが、二人にエスコートされて中へ潜る。ウィリアムが扉に向かう頃には、既に膝まで飛行船は浮いていた。

 飛び乗ると、扉を閉める。

 中は薄暗くなった。


 髪の毛によって、多くの船室は施錠されている。このため、進める道は一つしかなく、まるで誘導されているように感じられた。道を遮る髪は、ウィリアムが凍らせて叩き折ることも可能だったが、今更道を外れる理由も特にない。この道の先に、ギンティか、アンジェリアが待っているだろうと思われたからだ。

 広間に出ると、中央に真っ黒な人影が見える。もっとも、それは人影ではなく、アンジェリア本人なのだが。彼女は天井付近にて吊り下がるようにして、浮いている。体中を髪の毛で巻き付けており、四方からは無数の髪の毛が伸びていた。

 髪の毛は胎動するように蠢き、やはり虫の囁き声のような音を立てている。


「来たか」と、奥から女の声がした。現れたのは、ヴィクトリカ女王陛下だった。彼女は、ギンティ・ギルバートだろう。アンジェリアの足元から歩いて出てくると、「ようこそ我が船へ。まあ、ゆっくり休みたまえ」

「何がゆっくり休みたまえ、だ」ジェイクが悪態をつく。「さっさと元の世界に戻しやがれ」

「そうだそうだ」とアズは加勢した。

 ギンティは首を傾げ、「何故? 今日は待ちに待った審判の日、皆がそれぞれの裁きを受ける日だ」

「そうよそうよ」とアンジェリアが加勢した。「全員、苦しめば良いんだわ!」

 ジェイクとアズは顔を見合わせる。


「御託を言ってねえで、冠を返して貰おうか」とジェイク。

「これは君のものじゃないだろう」ギンティは答えた。

「そうよ。誰のものでもないわ」アンジェリアは笑い出す。

「思想が強い人には、濃いめのフォロワーが出来るものなんだ」ウィリアムはジェイクとアズの二人に説明した。「まあそれはともかく、ギンティ・ギルバート神父、貴方はここまでのことをやったのですから、もう良いでしょう? 貴方が求めた裁きは、誰も求めていません」

「アリシア・ヴィクトリカはどうかな。今まで誰も彼女のことを悼まなかった。ずっと苦しんでいただろう。だがそれを、誰も癒そうとはしなかった。私はね、アンダーソン。私のためならず、彼女のためにも行ったんだ。何よりアリシアは、無念を晴らしたがっている」


 揺れる船内に、轟くような怒号が聞こえた。船窓を覆う髪の毛が割れるように開き、外の様子が見えるようになった。飛行船はもう、ロンダニアの上空を飛んでいる。眼下に街並みが並び、その隙間を埋めるように、人々が争い合っていた。

 命令通り、殺し合っている。持てるものは全て利用しているようだ。拳銃や、スコップや、犬のリード、何もなければ拳を。彼らは痛めつけ合い、傷つけ合う。けれど誰一人として死んでいなかった。致命傷を負ったように見えても、水晶が吹雪くことで、即座に治癒されているらしい。その場には血痕が残るばかりで、たちまち彼らは生き返り、また殺し合った。

「見よ、無間地獄だ」とギンティが言う。「今こそ、アリシア・ヴィクトリカ女王陛下の恨みを晴らさん……」


「ごちゃごちゃ煩えぞ」ジェイクが声を荒げた。

「煩いのは貴方よ!」

 アンジェリアがヒステリックに叫び、ジェイクの元に浮遊するように動くと、素早い動作でアッパーを喰らわせる。まともに食らってジェイクは頭から後ろに倒れた。アズが咄嗟に背中に回り、これを受け止める。

「後は頼んだぞ」とギンティ。

「仰せのままに」アンジェリアはどこか恍惚とした声色で応じた。

 ギンティは血飛沫を腕から放射すると、壁に大きな穴を開ける。暴風が吹き荒れる中、彼は「私を地上へ連れていけ」と冠に命じた。水晶が吹雪き、その渦の中へギンティは身を投げる。彼の姿は消えてなくなったかと思うと、髪の毛によって穴は塞がれた。


「冠が欲しいんでしょう?」アンジェリアが問う。

「そうです。頂けませんか?」取り敢えず、ウィリアムは交渉する姿勢を見せた。

「駄目よ。貴方達を上空に閉じ込めるのが私の役目。欲しければ、私をどうにかしてご覧なさい」アンジェリアは片手を口許に当て、「もっとも、飛行船を制御する私を殺したら、貴方達は墜落して、惨めに死ぬことになるけれどね!」

 そう言って、高らかに笑う。

「楽しそうですね」ウィリアムは微笑した。

「笑ってんじゃないわよ!」アンジェリアは激怒する。

「この人怖いよお……」アズが泣きそうな顔を浮かべた。

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